表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

 今晩も夢の中で(しゅん)に会えるかも。


 そう思うと神経が高ぶって、なかなか眠れないに決まっている。

 あたしは日中動き回ってとにかく働きまくり、眠くなりそうな風邪薬を沢山飲んだ。

 睡眠薬なんてどこで手に入るか分からなかったし、なんとなく抵抗があるけど、風邪薬なら薬局で簡単に買える。おまけにあたしは、薬が効きやすいタイプ。



 それでも夜中の2時過ぎまでは、時計を見ていた記憶がある。








「メールが返信できなかったよ。舜にもらったメールも、消えちゃった」


 あたしがそう言うと、舜はまるで日常の事を話すかのように当り前に言った。


「そうなんだよな。なんか、俺のケータイも調子が悪くって」

「それ、あたしの携帯」

「あ、そっか」



 ピンクシルバーの携帯を取り出し、画面を見ながら彼は言った。


「もちっとまともな文章打ちたかったんだけどさ、うまくいかねーんだ。中々送信できなかったし」


 充電切れかな? と笑う彼に、一年前に無くした携帯なんだもの、充電がもった方が不思議、と思ってしまう。切れてもしょうがないかも、って。




「ここ、モルジブじゃなくね? それともこれが、優希(ゆうき)さんのモルジブ?」


 舜がいたずらっぽく笑った。

 確かにここはモルジブでは、ない。なんだか色の無い広い空間なのに、なんだか人が沢山いるような

気がする。

 それだけ。




 モルジブ……そういえば口で言うだけで、写真で見た事すらなかったな。どんな景色なんだろう。

 分からないのに、夢で出せる訳が無い。

 もとよりモルジブの事なんて、今日一日、頭からすっかり消えていた。





「なんか……今日は、人が多いね。」


 あたしがなんとなくあたりを見回すと、舜もつられてあたりを見回した。


「そうか? はじめっから、こんなだったぜ?」


 そうなんだ? 全然気がつかなかった。


「ここって、どこなんだろ? みんな、何をしているんだろ?」

「優希の夢なんじゃなかったの?みんな優希の知り合い?

 ……冗談だよ。そんな困った顔、するなって。

 ……そうだな……多分、優希の夢だけど、俺がいる世界、でもあるのかも」


「……それって、あたしの夢が、あっちの世界とつながってるって事?」

「知らないよー、俺、経済学部出身だもん。不思議知識、ゼロ。こういうの、女の子の方が詳しいんじゃないの? 教えてよ? 文学部だっけ?」

「英文科。シェークスピアしか習ってないから」


 こんな所で、何話してるんだろ、あたしたち。思わず二人でクスクス笑ってしまう。




「なんか……みんな、どっかに急いでいるみたいなんだ。

 独り言言ったり、笑ったり、泣いたり、怒ったり、嬉しそうだったり、色んな人がいるんだけど、……あ、よく見てみろよ、外人ばっかなんだぜ?日本人とか、あんま見ないのな。

 だけど何でか、言葉はなんとなくわかるみたいなんだよなあ。不思議だろ?

 ……みんなどっかに向かっているみたいなんだ」




 舜に言われて、あたしは周りを観察した。

 ところが、あたしには分からない。人が沢山いるんだろうな、っていう事はわかっても、

 その人たちが外人なのかどうか、どんな表情をしているのか、すら分からない。




 ……ただ、人のざわめきを、感じるだけ。




 舜は、柔らかそうな唇を(実際、柔らかいんだけど)少しすぼめるようにして、

 それを左手で軽く覆うような仕草をして、遠くを見るような表情をして、言った。



「俺も、そのうち、そっちへ行かないといけないんだろうな……」





 あたしが、彼を説得する必要は、ないみたい。

 彼は、ちゃんと分かってる。自分が行く場所を。

 やっぱり、頭がよくって、物わかりのいい人だ。




 183センチの身長、すらっとした体型、少しくせっ毛の長めの前髪、女の子顔負けの長い睫毛と大きな瞳

 頭脳明晰、スポーツ万能、歌声も最高(カラオケで、その場にいた女の子達がみんな、オチた。)

