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前進、前進、ひたすら前進、たまに迂回。やがて森が終わり街が見えてきた、いや集落と言った方がいいかもしれない。住宅が数十軒、全部平屋か、高くても2階建て。ビルの類は見えない、兵士の姿も無し、畑が多いので農村だろうか。とにかくその場で数分待ちアルファと合流、ラファールの指示を受ける
「どう思う?」
「わざわざ観光しにくるような名所が無いのは確かだな」
「あんたに聞いた私がバカだったわ」
遠くからじっくり見た結果わかったのは驚くほど注目点が無いという事だけだ。ただの農村、警戒も何も無い
「現在時刻」
「1424」
「お腹空いてる人」
「恐らく全員」
レーションは用意していたが非常用を覗き墜落現場に置いてきたので今頃は朝鮮兵が奪い合っていることだろう、飯にありつくには現地調達しかない。最寄りの街で長居するのは避けたいが、ここまでまったく見つかっていない、それなりの時間は稼げているはず
「……ウォン持ってる?」
「イギリスポンドなら大量にあるが」
「でしょうね」
なら物々交換だと、各々荷物を物色し始めた。つられた明梨が懐から腕時計(男物)を取り出したため全員で静止
父の形見を売り払う訳にはいかないと思ったのか、ロイが溜息混じりに服の内ポケットから何か取り出した。出てきたのは金属のインゴット、手のひらに収まる小さいサイズだが、燦然と光り輝いている。いわゆる金の延べ棒という物体だ、サイズは50グラムから100グラム程度、それが複数
「何が起こるかわからんのだ、価値が固定されている物は常備するべきだろう。見習え貴様ら」
「へへー!」
メルが跪いた
「……じゃあ…どうしましょう。ルカ、朝鮮語は?」
「読むだけならなんとか」
朝鮮語、要するにハングルだが、文字数がとにかく少ないので覚えるのは比較的簡単なのだ。だが喋る書くとなるとやはりそれなりの勉強が必要になる
「あ…私喋れる!」
と、明梨が声を上げた。父の職業柄か、それともまさかここでも平和を説こうとしたのか。どちらにせよ朝鮮語ではなく韓国語の方だろうが
とにかく1人、護衛対象である点が引っかかるが気にしていられる状況ではない。ラファールは頷いて、それから全員を一通り眺め
「ルカ、シグ、アストラエアを護衛。ロイ、狙撃ポイントを探して待機。それ以外は野営準備」
「ここで一泊すんのかよ?」
「暗くなってから移動再開する、その方が安全でしょう」
ロイが2つに分解していたM95を組み立て、それから金を放り投げた、メルが空中キャッチする。小躍りして騒ぎ始めたので銃身で叩いて静め、金を明梨の手へ
「必要無いだろうが警戒配置に付く。通信機は耳から離すな」
高い所を求めてロイが歩いて行った。銃を持って行きはしたがM95にサイレンサーは付いていない、というかあの巨大ライフルに対応するサイレンサーの持ち合わせがない。基本的な役割は見張りだ、発砲するのは本当の最終手段で、それ以外はナビゲートに徹するはず
「なんか…昨日と比べてだいぶ適当だけど大丈夫…?」
「綺麗に撒いたからね、息抜かないと集中もたないよ。それに、ここの住民相手に注意配っても仕方ない」
「いや…指名手配とかされてない?自分で言うのも何だけど私結構有名…」
「大丈夫」
見せた方が早い、迷彩服を脱いでダウンを着、Px4をポケットに突っ込んでそれ以外は武装解除。明梨に行動開始のジェスチャーを送る
「よくわかると思うよ、この国の現状」
「で実際どうする?支援無しでベトナムまでってのはさすがにきついぞ」
「わかってる」
まず水場を探し、飲料水の確保にヒナとメルを派遣。なるべく目立たない場所に荷物を降ろして隠す。ここでご宿泊する訳ではないので、後は周囲を警戒しながら飯が来るのを待つのみ。ネアには巡回がてら食用可能なものを探してもらっているため、残っているのはラファール、ウィル、正宗のみ。うち正宗は地図とにらめっこする作業に没頭しているため、これもいないと認識した方がいいかもしれない
