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異世界ファミレス  作者: 蓮崎文々
3/6

「チョコレートパフェ」

・一話完結の連作方式です

・一応ファンタジーです

・訪れる客と対応するウェイトレスさんが話によって変化します

・バトル等はありません


 以上のことに注意してお楽しみ頂けると幸いです

         1


 少女は『踊り子』の仕事を終え、宿へと帰った。

 三日で僅か銅貨二枚という安宿だ。

 いや安宿というよりもボロ屋。老朽化して朽ちかけている壁と屋根があるだけの部屋。


 彼女は部屋に入ると、真っ先に魔法によって扉と四方を空間ごと封印する。


 小柄で細身、そしてまだ幼い外見の彼女であるが――秘める魔力は充分である。

 人間族ならばこの年齢で強力な魔法を使える者は、例外中の例外だ。もしも可能ならば資質を見込まれて、どの国であっても宮廷学校に魔導師候補としてスカウトされるであろう。

 しかし、彼女はスカウトなどされない。


 理由は――角のように尖っている耳にある。


 エルフィはハーフエルフであった。


 強力な魔力を秘めているのはエルフの血が混じっている故である。

 いや、純粋なエルフよりも、時には混血児のエルフの方が魔力が強い場合があり、エルフィの魔力もその例にならって強かった。


 父は人間である。そして母はエルフ――妖精族の貴族と誉れ高いエルフだ。

 周囲の反対を押し切り一度は結ばれた両親は、数年で破局してしまった。父はいずこへ姿を消し、母は人間社会と決別し、妖精族が棲まう【聖なる森】へと還ってしまった。

 人間の血が混じっているエルフィは【聖なる森】へ入れずに――彼女は孤児となった。


 身を売らずに、また身を穢されずに生き延びられたのは、この魔力と別れ際に母に授けられた唯一の魔法――空間封印のお陰である。


 大きい雑巾としか思えないような粗雑な毛布に、疲れ切っている身をくるむ。

 目を瞑って眠ろう。今夜はお客さんに料理の残りを分けて貰えたので、夕食の必要はない。

 だが、疲れているのに、なかなか眠れない。


(ずっと一人で生きていくって決意したのに……)


 ハーフエルフは忌み子として、人間とエルフ、両方から疎まれている。

 それはこの大陸最大の王国【エインクランド】に限った話ではなく、この【フェアリーティア】世界での常識なのだ。


 踊り子として糧を得ている酒場や料亭では、お客達に一時的に受け入れてもらえる。

 しかしあくまで一時的であり、街中で一個人として向き合って貰えるかというと……


(命運か寿命が終わるまで、一人でいいって、諦めていたのに)


 父と母は破局し、唯一自分を受け入れてくれる『小さな世界』は崩壊してしまった。

 帰る場所は、この安宿のみ――のはずだった。

 その決意が大きく揺らいでいた。


「――ハミエル」


 彼に、求婚されていた。

 ハミエル・リーバヴェイという人間の男性。名門と呼ばれるリーバヴェイ家の嫡男であり、自身も商業ギルドの要職にあるという『選ばれし者』である。

 エルフィはそんな彼と夜の料亭で出逢い、愛され、ついに婚姻を求められた。

 彼女もハミエルを愛している。


 だが……結婚となると……


 富豪である人間のエリートと、貧乏なハーフエルフの踊り子。

 返事はまだしていない。

 返答期限が迫っている。それまでに――答えを出さなければならない。



         …



 翌日の午前中。

 エルフィは定住している安宿街――つまりスラム周辺を散歩していた。


 あまり治安はよろしくないが、それでも陽が昇る内から強盗や誘拐が起こる程ではない。

 暗くなる頃には、城下町の歓楽街へ行き、踊る店を選ばなければならない。


 求婚された日から【猪の牙】亭では踊っていない。


(ハミエル。貴方の愛……。私は信じ続けられる自信が持てないの)


