2話
日本人以外も出てきますが、ここにいる人たちは共通語で喋っているという設定にしています。
共通語は特に決めてません。
高間進二は食堂に向かっていた。
この犯罪組織に潜入してからは、目立たず、敵を作らず、しかし周りとのコミュニケーションは適度にとって、自分の周りにいる者には警戒心を与えないようにしていた。私は危険な人物ではありませんよ、と思わせるには、地道に地味な段階を踏んでいくしかない。幸い高間は、人に安心してもらいやすい雰囲気を纏うのが得意だ。見た目も普通のおじさんだ。なので潜入作戦の時はよくチンピラに絡まれる。そいつらを上手くおだてて、いろいろな情報を掴ませたりはよくやっている。大抵は意味不明な噂話だったり、組織の人間関係のあーだこーだだったりするが、火のないところに煙は立たない、調べていくと重要人物の手がかりだったりする。それでも最終的には必要ない情報の方が多いので、情報の取捨選択は慎重にする必要がある。
そして今も、食堂に向かう途中で、よく喋る組織の人間に出会った。高間と目線は同じくらいだが、ヒョロヒョロのチャラチャラである。名前はアキトというらしい。それ以外は教えてくれなかった。
「あ、高間さんじゃーん。おつかれーす。」
「あぁアキト君か、お疲れ様。」
「あ、ちょっといいすか?俺、さっき見ちゃったんすよ。増村さんが手紙見ながら怯えてるとこ。」
「増村さんが?てことは相当良くないことかもね。」
増村道蔵、この人身売買組織のボスである。アキトのような下っ端も含め、この犯罪組織の全員が「増村さん」と呼んでいる。増村はそこそこ大きな組織のボスなだけあって、頭がキレる。そんな増村が怯えていたということは、決定的な証拠を誰かに握られたのかもしれない。しかし高間はその考えを捨てかけている。増村なら、証拠を握られたとしても冷静に相手を追い詰めて無かったことにするだろう。もし証拠を握られたなら、増村でも追い詰められないような相手。となると、その相手が高間の味方か、高間と増村両方の敵かによって状況は変わる。
「その手紙って、どんな見た目だったの?どのくらいの大きさだったとか、手紙の色が特殊だったとか。」
「色は普通でしたよ、コピー用紙って感じっす。そういや、手紙にしては結構デカかったっすね。えっと、こんくらいだったような…」
アキトはそう言って手紙の大きさをくうに描いた。おそらくA4位のサイズである。
「よく手紙だってわかったね。その大きさだと報告書かもしれないのに。」
「だって増村さん、報告は全部メールで送れって言うじゃないっすか。それに封筒に報告書って書かれてなかったんで。手紙も1枚だったし。報告書なら普通、2、3枚紙が入ってるもんだと思うんですよ。」
1枚だけの報告書も世の中には沢山あると思うが。アキトはよく分からない偏見を持っているらしい。世間知らずならそんなものか。
「手書きとかだったの?」
「そこまでは分かんないっす。お互い向き合ってたんで。」
「俺ら大丈夫すかね…増村さんすげー人だから何とかすると思うっすけど。」
「心配だけど、やれる事はなんにも無いと思うな。僕たち下っ端は、教えて貰えることの方が少ないだろうしね。」
「あー俺も早く出世して、人の事こき使いてーな。」
「僕に対してはお手柔らかにお願いね。」
「えーどうしよかっなー。」
高間とアキトは、お互いの冗談で軽く笑いあった。こういう意味の無い雑談が、高間にとっては潜入中の唯一の息抜き時間である。
とりあえず増村の件については、後で仲間の3人に共有することにした。そして高間は、手紙を見て怯えていたという部分に引っかかっていたのだった。
潜入中はいろいろと頭を使うので、よく空腹になる。特に糖分と水分が大事だ。そのため食堂で水分と糖分を補給しようとしていた。増村は甘いものが大好きなので、食堂のお菓子やジュースがとても充実している。増村が気に入っているものは全てあるので、聞いたこともないマイナーなお菓子も大量にある。甘いものが充実しているという点だけは、潜入している4人が感謝しているところだ。4人とも甘いものが好きだから尚更だ。
高間はアキトと一緒に晩御飯とお菓子を食べた。高間は30代男性にしては胃が強い方らしく、揚げ物を2人分くらい一気に食べた。これもある意味才能だ。アキトは食べ終わって今日あった事などをベラベラ喋っている。
