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魔族視点……
床に頭をめり込ませられた手下の一人です。
……不憫な。
我はあの魔王様に見初められ、無理やり番にされた戦姫が可哀想でならない。
思えば、あの戦姫と呼ばれる娘は、常に不憫な役目を負わされているのだな……
はじめて戦姫と顔を合わせた時のことは、よく覚えている。
魔界と人間界の境界、それぞれ兵士と魔物を背に従え、我と戦姫は対峙した。
そうとうの恐怖だったろうに、あの娘は、全身を震わせ、目に涙を溜めながらも、すっと背筋を伸ばし、我を睨んできたのだ。
その目を見たときは、敵ながら思わず……あぁ、いや。そうだな、戦姫を側にと望み、欲っする気持ちは理解できる。
もしもあれが我の番となったなら、その心が憂う事の無いよう、慈しみ、優しく愛で……失礼、少々思考が飛びかけた。
たとえ種族が違えど、あの娘なら良い番となるであろうと言うことだ。それだけだ。
だが、その相手が魔王様となると、もはや不幸な未来しか見えてこないのだ。
魔王様と言えば、その振る舞いはまさに自由奔放。己の気の向くまま行動し、周りの被害など一切考えもせず、己の意に反する者はその手で捻り潰し、妨げになる物はその足て粉砕し……
まさに魔王とは、かく有り! といったお方である。
あの方を注意できる者など……一人居るには居るが、それもほぼ無視されて終わっているからな。あれはノーカウントだ。
皆その強大な魔力に平伏し、頭を下げる事しかできぬ。
そんな魔王様の番となるなど、高位の魔族でも耐えられまい。
それなのに、人間の娘など……どんな酷い結果になるか想像もつかぬ!
あぁ、あの時もっと出来る事があったのではないかと、やりきれない気持ちでいっぱいだ。
突然の出来事に理解が追いつかず、魔王様の膝に乗せられた戦姫をただぽかんと見ている事しかできなかった自分が情けない。
何も知らず、あの娘が魔王様の差し出した果実を口にした時、我は心臓が凍結した様な気分を味わった。
そして平和の為にと、戦姫が、自らを差し出……っ、すまぬ、思い出して泣けてきた。
いや、あの判断は正しい。もし戦姫が拒否していたらならば、気分を害した魔王様によってあの日のうちに人間界は壊滅していただろう。
あの方ならそれくらいする。我は断言できる。
自分一人が犠牲になる事で、他の何万人が救われるなら……あの娘は、そう考えたのだろう。苦渋の決断だったに違いない。
婚礼の儀では、きっと辛いのだろうに、気丈に微笑んで見せる戦姫の健気な……ぅっ、すまぬ、また涙が。あれはもう、見ていられなかった。
しかも、戦姫を助けるために乱入した王と、魔王様の間に入り、その争いを止めるために、あんな嘘まで。あんな、泣きそうな顔で、詰まりながら、搾り出すようにして発せられたそれを本心だなどと思えるか?
あぁ、せめて一言、嫌だと言ってくれたのなら、我に、助けを求めてくれたのなら……
いや、そうではない。口にせずとも分かっているではないか。黙ってあの娘が不幸な最後を遂げるのを見ていて良いのか!? 否だ!
我は拳を握り締め、この命を賭して戦姫を救い出そうと決意した。
魔方陣を展開しようと見上げ、目を丸くした。空にはすでに、幾つもの魔方陣が重なり合いながら展開している。
周りを見れば、同じように決意の篭った顔をした同胞たちと目が合った。
あぁ、お前等も同じ気持ちなのだな! 我等は力強く頷き、固く手を握り合った。
我等の手で魔王様を止めるのだっ!