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「なにこれ。すっげ、恐いんだけど」



 (しゅん)がチョッピリ怒ったような声を出し、

 あたしより身長が30センチも高いくせにどうやるのか、少し拗ねたような上目使いであたしを見ながら、あたしに携帯の画面を見せた。


 拗ねてる顔もなんて可愛かっこいいんだろう、

 なんて思いながら、差し出された携帯の画面を見て、あたしはびっくりした。



「……え……!! え、だって、これ……。……あれ、舜からだったの!?」



 画面には、あたしからの怒りのメール

 『ふざけんな』が表示されてる。



優希(ゆうき)って、怒るとこえーのな。こんな、なるんだ? そんなに怒られる程、俺、放っといた?」


 彼は面白そうにニヤニヤと笑って、私を見下ろしている。

 腕を組んで、あごに手をやり、休日スタイルの長めのくせっ毛の前髪を揺らして、こっちをみている。

 彼の大きな瞳は、やっぱり綺麗だ。




「え……あ、だって、ほら、あの、変な人から来たのかと思ったし、そしたら、あの、……付きまとわれたら困るって思ったし……」



 一瞬、ちょっと恥ずかしくなって、彼の胸のあたりに目を反らしかかった。

 だってあたしは普段、あんな乱暴な言葉使いはしない。

 ……親しい女友達同志だったら、時々は使うかもしれないけど……。


 そして慌てて、反らしかかった眼を、舜の顔に戻す。



 眼を、反らす事がもったいない。出来るだけ、見ておきたい。

 見れるうちに、見ておきたい。




「わかってるよ。冗談、冗談。俺、優希のそういう、普段は柔らかくて明るくて可愛いけど、いざとなったらビシッと立ち向かうとこ、好きだから」



 可愛い。好きだから。


 彼に面と向かって言われて、その大きな瞳に見つめられて、あたしはドキンとした。


 そんな事、面と向かって言われた事、ない。



 彼は少し恥ずかしそうに下を向いて、手にした携帯をいじりながら、クスクス笑って言った。


「でもなー。せっかく彼氏が誘ってるのにさ。警戒されるなんて、いくら俺の仕事が忙しかった、言ってもなー。忘れられてる? 俺って?」


「そんなこと……って、それ! その携帯! 何それ!?」



 あたしは弁解するのも忘れて、舜が持っている携帯に飛びついた。

 舜は携帯ごと手をあたしに掴まれて、呆気にとられた様子だった。


「これ、何? どうして舜が持ってるの? どういうこと??」


 携帯ごと舜の手を握って、ガバッと彼の彼の顔を仰ぐと、

 彼は一瞬あたしの勢いに押されていたが、やがて少し、バツの悪そうな顔をして瞳を横にずらした。


「え……ごめん……ちょ……なんか、ヤバい?」



 仕事の時はそうでもないんだけど、私といる時はすぐに謝るのは彼の癖だ。

 以前にそれを突っ込んだら、「……惚れた弱みってヤツ……?」と顔を真っ赤にしながら反らされた覚えがある。



「これ、さ……拾ったんだ」

「拾ったぁぁぁ?」

「いや、拾ったっつーか、貰った? みたいな?」

「貰ったぁぁぁ? 携帯を? どう言う事?」



 普通、拾ったり貰った携帯を使う? なんて考えながら、心の片隅で認識する。


 だって、この世界は、普通じゃない。



 彼は少し困ったように遠くの方を見つめて、ちょっと間を置いてから、言った。



「俺、さ。一人で歩いていたんだ。……なんか、困ってさ。

 優希に連絡を取りたかったんだけど、何もなくて。

 そうしたら、近くに、……男の子が二人、近づいてきたんだ。

 その子達が、『お兄ちゃん、この電話、使えば?』って」


 そう言って、二人の手の中の、ピンクシルバーの携帯を眺める。

 あたしはなんとなく、状況が読めてきた気がした。


「……男の子?」

「うん。5歳くらい? と……3歳くらい? なんか、とにかくちっちゃい子。」


 あたしは彼の顔を見上げて、その綺麗な瞳を覗き込んで、思いきって聞いた。