「国境越えたら中国支部と連絡つける、車くらいは用意してくれるでしょ」
「車でベトナム?」
「どっちに向かうかは落ち着いてから決める。何にせよ空路はしばらくお預けね」
「まぁ、二回目は嫌だからな」
ウィルがタバコを取り出しくわえたのを見て煙を避けるべく距離を取る。何かショックだったのか、溜息を吐きながらそれを箱に戻した。代わりにポケットからキシリトールガムが出てくる
「しっかし今頃はイギリスの紅茶と淑女とクソまずいメシに想いを馳せながら空の旅を楽しんでるはずだったんだがな」
「クソまずいメシってのは必要?」
「ああ、あのベタベタギトギトのフィッシュアンドチップスを食わないとイギリスに行ったとは言えないね」
「何その苦行…」
「それが何だ、未開の森を散策した後安全かどうかもわからない食材でバーベキュー?ここは北朝鮮か。…あ、北朝鮮か」
バカだ
「とりあえずあれだ、観光気分で構えとこうぜ、今まで通りなんとかなるさ」
「…あー…そういう事」
メルが走って来るのが視界に映った、何か掲げている。遅れてヒナも現れ、こっちが持っているのは水筒
「今いるのがロシアだったらまずかったけど、北の国境越えくらい民間人だってやってるんだから心配なんかいらないわよ」
「ならいいがな」
メルが到着
「魚!魚獲ったよ!」
「んでびしょ濡れと」
跳ねた水をかぶったとかそういうレベルではない、恐らく川に飛び込んだものと思われる。獲物は全長30センチ程度のを2匹
後からやってきたヒナも若干涼しい感じになっており、不機嫌そうな顔からとばっちりを受けた事は想像できた。水筒を置いて木の枝を集め始める
焚き火はさすがにまずい気がする、が、どうせ大丈夫だろう、焚き火が日常風景な文明レベルなのだ
「これ食べれるかな!」
「タンパク質ならいけるだろ、食った後は保証しないがな」
とにかく風邪を引かれる前に迷彩服に着替えさせる。森の奥に消えていき、入れ替わりでネアが帰還
「付近に敵影無し、まったく問題ありません」
「移動の痕跡とかは?」
「見つけましたが離れてます、この位置なら見つからないでしょう」
「オッケ、休んでて」
「それとですね、一応食糧確保したんですが」
と、言いながらネアは背後から何か取り出し
「疾さんは小さい宝箱と大きい宝箱、どちらがお好みですか?」
先行する明梨が困惑した表情で周囲を見回している。しっかり舗装されていない農村の道、目に付くのは農作業をする民間人が数人のみだ。何の変哲もない日常風景のはずなのだが、日本のものとはただ一点、決定的に違う箇所がある
「話は聞いてたが、実際見ると酷いな」
隣を歩くシグが言った
「ここは首都に近いからまだマシだよ、地方は毎日餓死者が出てる」
生気が無い
笑顔などもってのほか、通りすがる全員が顔に何の感情も宿さず、引きずるように体を動かしている。生きるのに必死、といえば聞こえはいいが、必死になる気力すら残っていそうにない
「なにこれ…アフリカの極貧国みたいじゃない…」
「今に始まった事じゃないんだな、20世紀半ばからこうだ」
「でも…韓国統合して経済面では安定したって発表してたし、今だってまた戦争やるくらい元気が……」
ずっと聞いていたのか、通信機の向こうでロイが鼻を鳴らした
『ふざけた事を言うな、旧韓国の経済基盤など1年足らずで崩壊したわ。あの嘘が大好きな民族がまともな発表をする訳なかろう。経済が安定した?何を馬鹿な、貧民が2倍になっただけだ』
まず北朝鮮という世界の嫌われ者に統合された時点で貿易業者は用済みとなった。続くように輸出収入で成り立っていた企業も軒並み倒れ、絶望的なデフレが瞬く間に蔓延。結果として無傷だったのは政府に保護された数件のみで、それ以外のすべては潰れるか、町工場レベルの規模まで縮小を強いられた。統合されてから3年、今や北も南も何ら変わらない
