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裏切り者と罵られた仮面の騎士ですが、私が守っていた王女殿下が全てを知っていました ~転生騎士は忠誠を隠して国を救う~

作者: uta
掲載日:2026/09/17

「裏切り者、灰狼を捕らえよ!」


王城の大広間に、王太子ユリウスの声が響き渡った。


磨き抜かれた大理石の床。天井から差す光の柱。居並ぶ貴族たちの視線が、ただ一点——狼の意匠の仮面をつけた私、灰狼へと突き刺さる。


(はいはい、断罪ね。テンプレ通りっと)


仮面の下で、私は心中でそっと呟いた。


前世で数え切れないほど見た光景だ。責任のなすりつけ合い。証拠という名の茶番。誰かを吊るし上げて、それで幕引きにしようという安っぽい脚本。


「王女ソフィアを敵国ラゴス帝国へ売り渡そうとした反逆者め! 証拠はすべて揃っている!」


ユリウスが密書の束を高々と掲げる。


「密書、目撃証言、金の流れ——貴様の罪は覆しようがない!」


群衆がざわめく。罵声が飛ぶ。


「裏切り者!」

「よくも王女殿下を……!」


かつて肩を並べて剣を振るった同僚たちですら、私から目を逸らした。


(そうだよな。証拠が揃ってりゃ、そう見える。よくできてる)


だが私は、弁明の一言も口にしなかった。


ただ淡々と、両手を差し出す。縄を受けるために。


「……何か言うことはないのか、灰狼」


近衛隊長バルドル。かつての師が、震える手で縄を握っていた。その瞳に浮かぶのは、怒りではなく——葛藤。


私は静かに首を振った。


(申し訳ありませんね、師匠。もう少しだけ、この芝居に付き合ってください)


縄が手首に食い込む。


群衆の罵倒。ユリウスの勝ち誇った笑み。


そのすべてを、私は仮面の下で静かに受け止めた。


——なぜなら、この「裏切り」こそが、私自身の仕組んだ罠だったのだから。





時は、数ヶ月前に遡る。


私の名はアレン。辺境騎士の子として生まれ、王城の近衛騎士にまで上り詰めた男だ。


そして——前世は、現代日本のシステムエンジニアだった。


炎上プロジェクトの火消しばかりを押し付けられ、徹夜の果てに机で息絶えた。報われることのない有能さ。それが私の前世だった。


(まさか異世界でも、火消し役をやる羽目になるとはな)


この世界に生まれ直した私には、一つのギフトが与えられていた。


【真意看破】——相手の言葉の裏にある本心を、色で視る力。


嘘は濁った赤。悪意は黒。そして、まれに触れる純粋な信頼は、透き通った金色に視える。


それは前世のプロジェクト管理経験と、恐ろしいほど噛み合った。人の思惑を読み、証拠を積み上げ、破綻の兆候を先回りして掴む。私はいつしか「裏切りの構図」を見抜くことに長けていた。


そんな私が、ある夜——王太子ユリウスの謁見の場で、それを視てしまった。


「妹の身は、私が責任を持って守ろう」


そう語るユリウスの言葉が、真っ黒に濁っていたのだ。


漆黒。純度の高い、悪意そのものの色。


(……こいつ、妹を殺す気だ)


調べれば調べるほど、構図は明らかになった。ユリウスとその側近ヴァルガス伯爵が、敵国ラゴス帝国と通じている。王女ソフィアを廃嫡し、暗殺し、その罪を誰かに被せて幕引きにする計画。


証拠は、ない。


訴えても、握り潰される。相手は王太子だ。


(正論だけじゃ、組織は動かない。前世で嫌ってほど学んだ)


