始まる
再び目を覚ました時、天には日が登り辺りは明るくなっていた。
身体の痛みはひいていたが、頭はまだ痛む。
恐る恐る後頭部に手をやる、痛む部分は無事瘡蓋になっていた。
よかった。
血がだらだら首筋を這うのはなるべく避けたい。
瘡蓋を剥がさない限り、そんなことは起こらないだろう。
そう、私、血の匂い、手触り、その他諸々血の全てが極めて苦手なのだ。
身体は動く、ここが何処だか分からないが、このままここでじっとしていても仕方が無い。
家に帰らなくては。
立ち上がり、当てもなく歩いてみる。
状況を整理しよう。
何故、自分がこんなところにいるのか。
着ているものは何時ものスーツ。
靴は脱げている。
鞄はない、ということは携帯も、ない。
そして後頭部の痛み。
昨日は珍しく同僚と呑んでから帰ったから、家の最寄駅に着いたのは12時を過ぎていた。
少し危ない気もしていたが、お酒の力で気が大きくなっていたのか、タクシーを拾わず、駅から家まで歩いて帰ることにした。
駅から家までは10分程しかかからない。
大体半分過ぎたくらいで……
あれ、分からない。
そうか、ここで意識を失ったんだな。
記憶にはないが、後頭部の痛みから、不審者にでも殴られたんだろう。
で、今ここ。
うん。わからない。
拉致られたのか?
いやでも何故私を?
お金目当て……?
いや、家はお世辞にも裕福とは言えない、父が会社員、母かパートの一般庶民だ。
お金を請求しても、きっと百万も出せないだろう。
実はストーカーがいて、拉致されたとか。
自分の容姿は周りに言わせると、そこそこ整ってるらしい。
ストーカーがいたのかもしれない……?
いやいや、だとしたらストーカーがそばにいるはずだな。
じゃなきゃ拉致った意味がない。
考えれば考える程分からない。
ふと天を見上げると何かがおかしいことに気付く。
天の色が、変。
雲は白く、太陽もある。
見慣れた雲と、違和感ない太陽だ。
でも天の色は、なんというか、青色に緑と黄を混ぜて作った様な色だった。
天の色と言うより、遠浅の綺麗な海の色。
困り果てた。
意識を手放す前に見た、あの星空は夢ではなかったのかもしれないな。
変な空、暑くない砂漠、まさか地球じゃありませんーー的なオチではないよな。
家に帰りたい。
どれほど時間が経ち、どれほど歩いたのか、一向にわからない。
腕時計は砂のせいか、12時45分を指したまま止まっているし、見渡す限り砂ばかりだから景色も変わらない。
なんだか疲れて腰をおろす。
会社……無断欠勤してしまった。
父も母も帰らない娘を心配してるだろう。
ここは何処なんだ……。
不意に涙が溢れる。
人生で初めて心細いって思う。
人目が全くない分溢れる感情を堪えきれずに赤ん坊の様に泣き叫んだ。
ひとしきり泣き喚き腫れた目をこすって前を見ると、流した涙が川の様に流れていた。
こんなに涙でたのか。
人体は不思議だな。
ってそんなわけない。
なんだこの流れは。
流れは次第に渦を巻き砂が巻き込まれる。
始め小さかった渦は砂を巻き込むにつれ大きくなり気付いたら渦の中心に穴が空いていた。
これって……蟻地獄……?
まずい、離れなくては。
と思った時にはもう遅く、私の足は簡単に砂に囚われ、呆気なく渦に飲み込まれたのだった。
どうなる、私。