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 その日はもちろん、メールは来なかった。

 頭ではわかっていた。職場に携帯も持ち込めない。

 何度か機会をみてチェックをしてみたものの、メールが来た形跡はなかった。



 ……形跡って……メールが来たって、すぐ消えちゃうじゃないの。




 苦笑いができる自分がいる。



 今までの信じられない出来事は、驚くほど信じる事が出来て、

 そしてこの上なく、あたしの心を軽くしていた。


 さんざん泣いた後の、あのスッキリ感のように、心の付きモノが落ちたようだった。

 それが自分でも驚きであり、滑稽でもあった。




 何も言わずに突然死んでしまった(しゅん)

 その彼が、あたしの気持ちを守るために出てきてくれた。あたしの気持ちを救ってくれた。

 自分の為じゃない。きっと、あたしの為。









 その夜、舜のお母さんから家に電話があった。

 電話を取ったあたしのお母さんはとても驚いたようだったけど、あたしは全然驚かなかった。


 驚かない自分に、驚いたくらい。




 電話の内容は、明日の一周忌に、もし可能ならばあたしも出てほしい、というものだった。

 舜のお母さんは電話の向こうで、あたしと話しているうちに泣きだしたようだった。



「……今頃、こんな連絡を差し上げてしまって、ごめんなさい……。

 今まで、優希(ゆうき)さんに失礼をしてしまって、本当にごめんなさい……」


 別に、舜のお母さんが失礼な人だとは思った事も無いし、連絡を取らなかったのはあたしも同じだ。



「変な話だと思って……母親ってこんなに情けないものなのかと……夢に、舜が出てきたんです……今朝、ね……。

 自分の失敗で、多くの人たちに迷惑をかけた、苦しませた、ごめんって……謝るんです。

 僕のせいで、誰も不幸にならないでって」


 「母親って本当にみっともないわね。それで泣いて電話をするのだから」と、舜のお母さんは泣き笑い声であたしに言う。



「それでね、私はとても反省したんです。息子に心配をかけてはいけないなって。

 私、初めから分かっていました。あの事故は、誰のせいでも、ましてや優希さんのせいでも、

 絶対にありません。……本当に、今まで失礼を致しました。申し訳ありません」



 泣きながら謝るお母さんを聞いて、あたしは「やっぱりこの人は舜のお母さんだ」と感心した。


 この人は、すごい。


 息子の死から立ち直ろうと、小娘のあたしに頭を下げている。


 自ら、電話をして。



 あたしは将来、もし母親になった時、こんな行動が取れるだろうか?


 最愛の息子と最愛の彼氏、無くした痛みは、比べる事ができるのだろうか?



「舜が夢の中で、『彼女はすごい。闘っている。この間のメールが恐かった。』なんて言って一人で笑っていたんです。きっと優希さんの事をいっているのだと思ったわ。

 私、生前あの子からちょっとだけ、貴方の話を聞いたことがありました。

 すごく、さわやかで気配り上手なガンバリ屋さんだって。

 その時、『恐いメール』の話でも聞いたのかしら、ね」



 舜のお母さんはそう言って笑って、あたしは涙で喉が詰まった。




 一周忌には、時間をずらしてお伺いさせていただきたい、とあたしはお願いをした。

 その時、舜くんの荷物の中で、確認したい事があるんです、と。


 舜のお母さんはちょっと不思議そうだったけど、舜の荷物は全部、あの子の部屋に置いてあるから、是非ご自由に、と言ってくれた。





 当然の様に見つけた、赤い縁取りのナイロンジッパーのそれは、舜の遺品の小物入れの中に入っていた。


 デジカメのメモリーカードが2枚、透明なカードケースに入れられていた。


 家に帰ってそれをパソコンで見ると、『ほとんどが仕事関係』とは程遠く、その大部分があたしと舜の

写真だった。


 二人で2回ほど行った旅行の写真。


 あとは、社内旅行の写真で……これは多分、彼が幹事の一人だったから……仕事の写真は、申し訳程度に30、40枚程度だった。どこかの物件の写真。


 『仕事関係』と言えば、あたしが納得して引き受けると思ったのだろう。


 確かに彼女と二人での旅行の写真が大量に見つかったら、お母さんやお姉さんの心中は穏やかではないのかもしれない。


 はじけるような笑顔のあたし。幸せそうな舜。何枚もの、二人の写真。


 基本的に処分してほしい、って言った彼が、今更ながら舜らしくって笑ってしまった。


 きっと、あたしの心の重荷になりたくないって事なのね。やれやれ。自分、死んじゃっているくせに。


 でもこれ、あたし一人の写真がいっぱいだよ。こんなの、あたしが持っていても確かにしょうがないわ。





 あたしは、海辺の夕日をバックに写っている二人の写真を見ながら、思う。



 舜、安心して。


 あたしは、あたしのやりたいように行動するから。


 これは、いつか処分するよ。処分、したくなった時にね。


 だから、それまで持っているよ。


 ごめんねー。そこまであなたに振り回されないわよ、あたしは。










 それから3年たって、あたしは結婚した。

 出会って半年の、スピード結婚だった。

 彼は、向井君に似ているとは、言えない。舜とは、比べた事も無い。

 海外旅行の好きな人で、色々な所に連れて行ってくれたが、

 モルジブだけは、まだ行った事が無い。


 一年たって、息子が生まれた。

 舜、という名前はつけなかった。




 今でも、携帯にメールの着信があると、どうしても期待してしまう。

 だから、メールの着信に音は出さない事にした。日常生活が滞ってしまいそうだったから。



 3歳になった息子は、昆虫に魅了されて、カブトムシやクワガタムシ、カマキリまで幅広く愛する。トンボなんかは、素手で羽を掴む。

 その生き物好き(?)が高じて、保育園で飼育係に抜擢された。


 飼育係はそれぞれ、担当の動物に名前をつけられるらしい。

 保育園の帰り道、息子が嬉しそうにあたしを見上げた。




「カメの名前を決めたよ!シュンって、する」


 あたしは絶句した。


「なんで、『シュン』?」


「なんか、『シュン』って顔をしているんだ」


 どんな顔よ、それ。


 唖然として、胸がドキドキして、息子を見ながら、ふと、あの時最後に見た夢を思い出した。






 あの時、舜が言ってた小さな男の子達、案外、あたし達の近くで話を聞いていたのかもしれない。


 舜に、あたしの携帯を渡してくれた子達。


 舜の為に……あたしの為?







 あたしは自分のお腹をそっとなでる。



 今日、分かったばかりのこの命。これもひょっとしたら、男の子かもしれないな。







 でも、ペットに名前をつけたのは、あたしじゃないからね、舜。勘弁してね。


 よりにもよって、カメなんて。今頃、頭を抱えているのかしら。






 

最後まで読んで下さって、本当にありがとうございます。

このお話は半分ぐらい、実話です。

どの辺りが実話かは、皆さまのご想像にお任せします。


幸せは、気の持ち方で変わるって事も、お伝えしたかった事の一つです。

がんばれ、女の子。

あ、男の子もね(笑)



では、次作も宜しくお願い致します。



2010年 10月 10日  戸理 葵

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