 でも、なにより、優しくって穏やかで、少し悪戯っ子な所があって、チョッピリおやじ趣味のある、



 年下の、素敵なあたしの王子様。





「何? ……あ、見とれてる?」


 あたしの泣きそうな視線に気づいた彼が、ニヤッと茶化した。


「……うん。見とれてる」


素直にそう答えると、彼はすごく切なそうな顔になった。そっとあたしの顔に触れる。


「俺も、優希に見とれてる……」


あたしはその手をそっと握り、彼を見上げた。涙がついに、ポロっと流れた。


「……大好き……」




 いかないで……と言いたくなって、グッと堪えた。

 あたしのお願いは何でも聞いてくれた舜に「いかないで」なんて言ったら、舜は本当に「迷って」しまう。

 そんなの、いいわけが、ない。



 あたしは言葉を飲み込んで、結局同じ言葉しか言えなかった。



「……大好き……。本当に、大好きなの。……大好きなの……」




 次の瞬間、舜はあたしを強く抱きしめた。

 夢なのに、彼の匂いがした。



「ごめん……本当に、ごめん……嫌な思いをさせて、ごめん……つらい思いをさせて、ごめん……。……俺がもっと、ちゃんとしていれば……」


 あたしはついに、彼の腕の中で泣きだした。こんな事が出来るのも、これが最後だろうな、って思いながら。


 この胸を、手放したくないな、って思いながら。







 大好き。大好き。大好き。本当に、愛してる。





「ごめんね、舜……仕事で疲れているのに、我儘言って。沢山疲れさせちゃって。あんなに疲れていたのに、外に連れ出しちゃって」



 泣きながらあたしが言うと、彼はあたしを抱きしめたまま、あたしの頭を何度も撫でながら言った。


「優希のせいじゃないだろ。優希は何一つ悪くないだろ。みっともない事をした、俺の責任だよ。俺は優希に会った方が、疲れが取れたんだ。


 頼むから、自分を責めないでくれよ。……頼むから……」




 舜はあたしの頭に顔をつけて、かすれた声を震わせて言った。あたしはもっと胸が痛んだ。


 死んでしまった人間に、あたしは何で気を使わせているんだろう。


 死んで、無念で、悔しいのは、舜本人なのに!


 舜は、ちっともそこを口に出さない。あたしの前では、何も言わない。


 ……あたしの事しか、話さない……!!!



 なんて、優しい人。

 死んでまで、なんて優しい人。

 優しくて愛おしい、あたしの王子様。

 こんな人には、もう二度と会えない。




 彼の心残りの一つに「あたし」があるんだとしたら、

 あたしはそれを取り除かねばならない。

 あたしは舜の、足かせになっては、いけない。

 舜の足を引っ張っちゃ、いけないんだ。




 あたしは彼の胸から顔を上げると、涙でぐちゃぐちゃになった顔で彼を見据えた。



「あたしは! 不幸になんか、ならない!! 舜のせいで、不幸になったりなんか、しない!!

