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シャラリ、シャラリ。
髪に挿した飾りが揺れ、涼やかな音が響く。婚儀の為の華やかな衣装を纏い、
大勢の人々に見守られながら、私はゆっくりと歩みを進めた。
愛しい人と…誓いを交わす為に。
「「戦姫様…っ、…うぅっ…」」
…。
「「うあぁあー戦姫様ぁあ!行かないで下さいぃいい!!」」
…。
婚礼の儀って、もっとこう、わーっと歓声とか上がる感じでは無かっただろうか。
目が合えば啜り泣かれ、微笑みかければ号泣され…
こんなにも悲しみに染まった婚儀は歴史上初だろう。
…相手が魔王だからだろうか?
誤解だったとはいえ、人々に植え付けられた魔物や魔族に対する恐怖は根深い。
その親玉である魔王に恐怖を覚えるのはあたりまえだ。
その上、今の魔王はいつにも増して魔王らしい装いをしている。
魔界式の正装は、何というか、だいぶ攻撃的なブツなのだ。
全身黒で統一された衣装に、棘や角を模した装飾…。
動くたびにバサッと音を立てて広がるマントがまた、ソレらしい。
これぞ魔王といったその姿は、確かに人々の恐怖を煽るかもしれない。
そう思えば、この反応も頷ける。うん、だがしかし。
「「「………戦姫様…」」」
何故魔界側の方々まで、しんみりとした感じのテンションなんだ?
目が合えば沈痛な面持ちで俯かれ、
微笑みかければ、見ていられないとばかりにサッと目を逸らされる…
何だろう、私、すごく可哀想な人扱いをされている気がするんだが。
なんとも言えない気分になりつつ、私は誓いの石を目指した。
魔王はすでに石の前に立っており、私の到着を待っている。
目が合えば、早く来いと急かす様に手を差し出す魔王。
足を少しだけ速めながら、私もまた手を伸ばした。互いの指が触れる…と思ったその時、
「待てっ!!」
声と共に、完全武装した王が目の前に降ってきた。
「「「「「おおぉおぉっ!!!」」」」」
人々から、待ってました的な雰囲気の歓声が上がる。
「彼女は、渡さない!!」
剣を魔王に突きつけながら、息巻く王。
「貴様…本気で死にたい様だな?良いだろう。ひねりつぶしてやる…虫けらめが!」
全身に黒い瘴気を纏い、悪役の見本の様な台詞を素で発する魔王。
まるで物語のワンシーンの様だ…とか思っている場合じゃなかった。
王!心配してくれてるのは分かるけど、ちょっと空気読もうか!
魔王も聞き流して!その人ちょっと過保護が過ぎてるだけだから!
というか、こんな所で戦われたら大惨事ぃ!!
「お止め下さい!!」
二人の間に割り込み、両手を広げてそれぞれを隔てた。
「止めないでくれ。お前を犠牲にしてまで得る平穏になど…何の価値も無い!」
…、…は?えーと、何か誤解されてる?
「王、私は犠牲になるつもりなど…」
「良いんだ。…分かっているから。」
ふっ、とどこか苦しげな笑みを浮かべる王。…いや分かってないだろう!!
駄目だ。この人はこうなると生半可な言葉じゃ説得できないんだ…
もうハッキリ言うしか無いのだろうか。魔王を…愛してる、とか…。
いや、しかし…やはり気恥ずかしい――
「心配するな。すぐ、終わらせる。」
――とか言ってる余裕はなさそうだ。殺る気満々ですね魔王様!
その手に持った”闇を圧縮して具現化しました”みたいな球体から、
この国の半分程なら軽く平地に出来るレベルの凄まじい魔力を感じるのは…
気のせいであって欲しい。
「止めて下さい!私は本心から、魔王様と一緒になりたいのです!私は…私、は、」
うぅ…恥ずかしい!しかし、言わなければ。
「魔王様の事…を…、ぁ、」
くじけそうだ!何この羞恥プレイ!!くそぅ負けるな自分っ!
「愛して…る、のです!」
言ったー!!最後の方恥ずかしすぎてちょっと涙目になったけど言い切った!
で、言い終わると同時にがばっと魔王に抱きしめられた。
「ふ、ふふふ、ふはははは!聞いただろう!貴様が何を言おうが、無駄な事!
コレは自ら俺を選んだのだからな!!」
魔王は笑いながら、ふわりと体を浮かせた。抱き締められたまま私も一緒に浮き上がる。
頭上には、いつの間にか転移用の魔方陣が出現していた。
「な!待て!!」
「断る。もう邪魔をされるのは面倒だ。」
魔王は王を一瞥すらせず、魔方陣を発動させた。ぱぁっと視界が白く染まり、
「「「あぁそんな!戦姫様――!!」」」
「「「えぇっ!?ちょ、待っ、魔王様ぁああ!?」」」
二通りの悲鳴が、すぅっと遠ざかっていった。