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「ふむ、可愛い顔してんな」
「え゛っ……あ…ありがと…う…?」
正面玄関では1人の男が張り込みしていた、身長175センチ程度、茶色いジャケットを着ている。髪の色は黒だが目は茶色、染めているらしい
出会い頭でシグルト・チェンバースと名乗られた、コールサインはシグ。本人日く爆発担当、吹っ飛ばしたいものがあったら気軽に言ってくれとのこと
危ない、色んな意味で
「まぁなんていうか、色々やるんだよなこのチーム、8人しかいないってのに…あ、今日から9人か」
「お世話になります」
「こちらこそ。んではい」
「?」
双眼鏡を渡された、次いで玄関の外を指差す。そっちを見ろ、という意味らしい
レンズを覗き込み示された方向へ。あったのは劇場向かいのビル、その屋上。人間が二人、どちらも幼い少女だ。屋上の端で座ったり伏せたりして、狙撃銃のスコープと巨大双眼鏡をそれぞれ覗いていた
「狙撃手がヒナ、観測手がメル」
「……ずいぶん若いね」
「確か16と15だったかな。うちの最年少組」
まず狙撃手、ヒナの方だが、明るい茶髪のボブカット、伏せているためそれしかわからない。ただ、スコープ越しに見える右目は薄い赤だが、時々開く左目は黒
そしてその横であぐらをかく観測手メル、毛先の跳ね上がった短髪は紫、目も紫。たぶん染髪とコンタクトだ、ダメージは気にならないのか。服装も少々変わっており、ダボダボなベージュのセーター、ニットワンピというものだろうか。いや、似合ってはいるが
そうやってしばらく眺めていると、2人同時に手を振ってきた。メルは元気よく、ヒナは控えめに
「お待たせ」
どこかと電話していたラファールが帰ってくる。苦虫を噛み潰したような顔だ、何かあったのか
「シグ、ここはいいから外を見張ってて。監視カメラで怪しいのを捕まえた」
「右翼の過激派かなんか?」
「いえ、たぶん北」
「わぉ」
軽く説明すると、約3年前だ、ありえない事が起きた。北朝鮮が韓国を負かしてしまったのだ、現在半島は統一され朝鮮連邦を名乗っている。中国の支援があったのは間違いないだろうが、当人は関与を否定、国交はほぼ断絶しているものの争う気配も見せない。そのせいか目下の標的はこの日本、工作員が続々と送り込まれていた
「北のスパイが?この左翼集会に?なんで?何しに?」
「んなこと私が知るか」
ラファールがちょいちょいとジェスチャー、客席を見張ってろと言いたいらしい。無線機を受信状態にして、1人で2階へ
どこもかしこも老人ばかりだ、しかも重度に平和ボケしている。テロリストが2、3人も来れば瞬く間に全滅してしまうだろう
『ロイ、警察に連絡、いつものやつ回して貰って。ヒナ、劇場右側の渡り廊下狙える?』
『いけるけど、どこに落とすの?』
大きい扉を開いてホール内へ、満席とは言えないが8分は入っていた
その観客全員が注目している壇上の女性が今回の防衛目標、葛城明梨。話している内容は、何と言うか、まぁ何だ、残念ながら『絵に描いた餅』というのがよく似合う。具体的に何をどうしようと提示している訳ではないが、非武装宣言すればーとか、お互いを思いやる心をーとか。簡単に言えば、大人のクオリティで小学生の作文をやったという、そんな印象を感じる
「まだ若いな……」
決してアホではない、あと数年もすればもう少しマトモな事を言ってくれるようになるだろう。その前に叩かれて社会的に死ななければいいが
『よーし、聞け皆の衆。駐車場に白いバンが停まってる、たぶん北の工作員だ』
イヤホンからウィルの声
『そこで問題がひとつ。ここは左翼の集会、戦争アレルギーが山ほどいる。銃撃戦なんかやってみろ、叩かれるのは俺達だ』
『せんせー、理不尽でーす』
『いつもの事だろ諦めろ。全員サプレッサー装備、静かにいく』