骨身に染みた教訓。


ならば——正攻法は捨てよう。


私は決めた。自ら「裏切り者」を演じることを。敵の懐に飛び込み、内側から動かぬ証拠を集めるために。


忠誠は、誰かに褒められるためのものではない。


たとえ全世界から罵倒されようとも。





月のない夜。王城の奥、人払いされた小部屋。


蝋燭の炎が一つだけ揺れる中、彼女は待っていた。


ソフィア・ラ・ラングリア第一王女。プラチナブロンドに菫色の瞳。氷の如く完璧な淑女——そう、宮廷では誰もが噂する。


だが今、私の前に立つ彼女の指先は、かすかに震えていた。


「アレン」


凛とした声。けれど、その奥に隠しきれない不安。


「兄上の計画、そして貴方の……策。すべて聞いたわ」


私は片膝をつき、頭を垂れた。


「殿下。これから私は、あなたを裏切った者として振る舞います。あなたには——薄情な王女として、私を見捨てる芝居をしていただかねばなりません」


「…………」


「群衆はあなたを罵るでしょう。兄君の断罪を黙って見過ごす、冷たい妹だと。それでも——」


「わかっているわ」


彼女は遮った。


そして、ゆっくりと膝を折り、私と目線を合わせた。王女が、一介の騎士に。


「……本当に、貴方を信じていいのよね、アレン」


私は【真意看破】を使うまでもなかった。


だが、視てしまった。


彼女の瞳の奥に灯る色——透き通った、混じり気のない金色。


純粋な、信頼の色。


嘘も、打算も、恐れさえも越えて、彼女は私を信じていた。


(……ああ、そうか。暴れ馬から助けた、あの日の少女。彼女はずっと、覚えていたのか)


幼い頃、暴れ馬から助けたことがあった。名も告げずに去った、あの日の少女。


「殿下。私の忠誠は——」


「言わないで」


彼女の細い指が、そっと私の仮面に触れた。


「全部終わったら。その仮面を外して、聞かせて。……約束よ」


蝋燭の炎が、静かに揺れた。


「……承知しました、殿下」


この日から、二人の沈黙の芝居が始まった。





計画には、もう一人の共犯者が必要だった。


王女付きの侍女、ミラ。そばかすの残るくりくりとした瞳の少女。一見おっちょこちょいだが、忠誠心だけは誰にも負けない。


「灰狼様が……裏切り者、ですか?」


事情の一部を打ち明けたとき、彼女はぽろぽろと涙をこぼした。


「そんなの、絶対に嘘です! 灰狼様が殿下を裏切るなんて、そんなの——」


「ミラ」


私は膝をついて、少女と目線を合わせた。


「嘘だと知っているのは、殿下と君だけでいい。誰よりも君の『信じたい気持ち』を、内側に隠し通してくれ。それが一番難しくて、一番大事な役目だ」


ミラは涙を拭い、拳をぎゅっと握った。


「……わかりました。私、灰狼様と殿下のために、絶対に泣きません。人前では」


それから彼女は、命がけの伝令役を務めた。


ヴァルガス伯爵の執務室から漏れ出る帳簿の切れ端。帝国とやり取りされた密書の写し。金の流れを示す証文。


それらを、洗濯物の籠に隠し、菓子の包みに紛れ込ませ、誰にも怪しまれることなく、私とソフィアの間を何十往復もした。


「灰狼様。これ、今日の分です」


震える手で差し出される、皺だらけの羊皮紙。


私はそれを【真意看破】で確認する。ヴァルガスの筆跡は、視るまでもなく真っ黒だ。


(帳簿の切れ端、契約の刻印……よし、繋がった。前世のロギング癖が、こんなところで活きるとはな)


証拠は、一枚、また一枚と積み上がっていった。


そして、決定的な一枚——【契約魔法】の刻印が刻まれた、王女殺害の契約書。


魔法で偽造不可能な、動かぬ証拠。


「ミラ。よくやってくれた。君は、この国を救った英雄の一人だ」


「え、英雄だなんて、そんな……!」


真っ赤になる少女に、私は仮面の下で微笑んだ。


(舞台は、整った。あとは——敵が、自分の墓穴を掘り終えるのを待つだけだ)