「舜……ここに来る前、あなたはどこにいたの?」




 すると彼はすこしビックリしたようにあたしを見つめ、そして当り前のように言ったのだった。


「ここに来る前はちょっと散歩したけど……さっき、優希と出かけたばかりじゃんか。

 行ったじゃん、買い物に。家の方まで送り届けただろ」



 あたしも、彼を見つめた。そして直感した。

 彼の中では、あの事故以来、時が止まっているんだ。


「どのくらい散歩してたの?」

「? さあ? そんなしてねーよ? ……多分……10分くらい……? いや、……一時間かも。……あれ? もっとかな? いや、でも、そんな歩いてない気もするし」


 言いながら、彼は少し困惑しているように見えた。

 彼は困ったままあたしを見て、困ったまま言った。


「そしたら、優希に会った。水着買い忘れたっつーから、買いに行く約束、したろ? 会社の休み、取らなきゃなって思って、……取れたと思って……あれ? とにかく取れたと思ったから、メールしたんだけど……」


 少し眉間にしわを寄せて、彼はあたしを見た。

「俺、なんか変?」




 あたしは泣きたくなった。我慢しても、我慢しても、涙が溢れてきた。

 それでも頑張って、彼の顔を見詰めたまま、涙もぬぐえないまま、

 彼の綺麗な顔を両手で包みこみ、彼の顔をそっと引き寄せた。


 彼はその長身をかがめて、あたしの両手にあわせてゆっくりと近づいてきて

 あたしと彼は、額をコツンと重ねた。



 舜は今、迷っている。迷子になっている。

 自分の状況がよく理解できなくて、少し当惑している。

 当り前だよね。だって、眠っている間の出来事だったんだもの。




 あたしは言葉を選びながら、涙を流しながら、微笑みながら、言った。



「舜はね、あの日、あたしを家まで送ってくれた後、いつも通り高速に乗ったの。

 そしてね、いつも通り帰っていたんだけど、……眠っちゃったの。

 ごめんね。仕事であんなに疲れているのが分かっていたのに、あたし、無理させちゃったね。

 振り回しちゃったね。

 それで舜は眠っちゃって、……それで……それで……」



 息が詰まる。言葉が続かない。彼の頬を包んでいるあたしの両手が震えている。

 彼は黙って聞いていて、しばらくしてら、低い、少しかすれた声であたしに聞いた。



「俺……死んじゃったの?」




 言葉が出ない。体が震える。喉が詰まって、痛い。

 それでもあたしは、彼の瞳から目をそらさなくって、そらせなくって、ただ見つめたまま泣き続けた。

 やっと思いで、小さく頷けた。

 それが、舜に対する、最低限の責任だと思って。




「……そっか……」



 彼はしばらくしてから、あたしの両手をそっとはずし、自分の両手で握ってくれてから姿勢をおこし、

 前方を見つめながら、また呟いた。



「……そっか」




 そのまま、じっと動かず無表情な舜に、あたしは声がかけれなかった。

 しばらくして、彼はあたしを見た。その顔は何と、少し笑っていた。

 寂しそうな、切なそうな、でも柔らかい笑顔だった。



「……なんか、しょうがねえな、俺って。みっともないな、全く。かっこわりい。居眠り運転で死ぬなんて、ほんと、マヌケ」


そして、少し俯いて言った。

「なんか、納得。なんでか分からないけど……なんか……そうかあ、って感じ」


 それからハッとしたように顔をあげてあたしを見た。

「まさか俺、誰かを巻き添えにしたんじゃあ……」

「あー、それはないよ。大丈夫。……止まっているダンプの後ろに突っ込んだから。……運転手さんも、怪我ないし……」


 彼はホッとしたように肩を下ろすと、その後には眉を下げて情けなさそうに言った。

「それはよかった……っていうか、まあ、なんというか、マシだけど……俺、マジかっこわりい。人生最後が、それかよー。居眠り事故なんて、24で、どんだけ眠いんだって。もっと仕事サボっときゃよかったなー。……ねえ、その事故って、いつ? 昨日?」



