012
この国の信仰されている神が複数いる。まず、主神であり、創造神である、アルス=マグナ。万物を創造した神、と言われている。
次に、アルス=マグナの妻である、慈悲の女神アイリーン。この世界を作ったのはアルス=マグナではあるが、直接的な原因は彼女にある。そのことは、おいおい話す機会があるだろう。
次に、獣人族に信仰されている神獣フェンリル。かの獣は全ての獣の始祖と言われ、愛情と力の象徴でもある。
最後に、魚人族の守り神である、海神モビー・ディック。その姿は白いクジラとされており、豊穣の証だ。
唯一、竜人族だけが何を信仰しているのか、それとも信仰をしていないのか、それは誰にも知られていない。
森の中を歩くこと30分。アリシア一行は牙族の村に到着していた。この村は小さな村で、家は木で建てられた簡素な物で、狩りのために、移動するときにすぐに解体できるようにしてあった。獣人族はこの広大な『神獣の森』を移動しながら狩りをしている。
牙族・爪族は典型的な狩猟民族なので、時々かち合う時もあるようだ。
「へぇ~、ここが牙族の村かぁ」
アリシアが村全体を見渡しながら、牙族の村の様子を観察する。
「ああ、ようこそ、牙族の村へ。歓迎するよ」
ニッコリ笑いながら、エスラは村に入っていく。その時、村の奥から怒号が聞こえた。
「ふざけるな!!何の言いががりでそんなことを疑われなきゃならんのだ!!」
「言い訳するんじゃねぇよ!お前らがやったんだろう!?」
その声にビックリしてアリシアは怯えたようにリュー達の方を窺う。
「な、なんかあったの?」
「兄貴、行こう」
「ああ」
ムゥはエスラと一緒に声のする方に走っていった。アリシアは二人の後姿を見送り、リューに振り向く。
「どうする?」
「ここでつっ立っとく訳にもいかんだろ。状況も確かめないとな。しかしまぁ、お前といると退屈しないな」
「全部あたしのせいにしないでくれる?」
アリシアとリューも、村の中心に向けて駆けて行った。
村の中心、広場のようになった所に、どうやら町中の獣人が集まっているようだった。その中に、明らかに牙族に見えない獣人も数人いる。おそらく、あれが爪族なのだろう。
アリシアは獣人族を見るのは初めてだったので、他の部族の見分けがつくか心配だったが、どうやら杞憂だったらしい、と悟った。
何故なら、興奮状態にある獣人族は、その獣の姿が少しでるようで、犬っぽいのが多数、残りがネコ科の獣の姿だったからだ。
頭からピョコンと飛び出した三角の耳は両部族とも同じだが、牙族は鼻が突き出ていて、犬のような顔だ、対して、爪族は鼻は突き出ていないが、鼻の横から髭が左右に三本ずつ、ピン、と立っている。
しかし、今は両部族共に憤怒の形相をしており、険悪なムードをこれでもかとばかりに周囲に発していた。
どちらも睨みあい、一歩も譲らないのがアリシアにも分かったほどだ。
そんな中、唯一、爪族で冷静に佇む一人の巨漢がいた。両腕を組み、牛も絞め殺せるのではないかと思うほどの太い腕を持つその男は、静かに、しかしはっきりと口にした。
「しかし、我々はその時にはこの周辺にはまだ来ていなかった。ここに来たのは五日前だ、それでもまだ我らを疑うと?」
その言葉に一人の牙族の男が反論する。
「お前たち爪族は夜でもきく目と音を出さない足があるじゃないか!夜中に忍び込んだら誰も気が付かないんじゃないのか!?」
そうだそうだ!!、と周りの牙族も同調する。しかし、爪族の男はまったく動じることなく、再び口を開く。
「そうは言うが、アンタ達牙族には何キロ先でも匂いを嗅げる優秀な鼻があるじゃないか。まさかその鼻が飾りだとは言うまい?自慢の鼻は我々の匂いを嗅いだのか?」
その言葉にその場にいた牙族全員が口を閉じた。どうやら、爪族の言い分を理解できないほど、頭に血が上っているわけでは無いらしい。
「それでは、我らはこれでお暇させて頂こう。これ以上話しても平行線を辿るばかりだ。また後日、寄らせてもらう」
そう言って、爪族の集団は村の外へ歩き出す。アリシアとリューは黙って道を開けたが、先頭を歩いていた先程の巨漢が、二人を見て、おや、という顔をしたが、何も言わずにそのまま歩いて行った。
牙族の人々は、そのまま三三五五に分かれていく。その場にはアリシアとリュー、そしてエスラとムゥが残った。
エスラは、アリシアとリューがいるのに気が付いて二人の元に近づいた。
「すまない、どうやら厄介なことになっているようでね」
「何の騒ぎだったんだ?」
と、リューは質問する。
「うん、本当はこんなこと部外者には言ってはいけないんだけど…。ことが事だけに、言っておいた方がいいかな。実は、ここ数日、行方不明が相次いでいてね。それでもともと仲の悪かった爪族が近くに村を作ったのを知って爪族が犯人じゃないかって言う人が出始めてね。それで、今日、爪族の村長を呼んで事情を聴いたみたいなんだ」
「おいおい、事情を聴くって感じじゃあ無かったけど?」
「どうやら、口論がヒートアップしたみたいでね…。とにかく、二人とも気を付けて欲しい。何があるか分からないからね」
その後、二、三話したが、疲れているだろうということで、エスラ達の家に招待された。晩御飯を食べた後、それぞれ床に敷いた布団に包まる。
しかし、アリシアだけはあることを考えていた。爪族のあの男とすれ違うあの一瞬。アリシアには声が聞こえていた。
「神獣には、気を付けろ」
その意味を、アリシアはずっと考えていた。