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『だって、まだ生きてるじゃない』
どうして?という質問に対して明梨の回答はそれだった
『ん、まぁ、そうだな……まいったそれを言われると何も返せない』
シグに言われた通りの作業を実施して倉庫を施錠、さっき出ていったおっさんがまだ帰っていない事を確認して、今度はパソコンに歩み寄る。ロシア語版、まるで読めないがOSの中身は英語のはず
フラッシュメモリをセット、型遅れの窓程度なら特殊な操作は必要無いだろう、後はワームが勝手にぶち破ってくれる
『思想だかなんだか知らないけど結局は生きるためのものでしょ、なんで主張を通すために死ななきゃならないのよ、本末転倒もいいとこだわ』
30秒で突破完了、デスクトップが表示された。すぐさまメモリを入れ替えCドライブ容量を確認、全データのコピーを開始する。スペック的に余裕はありそうだ、そのまま中身の確認を始めた
『自分が生きてなきゃ意味ないじゃない、そうでしょ?』
『思想の問題には疎いからそれには否定も肯定もしかねるけど、とりあえず俺は大切な人間を守れるなら死んでもいいとは思ってる』
『…何その映画みたいな美談……』
『実際言うとな、 死を賭して守るという行為に対する最後の悪あがきなんだ、俺がここにいるのは』
『何それ?』
『まぁ詳しくは追い追いな』
中に入っていたデータのうち9割以上は既知の情報だったが、男の写った写真数枚の存在を確認した。太っている訳でも痩せこけている訳でもないがガンファイトしそうにはまるで見えない、つまり兵士以外の何かである。髪は金色だが、黄色、というより黒に近い肌は中東や東南アジアの特徴、周囲にいるのはロシア兵で、背後にあるのは巨大な鉄塔
「ロケット発射場…?」
『メル、どうした?』
「ぁ…大丈夫、終わったよ」
コピーの完了したメモリを引き抜いて窓から飛び降りる。正面玄関の方を見れば住人が帰ってくる所だった
それともう1人、見知った顔を連れている
「シグ、おとーさんを再発見」
『何か違和感はあるか?こう、動きがぎこちないとか』
「特にはなんともないけど」
『なら任務完了だな。それで姫、この後どうする?もう爆発の危険は無いが』
『どうするって、どういう意味で?』
『最後の説得とか、やってみるかい?』
「とっくにホテル戻ってるもんだと思ってたけど?」
「いやすまん、理科の実験してた」
「は?」
携帯電話店の前はラファールを含む全員とカザフスタン警察により封鎖されていた、といっても警察は拳銃とシールドのみ装備していて、実質的な戦闘力を持つのは我らが666小隊のみである。野次馬を威嚇するのにライフルなんていらねーよと言われればそれまでではあるが
「ていうかなんだ隊長、しばらく見ないうちにイメージチェンジしてるな。いいね似合ってる」
「似合うとかそういうレベルのもんじゃないと思うけど……」
シグのそれを聞いてラファールを見るもその服装に変更点は認められず、暑さに耐えかねてパーカーを脱いでいる程度。後は跳ね気味の金髪からカーゴパンツ、トレッキングシューズに至るまでいつも通りだった。イメージチェンジとは一体何の事なのか
「どこか変わってる?」
「変わってるぞ、MS2スリングがMS3スリングになった」
「あ、そうなの、なるほどなるほど…………知るかーーっ!!」
MS3スリングはマグプル社の製造する1点、2点式ライフルスリングである。MS2と比べフックやリングの形状、材質が変わり、肩から提げる1点式、背中に背負う2点式共に体の動きを妨げないよう改良が施されている、エアソフトガン用のものであれば日本でも簡単に入手可能だ
と、即座に説明が入る。なおルカのものとは根本的にライフルの吊り方が違う、あれは3点式というらしい
「それからM4だが、マグプル漬けから脱出してレイニアーアームズのチャージングハンドルに変わってる。これは利き手がどちらでもコッキングしやすくするものだけど右利きの隊長は間違いなくファッション目的で」
「イメチェンしたのはわかったからもういい!説明いらん!!」
くだらない話を切り上げて野次馬の群れに視線を移す、相当数の人間がいるがこれでも減った方らしい。そいつらと路上に張られたブルーシートのために通行人と一部の車両はせき止められ、通常時の2倍近く人が集まってしまっていた
数を巻き込むなら間違いなくここだろう
「それで真面目な話なんだが。これに書かれてる住所に爆薬が置いてあった、すべて処理したが警察に報告しといてくれ、他にも最低1箇所は爆薬保管庫がある可能性も含めて」
