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「普通に入ればいいでしょう……」
シグと合流してから数分、早くもげんなりしてきたルカである。指定された地点まで100メートル、ポケットに手を突っ込んでPx4のセイフティを解除する。ダブルアクションのPx4は既に発射体勢を整えているが、相手は特殊部隊である、あえて撃鉄を引き上げた
「ルカくんはこういう冗談が嫌いらしい」
ケタケタ笑うシグとロシア人を引き連れながら歩行を続け、ビルの隙間に狙いを定める。幅1メートル以下、反対側の通りへ一直線に抜けられると思ったが背中側のビルとは互い違いになっていた、アウトローが好みそうな通路だ
続いてロシア人を確認。シグに話しかけるフリをしながら後ろを見ると30メートル以上離れた場所に黒のセーターを来た白人男性、部下を引き連れ追ってきていた。彼は先程自爆テロを阻止しており、その手際の良さから特殊部隊だと判断するのは容易だった
自らの任務を差し置いてでも民間人の安全を優先するような人間、という事になる
『ネアからデルタ及びアルファ、今釣り上げようとしてるのに隊長格が混ざってます、十分に留意してください。それから既に3人やられたの気付き始めてる』
「了解、少し急ぐよ」
報告を受け歩みを僅かに早める。到着するまでの間に思考を巡らせ、携帯電話を取り出しながら通信機をオフにした。シグにそれを見せ同じくオフにさせて他の人間、特にラファールに聞こえないように
「頼みがあります」
「ああいいよ。…んで頼みって何だ?」
「何もしないで欲しい」
それを聞いて一瞬キョトンとし、すぐに笑顔に戻ったシグはまたケタケタ笑い出した。続いて携帯電話を操作、ひとつの番号を呼び出して耳に付ける
「ヒナ」
『なぁーーに。よからぬ事を考えてるのはわかってるけどさ』
通信機切断、付け加えロシア人と一緒にこっちまで見ているスナイパー班はなおさら不審がっていた所だろう。目的地を確認、あと30メートル
「彼らと話がしたい、少しでいいから待ってくれないかな」
『……自殺志望?』
死ぬつもりは無い
『まぁ殺さないけどね、それで怒られんの私だし。とりあえず理由を聞こうか?』
「何を信念に戦っているのか知りたい、かな」
『それだけ?』
「それだけ」
残り15メートル、溜息が聞こえてきた。隣のシグは相変わらずニヤニヤしながら電話を盗み聞きしている、ロシア人も…変化無し
『相当私怨な事するのね、私からすりゃ理解不能だわ』
「迂遠、って言いたかったのかな」
『……まぁいいわ、乗り気じゃないのはこっちだって同じだし。ただし2分よ、それ以上は待てないし説得したって撃つのはやめない』
「十分だ、ありがとう」
何か若干の呻き声を残し、ヒナは電話を切った。携帯電話をしまいつつ雑居ビルのひとつを指差す、以下三文芝居開始。いやいやと首を振るシグを押し込んで、入口付近で意味の無い会話をすること30秒、会話終了と同時に通りへ戻ろうとするも、シグに引っ張られて奥に進んでいく
「ありがとうの5文字だけでそこまで人を魅せれるもんかね、俺の時と全然違うぞ」
「自分じゃわからないけど、気持ちが込もって無いんじゃないかな」
「なんだよ、俺じゃ嫌か?」
悪寒しか産まないハッピー野郎をビルの裏口付近に押し込んでロシア人を待つ。さすがに怪しすぎたのかなかなか入って来ず、それでも部下を分離したのち、黒セーターだけが追って進入してきてくれた。そいつは恐らく隊長格で、推定年齢20代後半か30代か、うちには及ばないまでも若い部類に入る。本当にロシア人かどうかは…正直わからないが、地元の人間だったらわざわざこんな場所には来ないだろう
「ハロー」
真横からPx4を突きつけた。一瞬ピクリと反応したが特に表情も変えず、軽く溜息を吐いたのちゆっくりと両手を上げる
「ロシアからお仕事で?」
「ああ、GRUという所に勤めている、海外からはスペツナズとか呼ばれてるらしいが」
絶対絶命、というかここに入ってしまった時点で生きて帰る事はできないのだが、男は一貫して冷静だ。開き直ってしまったのか、それとも悟っているのか
「家族は?結婚してる?」
「……敵を捕まえて聞くのがそれか?」
「GRUの情報が欲しい訳じゃないんでね、僕にとっては重要な話だ。なぜここにあなたがいるのか、それが知りたい」
銃口を突きつけた時点でカウントはスタートしている、残り110秒程度
「悲しい事に行き遅れてね、故郷にいる母以外にはシェパードが1匹。父はKGBだったがCIAとの争いに敗れて、いつどこで死んだかもわからない」
「父に憧れた?」
「いや、物心ついた時にはいなかった」
90秒、アルファのいる方向をちらりと見る。それでバレたらしい、もう諦めたとばかりに上げていた手を下ろした
「なぜGRUに?」
「キャリアが欲しかった、将来PMCになるにしろ教官になるにしろスペツナズの肩書きは光って見える」
「核爆弾絡みっていうのは聞いてると思うけど、作戦に参加したのは核拡散阻止のため?」
「どうでもいいな、人助けなどに興味は無い」
「じゃあさっきのは?興味無いんなら外国の民間人が自爆しようとしてたって見向きもしないはずだ」
「…………」
黙り込まれた所で60秒経過、急げよとばかりにシグが咳払い。それはわかっているが
「キャリアだけじゃないでしょう、マトモな感覚は残ってる」
「……では仮に善意でテロリストを捕まえたとしよう、それで何が解決する?問題が先延ばしになるだけだ」
「放っておく訳には」
「そうやって一方的に守ろうとするから弱者が付け上がる」
「っ……」
40秒
「本来なら弱者という言葉すら差別用語だ、文明というものを維持するため享受されているに過ぎない」
「その考えは極めて平等だけど公平じゃあない、地球のどこに住んでいたって他と同じ暮らしをする権利がある」
「同じ暮らしの方がいい、というのはどうやって決めたんだ?アンケートして回ったのか?他人を見下しているからこそそんな決めつけが生まれる」
「………………」
「どうして、と聞いたな。お前達は自分の考えが正しいと信じている、俺もそうだ、俺がそうしたいと考えたからここにいる。それだけだ」
20秒、時間切れだ、Px4を降ろす
「……わかった、ありがとう、勉強になった」
どちらにしろこれ以上の反論を行う術を自分は持たない。シグにジェスチャー、背を向け反対側の通りへ歩き出し
「ルカ・オルネイズ」
名乗っていないのに呼び止められた
「お前が何をしていたかは知っている、何があってそうなったかも知っている」
銃口を突きつけた時と変わらず無表情のまま言い
「胸を張って生きろ」
そうしてそいつは、頭を撃ち抜かれて絶命した
「どうすりゃいいかわからないって顔してるな」
シグに肩を掴まれ再度反転、ランエボのエンジン音を聞きながら通りへ抜けた
「わからないよ、5年前から1日も欠かさず」
通信機を回復。スペツナズ4人を排除、一時拠点へ再集結との指示
「君はどう?何のためにここへ?」
「俺か?俺はなあ」
ホテルへ足を向ける
そうしながらシグは肩を組んできて、ぽつりと呟くように
「死ぬためだ」