そして、断罪の日。


私は縄をかけられ、広間の中央に引き出されていた。


断頭台への道は、もう目の前だ。


ユリウスが玉座の前で、勝ち誇った笑みを浮かべる。その隣には、慇懃無礼な笑みを貼り付けたヴァルガス伯爵。


「これはこれは灰狼卿、往生際が悪うございますな」


ヴァルガスが嘲笑う。その言葉の裏は、いつも通り真っ黒に濁っていた。


「最後に言い残すことはあるか、裏切り者」


ユリウスが問う。


私は、ゆっくりと顔を上げた。


「ええ、一つだけ」


淡々と。怒鳴りもせず、震えもせず。


「では、証拠を読み上げましょう」


「……何?」


縄をかけられた手で、私は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。青白く光る【契約魔法】の刻印が、広間の空気を凍りつかせる。


「あなた方が、ラゴス帝国と交わした——王女ソフィア殺害の契約書です」


広間が、しんと静まり返った。


「な……」


ユリウスの顔から、笑みが消える。


「【契約魔法】の刻印は、魔法で偽造できない。ご存じですよね、ヴァルガス伯爵。あなたが手配したものだ」


私は続けた。声を荒げることなく、ただ事実だけを。


「帝国からヴァルガス伯爵家へ流れた金。日付は三ヶ月前。額は金貨五千。これが第一の帳簿」


一枚。


「暗殺者ギルドとの契約書。標的の名は伏せてありますが、支払い元の紋章が一致します」


もう一枚。


「そして、王女殿下の巡幸日程を帝国側に流した密書。筆跡は——ユリウス殿下、あなたのものだ」


証拠が、次々と連鎖して繋がっていく。


金の流れ。暗殺の手配。密書。契約。


すべてが、一本の鎖となって、二人の首に巻きついていく。


「ば、馬鹿な……なぜお前がそれを……!」


ヴァルガスの慇懃な笑みが、はじめて崩れた。


私は、仮面の下で静かに告げた。


「簡単なことです。あなた方が『裏切り者』を泳がせている間——泳がされていたのは、あなた方のほうだった」





「衛兵! こいつを黙らせろ! 偽造だ、すべて偽造だ!」


ユリウスが喚き散らす。


だが——広間の大扉が、ゆっくりと開いた。


凛とした足音。


現れたのは、ソフィア・ラ・ラングリア第一王女。


プラチナブロンドを揺らし、菫色の瞳に一切の迷いを宿さず、彼女は玉座へと歩を進めた。


「そ、ソフィア……お前、なぜここに」


ソフィアは、兄を見据えた。氷のように冷たく、しかし炎のように強く。


「灰狼卿は、私の命令で裏切り者を演じていました」


広間中がどよめいた。


「【契約魔法】の証拠は、すべて本物。彼が数ヶ月をかけて、この身を危険に晒しながら集めたもの。そして——」


彼女は、まっすぐに兄を指さした。


「真の裏切り者は、兄上、あなたです」


静寂。


そして、崩壊。


「な……なぜだ、証拠は、証拠は完璧だったはずだ!」


ユリウスが絶叫する。玉座の前で膝から崩れ落ちる。


完璧だったのは、彼が仕組んだ「灰狼の裏切り」という虚構。


だがその虚構の裏側で、本物の証拠がすべて握られていたことに、彼は最後まで気づかなかった。


「わ、私は関係ございません! すべては殿下が、ユリウス殿下がお命じになったこと!」


ヴァルガスが真っ先に主君を売り、床に這いつくばった。


「命ばかりは、命ばかりはお助けを……!」


(出たよ、小物ムーブ。テンプレ通りっと)


