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盗賊と錬金術と女の子




――何でこんなことになっちまった。






 月光が木々の間から射す、薄暗い森の中を、男は走っていた。

 男――グルゾは盗賊達の長である。常連になっている同族が集まる酒場で、宝石を積んだ商隊が通ることを、いつも使っている情報屋から聞き、いつものように襲いかかった。今日は儲かるぞ、と。


 しかし、そうはならなかった。部下は一人残らず捕まってしまった。

  何故なら――





 「待ちなさい」



 その商隊には、旅人《ウォーカー》がついていたのだ。

 目の前には一人の少女がいた。年は十代後半だろうか。半袖のシャツの上に、左肩に肩当てを着け、動きやすいホットパンツ、手には鉄製の手甲を嵌めている。恰好だけを見れば、一般的な旅人となんら変わらない。しかし、髪と瞳の色はあまり見かけない色だった。

 バラでさえ真っ青になるような紅色をしていたのである。




 最初は、盗賊達も油断しきっていた。女の旅人一人で、自分達に太刀打ちできるわけがない、と。

 しかし、そんな油断もすぐに吹き飛んだ。盗賊達は旅人を押さえつけようと近づいた。盗賊の一人が手を伸ばす。

「へっへ、嬢ちゃん。こんなところにいたら危ないぜ」

 しかし、その盗賊は少女に触れることはできなかった。腕を掴もうとした瞬間、少女は体を勢いよく沈め、両手で地面をつく。ちょうど足を折り曲げた逆立ちの状態になり、そこから盗賊の顎めがけて思い切り振り上げる。揃えられた両足からの突き上げが男の顎にそれは気持ちよくクリーンヒットし、男は「ぐほっ」と悲鳴を上げてその場で倒れて気絶してしまった。仲間の一人が倒されたことによって、盗賊達は動揺した。

「なんっ」「馬鹿な!」

 旅人の少女はそのまま止まらず、近くにいた盗賊達を気絶させて無力化させてゆく。その常識から離れた光景に盗賊達は目を奪われていたが、すぐに気を取り直し、グルゾは部下達に大声で命令する。

「何ボーっとしてやがる!役立たずの糞ったれども!こっちのほうが数は上なんだ、テメェ等全員でさっさと殺っちまえ!!」

 グルゾの怒声に部下達は震え上がり、残った数人で一斉に襲いかかる。しかし、少女は雪崩のように襲いかかってくる盗賊達を見ても焦ることなく、手甲を付けた拳を地面に思い切り叩き付けた。



 その瞬間、地面がスパークしたかのように輝き、そして、



 地面が生きているのかの如く盛り上がり、隆起した土の塊は盗賊達を飲み込み、土砂の下に閉じ込めてしまった。



 あまりもの現実離れした光景に、グルゾは一瞬あっけにとられ、そして顔を青ざめさせた。このような現象は、一つしか思い当たらなかったからだ。

「ば、馬鹿な…。錬金術だと…!」



 錬金術、それは今から30年前に確立された技術であり、物理法則に従いながらも、あまりもの魔法のような反応をすることから、こうとも呼ばれる。



     〝神の奇跡〟、と。



 錬金術を見たグルゾは一目散に逃げ出したのだった。生身の人間では太刀打ちできないからだ。錬金術に勝てるとすれば、それこそ魔法か――――ついに、川まで着いた――――錬金術だけだ。

 グルゾは、ニヤリと嗤った。

――これなら、勝てる。




 「ここまでよ」

 散々逃げ回っていたが、ついに追いついた。盗賊の男が諦めるように、さらに一歩近づく。その時、グルゾは旅人のほうにクルリと振り向いた。それと同時に、隠し持っていたナイフを取り出し、旅人に向け――ずに、足元、川の中に突き出す。

 ナイフが水に触れた瞬間、青白い閃光が奔り、まるで、水が意思を持ったのかのように、激流の槍となって少女へと襲いかかる。グルゾは、激流に押し流される様を想像してほくそ笑んだ。が、しかし、グルゾは、三度目の驚愕を味わうことになった。

 少女の足元から突如として雷光が迸り、少女を囲むように半円状の土塁が築かれたのだ。

 あまりもの驚愕に唖然としていたが、少女の腕に着けている手甲に、小さな宝石が付いているのに気が付いた。それは錬金石だったのだ。

 錬金術は確かに便利だ。しかし、扱うには錬成陣を描く必要があり、いちいち陣を書いていたら時間がかかる。そこで、錬金石の出番となるのだ。錬金石は、アルケニウムという鉱石でできており、高熱にさらすことにより、溶ける性質がある。そして、もう一つある性質は、溶けたアルケニウムは、文字を記憶する、というものである。つまり、紙に描いた錬成陣を溶けたアルケニウムに混ぜることにより、錬金術の触媒にすることができるのだ。

 こうすることで、高速で錬金術を発動することができる。しかし、何事にも欠点は付き物である。錬金石を用いた錬金術は、特定の物質にしか反応しなくなるのだ。つまり、ある錬金石は土系統にしか錬金術はつかえないし、別の錬金石は水系統にしか反応しない、といった具合にだ。

 旅人の少女は土しか錬成に利用しなかったから、土系統の錬金石なのだろう。また、錬金術を発動させるには、いくつかの条件がある。



 まず大前提に、錬成させる物質に触れなくてはならない。体の一部分を付ければいいため、究極的には足元からでもいい。しかし、錬金石から離れれば離れるほど、影響は弱くなる。

 次に、質量保存の法則だ。水から、例えば10の質量の氷を作ろうと思ったら、10の質量の水が必要になる。5の質量の水では、5の質量の氷しか作り出せない。

 3つ目は、等価交換の法則だ。土から氷は作れないように、同系統の物質からしか作れない。

 そして、最後に必要なのが、魂威の法則だ。錬金術が発明される前、どうしても錬金術が発動しなかったのは、魂威が抜けていたからである。魂威は、要するに生命力のことである。生命力を使うことにより、錬金術は発動するのだ。

 魂威の法則で言えば、生命力が強い者は、弱い者より、瞬間的な錬成のスピードは圧倒的に早いし、一瞬で大規模な錬成ができる。また、錬金石から離れた位置からの錬成も行えるのだ。


 つまり、少女は、生まれつき魂威が強いということになるが、グルゾはそんなことに気を払う余裕は無かった。不意打ちを完全に防がれ、動揺し、すぐに同じことを繰り返そうとした。それが致命的な判断ミスになったのだが、流石に責めるのは酷だろう。少女は、グルゾの視界から隠れた状態になっていたのだから。土塁の後ろから、再び錬成した証拠である青白い光が溢れ、そして、



 少女が土塁の上から襲いかかった。足元の土を錬成し、土台を作り、その上からグルゾに向かって飛びかかる。グルゾが最後に見たのは、迫りくる拳だった。

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