 あたしはドキンとした。

 この子の中では、時間が止まっているのかもしれない。


「……一年前だよ」


 舜はポカン……として、それから言った。


「どんだけ眠いんだよ、俺……」



 それから彼はあたしの髪を撫でて、少し沈んだ声で言った。

「ごめんな……。グアムも、行けなかったな」


 あたしは思わず笑ってしまった。

「え? それを今言う? グアムなんて……これから、どこでも行けるじゃない。モルジブだって」

「え? 何で?」


 ビックリして、大きな目を更に大きく見開いた彼の顔に笑っちゃいながら、あたしは言った。

「だって、今、こうして会えてるじゃない。これ、あたしの夢だもん。どこへでも連れてってあげるよー、あたし」


「えー!? これ、優希の夢なのー!?」

「そうだよー。じゃなきゃ、こんなに喋れないじゃんー。舜の夢、リアルに見れて、超嬉しい。……まあ、この携帯は、リアルすぎるけど」


「これって優希の夢、なんだ? この世界って、そういうモノなんだ?」

 ポカーンとして呟いていた彼は、あたしの視線に気づいて、その先にある、彼が手にしたピンクシルバーの携帯に目を落とした。


「何? この携帯? なんで?」

「だってこれ、私の前の携帯だもん。あのメールのせいよ。舜があたしの携帯を拾っただなんて、願望が思いっきり反映されているなあ。いい夢だ」


「へえー。これ、優希の携帯だったんだ。道理で、なんか見た事あると思った」

「でしょ? あたしも、自分の昔のメアドからメールが来て、びっくりしたよ」

「……それも、優希の、夢の話?」


 あたしは少し言葉に詰まった。

 解決できていない、現実の問題を思い出したのだ。

 そうだ、いくら夢の中で思い通りにセッティングしても、現実は、別。



「……ううん、ほんとの話……」



 すると彼はジッとあたしを見た。


「それ、いつ?」

「んーと……今朝、かな?」

「それって、俺がさっき、優希と会った後? 俺が送ったメールの事?」



 舜と話がかみ合わない。

 それは、そうだ。だってこの夢の中では、あのメールは舜が送った事になっているのだから。

 拾った、昔の私の携帯を使って。

 なんてご都合主義。



「……そうだよ……」



 あたしは少し俯いたが、彼はそんなあたしの様子にはさほど気に留めず、じーっとその携帯を見つめていた。


「……そうか……使えるんだ、このケータイ……」

「何? 電話でもかけてくれるの?」

「かけれないんだよ。言ったじゃん、なんでか知らないけど、電話の調子は悪いんだって」


 彼はそう言って、その携帯の画面を見せた。

「それにほら、アンテナが立ってないんだ、ここって」


 見ると、確かにアンテナが立ってない。

「へー、アンテナいらずなんだー。便利だねえ」

「なんだ、そりゃ」


 彼はクスッと笑って、あたしの肩を抱き寄せた。

「ここが、天国でも夢でも、どっちでもいいや。優希をこうやって抱けるんだもんな。考えてみりゃ、人生最後に会った人間が優希っていうのも、なんだかいいね」



 泣けばいいんだか、笑っていいんだか、わからない。受け入れるの、早くない?

 そうか、一年間も眠っていた子なんだから、基本的に呑気なのかもしれない。そういうもの?



 その時、何故だか、お葬式で泣き続けてあたしと目を合わさなかった、舜のお母さんを思い出した。


「お母さんにも、会えた?」



 彼はキョトンとあたしを見た。


「母親? ……いや、まだ優希にしか、会ってない。だってこれ、優希の夢だろ? 俺、そんなに色んな人に会えるの?」


 え? 何、そんなの知らないよー。そこまで設定考えてないよー。

 どうしよう、今想像して、彼のお母さんを登場させるべきかしら?