 臆病にも逃げ続ける私を許して――と、エルフィは俯きながら、目的地もなく歩く。

 そんな彼女の目の前に、巨大な蜃気楼が立ちこめた。

 蜃気楼が眩い光を放つ。

 無音であった。



 光が消えた跡に――一件の巨大な建物が出現していた。



「こ、こ、これは……!!」

 出現現象にも驚いたが、エルフィはその外観に、小振りな唇をポカーンと開けた。


 庭付きで看板が立っている、その珍妙珍奇なデザインはエルフィも聞き及んでいる。

 噂通りで、神殿と民家が合わさったような、それでいて丸太小屋にも似ている四角い建物だ。



「――これが噂の『異世界ファミレス』ね」



 異世界とは言葉通りに『異なる世界』から転送されているという意味だ。

 トーゴ店長の〔魔法〕で実現可能らしい。

 信じていなかったが、エルフィとて目撃してしまった以上、信じないわけにはいかない。


 ファミレスは、ファミリーレストランの略で、異世界語で大衆食堂の意味だ。


「転送してきたばかりって事は、他の客がいないって事よね」


 興味はあったのだ。しかし他の客の視線が恐くて、なかなか挑戦できなかった。

 いい機会だ。お金ならば多少はあるので、入店してみよう。


「場合によっては、夜に踊れるかもしれないし」



         2


 大きな一枚板の透明扉がひとりでに開いても、エルフィは動じなかった。

 異世界ファミレスについては、ハミエルから詳細まで聞いている。


「いらっしゃいませ。本日、最初のお客様ですね」


 繊細かつ張りのある声色での挨拶と共に、ウェイトレスの少女が出迎えてくれた。

 これも情報通りである。


 炎のような紅い髪の毛を双房にくくっている娘だ。

 ともすれば自己主張し過ぎかもしれない勝ち気そうな美貌は、生命力で溢れている。


 制服の布地を強烈に押し上げている胸にある従業員証には『アリーシア』と記されていた。


「ええと……。一人です」


 アリーシアのプロポーションに、エルフィは気後れした。

 自分のなだらかな胸と比較すると、このまま回れ右をして帰りたくなる。

 ただでさえエルフの血のせいで極端な痩せ体質だというのに、栄養価に乏しい普段の食生活が後押しして、エルフィの細身の身体はメリハリに欠けている。

 長年のコンプレックスであった。


 エルフィはアリーシアに案内された席についた。

(メニューとやらは……)

 光沢のある滑らかな材質で覆われている三つ折りのお品書きを手にした。


 無学ゆえに文字は読めない――はずが、不思議と書かれている文字を理解できる。

 これがトーゴ店長の〔魔法〕の効果なのか。


「チョコレートパフェをひとつ」


 アリーシアが引き下がる前に、エルフィは注文した。

 注文を受けたアリーシアは、フリル付き前掛けのポケットから、薄型で手の平サイズの機器を取り出して、指先で「ちょん、ちょん」と突いた。『ポスシステム』とかいうらしい。


「ご注文を確認します。チョコレートパフェをお一つでよろしいですね?」


「はい。……それから少しだけ、話を聞いてくれませんか」


 自然と口から零れていた。

 今なら店内には異世界の人達しかいない。この胸の裡を誰かに聞いて欲しかった。

 仕舞い込んでいる苦しい思いをぶちまけたかった。

 アリーシアの「?」という表情で、エルフィは我に返る。


「わ、私なにを言っているのだろう。すいませんでした。ええとチョコレートパフェ――」


「はい。承知いたしました。チョコレートパフェとご相談、お一つずつですね」


 太陽のような笑顔で、アリーシアは復唱した。

 なんて気高い表情なのだろう――と、エルフィは見惚れてしまった。



         …



 チョコレートパフェとは――

 百合のように口が開いている細長いグラスに、アイスクリームと砕いたコーンフレーク、チョコレート、バナナ等の果実を盛りつけ、最後にチョコシロップと生クリーム、ウエハースで仕上げた甘味料理だ。


(こんなお菓子が実在するなんて――)


