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山道にぽつんと建つ喫茶店で待機すること30分、ようやく待ち合わせ相手が現れた。到着した途端、そいつは椅子にダイブして俯せに倒れ伏す
「血が足りぬ……」
「マスター、こいつにトマトジュースを」
ド派手なオレンジの髪を指差して老いぼれ店主に赤い液体を要求、視線を一度山道に移す。ネアを乗せてきた真っ黒いスポーツカーとそのドライバーは座席とルームミラーの調整、タイヤに詰まった小石の排除を行ったのち、何故か意気揚々とした雰囲気で来た道を下っていった
「何をナイフの1本程度で」
「まぁ驚くくらい素早く乱暴な手当てを受けたんで言うほど影響は無いんですけど、なにぶん刺されたのなんて5年…6年ぶり?」
注文した通りトマトジュースが到着する、無言を貫くミミが空いたコップを掲げおかわり要求、炭酸飲料が注ぎ足された
「ミソラさん、あんなのどこで見つけてきました?」
「彼氏紹介された母親みたいに言わないでくれるか?非常に不快だ。グライアイか?見つけるも何も、仲介人に一番強い部隊を要求しただけだが」
「あー、そこは"信頼できる"って言わないと」
「うるさい、言われなくても反省してる」
ネアがグラスを持ち上げ中に入っているものを確認する。普通のトマトをすり潰して塩振っただけのそれは半分程度が果肉としての原型を留めており、ジュースというよりはペースト、飲むよりもピザ生地に塗りたくなる
「あなたと茶店に入るとロクなもん出てこないな……まぁいいでしょう。ミソラさん、DNA鑑定できる施設にコネはあります?」
「何をするつもりだ?」
「ここにあのおっさん、テオドールの血液があります」
取り出されたものは汚物でも包んでるのかというほど厳重に梱包されていた、説明によると中心部には血を吸ったハンカチ、必要量に足りているかは不明
「まず我々が遺伝子操作を受けてるのは、一般的な兵士を訓練だけで精鋭まで仕上げるのに第三世界の連中が限界を感じたからです。始めから軍人向きな人間を作って訓練時間を短縮しようとしたんですね」
「そんなもんの為にバカみたいな金使って兵士1人作るのか?」
「その認識には誤りがありますよ、商品価値があるのは私達の子供。いくら完璧に遺伝子配列を操作したとしても様々な所でボロが出ますから、"出来のいい自然個体"と一度組み合わせて安定させるんです。だからこそ私達は女性として作られてる」
「なんて生々し…というかその情報はどこから……」
黒いスポーツカーがとんでもない速度で喫茶店の前を駆け上がっていった
「おいお前の連れ暴走し始めたぞ」
「ああ気にしないでくださいああいう病気なんです。過程上必要になるチョメチョメな話は置いとくとして、私達のそう長くない寿命のうちに排出される卵子はせいぜい300足らず、この2世の時点で優秀な自然体よりややマシな程度まで落ち込んでると思われます、その先はまぁ強化体同士の掛け合わせが始まるでしょうね」
「……それとその汚物に何の関係がある」
そう質問すると、ネアはにやりと笑みを浮かべた。血液をテーブルの中央に置き、右手人差し指を1本だけ立てる
「可能性がひとつ。今言った通り私達のアドバンテージは生まれる前に改変されたDNAです、これの為に僅かな訓練量であらゆる事が可能になり、普通じゃ到底辿り着けないような身体能力を手に入れてます」
「そんな化け物をシラフで叩きのめす人間が現れた?」
「そう、例え失敗作でも理論上は誰にも負けない域にある私達が……」
真っ黒いスポーツカーと真っ白いスポーツカーが騒音をかき鳴らしながら峠道を下っていった
「おい増えたぞ」
「あー、ルカさん帰ってきましたねー」
大丈夫負けないからと手を振って視線を戻す、勝ち負けの心配をしたわけではないのだが
「DNAレベルで戦闘に特化させた私達を上回る自然体が存在するとしたら、わざわざこんなクソくだらない事をする必要もないと、そう思いませんか?」
「…………」
「あなたならどう思います?血の滲むような努力してここまで来た、でもまだまだゴールは見えない、そんな時に努力の結晶を軽く叩きのめす"ただの人間"が現れた」
ニヤつきを通り越して表情が不敵に変わる。トマトジュースを持ち上げて中身を揺らし
「私達の価値は血液で決まりますから、それの鑑定次第で存在意義を問われる事になる。もし自然界にあんな魔神がたくさんいて、私達の優位性なんてその程度のものだったとしたら」
また登ってくるスポーツカーの騒音、それをバックに赤い液体を口に寄せ
「私達は、最初から必要無いものだったのでは?」
一口
噴き出した
「塩入れすぎでしょ飲めたもんじゃない」
「水で薄めろ。要するにこれを調べて結果次第では技術屋どもに突きつけろと言う事か?」
「簡単に言えば」
白黒2台の車が停車した。うち白から男性が出てきてこちらへ
「それからまぁ、あなた方が今受注してる明梨さん誘拐任務、ちょーっと気になるんですよね」
「どういう意味だ?」
「女の子2人組に頼む内容じゃない。あなた方の戦闘能力を知っている組織、突き詰めれば連絡先がわかるのでは?」
つまり無用だと言われながら実際は足で使われていたと
「情報屋さんいるでしょう?こないだ通信に割り込んできた。あれに追って貰ってください」
「代金はお前持ちだろうな」
血の入ったハンカチを懐に入れる、男性がテーブルまで到着した
「やあ」
「あ…ひ、久しぶりだな先日はすまなかった。自己紹介がまだだったか、私が火之内 美空、こっちが姉の美海」
「ぅっ…………どうも、ルカ・オルネイズです」
それが誰か理解した瞬間に立ち上がって握手を求める、ミミは炭酸を口に付けながらひらひら手を振った。ルカはその名前を聞いた瞬間に何故かピクリと肩を震わせたが、すぐ持ち直し軽い握手をして、椅子には座らずすぐ帰るとジェスチャー
「疾さんが正座させるって言ってましたよ」
「正座なら5分は耐えられるけど」
「間違いなく1時間コースですわ」
次いでネアも立ち上がった。若干痛んだのか腹の具合を確かめて、黒い車に視線を向ける
「何か用事があれば言ってくれ、これでも傭兵だ。借りた分は働こう」
「用事か…次があればね」
じゃあまた、と車に向かっていった。後ろ姿をしばらく眺め、逆に(2方向から)視線を感じて首を回すと
「彼、先約いますよ」