「今日マジで危なくて、終わったなって一瞬思ったんすよ。取り引きする商品連れて待ち合わせ場所で待ってたら、絶対やばいでっかい男が来て。しかもそのでかいのが2人っすよ。俺このまま死ぬんだって本気で思ってぇ、まじ立ちながら気絶しかけたんすよ。そんでそのまま商品と金交換してそのまま帰ってきたんすけど、トラウマになりそうっす。」
人身売買組織なので、売られる予定の人を「商品」と呼んでいる。人間扱いされずにただのモノとして扱われるということだ。胸糞悪いというレベルじゃない。高間は笑って話を聞いていたが、潜入中じゃなければアキトを殺していただろう。
「アッハッハッハッ、怖がりすぎじゃない?こういう取引なら怖い人が来るのくらい分かってるでしょ。ハッハッ」
「いやもうホントにやばかったんすからね。俺もうちょっと命大事にしようって思いました。」
命大事にしたいなら早くこんな組織抜けろ、と高間は心の中で一蹴した。
「ちなみにさ、その時の取り引き相手って常連さんみたいな感じなの?流石にいつも同じ人が会うわけじゃないだろうから、詳しくは知らないだろうけど。」
「えっと、そんとき一緒にいた人からは、暴力団関係の危ない人らだから、余計なことはするなって言われましたね。常連なのかは分かんないっす。」
「そっか、まぁでもそんなもんだよね。」
下っ端からは、組織内の噂話くらいしか得られる情報は無さそうだ。
「てか、高間さんてこういうのに首突っ込みたいタイプなんすか?結構危ない事するんすね。」
「いやだって、気になるじゃん。知れることは知りたいんだよ。」
「「知れることは知りたい」かー。なんかかっこいいっすね。俺自分の好きなこと以外マジどうでもいいんで。そういう人だから頭良いんすね。」
「頭良いのかは分からないけど。」
「いやいや、高間さんまじ頭良いっすよ。だって俺よりあとに入ってきたのに、もう現場仕事抜けてるじゃないっすか。仕事できる証拠っすよ。」
潜入している4人も、最初はアキトのように取り引き現場で仕事をしていた。まあそんなのは慣れているので、すぐに上の仕事ができるようになっていき、情報集めが得意というていで、情報の収集・管理を任されている。ただ下っ端というのはそんなに変わっていないので、取引相手などの情報管理が多い。組織に関するものはまだあまり触れられていない。
「まぁありがとう。あんまり褒められる事ないから、どういう返事したらいいか分かんないんだよね。」
「普通にありがとうでいいんじゃないすか?普通なのが高間さんって感じだし。」
「そっか、じゃあそうするよ。」
お互いお腹も脹れたので仕事に戻ることにした。高間は仕事に戻る道の途中で増村が怯えていた手紙について考えた。何故か手紙という部分に引っかかっていたからだ。何故引っかかっているのか、それをはっきりさせたかった。
高間の中で手紙と聞いて思い浮かぶのはボスである。ボスは連絡手段としていつも手紙を送ってくる。素性が割れるのを極端に嫌うらしく、字はパソコンか何かで打ち込んでそれを印刷している。字体はいつも明朝体で、どれだけ長い内容でも必ずA4用紙1枚に収める。なので高間は、老眼になったら大変だな、と今から心配になっている。
高間もこの前ボスから潜入作戦の命令がきた時に、部下のミューズとの会話を聞かれていて衝撃だった。怯えに近い感情を覚えた。そのせいで手紙というところに引っかかっていたのだろう。そして、増村が持っていたとされる手紙とボスからの手紙の大まかな特徴が一致している。陰謀論レベルでこじつけするなら、A4サイズで、色は普通のおそらく白、枚数は1枚、これはボスからの手紙の特徴と一致する。しかし余りにもこじつけすぎる。こんな特徴なんて世の中に数え切れないくらいある。それに手書きだったとしても、筆跡を知らないのでどうにもできない。今まで送られてきた手紙と比べようにも、関わった証拠を消すために燃やしたりぐちゃぐちゃにしたりしているので、記憶を辿るしかない。それは流石に無理だ。
きっとこれは考えすぎなんだろう。高間にとって手紙の衝撃が大きすぎたんだ。一日の終わりに、報告を兼ねた会議をするために4人と会うので、そこで頭を冷やしながら考えようと他の情報を調べる事にした。
高間は組織が外部と接触した履歴を、自分のパソコンから交渉担当の1人が持っているパソコンに入り込み調べていた。交渉担当だということは分かるが、名前も性別も今は何も分からない。犯罪組織というのは、自分達と取り引きしたという都合の悪い事実を利用して、自分達から離れられなくする。1度関わるとそこで終わりだ。個人相手ならもっとタチが悪い。身の回りの人間全てを危険に晒す。