仮面の下で、私は冷ややかに眺めた。


「ヴァルガス伯爵。あなたの助命嘆願も、記録に残しておきましょう。契約書のあなたの署名と、並べて」


「ひっ……!」


近衛隊長バルドルが、静かに剣を抜いた。


だが、その切っ先が向かうのは——私ではなかった。


「王太子ユリウス、ならびにヴァルガス伯爵。反逆と国家反逆の罪により、両名を捕縛する」


衛兵たちが動く。


かつて私を罵った群衆が、今度はユリウスへと目を逸らす。


断罪の構図が、完全に反転した瞬間だった。





すべてが終わった後。


広間には、私とソフィア、そして涙を拭うミラ、頭を垂れる老騎士バルドルだけが残った。


バルドルが、私の前に膝をついた。白髪交じりの厳格な武人が、震える声で言う。


「……私は、貴殿を見誤っていた。証拠を前に、教え子を信じきれなかった。この老骨——生涯をかけて詫びよう」


「師匠、頭を上げてください」


私は、その肩にそっと手を置いた。


「あなたが縄をかける手を震わせていたこと、私は視ていました。透き通った、金色の色を。あなたは、最後まで私を信じてくれていた」


バルドルの目に、涙が滲んだ。


「灰狼様……!」


ミラが駆け寄り、号泣しながら、それでも笑っていた。


「私、ずっと、ずっと人前では泣かないって決めてて……もう、いいですよね? 泣いても、いいですよね?」


「ああ。今日くらいは、いくらでも」


私は仮面に手をかけた。


そして——外した。


数ヶ月ぶりに晒された素顔を見て、その場の全員が息を呑んだ。


罵倒に耐え、断頭台の淵に立たされ、孤独の中を歩き続けたその男は。


——ずっと、微笑んでいたのだ。


穏やかで、揺るぎない微笑み。


ソフィアが、そっと私に歩み寄った。菫色の瞳が潤んでいる。


「約束、覚えていて?」


「もちろんです、殿下」


彼女が、手を差し出した。


その指先は——あの夜と同じように、かすかに震えていた。


私は、その手を静かに取った。


「私の忠誠は、初めからあなただけのものでした、殿下」


ソフィアの頬を、一筋の涙が伝った。氷の淑女と呼ばれた王女の、初めて人前で見せた涙だった。


「……ばか。もっと早く、その顔を見せてくれれば、よかったのに」


窓から差し込む光が、二人を包んだ。


王国は救われ、灰狼は「隠れた英雄」として復権することになる。だが私が選んだのは、栄誉ではなく——彼女の隣という、たった一つの居場所だった。





王城に、平穏が戻った。


ユリウスは廃嫡され、ヴァルガス伯爵をはじめとする帝国との内通者は一掃された。ソフィアは次代の女王として、静かにその名を高めつつある。


そして私、アレンは。


「灰狼卿。次の会議、また遅刻するつもりですか」


「……善処します、殿下」


仮面を外した私は、今や王女の筆頭騎士にして、政の相談役だ。


(結局、異世界でも書類仕事からは逃げられないのか。……まあ、前世とは少し違う。ここには、金色の色で信じてくれる人がいる)


前世のプロジェクト管理癖は、今日も帳簿の不正を見抜き、宮廷の裏側を先回りして掴んでいる。報われない有能者だった前世とは、少しだけ違う。


「アレン」


執務室で、ソフィアがふと手を止めた。


「あの夜、貴方が助けてくれた馬車の少女……覚えている?」


「暴れ馬の?」


「あのとき、貴方は名も告げずに去ったわ。私、ずっと探していたのよ。仮面の下の顔を」


彼女の指先が、そっと私の頬に触れた。もう、震えてはいない。


「やっと、見つけた」


私は、その手に自分の手を重ねた。


——だが。


その日の夜。城壁の見張り台から、私は遠くの丘を見つめていた。


【真意看破】に映るはずのない、けれど確かに感じる、不穏な色。


漆黒。


(……漆黒だ。かつてユリウスに視た、あの悪意の色。国境の彼方で、静かにうごめいている)


ラゴス帝国。内通者を失った彼らが、このまま黙っているはずがない。


「……まったく。せっかく片付いたと思ったのに。ラゴス帝国、内通者を失ってこのまま黙るはずもないか」


仮面を、もう一度だけ手に取る。


狼の意匠が、月光を鈍く反射した。


(はいはい、次の火消しね。テンプレ通りっと)


仮面の騎士の戦いは、まだ終わらない。


だが今度は、一人ではない。


背後で、扉が開く音。


「アレン。……また、一人で何か背負おうとしているでしょう」


振り返れば、そこに彼女がいた。


私は、微笑んだ。今度は、仮面のない素顔で。


「いいえ、殿下。今度は——共に、まいりましょう」

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