 エルフィはスプーンでバニラ味のアイスクリームとコーンフレークをすくう。

 チョコシロップをなすりつけ、口へと運んだ。


 バニラの甘さと風味。チョコの苦味。口の中にさっと溶け込むそれらを余韻づける、コーンフレークのサクサクとした歯ごたえ。


 次は――バナナを生クリームで食する。

 異なる甘味の共演だ。

 切り分けられている他の果実に移り、サクランボを口に含んだ。

 冷たくジューシーである。しかし冷たすぎない。


 再びアイスクリームとコーンフレークのコンボだ。生クリームをたっぷりと含める。

 エルフィは夢中でスプーンを往復させた。


「……舌が冷えてきたのならば、ウエハースで休めなさい」


 対面に座っているアリーシアが、そう助言してきた。

 その言葉で、エルフィは自分の舌が冷えているのを自覚した。味覚が鈍っている。

 助言に従ってウエハースを囓る。ああ、舌の感覚が戻ってくる。


 エルフィは心の葛藤をしばしだが、忘れることができた。

 このチョコレートパフェはそれ程の味である。


「それで、話したい事って何かしら?」


 頃合いを見計らって。

 仕事があるからそう長時間は付き合えないわ、とアリーシアは言ってきた。

 彼女はホットコーヒーを飲んでいる。とはいっても、ほとんど口を付けていない。


 チョコレートパフェに心を癒されたエルフィは、神妙な顔で頷き、話し始めた――



         …



 エルフィの悩みを聞き終えたアリーシアは、優しい笑みを浮かべた。


「そう……。この異世界ではハーフエルフはそういった立場なのね」


 今度はアリーシアがエルフィに話す。

 彼女の生い立ちを。

 アリーシアは幼少時から孤児として生きてきて、近年になって《ファン王国》という異世界の国の王女であると発覚した。今は次期女王としての責務を背負っているとの事だ。


「孤児……から一転して王女様ですか」


「貴女とは色々と事情が異なるわ。けれども差別と迫害を受けて生きてきたのは同じよ」


「それなのに、どうして王女様なんてできるのです?」


 国と民を背負えるのか。かつて自身を迫害した象徴ともいえるモノを。どうして……


「私なりの事情と決意があるから。そして、それは貴女も同じでなくて? 単に差別と迫害による心の傷が、ハミエルさんへの気持ちよりも上ならば――最初から悩んだりしないわ」


 ああ。この赤毛の王女様は、とても聡明な方だった。

 偶然、頼み込んだのがこの人で良かった。きっと運命だったのかもしれない。

 エルフィは首を縦に振り、『本当の』悩みと葛藤を打ち明けることにした。


「エルフ族からの差別はともかく、人間からの差別はある意味仕方が無いのです。ほとんどのハーフエルフはそれを諦念と共に理解しております」


「その理由は?」


「寿命――の差です」


 エルフィは顔を歪めて吐露する。

 永遠の命をもつとされるエルフの血を引くエルフィは、とても長寿な存在である。

 少なく見積もって六百年。長ければ一千年も生き続ける。

 愛するハミエルと夫婦になっても、彼が老衰する頃になっても、自分はおそらく十代後半程の外見のままだろう。


「彼が先に天に召されるのは運命だと受け入れています。しかし、ハミエルが老人になっても私は少女のまま……。それどころか子供も、おそらくは二十代後半程度でしょう。孫の代になってようやく寿命は二百年程になるかと」


「あ~~。なるほど」


「妖精族の永遠の命とは、人間にとってはある種の呪いともいえるのです。ハーフエルフとはその呪いを受けた人間ともいえます。人間社会に組み込まれてはいけない禁忌なのです。ゆえに人々はハーフエルフを社会から遠ざけます。ハミエルが私と婚姻し、子孫を残そうとすると寿命の差が一族の継承に大きな歪みを生むからです」


