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生まれたてのプリンセス

  

 


  世界に平和が訪れ、人も魔族も隔て無く生活するようになったこの時代。とある街、優

 しい両親の笑顔に迎えられて、1人の少女が産声をあげた。

 ティーグル家の次女として生を受けた彼女は、ミレイと名付けられた。ミレイの髪は、

 父カムイの黒髪とも、母サーシャの金髪とも違う、思わず息を呑むほどに美しい銀髪であ

 った。両親や祖父母、他の兄妹とも違うその色について、カムイは考えた。

 「なぁサシャ。この子は本当に俺の子か・・・?」

 「疑うのも無理はないけれど、出産を終えたばかりの愛しの妻にかける、最初の言葉は

 それですの?」

 カムイに対するサーシャの視線は鋭い。しまったな、とカムイは顔を青くする。

 「あぁ・・・すまない。・・・気を取り直して。サシャ、ミレイを生んでくれてありがとう。」

 すぐさま笑顔をつくり、妻への謝罪と感謝を言葉にして伝える。サーシャはそれを聞き

 頷くと、生まれたばかりの我が子に向き直る。瞳はサーシャと同じ、吸い込まれるような

 深海の色。両親の長所を受け継いだその顔は、確かに2人の娘であった。

 「この子は将来、とんだ小悪魔になりそうね。」

 サーシャはにこやかに笑って言った。

 

  

  



  それから数ヶ月。ミレイは自分で行動できるまでになった。どこの両親も似たようなも

 ので、「この子は天才だ。」とか、「この子は将来学者になるわ。」なんて言い合い、ティー

 グル家は今日も賑やかである。長男のモリス、長女のテトラは、「またやってる・・・。」と口

 には出さないが、デレデレとした両親にすっかり呆れてしまっている。そんな彼らも、歳

 の離れた可愛い妹ミレイには、ついつい顔がにやけてしまうのだが。・・・・・・しかし当のミ

 レイは、両親や兄妹たちに興味が沸かないのかなかなか懐かず、ハイハイで移動するのは

 もっぱら部屋の隅に座る、テディベアのところである。生まれて数ヶ月の赤ん坊が両親よ

 りもぬいぐるみをとる。これにはネジがゆるくなった両親もさすがに悩んだ。しかし呼べ

 ば来てくれる。抱いても泣かない。カムイの寒い親父ギャグにはにこにこと笑ってくれる。

 「ミレイはパパに気を遣える優しい子ですのね。」

 なんてサーシャはいうが、カムイはそれで十分、と嬉しそうである。それでも問題が解決

 した訳ではない。しかし時の流れが何とでもしてくれよう、と相変わらず締りのない両親

 であった。


  


  そんな両親の下に、双子の姉弟シャロンとバズが生まれる頃、ミレイは自らの足で家の

 中を歩き回り、少しだけ会話をするようになった。綺麗な銀髪は腰辺りまで伸びて、彼女

 が歩くたびゆらゆらと揺れ、少しだけはっきりとした容姿は、類を見ない非常に可愛らし

 いものであった。ここで両親は再び心配になる。ミレイにつて、だ。彼女は確かに会話

 をするようになりはした。しかし同い年や、彼女より幼い子供たちより明らかに言葉数が

 少ないのだ。こちらの言っていることは理解しているようで、うなずいたり首を振ったり

 意思表示はする。しかしミレイの方から家族に話しかけてくることがない。15歳になった

 モリス、12歳のテトラ曰く、

 「ミレイは私たちの前ではこうだけれど、外にでて人に会ったりしたら、うんともすん

 とも言わない。せっかくこの髪を褒めて頂いても、私たちの影に隠れるばかりなの。」

 と、ミレイの頭をなでる。確かにのびのびと育てと言ってはきたが、これはまずいのでは

 ないか。カムイとサーシャは夜な夜な2人で話し合い、ミレイのこれからを心配した。ミ

 レイももう7歳。遅すぎるぐらいではあるが、しっかりとしたレディになってもらわねば、

 と2人は立ち上がる。

 