「そんな、びっくりするなよ。ちょっとからかってみただけ」

「舜って……順応力、あるね……。死んだ、とか、夢、とか……」

「ん。俺ってあんまり物事こだわんないタチだから」



彼は少し笑った後、身をかがめてあたしの顔を覗き込んだ。


「……俺の母親に、なんか、言われた?」


 その綺麗で真剣な眼差しをしばらく見つめた後、あたしは黙って首を横に振る。

「ほんとに? なんも?」

「……なんにも。本当に。……本当に……一言も」


 彼はその様子をジッと見てから、そっか、と小さく呟いた。

 そして身をおこして言った。




「母親にも会ってみるよ。ごめんな。きっと辛い思い、させたんだよな。……俺のせいで……」

「舜に謝って欲しいんじゃない!!」



 あたしは気がつくと、反射的に叫んでいた。自分でも少しビックリしていた。


「謝ってほしくって、夢の中に出したんじゃない!! 私が、私が会いたくって……会いたくって……謝りたくって……ごめんなさいって……」



 泣けてくる。涙が出てくる。泣きたくないのに、止まらない。

 こんなに泣いたら、彼はきっと自分を責める。そういう子だから。



 舜は、あたしを腕の中にそっと抱き寄せて、かすれた声で囁いた。

「優希は、悪くない」


「舜も、悪くない」

 あたしも涙で詰まった声で、囁いた。





 しばらく二人で抱き合っていたら、彼が急に顔をあげた。


「あれ? 誰か呼んでる」

「え?」


 あたしも顔を上げると、彼が少し上方の周りを見渡しながら、言った。


「ほら、誰かが呼んでる」

「誰を? 舜を?」

「違うよ。優希を呼んでる」




 え? と思って耳を澄ますけど、あたしには聞こえない。


「誰? 聞こえないよ?」

「聞こえるよ、ほら」


 聞こえない。聞こえるのは、変な騒音だけ。どこかでサイレンが聞こえる。


「ほら、呼ばれてるよ。そろそろじゃね? ……またな。次はモルジブに呼んでよ。出来るんでしょ?」


 彼の悪戯っぽい、クスッとした笑顔。それを見ながら、




 あたしは徐々に目が覚めていった。

 なんて、素晴らしい夢。









 起きたら、凄く疲れていた。

 何、あの、ディティールに凝った、しかもご都合主義の夢は? 夢としては、完璧ね。

 全然寝た気がしない。気力を使い果たした。

 ……幸せな夢だから、ストレスはあんまりなくっていいんだけどね。



 目覚まし時計を止めて、ベッドから這い出る。あー、なんだか朝からテンパッた気分。

 あたしの都合に曲げたシチュエーションで、舜に「君は悪くない」なんて事まで言わせて、なんだかかえって罪の意識を感じてきたわ。

 段々頭が覚醒してきて、自己嫌悪に陥りそう・・・・。





 とりあえず顔を洗ってこよう。

 そう思って立ちあがったら、鞄が視界に入ってきた。

 あの中には、携帯が入っている。あの、メールを受信した、携帯。


 昨日はあの後、結局ほとんど仕事にならなかった。

 形だけ動く事は出来ても、あたしの表情を見たほとんどの人が「川本さん、具合が悪いの?」と聞いてきた。

 実際具合が悪くなったのだけど、そんな甘えた事を言いたくなくて、

 なにより訳の分からない奴に負けたくなくって、必死でそれなりに頑張ってたら、

 優しいパートのおばちゃんが気を使ってくれて、接客から棚卸の手伝いにまわしてくれたのだ。


 他人に会わずに済んで、正直ホッとした。

 他人の優しさに救われて、とってもホッとした。



 あのメールにはタンカを切って返信したものの、その後を待つのが怖く、結局朝からずっと、電源を切りっぱなしだった。




 あれ、返信が来たのかな?

 それともただのいたずらで、相手はたいして気にも留めていないのかな?

 それとも変な奴に引っかかって、更に泥沼にはまっていたりして・・・・。



 あたしはちょっと考えてから、鞄から携帯を出し、しばらくそれを見つめて、

 意を決して電源を入れた。

 するとすぐに、未読メール1通、を受信した。



 胸が、ドキン、と飛び上がる。



 キタ。奴からだ。





 フォルダをあけて、更に胸が跳ね上がった。

 あのメルアドからだった。私の前の携帯のメルアド。


 思いきって、それを開く。




 そして、あたしの時は止まった。






 RE:土曜日


 本文


 モルジブよろしくね。




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