ケリアの森と蟲と黒衣の少年
ああ、今日はいい天気だなぁ。
だなんて、誰が思うものか。
「いーーーーーや~~~~~!!!!!」
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!』
今あたしの後ろには巨大な蟲――ワームが巨大な口を開けて獲物を食べようと全力で迫っていた。
まぁぶっちゃけ、獲物ってあたしのことだけどね!!
(なんでいきなりこんなに遭っちゃうかなー!もう!)
この蟲、巷では大喰い蟲と呼ばれていて、性格は非常に獰猛。とりあえず周りにある物は片っ端から口に入れてから食えるかどうか確認する、という大変大雑把な蟲で、たまたま出くわしたあたしを食べようとしている真っ最中☆ということなのです。
森に住む他の生き物たちも、とばっちりを食らってはたまらない、とばかりに全力であたしの傍から離れていっている。
見つかったらとにかく走れ、というのがケリアの熟練猟師から教わったことだ。いつまで?それは考えてなかったなぁ!!
「やばっ!?」
あたしは走るのに夢中でそこに木の根があるのに気が付かず、足を引っかけてしまった。突然のことにパニックで頭の中が真っ白になる。
(あ、これは終わったわ)
あたしは蟲が迫るのをまるで他人事のように見つめていた。
今日はいい日だ。
俺はケリアの森の中を悠々と歩いていた。目的地はこの森を抜けた先にある通称〝騎士の町〟。そこである男と会うのが目的だ。
と、いってもそれが最終目的ではなく、目的の一つだ。
「あと一日で着くかな」
森の中を一人歩きながら独り言を呟く。
さて、鼻歌でも歌おうか、と思ったところでそれは聞こえた。
『いーーーーーや~~~~~!!!!!』
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
悲鳴!?それにこの鳴き声はワーム、それも大型だ。厄介なことになった、とオレは舌打ちをして声の方に走り出す。
『何してるんだ、引き返せ』という声と『早くいけ!』という声がせめぎ合う。前者の心の声をねじ伏せ、足を一歩、また一歩と大きくスライドさせる。
(見えた!)
この辺りでは珍しい紅い髪をした少女が必死に走っている。その後ろには巨大なワーム。と、そこで少女が木の根に足を引っかけて転んでしまった。少女は放心したようにワームを見るばかり。
(マズイ…!!)
俺は危機感に導かれるまま、腕を振るった。
あたしはもう目前に迫る蟲を自分でも意外なほど穏やかに見ていた。脳裏に浮かぶ村のみんなの笑顔に、ああ、これが走馬灯というやつなんだな、と漠然と思った。
目を閉じて、その時を待つ。
でも、いつまでもこない蟲に疑問を持って、ゆっくりとあたしは目を開いた。
そこには、横っ腹に刺さったナイフに悶える蟲がいて。
目の前のには、指の間にナイフを挟んだ黒衣の少年がいた。
「ほえ?」
あたしが予想だにしなかった光景に唖然としている中、それでも状況は刻一刻と動く。黒衣の少年は腕を閃かせ、寸分たがわず蟲の無機物めいた複眼にナイフを次々と命中させていく。
黒衣の少年は蟲の悶える様を見て二ヤリ、と猛獣のように笑った。彼はそのまま残りのナイフを蟲の口内に投げる。
ザシュザシュザシュ!!と、刃物が肉を貫く音が森の中に響き渡った。蟲は何度か身を震わせたあと、ドシン!!と地面を震わせながら倒れた。
そこには、物言わぬ肉塊が恨めしそうに少年を見つめていた。
「本っ当に助けてくれてありがとう!」
あたしはは蟲を仕留めた青年にお礼を言いながら近づいた。顔はなかなか端正な作りをしていて、黒色の髪に翡翠色の瞳をしている。なかなかの美形だ。アンナさんだったら、「きゃーー!!」と言って騒ぐだろうな、どうでもいいこを思う。
「お前バカじゃねぇの」
「は?」
「は?じゃねーよ、普通あんな大声で喚かずとも逃げれるだろーが。あの程度の蟲一匹倒せないようじゃこの先苦労するだろ、さっさと帰りな」
、
あたしはこの日何回かの唖然とした表情で彼をまじまじと見つめる。彼はあたしが何も言わないのに興味を無くしたのか、くるりと踵を返した。
あたしはその行動にハッと意識を戻して声をかける。
「待ちなさいよ!」
「ああ?なんだよ、何か文句があんのか?」
彼はあたしが声をかけると煩わしそうに振り返った。
「大アリよ!」
あたしは彼の行動に信じられない、とばかりに一歩踏み出した。
「何だよ」
彼は少し不満げに応えを返す。
あたしは彼に思ったままの事を言った。
「この蟲食べないの?」
一拍の間がその場に流れる。
「はあぁぁぁ!?」
彼は肺の中の空気を全て出さんとばかりに大声を出した。
「このワーム食べないの?」
俺はその言葉にしばし頭の中で意味を理解しようとする。
「はあぁぁぁ!?」
そして、思いっきり心の底から天にも届けとばかりに大声を出す。
「ふえ?」
目の前の少女がコトリ、と首をかしげる。おお、かわいいなおい。じゃなくて…!
