Air 2-4
907号室のドアにカードキーを通すと、僅かに電子音が鳴りゆっくりドアは開く
「ふむ……」
その少年はベッドの上に腰掛け、ただひたすらに空を見ていた
見知らぬ女が入ってきたにも関わらずまるで意に介さず。小さく溜息をつき、まずテーブルに置いてあったノートパソコンを開く
「何か見えるか?」
「……何も」
「そうか」
その問いに対し、ルカ・オルネイズはぽつりと答えた。電源ボタンを押す、当然パスワードに阻まれるも、指示された通りにアンテナ機器を接続し梢へメール。後は放っておくだけ
「人助けっていうのは難しいもんだ、多くを助けたいと思っても、やりすぎると憎まれる」
夕焼けに染まるスイートルームの壁に持たれかかる、パソコンは勝手にセキュリティをパスし、内部の物色を始めた
「逆もな、ちょっと手抜いただけでバッシングの嵐だ。理屈はわかるが、あいつら何なんだろうな、なぁ?」
「温もりを欲してるんですよ、気が狂うほどに」
オレンジを見上げるのをやめないままルカは呟く。この家はずっとそういう事を続けていたのだ、梢の家とは対極にある。こいつらの面倒臭い所は絶対に相容れないという点で、例えばオルネイズが1の土地を正常化すると梢の家は10の損害が出る、それを奪還しようと100の報復を行ったとしても1000の財力で跳ね返されるとか、そういうアホらしいほどの金と労力を使った倍々ゲームを演じているのだ
梢本人はどうだか知らないが、この件、実家は小躍りして喜んでいるはず
「彼らが当たり前だと信じていた生活を我々が変えてしまったのだ、なれば我々には彼らを支援する義務がある」
「それは父親の?」
僅かに頷いた
「正しいと感じたし倣おうとも思ってた。でももうわからない、何をすればいいのか」
「金を愛に変える仕事が正しいかどうかは知らんが、それはひとまず取っ払って自分で考え直したらどうだ」
ふと思う
「僕にはこれがすべてで…」
「親の影響はでかいだろうがな、だがどれだけ共感しようと全部同じなんて無いだろ」
なんでこんな会話してるんだろう
「それは結局他人の思想だ、他人の考えだ、 お前のじゃない」
Cドライブの総洗いを続けるノートパソコンがメモ帳を起動、1行だけ文字を書く
”クソつまんねーファイルしか入ってないにゃー”
それを確認、用済みとなったノートパソコンのディスプレイを畳む
「神様とやら、あんたは残酷だぞ。医者は病気を直して命を助ける。その結果、世界中に生き物があふれ、食糧危機がおき、多くの命が死んでいく。そいつがあなたの思し召しか。医者はいったい、医者は何のためにあるんだ。……ていうのはとある医者の言葉だが」
「変わった人だ」
「有名人だぞ、ブラックジャックっていう」
お気に召さなかったらしい、目を細めた。しかし初めて表情を変えた瞬間でもある
梢の予想では口も聞けないほど落ち込んでいるという話、だったらわざわざ寄越すなよと言いたくなるが完全に外しているので文句はやめておこう。アンテナを回収、他に何か無いかと部屋を見回す
「一方的な視点で見るな、考える事をやめるな。作用には必ず副作用が付き纏う、人が困ってるからといって、それを助ける事が正しいかどうかは別だ」
何もない、血まみれのペンダントが置いてあるのみ
「自分で考えて、これからどうするか決めろ。”考える葦”って知ってるか?思考をやめた人間に価値は無いって事だよ」
「…………」
ここまでやってこの有様では、今更無理しても仕方ないだろう、短く溜息をついた。歩いてベッドまで近付いて、沈みかけの夕陽を眺める
摩天楼が見えた
「父が恨みを買うような行動をした覚えは?」
「ないですよ、あるわけない」
「だろうな」
ここにいても仕方ない、出口へ向かって踵を返す。携帯電話を取り出して梢の電話番号を選択
「あなたの名前は?」
「……さあね、もう忘れたよ」
扉を閉める、その場でマスターキーを投げ捨てた
『オルネイズの資産体制はわかった、これはこれで金になる。だがにゃあ、ここまで裏表の無い投資家なんて伝説上の生物級だぞ』
「もう諦めろ、何も出なかったぞ」
『そうかぁ?どれくらい痛めつけた?』
「指一本触れてない」
『はぁぁーーん??』
ようやく見つけた階段で一番下まで降りる、9階から地上まで、若干うんざりした
「どうせ何もやってないだろ。デトロイトでシャリーアの殺しを請け負った時も、相手は何もしてなかったぞ」
『……お前それなんで今の今まで言わなかった』
ここまで行き詰まるとは思わなかったからだ
「共通点はひとつだけ、このクソまみれな世界を変えようとしてるって所だ。んで依頼の電話の時に、我々の計画がーとか言ってやがった」
『待て待て待て待て展開が早すぎる。つまり何だ、奴らが今回オルネイズを潰したのは』
階段地獄終了、ロビーまで回って、正面玄関から堂々と出る
『仕返しとか口封じという訳でなく』
一度立ち止まって上を見上げる
世界最大の死に行く街
「何かの準備ってだけじゃないのか」




