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そのココロは、  作者:
1/11

ぴたり。

こちらを見たまま、魔王が動きを止めた。

不自然に傾いた杯から、透明な雫がほろほろと零れ落ちて袖を濡らしている。

あれが葡萄酒の様な色の強いものだったら、染みになって大変だったろうなと思ったが、

すぐに、もともと服が黒いから、そんなに目立たないかと思い直した。

すくっ。

魔王が唐突に立ち上がった。突然の行動に、周りがざわつく。

つかつかつかつか。

魔王は訝しげな周囲の視線を完全に無視し、真っ直ぐ此方に向かって歩いてきた。

ぴたり。

私の目の前で足を止め、じっと私を見据えたまま再び静止する魔王。

周りには困惑の声が飛び交っている。

がばり。

急に視界が黒く染まり、体が引っ張られる感覚がした後、お腹に強い圧迫感。

一瞬後、どうやら肩に担がれている状態だという事に気づく。

魔王の行動に、全員ぽかーんとしている。

ぽかーんとしているうちに、魔王は私を担いだまま席へと戻った。

無造作に腰を下ろし、ぽすりと私を膝に乗せる。

そのまま、何事も無かったかのように平然としている魔王。

されるがまま魔王の膝の上にいる私。

抵抗することもできたが、大人しく膝の上に納まっているのは、まぁ、そういう事だ。察してくれ。

さて、しかし、この状況はまずい。なにがまずいって、私、側室なんだよね。

まぁ、厳密に言うと、少々普通の側室とは違っていたりするんだけれど、今は置いておくとして。

この場に居る二人の王のうち、魔王じゃ無い方の王の側室なわけだ。

しかも、その王っていうのは元勇者で、元勇者ってことは元魔王の敵で、

まぁ、なんやかんやあって和解したから今は敵ではなくなったのだけれど…

現在行われているのは、魔界と人間界の言ってみれば盛大な親睦会で、

正式名称は、なんだっけ、平和となんたらのなんたらな式典(うろ覚えの極み)まぁとにかく、

これから仲良くしてこうねーって確認しあうのが目的の場なのだ。

んで、それをふまえて、魔王の膝の上に王(元勇者)の側室。うん。大問題です。

もう、私の手には負えない感じなのですが、ちゃんと収拾つけていただけるんですよね?…ね?

という意味を込めて魔王を見上げると、魔王は何か思案するように無言で私を見下ろし、

こくり。と頷いて、

「食うか?」

小さく切られた梨を差し出してきた。無言の問いかけは、どうやら通じなかったようだ。

せっかくなので梨は頂いておく。

しゃくり。うむ。美味。

梨を食べる私を、どことなく満足そうに見下ろしている魔王。

なんだろう、ちょっと楽しくなってきた。

だが、この状況を楽しむ余裕があるのは私だけだった様で、

他の人は全員、驚きの表情のまま固まっていた。目がまん丸だ。

王(元勇者)なんて口まであんぐりと開いて…ちょっと恥ずかしいから早く表情を繕って欲しい。

フロアも大惨事だ。剣舞の途中でこんな事になってしまった為に、

舞手が華麗に受け止めるはずだった剣が全部床に刺さってしまっている。

…怪我人が出てないと良いが。

梨を咀嚼しつつ、周りの状態を見渡していると、

焦った表情でこちらに向かってくる魔族の男性が目に入った。

装いを見るに、わりと偉い立場の人なのだろう。

「我が主よ、勝手な行動は慎んで下さいませ。周囲が混乱しております!」

早口にそう言って、男性はまだフリーズしたままの人々を気遣わしげに見回した。

うん、何だか良い人そうだ。

「問題ない。」

それに対する魔王の返答は一言だった。男性は眉間にしわを寄せた。

「問題大有りです!その方は、あの“戦姫せんき”様であらせられるのですよ!」

魔王を睨みつけた後、ちらりと私に視線を向ける男性。

私の事を知っているようだ。というか、その呼び名…魔族の方でも使われてるんだ…

まぁ、あの時は派手にやらかしたからなぁ。

「問題ない。」

自信満々に言い切る魔王。男性は色々と諦めたような表情になった。

この人、苦労してるんだろうな。

「…貴方様には問題ない事なのでしょうが、周囲にとっては大問題なのです。

 戦姫様も困っておいででしょう。」

とても可愛そうなものを見る様な目で見られた。いえ、あの、そこまで困って無いですよ?

「困ってない。」

私が否定する前に魔王が断言したので、開いた口をそのまま閉じた。

男性は、心底疑わしげな顔で魔王を見ている。全く信用していない目だ。

「…、それで、まさか、ずっとこのままのおつもりですか?」

男性はものすごく不機嫌な声を出した。

頼むからそれは止めてくれと思っているだろう事が伺える。

「あぁ。」

だが魔王のスルースキルは半端無い。これにも、さらりと肯定を返した。

「式典が終わるまで、でごさいますか?」

男性はすごく、ものすごく不満そうだ。

「いや。持って帰る。」

最初の否定の言葉でほっと息をついた男性だったが、後に続いた言葉で一気に顔が強張った。

「馬鹿なことをおっしゃらないで下さい!無理に決まっております!」

男性が発した声は、殆ど悲鳴のようだった。

「何故だ?」

魔王は不満そうにそう言って、ぎゅっと私を抱きしめた。

放す気は無さそうだ。

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