Air 2-3
「マリーさんは買い物の後ひとつなぎの秘宝を巡る航海へ出るそうだ、この合言葉考えた奴は天才だろ」
クウェートからの電話を終わらせた梢はやや不機嫌となった。朝と同じカフェテリアの椅子に座って、BLTサンドイッチを鷲掴みにする
「何があった?」
「ヴァリアントとかいう連絡役な、舌噛んで死にやがった」
つまりこんな合言葉を掴んだ所で無駄だということである。末端とはいえメンバーが死亡したのだ、知れた時点で合言葉は変わる
「まさかそこまで信心深いとは思わなかった、アプローチ方法を変える必要がある」
言いながらサンドイッチにかぶりつく。アメリカらしく巨大かつ豪快なそれは梢の顔ほどもあり、半分以上が残される事は明らか
「といってもな、それほど数が、残されてる訳では」
「食べながら喋るな」
「むぐ……警察に送られた賄賂の額がわかればどれだけ侵食されてるか推定できるんだが…とにかくさっきの奴の上司から当たるしか無いか」
半分も減らさないうちに皿へ戻した。引っ張ってきて、今度は自分で食べ始める
「じゃあさっさと…」
「いやそれは私だけでやる、昼間の内なら護衛の必要もない」
と
相方は仕方ないとばかりに溜息をつき
「お前は……」
というのが6時間前の話
「まったく…こうなるんなら最初からやれってんだ」
星が3つほど付くと思われるホテルの搬入口からエアは内部へ侵入する、運送業者とホテル業務員が行き来しているが別に巡回している訳ではない、隠れ場所には困らなかった。目的地に向かうにあたって問題となるのは自身の歳相応な身体である、ホテルマンを装うにも清掃員に扮するにも違和感がありすぎる。なれば客になるしかない、そこらで見繕ったキャスケット帽で橙色の髪だけ隠し後はそのまま。階段まで辿り着いて地上階に上がり廊下へ出る、後は堂々としていればいい
「で?」
エレベーターはどこだ、と左右を見回す、内部が広いのは侵入前から予想できていたがまさかここまでだだっ広いとは思わなかった。高級ブランド服などで完全武装したセレブっぽい、というかセレブそのものの宿泊客達から怪訝そうな視線を浴びながらとても上品な感じのバイキングレストランを横目にロビー方向へしばらく歩き、案内表示を発見してからはそちらへ向かう。階段については存在すら示されていない
エントリーカウンターの背中側にエレベーターは5つあった、ボタンを押すとそのうちひとつがすぐさま開いて、内部のボタン群のうちひとつ上を選択
「……こいつらにジャンクフード食わせたらどうなるだろうな」
などと呟いてみてもそれが実現することはない。とにかくマスターキーを手に入れなければ何も始まらない、エレベーターからぐるりと回ってサービスカウンターに到着、ホテルマンどもの中からチーフを探し出す
と
「わっ!」
「おっ」
背中に女の子がぶつかってきた、子といってもエアより確実に年上なのだが
「って…」
その少女は明らかに異質だった、白の高級そうなドレスはセレブどもと同じだが、それに負けないくらい肌が白い、白人のそれでなく不健康めいた色だ。そしてだだ長い長髪、これも色素を抜かれたような白をしているが、僅かに残った色は青
自然に青色素を持つ動物なんて魚か鳥かマントヒヒくらいのものである
「アルビノか?」
「ッ…!」
あまりの衝撃にぽつりと漏らすと、その赤を示す瞳以外が白色の少女はビクリと肩を震わせた。アルビノとは医学的に先天性白皮症と呼び、メラニンの欠乏により皮膚や体毛が白、瞳は毛細血管の透過により赤色となる遺伝子障害である。細胞組織を紫外線から守る能力が欠如しているため、多くはガンやその他皮膚病により長生きすることがない。ペットとして普及したシロウサギも元はアルビノから誕生している
だがそれは青い色素を持っている理由にはならない
「フィリーネ」
会話をする間もなく少女の父親が名前を呼ぶ。少女はエア、特に帽子からはみ出たオレンジ色を怯え混じりの目で見た後、横を通って去っていく。同類と思われただろうか、残念ながらこの髪色はアルビノとは真逆の理由なのだが
「……」
ホテルマンチーフ発見、父親と会話している。チラチラ見てくる白い少女はひとまず無視してチーフの背中を掠めるように進路を取る
「日が落ちる前にここを出る、車を出してくれ」
「しかし明日までのご予定では……」
極めて静かに、ポケットからカードキーを拝借した
速やかにまた通路を回ってエレベーターへ、これで目標に接触できるようになる
去り際
「…………」
白の少女は、ずっとこちらを見続けていた




