Air 1-3
かなり大きいイベントなだけあってレベルの高いバンドが揃っていたが残念なことに30分で飽きてしまい、居眠りしていたのに気付いたのは時計の長針が1周した後だった。レンカとエレナは席にはおらず、楽器類もなくなっている事から出番待ちをしているのだろうと推測する
「起きたかな?」
「む……」
おっさんがいた
若干くすんだ金色の髪はきちんと整っていて白髪も無く、中年アメリカ人に見られる典型的ビール腹も発症していない。やはり整ったスーツも合わさって、おっさんというよりはおじさまという方が似合うだろう。それを一瞥して、次に別方向からの気配を察知
「娘の友人が世話になったそうだね、私からも礼を言わせて貰おう。優しいのだな」
「……お前の"優しい"がどういう意味なのかは置いておくとして、娘というのは小さいのと大きいのどちらだ?」
「ああ、大きい方だ。祖母がアジア人でね、何故か髪が黒く出てしまった」
パイプ椅子に上品に座るそいつの観察を終えて気配の元を探る。観客に紛れて少なくとも2人、近くのビル屋上にも見張り
「会期の真っ最中に抜け出して娘の応援とは、政治家というのは楽な仕事らしいな」
「おや、知っていてくれたとは光栄だ。確かに私は上院議員だが、ちゃんと正規の手順を踏んで抜け出してきているよ」
と返答しつつ視線をステージへ、丁度エレナが飛び出してくる所だった
「実際、遊びもしないで事務所にこもっているワーカーホリック達は国民の求めるものなどまるで理解していなくてね。大統領は政治家の週休二日制を徹底するべきだ」
「だがそれは」
「ああ国民が許さない」
やれやれと力なく首を振り、自分の娘が舞台に立つのを見届けた。エレナが騒ぎ立てている間に男2人がドラムを手早く設置、それにレンカがキーボードを添え準備完了、シンバルが大きく音を鳴らす
「君はこの政治体制をどう思う?」
「民主主義とはそういうものだろう」
「ふふ、それは固定観念だよ」
ドラムが高速連打を開始し
「人の思想は変わっていく。今ももちろん大事だが、100年200年先の事も考えなければ」
4つの楽器が一斉に弾け出した
「そんな事……」
「無理だと思うかね?だが誰もやらなければ変わる事は無いのだ」
メインマイクスタンドの正面に立つのはエレナ、一通りの前奏を終わらせた後それに向かって喋り出す
ギターは初心者同然だがボーカルとしては優秀なようだ
「この上院下院という決まり切った枠組みを変える、もっと多くの人間が政治に参加できるようにする、政治家のありようも見直さなければならない」
「…………」
エレナの歌声はとてもなめらかにフレーズを繋いでいく。あれは小学生だ、と言ったら誰が信じるだろうか。デトロイトに似合わない衣装に怪訝な顔をしていた連中をすべて黙らせてしまった
「娘はいい友人を持ったと思っているよ」
認めたくはないがそれは本当かもしれない。演奏面で足を引っ張っているのは確実なのだが、エレナ無しでこのバンドは成り立たない
「あの子はそのうち私から離れて私と違う道を行くだろう。なんでもいい、私が諦めてしまった事をやってくれれば満足だ」
「……お前は?」
バックコーラスにレンカが加わり、静まっていた観客も徐々に歓声を取り戻す
「私はもう……」
やがてそれはイベント最大の盛り上がりに発展していく
「後は皆に任せるよ、死ぬ前に達すべきものがある」