 舜と付き合った2年間は、夢のように幸せだった。最後の最後まで、幸せだった。

 だから、あたしは不幸なんかじゃ、ない! あたしは、舜のせいで、舜のせいで・・・!!」



 胸から込み上げてくるものがあって、喉が痛くなって、言葉がつまった。



「……幸せなんだから!!」




 舜は、大きな瞳を赤くしながらあたしの顔を両手で包みこみ、あたしの涙をその親指で、何度も何度もぬぐってくれた。

 そして、言った。




「……ありがとう」




 こちらこそ、ありがとう。




 彼は少し顔を反らして、腕で自分の涙を軽く拭くと、あたしに冗談っぽく笑いかけた。


「俺のせいで結婚出来ない、とか、無しな?」


「……舜のせいで独身、だったりしないし、舜のせいで結婚、とかもしない。ちゃんと自分で決める」


「向井君、だっけ?いいよ、彼でも」


 俳優の向井君は、かっこよくてあたしのお気に入りって事を彼は知っている。

 ちょっと、からかわれた。思わず笑ってしまう。



「じゃあ、子供が出来たら、『舜』って付けようかな?」


「え? マジ? それは勘弁」


 彼はギョッとしたように、少しふざけてあたしを見た。


「絶対、乳離れ遅くなるぜ、そいつ。いくつになっても母親と寝たがって、あームリムリ。生まれ出てくる時、なんかこの道見た事あるな、とか思ってたら、どうすんだよ?」



 あたしは何の事かわからずポカン・・・として、次の瞬間、顔が真っ赤になった。



「バッ……何、言ってんの!!」


「あははー。冗談、冗談」


 彼はさも愉快そうに笑った後、あたしの髪を優しく撫でながら言った。


「でも、そんな事、すんなよ? 旦那に悪いだろ? 死んだ元カレの名前だなんて。

 それで家庭不和になっても、俺は助けてやれねーよ」


「舜って……死んでるくせに、なんて現実的……」


「そう? 常識的って言って」


「常識的……この非常識なシチュエーションで……」



 二人で顔を見合わせ、プッと噴き出してしまった。

 デートの時、よくこうやって笑ってた。



「じゃあ、ペットくらいにしておこうかな?」


「やめろよー、頼むから。心の思い出にしまっといて」




 ふざけ合っていると、舜が急に顔をあげて前方を見た。



「どうしたの?」


「いや・・・。ほら、見える? あそこにいる、小さな男の子二人」


 舜の指さす方を振り返って私も見たが、その遠くには小さな子供がいるだろうけど、それが男の子二人かまでは分からない。

 この世界では、舜の視力が著しくいいのか、あたしの視力が落ちてるのか。



「あの子たち、俺に携帯見つけてくれた子たち」


そう言って、そっちに向かって軽く手を振る。


「俺を、待っててくれてるのかな?」


「え?」


「あのさ、俺の持ち物って今、誰が持っているのかな?」


「え?」


 突然の話題転換。


「部屋にあった荷物の事?」


「うん。そうそう」


「……多分、ほとんど、舜の実家にあるんだと思うよ」


「そうか。俺の小さなナイロンジッパーの入れ物があるんだけどさ。その中に、デジカメのメモリーカードがいくつか入ってんの」


「……ナイロンジッパー?」


「そう。これくらいの大きさ。縁が赤くて、中が透明」


 彼は、10センチ四方ぐらいの大きさを、両人差し指で空中に描いて見せる。



「そのメモリーカード、優希が貰ってくれない?」


 彼はニッコリとほほ笑んだ。


「中をあけてもいいし、いいのがあれば1,2枚くらい持っていてもいいけど、基本的に、処分してほしい。」


「え……処分? あたしが?」


「うん。会社に入ってからのばっかだから、優希が見た方がよくわかるだろうし、大量だから、俺の両親が持っていても……どうせ処理しきれないだろうし」


 まるで日常の用事を頼むかの如く、当り前のようにさらっと言う。

 あたしは少し戸惑った。



「でも……ご両親は、全部見たいし、持っていたいんじゃ……」


「いや、いいんだ。中身はほんと、仕事関係の写真ばっかで、時たま優希とのデートや社員旅行が、写っている適度だから。適当にピックアップして、それを両親に渡してくれても構わない」


 彼はあたしの顔を覗き込んだ。


「お願い、出来るかな……?」



「……うん。わかった。大丈夫」



 あたしはこくん、と頷いた。


 大丈夫。ちゃんと、やるよ。


 あなたのお家に一人で行って、ちゃんとお母さんと話をつけてくる。


 だから、安心して。



「よかった。ありがとう」



 彼はあたしをそっと抱き寄せると、耳元に口を近づけて囁いた。



「キス、してもいい?」


 あたしは彼を見上げた。

 女の子みたいに睫毛の長い綺麗な瞳が、ふわふわの前髪の下で、切なそうに輝いている。


 あたしはそっと目を閉じた。


 彼の柔らかい唇がふわっと降りてきて、ああ、久しぶりだなあ、この感触、と思った。



 あたし達は会う度に、本当によく、キスをした。

 人前でいちゃいちゃ、程ではなかったけど、

 挨拶代わりに、ふざけながら、車の中で、電車の中では軽く、そしてベッドの中で、

 あたしも舜も、キスが大好きだった。


 手を繋ぐよりも、キスをした。





 しばらくたってから、彼の唇がゆっくり離れた。


 眼をあけると、彼がとても綺麗に笑っていた。


 天使みたい、と思ったら、彼がにっこりと言った。



「時間だよ」







 パン!!!!






 割れるような音がした。


 瞬間的に眼が覚めた。飛び起きたりは出来なかったけど、なんというか、バキッと目が覚めた。


 辺りはまだ暗い。枕元の時計は、まだ4時過ぎだった。




 ちょっと、早くない? まだもっと、話をしたかったよ。あれだけじゃ、足りないよ。

 なに、『時間だよ』って。嘘ばっかり。まだあと2時間以上あるじゃん。



 あたしは布団の上に、呆然と座った。


 しばらくしてから、苛立ちの様なものが込み上げてきた。




 勝手なんだから、勝手なんだから。

 勝手に死んじゃって、一年たってからやっと夢に出てきて、勝手にいきなりメールして、

 あたしを散々振り回して、



 勝手に『時間だよ』って、なによ、それ。






 あたしは布団の上でボロボロ泣けてきた。

 舜の事が、好きで好きで堪らなかった。




 でももう、夢でも会えない事が、何故だか分かった。






 舜は、行ってしまった。







 今日は金曜日だよ。あなたの命日は、明日。明日がタイムリミットじゃ、なかったの?



 泣きながら、心の中で少し可笑しくなってきた。




 まったく、のんき者だかせっかちだか、分からない子なんだから。




















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