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「魔王よ、私の大切な人を返していただきたいのだが。」
いつの間にかフリーズ状態から回復した王(元勇者)が、
薄く笑みを浮かべながらこちらに歩いて来た。
何だか王が怖い。表面上は穏やかだが、内心怒り狂っている感じだ。
そりゃそうか。大切な式典で勝手な行動取られたら怒りもする。
それに、私は一応側室なわけだし、立場とか色々あるんだった。
あと単純に心配してくれているんだろうな…優しいから。
「断る。」
だが魔王、即答である。ぴきりと王の額に青筋が浮かんだ。
魔族の男性は胃の辺りを押さえた。心労で胃を傷めているのだろう…可哀相に…
「彼女は、私の側室だ。」
すっと細められた目。ピリピリとした空気が痛い。
「関係ない。もう俺のだ。」
息苦しさを感じるほどの怒気を受けても、魔王は全く引かない。
俺のもの発言に実はちょっとキュンとしたりしているんだが、
そんな事言っている場合じゃ無いな。すまん我が王よ。
「無礼が過ぎるぞ。」
「ふん。」
一触即発の雰囲気である。
可哀相な魔族は、精神を保つための何かが切れたのだろう。死んだ様な目になっている。
どうしよう。何だかすごくまずい事になっている。このまま二人が衝突したら、
和睦が白紙なんて事になったりなんかしちゃったりして?
冷やりとした恐怖を感じ、慌てて二人の間に入る。や、位置的にはずっと間に居たわけだが。
ぎゅっと、それぞれの袖口を掴み、自分のほうへ引っ張った。
「どうした?」
「ん?」
二人の視線が私に向き、その目から怒りと敵意が消えたことにほっと息をつく。
さて、このままだと事態が収まらないので、まずは膝から降ろしてしてもらわねば。
「魔王様、放していただけますか?」
がっちりと抱きしめられていては降りられない。というか、全く動けない。
「嫌だ。」
断られた。しかも、今のやり取りで再び王から怒気が漏れてきている。
あわわ、どうしよう…!頼むから放して!平和のために!
「…、分かった。」
あれ?放してくれた。必死さが伝わったのかもしれない。…ものすごく不満そうではあるが。
膝から降りて、王を見る。
「我が王、心配をお掛けして申し訳…」
「謝らないで良い。お前のせいでは無いんだからな。」
遮られた。さらに言葉の最後でちょっと魔王を睨んだ。
魔王のせいだといいたいのだね?うーん、でも私も抵抗しなかったわけだし…。
「しかし、」
「いいから。」
再び遮られた。良いですけどね。
そんな優しさ全開の笑顔を向けられつつ頭を撫でられたら、もう何も言えません。
「行こう。」
優しく促す王に従って、歩きだ…
…せなかった。えーと、ちょっと待って。
「いえ、あの、王、お待ちください。」
「うん?」
不思議そうに振り返った王の眉間に、ぐっと、深いしわが刻まれた。
「なぜ貴様も着いてくるのだ。」
「コレと離れる気は無い。」
堂々と宣言された。
当然のような顔で私の横に立っている魔王は、恐らく席まで着いてくる気なのだろう。
それだけは止めていただきたい。他の側室様がた、大混乱間違いなしだから。
だったら、もう私がこっちに居たほうが良いよね。
となると王に許可を得ないと…いけないんだけども、
どうしよう何だかとても目に見えて不機嫌です。
「そんな勝手が許されるとでも?」
こんな低くてドスのきいた声、初めて聞いたぞ。これ、説得できるかなぁ…?
「王、私、ここに居ます。魔王様の傍に。」
「な!」
絶句する王。そうとう私が魔王の傍に居るのが嫌な様だ。でも、やっぱり、
「その方が、まだ良いと思います…」
さっきは周りの混乱ぶりと側室って立場を考慮して離れた方が良いと思ったんだが、
こうなると動かない方がマシだと思うんだ。
「気を使うな。お前が我慢する事は無い。」
気は使ってるけど、我慢はしてないぞ?魔王と居るのは、その、まぁ、嫌じゃ無い。
「いえ、私は…」
ひょい。
言葉の途中ので後ろから持ち上げられた。犯人は勿論魔王である。
「話は済んだろう。」
ふふん。
魔王は勝ち誇った笑みを浮かべた。
煽らないでくれ!
王も殺気を、殺気をしまって!