「そうね。私も妾腹の王女だから血筋ゆえの苦しみは理解できるわ。じゃあ、思い切って子供を作らずに、ハミエルさんの死去をもって彼の家から去るという選択肢は?」


「……彼がそれで納得するとは。正直いって私も」


 エルフィは俯き、黙ってしまう。

 ハミエルを愛している。しかし二人の未来を思えば、このまま別れてしまった方が――

 アリーシアも掛けるべき言葉を探しているが、何も言えない。



「やはり君はその事で悩んでいたのか!!」



 その声に、エルフィとアリーシアは顔を上げた。

 二人のテーブルの傍には――、興奮で顔を赤くしたハミエルが立っていた。



         3


 突如として現れたハミエルに、エルフィは顔を強ばらせる。

 震える声で訊いた。


「どうして……ハミエル」


「返事を待ち切れずに、君を説得しようと思っていた。その前に異世界ファミレスで腹ごしらえしようと思ったら、なんと君がいたから」


 アリーシアは店内を見回した。

 いつの間にか、結構な数の客席が埋まっている。


「なんか深刻な雰囲気だわねぇ」


「だなぁ。俺はてっきりすんなり結婚するものとばかり」


 すぐ後ろの席には、ラックスとミレイユが陣取っていた。

 二人は興味津々といった顔で、エルフィとハミエルの様子を窺っている。


 エルフィは悲しげに首を横に振る。


「ハミエル。私の葛藤が知られてしまったのならば、貴方の求婚に対する返事は――」


「待ってくれ、その前にこれを見てくれっ!!」


 そう叫んでエルフィの言葉を遮ると、ハミエルはテーブルの上に数枚の肖像画をぶちまけた。

 全て手の平サイズで、どれも若い男女の結婚を記念して描かれている物である。

 それ等を目にしたエルフィは首を傾げた。


「これは?」


「我がリーバヴェイ家代々の婚姻記念だ。これが僕の父様と母上の物だ。どうだい? 若くて凛々しい美男美女だろう?」


「ええ。なんという美しさ……。ああぁ、やはり私など高貴なるリーバヴェイ家には」


「そして、これが現在の母上だ!!」


 ハミエルは別の肖像画を、テーブルの上に叩きつけた。

 彼の声が更に荒ぶる。


「君は変わらない自分を悩んでいた! しかし! 共に歳をとって変わる事が、必ずしも夫婦として幸せではないと僕は思う! アリーシアさん。ウェイトレスではなく友人としての貴女に訊きたい。この母上を見て、君はどう思う?」


「え!? 私に話題を振るの?」


 エルフィは目を剥いて、肖像画に釘付けになっていた。

 両肩が震え、口がポカンと開いている。


「言い難いっていうか、ほら、人様の外見に口を出すのはちょっと。だってお薬の副作用とかのっぴきらない事情だった場合……、とても失礼だと思うし」


「そんな気遣いは無用だ。母のそれは単なる怠惰な生活が原因なのだから……ッ!!」


「そ、そう。だったらコメントするけど。ええと、高血圧とか糖尿病とか内臓疾患とか色々と健康が心配になってくる体型だなぁ……と。これ以上はノーコメントで!!」


 エルフィが震える声で疑問を絞り出す。



「な、なぜ……。どうして貴方の母様は、横幅が三倍になっているのですか、ハミエル」



 有り体にいってハミエルの母は、若い頃とは別人のように太っていた。

 老ける云々とか化粧云々ではなく、完全にシルエットが別物だ。


 アリーシアが遠慮がちに教える。


「あのね。人間って中年以降は新陳代謝が落ちるから、若い頃と同じようにカロリー摂取していると、あっという間に体重が増えていくのよ」


「母のこの体型が中年太りとかいう生やさしいモノかぁっ!!」


 ハミエルが激昂する。

 ちなみに後ろのテーブルでは、ラックスが伝票を摘んでミレイユに訊いていた。


「これ支払い一緒になっているけど、なんだよ奢ってくれるのか?」


「莫迦ねぇ。私達の初デートの記念に、今日はアンタの奢りに決まっているじゃない」


「デートぉ!? 勝手に付いて来て何言ってんだ、お前」


「照れない照れない。ってか、ほら。ハミエルさんとエルフィ、盛り上がってきたわよぉ」


 エルフィのテーブルに注目しているのは、ラックスとミレイユだけではなかった。

 客の大半の耳目が、大声で喋っているハミエル達に集まっている。

 アリーシアはハミエルを宥めた。


「どうどう。落ち着いてハミエルさん。どうどう。みんな見ているから」


「これが落ち着いていられるかっ! 母は若い頃は苦労人で働き者だったんだ。そんな母に父は惚れ込んで一族に迎え入れた。何故ならば、父は怠惰な生活でブクブク太った祖母を嫌悪していたからだ! そうしたら母も父と結婚してから、祖母と同じく太り始めた!」


 家事は使用人に任せきり。

 食事は高カロリーのフルコースばかり。

 運動はせず、昼寝だけは摂る。

 これで太らない人間がいるのならば、胃下垂か何かの病気であろう。


「聞けば、祖父も嫁入り後に太った曾祖母に嫌気がさして、働き者で苦労人だった祖母を選んだという。かかりつけの専門医にも母と祖母は注意されている。しかし聞く耳持たないんだ。痩せる努力をするくらいならば、不健康なまま死んだ方が幸せとまで、のたまう始末さ」


「ダイエットって意志の強さが要求されるしね」


「怠惰な生活は玉の輿を手に入れた権利だと、母と祖母は口を揃える。幸せになる権利があるという。そのクセに、父や僕には勤勉さと努力を要求して、もっと働いて稼いでこいと言うんだよッ!! 自分たちは遊び回って太るだけだというのに!!」