「こんな…ソマリアみたいな状態でなんで暴動起きないのよ!統治するべき政府が何もしないで…!」
『暴動を起こす力が残っていない、徹底的な情報統制によりこれが異常だと思っていない、そして政府はこんな寂れた土地を守るより隣の肥えた島国を手に入れる事に夢中だ。こいつらは何も知らないし関係ないと思っている、例え指名手配犯が目の前をうろついていようがな』
ジャンボジェットが墜落したのは見えていただろうし、自分達の情報も回っているだろう。だが賞金も何もない、ただ捕まえろと言われただけだ。実際、見ず知らずの外国人がうろついているにも関わらず何の関心も持っていない
『これが現実だ小娘。お前がどれだけ平和を説こうと、この中のただ一人にも伝わらない』
言いたい事を言い切ってロイは黙り込む
明梨も言葉を失って沈黙し、立ち止まって俯いてしまった
ああこれはまずい、絶望の崖っぷちだ
「まず事を済ませよう、手頃なのは?」
眼前で手を振って意識を引き戻す。ここに来た本来の目的は食糧確保だ、そこらの農夫を捕まえて金塊(小)を突きつければいい
「前方30メートルからこっちに向かってくるおっさん、周りに人もいないし、カゴの中身カブかなんかじゃないか?」
シグが指差した先の男性を確認し、まずどういう展開になるかを予測。明梨から金を渡して貰い、先行して男性に近付く
40台前半あたりの無精ヒゲを生やした顔、表情は死んでいるがどんな性格をしているかはだいたい察せる。少なくとも面倒事を率先して引き受けるタイプではない
「ハロー」
一瞬反応して、すぐ無視の態勢に入った。俯いた顔の正面に左手を伸ばし、握っていた指を開ける
男性の目に光が入った
「が…ッ!!」
飛びかかってきた所の顔面に握りなおした左拳を叩きつけ、間髪入れずに足払いをかける。倒れこんだ男性の腕を掴み、適当な方向に捻ってホールド完了。太ももを踏みつけて下半身も拘束
「ルカくん万能だねえ」
「中東行くならこれくらいはできないと」
「いや中東行ったけど俺はできない」
よくわからない言語で呻くそいつを捕まえたまま呆気に取られる明梨を呼び寄せる。カゴの中身くださいと交渉してもらい、男性がコクコクと頷いた時点で解放、金を投げ渡す。受け取って、カゴごと置いて走り去った
「だ…大丈夫…?あれ…」
「通報するどころじゃないだろ、これからしばらく遊んで暮らすんだ」
金50グラム、日本円でおよそ20万円だ、ウォンに換算するとだいたい300万ウォン。旧韓国でチヂミを300回食べられる、現状ならもっといけるだろう。せいぜい人生を謳歌して頂きたい
『おい貴様ら、交換レートを2ケタほど間違えてないか?そんな安全かもわからん草の根っこにまるひとつだと?』
「口止め料だよ口止め料、家に帰ったら経費で落ちるさ」
『いや利益不利益の話をしている訳では…』
ロイと通信するシグの肩を叩いて撤収指示
とにかく戻って、諸々の話はそれからにして頂こう
「クール…つーか淡泊だよな。感情は残ってるか?せっかくかわいい顔してんのに」
「今悪寒を感じたから感情はちゃんとあるよ」
シグが言ったので即刻返答し進路を村の外へ向ける。明梨がついてきているのを確認し、スピードを上げた
「そっちこそ、色々と吹っ飛ばしすぎだと思うけど」
「爆破か?あれはいいもんだぞー、吹っ飛ばす方も吹っ飛ばされる方も痛みを感じない」
ああそういう理由かと、無言で納得する。耐えられないのだろう、死人を直視するのが
「まぁ、帰ってこれないレベルまで行かなければいいけど。地獄は見たくないでしょ」
「はっはっは、いやいや」
と、シグは軽く笑い
「幸せになるのは諦めたね、守らないとならない奴がいる」