扉が開く、ラファールがホールに入ってきた。途端にスピーチを聞いて乾いた笑いを漏らし、後ろ手にPx4用のサプレッサーを手渡される。発射音低減装置、サイレンサーという名前の方が有名だろうか、昔はサイレンサーで正解だったのだが、決して無音にはならない為名称が改められた
「ごめ…ここは任せた…毒電波が……」
毒電波て
ポケットの中でサプレッサーを装着しつつ、そそくさと立ち去るラファールを見送った。戦場の実態を知っている人間としては、むしろ頑張った方だと思う
視線を前方へ
「………………」
スピーチを続けつつ器用にこっちを睨んでいた
『車から出てきた、人数5、ショットガンとサブマシンガンで武装してる。やらかす気まんまんだな』
『前から順にエネミー1〜5と認定。メル、正面のを全部追って。シグは裏手へ』
『えー3人とか無理だよー』
『頑張りなさい出来る子でしょ』
葛城明梨さんのお話は続いていた。自己主張は終わって、世界の軍事バランスに関する講義に移っている。だがまだ調べが甘い、もう少し突っ込んでもよかったのではないか
『こちら県警死体回収班、配置についた。たまには無駄足で終わらせてくれてもいいんじゃないかー?』
『お巡りさん、そりゃ無理な相談だ』
『エネミー4と5、裏口からスタッフオンリーに入った、監視カメラで追ってくれ』
『エネミー123、散開してクリアリング中』
講演が始まってからは15分といった所だろうか、周囲の老人、そろそろ集中力が切れ出している
『ウィルからルカへ、客席に不審な人物はいるか?』
不審、不審ね
「おじいさんが1人、10分くらいずっとバッグまさぐってる」
『いいぞ新人、それは痴呆症だ、放っとけ』
視線を舞台に戻す。明梨さんの言うところ、目下の問題はアメちゃんが軍縮でPKOらしい、まとめるとそうなる
続いて朝鮮半島の話題へ。話せばわかる、それに尽きた
『周囲に民間人無し、行けるわよ。ヒナ、手摺りが少し高い』
『りょーーかい』
『ルカ、エネミー4がホール右側の非常口に向かってる、30秒だ』
このありがたいお話を聞き続けた意味は思いのほかあったようだ、警備室からお声がかかる
非常口の位置を確認、客席中段だ。ポケットに手を入れPx4のセイフティーを解除しつつドアの近くまで移動、背中をつける
「こちらルカ、配置についた」
『正面片付けるよ。エネミー312の順に10秒、11秒、12秒』
『外すなよお嬢?』
『この距離で外すかっ』
劇場の外側ではもうすぐ幕引きのようだ、内側はまだ終わりそうにないが
残り15秒、注意をドアノブへ
『連続射撃、3…2…1…ファイア、ファイア、ファイア。オールヒット、右側の花壇に落ちたよ』
『死体回収、急いで』
『了解、1分で片付ける』
『4、5も行くぞ、シグ、挟み込め。エネミー4カウントダウン、5…4…3…2…1…』
ドアノブが回った
『ゴー!』
つっかえの無くなったドアを背中で思い切り押し込む、すぐに何かと衝突して、短いうめき声が上がった
半分ほど開いた所で体を滑りこませて今度は閉める、サプレッサー使用でも出るものは出るのだ、音は遮断しなければ
目標は鼻を押さえて仰向けに倒れていた。もはや急ぐ必要すらない、Px4をゆっくり取り出し、朝鮮語で呻くそれへ照準
ブシュブシュ、と、くぐもった音が出た
「エネミー4、排除」
『オーケー、こっちも片付いた、エネミー5排除』
『誰かに見られた?』
『いやまったく』
警官がやってきたのを確認してからホールに戻る、とりあえず鍵はかけておこう
『ウィルから全員へ。よくやった、講演終了まで適当に巡回しててくれ。新人くーん?』
「はい?」
『なかなかの手際だったよ。褒める…とは何か違うが、まぁいい感じだ、即戦力だな』
「それはどうも」
ついでだから最後まで見ていこう、そう思って空いている席に腰掛けた。老人達は…寝ているのが2割ほど
『何を思ってこの業界に入ってきたのかは知らないが、もうずいぶん慣れてるな、諸々の警告は省く。が、まぁ一言だけ言わせてくれ』
無線機の向こうにいるウィルはどうでもいい事を言うように、しかしはっきりと
『歓迎しよう新たな同志。そしてようこそ、クソったれな仕事場へ』