「どうどう。落ち着いて、どうどう」


 エルフィは、怒りで興奮するハミエルを見て――心を痛めた。

 彼は高貴な出自であり、裕福で幸せな家族に恵まれていると、勝手に決めつけていた。

 しかし彼は彼で、家族によって傷付けられていた。

 自分が両親に棄てられたからといって、どうして彼の家族が幸せだと、錯覚していたのか。


「ハミエル……。貴方も苦しんでいるのですね」


 彼は、不幸とは無縁の選ばれし者だと思っていた。

 しかし――違った。


「ああ。もちろん父や祖父が完璧な夫だというつもりもないさ。君に嫌われるかもと恐れ、隠していたが、思い切って打ち明けよう。我が一族は代々禿の血筋でね。父も祖父も三十代前半で、カツラ職人の世話になっているのさ。だから僕も間違いなく若くして禿げるだろう」


「え!? 勢い余って、お父さんやお爺さんの秘密まで暴露しちゃっているけど……」


 店内のあちこちから小さい笑いが起こっている。

「ププ。リーバヴェイのとこって、みんなカツラだったのかよ」

「ばっか。俺は気付いていたよ。だって生え際不自然だろ」

「ええ~~。私は気が付かなかった」

「夏場の額の汗のかき方でバレバレだったろうに」

「可哀相だから、気が付いていないフリしてやろうぜ」


 ハミエルは恐る恐るエルフィに問う。


「母と祖母は、若禿げ家系を隠していた父と祖父を『このハゲ!』となじったそうだ。ブクブク太る自分たちを棚に上げてだ。……君は禿げる僕を、愛してくれるかい?」


 すぱぁん!

 エルフィ渾身の平手で、ハミエルの顔が豪快に右に捻れた。ダウン寸前になる。

 その破壊力に、アリーシアは頬を引き攣らせた。


 途方もない怒りがエルフィを包んでいた。

 許せない。とても許せる事ではない。


「ハミエル。貴方は私の愛を、なんと軽んじているのでしょうか!! 例え今すぐ、貴方の頭髪が全て失われたとしても、私の貴方への愛は微塵も揺るぎません」


 そして己の台詞に、エルフィは雷のごとく貫かれた。


(はっ? 愛!? 私は彼に愛を云う資格はあるのかしら!?)


 思えば、これまでは。

 愛の言葉を交わすだけだった。

 抱擁し、唇を合わせるだけだった。

 隠れてデートするだけであった。


 それは……果たして『真実の愛』と呼べるのだろうか。


 自身の寿命と変わらぬ若さを理由に、リーバヴェイ家を共に背負う事から逃げていた。

 彼の心の疵を知った。

 ならば、自分の愛の証は――


 エルフィは喉の渇きを凌ぐため、時に泥水を啜った。

 エルフィは飢えを誤魔化すため、時に野草さえ食べた。


 彼女は決然と云った。


「――そうです。我が愛は揺らぎません。ハーフエルフへの偏見がなんでしょうか。寿命の差がなんだというのでしょうか。それは愛の前には些細な問題。私は貴方と共にリーバヴェイ家を背負いましょう。妻となりましょう。そして、貴方の母と祖母を痩せさせてみせましょう。我がリーバヴェイ家の未来の為に。食事はパン一切れとスープのみで、馬車馬のように運動させれば、間違いなく痩せるでしょう。その暁に、お二人が痩せた姿こそ――



   ……――私 の 貴方 へ の 愛 の 証」



 アリーシアが小声で言い添える。

「いやいや。どう見ても超運動不足な体型だから、まずはウォーキングからの方が……」


 ハミエルは感動に全身を震わせた。

 潤む瞳で、エルフィを見つめる。


「おぉ。なんという決意。君の愛……しかと受け取ったよ、我が最愛の女性よ」


「愛しているわ、ハミエル」


「愛しているよ、エルフィ」


 二人は固く抱擁し、ぶちゅ~~、と接吻を交わした。

 やんややんやと店内が盛り上がる。

 後ろのテーブルでは、通りかかったユーキにミレイユが声を掛けていた。


「あ、ユーキちゃん。これ追加注文いいかしら」


「テメエ! 人の奢りと決めつけてバクバク食うんじゃねえよっ!!」



         ◆



 ハミエルの代を境に、リーバヴェイ一族は【エインクランド】王国において、一大勢力へと成長していく。

 王国が続いた数百年もの間、リーバヴェイ一族の繁栄を支えていたのが、代々の当主ではなく、【グレートマザー】と呼ばれるハーフエルフである真実を知る者は少ない――

本日はここまで!


・この作品は「魔導世界の不適合者」のスピンオフです。

・純粋に作者の趣味用なので、小説(作品)としての質はご勘弁を。

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