5.お願いだから寝かせてください
ブリが部屋を飛び出して行った後、俺は中身が空になった丼を片手にどうしたものかと困惑していた。
まぁ、丼は明日渡せばいいか。今部屋を出て行くのはあまり得策でない気がする。これ以上他のネギに会うのは何だか危険な気がしたのだ。何ていうか、同じようなことが起こってしまいそうな予感というか……。
嫌な予感は気にしないに限る。俺は特にやることもないのでさっさと寝ることにした。
自分の体温で程好く温まった掛け布団の心地良さを感じながら、俺は横向きに体勢を変える。
しかし突然、俺の胸辺りにヒンヤリとした感触が!
「うわっ!?」
いきなり襲ってきた感覚に、俺は思わず声を洩らしてしまった。
「うふふ。そんなに慌てちゃって、かわいい~」
「…………」
俺の胸辺りから聞こえてきたのは、艶かしい大人の女性の声。間を置かず、俺の胸元からシュルンとネギが出てきた。ネギはそのまま俺の横に横たわる。
いつの間にそこに!? ていうかシュールすぎるだろこの絵ヅラ。ネギと同衾とか……。しかも今度は年上系のお姉さんぽいぞ。正直に白状すると、声はちょっと好みだったりする……。
それにしても君らネギのくせに、何でそんなに個性豊かなの? しかも見事な属性のバラつき方。ギャルゲかよ。
「どなたか存じませんが、俺今から寝るんで出ていってもらえませんか」
「えぇー。別に私も一緒に寝てもいいじゃない」
「いえ。俺寝相悪いんで多分あなたのことを潰してしまうと思います」
「それなら大丈夫よ。だって私ネギだもの」
うわ。それを自分で言うか。
「……臭いが移るので遠慮します」
「あら。私達はニラと違ってソフトな香りだから、香水代わりに良いと思うのだけど」
「ネギの匂いがする香水とか聞いたことないし!?」
ていうか、全然ソフトな香りじゃないよ! 充分青臭いって!
「もう、照れちゃって。大丈夫よ。お姉さんと一晩過ごすだけじゃない♪」
「だからそれは遠慮しますって!」
「ふふっ。慌てた顔もカワイイ~」
このお姉さんネギ人の話聞いてねー! 声は好みなのに性格は俺の苦手なタイプだ。
とか考えている間に、お姉さんネギは再度俺の服の中に進入を試みていた。しかも今度は腹の方から下へ行こうとしている! 貞操の危機!
「くすぐったいからやめてって!」
「あら、感じやすいのね。大丈夫すぐ慣れるから。それにもっと他の場所もくすぐったくしてあげるわ」
「全力で拒否します!」
「遠慮しなくてもいいのよ。お姉さんに全てを任せなさい」
「任せたくないんです!」
まさに暖簾に腕押し。何を言っても聞き入れてくれそうにないぞ。
それにしても、まさかネギに夜這いされる日がこようとは……。ネギに背中を流してもらった時点でこれ以上のことはもう起こらないだろうと考えていたけど、それを上回ってきたか。
さすがにネギに貞操を奪われることはないだろうが、でも何とかして追い出さないと、明日起きたら俺の体臭がエライことになってしまいそうだ。
しかしなぜこの世界のネギ達は妙に積極的なのだろうか。しかも俺のどこがそんなに良いのだろうか。本当にわからない。
漫画やラノベのハーレムものの主人公って、想像以上に大変なんだな……。羨ましいと思えなくなってしまったぞ。
……と、今はそんなことを考えている場合ではない。このお姉さんネギから何とか逃れなければ。
お姉さんネギは俺の服の中へ入ることは一旦やめていたが、まだ諦めてはいないだろう。
「とにかく一緒には寝ません」
「なかなか頑固ねぇ」
「それはお互い様です」
しばし訪れる静寂――。
俺とお姉さんネギはただ無言で互いを見つめ――もとい、睨み合う。漫画なら視線をバチバチと火花が散っているであろう雰囲気だ。
絶対に、負けない。というよりネギに負けたくない。
さらに睨み合うこと数十秒――。突然、お姉さんネギの先端がくたりと垂れ下がった。これは勝ったか!?
「仕方ないわね。私の体を好きにしていいわよ」
「何でそうなるの!?」
俺のツッコミを無視して、お姉さんネギはベッドに横になる。いわゆるマグロ状態というやつか。さっき俺はマグロを食べたところだけどね! って今はそんなことはどうでもいい。
もうダメだ……。全く話が通じない。あまり乗り気ではなかったが、こうなれば実力行使でいくしかない。俺はお姉さんネギの先を摘むと素早くベッドから起き上がり、ドアに向かう。
「あぁっ! もう、そんなところを触るなんてイケナイ子なんだか――」
「ていっ」
俺は何かぬかしているお姉さんネギを部屋の外にペッと放り投げると、すぐさまドアを閉める。そしてドアの前に椅子を置いた。これで向こうからは入ってこれないはずだ。これぞ人間の知恵と力! 見事な勝利だ!
……なんだろう、胸を満たすこの空虚さは……。
い、いや。とにかく今日はもう寝るんだ。そしてちゃちゃっとあの機械を直して、明日中には元の世界に帰るんだ。
俺は改めてそう決意し直し、ベッドへと潜り込んだ。