「……わかった、色々ツッコみたい所はあるけどとりあえず気付かなかった事にしてあげる。他には?2発目の情報とか」
「すぐにわかるさ、きっと楽しんでもらえる」
疑問符を浮かべるラファールに背を向けメルと通信、こちらに手招きした。シグに追従して人ごみの中へ
「若干話しすぎたな、もう紛れ混んでる。隊長ー!今からちょっと騒ぎ起こすぞー!」
人の波をかき分けること10秒、反対側に出た瞬間にシグが男の肩を叩いた
「よっ」
「ッ!?」
服の下に手を入れて電気導火線の端を探していたユーリヤ父は激しく動揺し後ろに飛びのいた。その瞬間に巻いていた爆薬が露わとなり、目に入れてしまった一般市民がこれ以上無い絶叫を上げる
「来るなぁ!!爆発させるぞ!!」
その一言ですべての野次馬と通りすがりが事態を把握、それぞれ悲鳴を上げて逃走を始めた。あっという間にクレーターが完成、残ったのは明梨とシグと走ってくるラファール。それ以外はクレーター形成に伴ってはじき出されたようだ
「そこは動くなの方が良かったんじゃないか?」
「呑気に言ってる場合じゃないでしょうが!!」
「それもそうだな。隊長、ガスマスクの用意を」
「はぁ!?」
爆弾男にライフルを照準したラファールだったがシグが耳元で囁くと怪訝な顔をして数歩後退した、反対に数歩前進、電気導火線の端を握りしめるそいつと対峙する。電気導火線は火を必要としない着火源だ、両手に持ったそれを接触させると電流が流れ火花が発生する
「どうしてそんな事しようと思うのよ」
「お前らにはわからないだろうがな!すべてを奪っていった奴がのうのうと生きてるってのはどうしても許せない事なんだ!」
何の事はない、純粋な復讐である。町ひとつをまるごと巻き込んだテロに対する、テロによる復讐
「本末転倒ってわかってる?」
「目には目をと言うだろう」
どうもハムラビ法典の内容を間違えて解釈してしまったらしい
「俺は生活のすべてを失った、娘も間も無く俺を必要としなくなる、残りカスをどうしたって誰も困らない。不自由なく暮らしてきたお前らには…!」
「父親を失った娘の気持ちならよく知ってるわ、3週間前に味わったばかりなの」
「っ……」
「不自由も知ってる、誘拐されて家荒らされて飛行機落とされたら北朝鮮でヘビ食わされて……ちょっと待ってあれで幹部陣全滅してるわよねという事は今財閥のトップ私!?やめてよ兆単位のお金動かすなんて精神的に耐えられな」
「姫、今その話をするべきでは」
「あ……」
咳払いを1回、話を戻す
「似たような境遇を知ってるという点を踏まえて、これが最後よ。それを捨てなさい」
「断る」
「…………」
最後通告を一蹴、不測の事態に備えてラファールがM4を構え直す。導火線をギリと鳴らし、ゆっくり近付けて
「こんな世界は、もうごめんだ」
バシュン!と、煙が一気に噴き出した
「え…?何が……ぐぉぉぉぉぉ!?臭!何だこれは!!臭い!あぁぁぁぁぁぁ!!」
結果として言うと爆発は一応した、しかしそれは爆薬と置き換えられた手持ち花火用の火薬であり、噴き出しているのは爆炎ではない。強烈な刺激臭にのたうちまわるそいつを見てシグが高らかな笑い声を上げる
「ははははははは!すまんが外出中にいじらせてもらった!内部に詰めたのは塩化アンモニウムと水酸化ナトリウム!噴き出してるのはアンモニアだ!!」
中学校の理科で行う熱化合実験である
「うわ…何このテロ臭い」
「まぁーあれだ、これだけ臭けりゃどこで爆発してもわかると思って」
「確かに警察も飛んでくるだろうけど……とりあえずあいつ捕獲」
「はははは、断る」
ラファールの命令を拒否しつつはいハンカチと渡してきた布を鼻に押し付け後退する。念のため言っておくと、アンモニアは腎臓で有害物質としてこし取られ尿として排出される、小便を臭いものたらしめる元凶である
そんなものを腹に巻いたキロ単位の量で都市中枢に
「先に言っときなさいよ!なんか白い粉買ってると思ったらこんなくだらない事を…!」
「くだらないからこそ笑い話になる!」
「とっ…止めてくれぇぇぇぇぇ!!」
「ほらもうギブアップしてるし」
「花火の火薬は酸素を練りこまれてる!水かけても止まらん!」
最悪だ
「仕方ない……はい総員!」
その惨状にラファールもギブアップ、通信機越しに全員へ命令を飛ばし
「見なかった事にする、後は警察に任せて撤収!」
次の日の新聞は、自爆テロと同格の扱いでアンモニアテロが掲載される事になる




