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ふわふわと浮き沈みを繰り返していた意識が、ふっと持ち上げられるように覚醒した。
こつ、こつ、こつ、こつ……
目を開けると、腕を組みながら淡々と部屋の中を歩き回っている魔王が見えた。
寝かされていた場所から身を起こしながら、苛立たしげな表情で行ったり来たりしている魔王をぼんやりと眺めていると、
「! 起きたか。」
私の視線に気付いた魔王が、ぐるんと進んでいた方向を変え、此方に身を屈めながら両手を伸ばし……ぴたっ。と、不自然にその手を止めた。
動きを止めたまま、難しそうな顔で数秒考え込んだ後、いやにそぉーっとした動作で、やんわりと抱き上げられた。
妙に慎重というか、全体的にどこか緊張した様子に、首を傾げる。
今までが雑……とまでは行かないまでも、わりと遠慮の無い扱い方だったせいか、そう丁寧にされると何か落ち着かないんだが。
「寝たまま、もう目を覚まさないのではないかと……。転移が負担になるとは知らなかった。
人間が壊れやすい事を、忘れていたのだ。」
言いながら、泣きそうに顔を歪める魔王。
あぁ、寝てたんじゃなく、転移の影響で気を失ってたのか。そういえば転移したのはあれが初めてだった。
体験して知ったんだけど、転移って高純度の魔力の中を潜りぬける様なものなんだね。
もともと魔力の含有量が多い魔族なら平気だけど、人間みたく体内の魔力量が少ない生き物には負担が大きいって事か。成る程、勉強になった。
それで魔王はこんな感じなのか。気を失った私の貧弱さに驚いて、どうも恐々とした感じの接し方になってるんだな。
確かに魔族に比べたら人間なんて柔なものだけど、そこまで簡単には壊れないんだけどなぁ。
だから、そんな恐る恐るじゃなくもっと、
「もっと、しっかり抱きしめて下さ……」
「……っ!」
言い切る前に、ぐっと魔王の腕に力が篭り、ぎゅぅうっと痛いくらいに抱きしめられた。
鎖骨の辺りにぐりぐりと頭を擦り付け、すんすんと耳の辺りを嗅いだ後、ほぅっと息を吐きながら少しだけ身を離し、満足げな笑顔を見せる魔王。
――ズキュン! 私は思わず俯いた。至近距離でそれは卑怯だと思う。
「どうした?」
微かに笑いを含んだ声に、何となく顔を上げられないでいると、
「俺を、見ろ。」
するりと魔王の指が頬をすべり、顎の下へ……
くっと顎を持ち上げられ、どこか熱を帯びた魔王の瞳が、私を映した。
ゆっくりと、近づく距離。
私はそっと目を閉じ――
……。
――閉じた目を開き、さっと身を引いた。
構わず再び顔を近づけてくる魔王の胸に手をつき、ぐっと腕を伸ばして距離を保つ。
「何故だ。」
むっと眉間に皺を寄せ、心底不満そうに唸る魔王。いや、だって……気付いてますよね?
私の耳に届く程の音が、魔王の耳に入らない筈が無いんだから。
だだだだだだだだだ! と、重なり合った幾つもの足音が、すごい速さで近づいて来ているのだ。
ちっ、と魔王が舌打ちをしたのと同時に、
「「魔王様っ!」」
バァン! と派手な音を響かせ、扉を吹き飛ばしながら何人もの魔族が駆け込んで来た。
「「お願い申し上げます! 戦姫様を……」」
「跪け。」
べしゃっ! 魔王の一言で、その場にいた魔族は残らず床に頭をめり込ませた。魔王、強い。