  サーシャはまだまだ生まれたばかりの双子の姉弟の世話に追われている。2人のことが落

 ち着くまで、ミレイのことはカムイとテトラに任されることとなった。

 「ミレイ、こっちに来なさい。」

 呼びかければ、ミレイはすたすたとこっちへ向かって歩いてくる。普段母親にぴったりく

 っついている訳ではない彼女だが、立ち振る舞いは貴族の娘サーシャのそれそのもので、

 とても綺麗である。しかしカムイは言う。

 「だめだ、ミレイ。一瞬でも下を向くんじゃない。それから呼ばれたらはいと返事をし

 なければいけないだろう。」

 いつになく厳しい父の言葉に、ミレイの切れ長の瞳は一瞬見開かれた。目の端で何かが少

 し光る。次の瞬間にそれは大粒となり、ミレイの頬に一筋の線を作った。

 「・・・はい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめ・・・。」

 何度も謝るミレイはとても可哀想でたまらない。しかし父の決意は固く、ここでやめては

 それこそ彼女のためにならないと、今にも駆け寄って抱きしめたくなるのをぐっとこらえた。

 「ミレイ、泣くんじゃない。こらえなさい。それが淑女というものだ。」

 「・・・ぐす、はいお父様。」

 ミレイは袖口で涙をそっと拭う。

 「分かればいいんだ。これもお前のためだからな。お前を想って・・・うっ。」

 テトラが何事かと父の顔を見上げれば、彼も泣いているではないか。・・・妹は確かにかわい

 い。自分自身も今すぐ駆け寄りたい。が、しかしこの父親は本当に・・・と、呆れたテトラは

 少し大きくため息を漏らした。

 父親の教育のおかげ…、というわけではないのだがミレイも少しずつ変わっていった。

 彼女自身努力したのだ。もともと真面目な性格である。近所の人に挨拶をするくらいは出

 来るようになった。


 



 「ミレイおねぇぇちゃぁああんあそぼぉお。」

 「ミレイちゃんはシャロンのなのよ!!!!」

  ティーグル家にそんな元気な声が響くようになったのは、ちょうどテトラが成人し、モ

 リスが結婚を考えることのできる相手と出会い、ミレイが周囲の男たちから、多くの好意

 の目を向けられ始めた頃である。

 

 “その氷のような瞳に見つめられれば、囚われたかのように動けなくなる。”


  ミレイは通っている中等部を、トップの成績で卒業しようとしていた。別の高等学校に

 通えばこんな生活から逃げることが出来る。ここの中等部の方たちはきっとどこかおかし

 いのだ。たくさんの目から早く逃げ出したいと、彼女はいつも考えていた。・・・ふと後ろか

 ら名前を呼ばれる。

 「ミレイちゃーん。今日はこのあと俺とデー・・・。」

 ミレイは声の主の方を見る。酷く殺気のこもった“氷の瞳”と呼ばれるそれで。

 「ひっ・・・。」

 一瞬にしてその男の動きは止まる。「またこれか。」ミレイは思った。極度の人見知りで

 あり恥ずかしがり屋な彼女は、人に声をかけられるとたちまちのうちに涙がでそうになる。

 「ミレイ、泣くんじゃない。」昔カムイがそう何度も言っていた。そうだ泣いてはいけない

 のだ。ぐっとこらえなければ。・・・そうするとどうだろうか。彼女の青い瞳は、自分の邪魔

 をするものは排除すると言わんばかりの、殺気のこもったものに見えてしまう。そんな“氷

 の瞳”は多くの人間や魔物を怯えさせた。理性のあるものはその場から動けなくなり、理

 性のないものはしっぽを巻いて逃げ出す。しかし、

 「その冷たさがいい。」

 「もっと見て頂きたい。」

 そういって、ミレイの周りから人が減ることはなかった。話しかけられたって応えられな

 い。どうして自分に構うのか。ミレイにとってそれは喜びと苦しさが混じる複雑なもので

 あった。結局人の目は避けられない。


  




  授業が終わってしまえばやっと1人になれる。長い時間を耐え、やっとやってくるこの

 時間はミレイにとってとても大切であった。護身用の剣を振りふっと小さく息を吐く。襲

 ってくる魔物などいない。しかし彼女の殺気と腰から下げたその白い(ツルギ)に興味をそそ

 られた剣士たちに勝負を挑まれることは稀にあった。もちろん申し出に応じたことはない

 が、断るたびに引っかかっていた。自分が申し出を受ければ、まるで赤子の手をひねるよ

 うに打ち負かされることなど分かっていた。自分の剣は鈍い。それでも、剣を奮っている

 ときは余計な言葉や視線が無くなり無を感じられる。そんな時を誰かと共有することに、

 強く憧れたのだ。いつか誰かと剣を交える日がこれば良い。ぼんやりとそんな事を考えな

 がら、今日も彼女は無言で。“氷の瞳”と呼ばれる澄んだ瞳でまっすぐ前を見て。剣を振っ

 た。これから先に起こることなど、何も知らないままに。 (第一話/シルプリ)

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