「いや、いらないんだったら、貰えないかな~、なんて」
俺が唖然としているのに何を勘違いしたのかずれたことを言う。俺が聞きたいのはそうじゃなくて…!
「いやいやいや、それ以前に食えるのか、それ?」
「えぇ~~~!!知らないの!大喰い蟲の秘肉ってとっっても美味しいんだよ!」
信じられない、という表情をされた。え、なに。そんなに知ってちゃダメなことなのか?
(オレが知らないというだけで非難される覚えはないんだが……。というか、オレが信じられねぇ)
「他の部分のお肉は食べられたようなものじゃないんだけど、ある一部だけとっても美味しい部位があるの。大喰い蟲が食べれば食べるほど、その部位は美味しくなるんだよ♪」
俺の疑問にご丁寧に答えて頂き、肩に下げていた袋から肉厚の肉斬り包丁を取り出した。
(コイツ、さっきまで泣きそうだったのに、嬉しそうにさばいてやがる…。)
めちゃくちゃシュールだ。
「そいえば、自己紹介してなかったね。私は、アリシア。アリシア・カーバンクル。あなたは?」
今さらと言えば今さらの発言に呆れながらも俺も失礼かと思い、名を言う。
「リュー・ハイムだ」
「リューね。了解、了解」
上手に採れたー♪と、今度は薪を集め始める。
「しかし、何で大喰い蟲が上手いと知っていたんだ?」
一番気になっていた疑問を少女――アリシアだったか――にぶつける。
「ほぇ?何でって、私がいた村では有名だよ?」
「どこだよそこ」
そこには一生行きたくねぇ。
「ケリア」
「ド田舎じゃねぇか……」
パチパチと火が燃え始め、木の棒に突き刺した肉をあぶり始める。
辺りに美味そうな匂いが立ち込めてきた。
アリシアは上手に焼けました~~♪と、肉をかがげる。
「ほらほら、できたてが美味しいよ~」
アリシアはそう言って、二つに分けた肉の片方を俺に渡してきた。
恐るおそる一口齧る。モグモグ。ごくん。
「…美味いな」
「でしょでしょ」
アリシアは我が事のように胸を張った。…ほとんどないけどな。
「何か言った?」
アリシアは底冷えするような笑顔を俺に向けてきた。ぶんぶんと首を横に振る俺。流石にこの歳で死にたくはない。急いで話題を変える。
「で、お前はこれからどこに行くんだ?旅人なんだろ?」
「うーん、次っていうか、始めて良く町は、ランドベルグなんどだけどね」
ふーん、と思いながら自分でも不思議なほど自然と声に出す。
「そうか、一緒だな。…共にいくか?」
「え?一緒にいくんじゃないの?」
(お前の脳内では決定事項かよ!)
と、ツッコミを入れるが言葉にはしなかった。言っても無駄だと分かり始めていたからだ。
「まぁ、いいだろ」
面白い旅になりそうだ。
俺はそう心の中でそう呟きながら肉を頬張った。
リューが仲間になりましたw
アリシアは死んだ大喰い蟲なら大丈夫なようですw
訂正第二弾。