予想通り履歴には、売った相手の情報が山ほどあった。特に個人情報は念入りに、配偶者の個人情報まであったりする。これらの情報をUSBにコピーしてコピー履歴と検索履歴を消す。アクセス履歴も全て消す。
履歴削除の作業をして少しだけ他のファイルやページを見ていると、ある非表示ファイルを見つけた。
ファイルの題名は「録音」。たくさんの録音データがあり、いくつか聞いてみると、会話や会議の音声などだった。「増村さん」と呼ぶ男性の声がどのデータでもよく聞こえるので、おそらくこの音声を録音したのは、普段増村の近くにいる人間なのだろう。増村は相手のことを「バン」と呼んでいるようだ。おそらくあだ名だ。
この録音データが非表示になっているということは、知られたら不味いものということだ。とりあえず高間はこのファイルもコピーしておく事にした。
いつも通り、夜になったら周りにバレないように4人で集まる。集まる場所は毎回変えている、その方が安全だ。この日は比較的人の来ない突き当たりで集まった。
「調子はどうだ。怪しまれたりしてねえだろな。」
「大丈夫です。僕そういうのちゃんとしてるんで。」
「それより、私もうすぐ幹部と接触できそうです。何か聞いときたいこととかあります?」
「いや、最初のうちは詮索しすぎない方がいい。そのまま懐に入れ。」
トーマスは冷静に指摘した。イグリスと望と高間は、潜入してからトーマスが少し喋るようになったと感じている。最初は「ああ」か「いいや」のみだったトーマスが、自分から意見を出すようになっている。潜入してから気の合う人でも見つけたのだろうか。これからの人としての成長が楽しみだ。
「因みに、その接触できそうなやつの名前と役職は?」
「チャン・ハオ、戦力管理長の中国人です。女にだらしないらしいのでハニトラかけてきます。」
「戦力管理長か。気をつけろよ、やり合いになったら100%お前は勝てない。」
「大丈夫です。理想の女になるのは得意ですからね。」
「ちなみに僕は、増村の補佐に接触成功。まだ数人いる内のひとりだけですけどね。」
「そいつの名前なんて言うんだ?」
「菅正奈子です。あと2人居て、ジェド・アダランと坂東優作です。坂東優作は、補佐と外部交渉の代表を兼任しているらしいです。僕女性に近づくの得意なんで、まずは菅正奈子を使えるようにします。」
「坂東…そいつ増村からなんて呼ばれてるんだ?」
「バンって呼ばれてるらしいです。なんかありました?」
「実は、そのバンってやつが録音したらしいデータが大量に見つかった。増村との会話が多いから、その坂東優作ってやつで間違いなさそうだ。坂東は、その録音データを使っていざという時に増村を脅したいんだと思ってる。一応確認のために音声聞いといてくれ。」
「坂東が増村との録音データを、ですか。坂東の事、マークしておいた方がいいですね。」
「そうだな。特に望とイグリスは注意しておいてくれ。あと、この組織と関わった奴らの証拠もコピーした。」
「流石ですね。高間さん。」
「ならあと少しで作戦終了ですね。」
イグリスと望はそう言った。だがトーマスと高間の考えは違った。特に高間は他の3人より警戒していた。
「油断するな。そう言って緩んで死んだやつを殺し屋時代沢山見た。」
「トーマスの言う通り。そしてもう1つ報告がある。実は増村が手紙を見て怯えていたらしい。手紙の内容は分かんねえが、封筒に1枚のみで普通のコピー用紙のようだったと、だからおそらく色は白、A4程度の大きさだ。」
「手紙で怯えていた、ですか。正直私には信じられませんね。増村ならそんな相手すぐ潰すでしょう。」
「やっぱりそうだよな。でも本当らしい。聞いた奴から嘘をついてる気配は感じなかった。」
「つまり、増村が手紙1枚で恐れる相手がいる。」
そのときイグリスがボソッと独り言を漏らした。
「手紙1枚か。僕らのボスみたいですね。」
高間と同じ事を考えている。高間は少し悔しくなってため息を漏らした。
「どうしたんですか?具合悪いですか?」
「ちげえよ。何でもねえよ。」
「私が当ててあげますよ。イグリスと同じこと考えてて悔しくなったとかじゃないですか?」
「流石だな。ハニトラが得意な女の観察眼は鋭い。」
「それにしてもあの反応は馬鹿すぎる。」
トーマスが遠慮なく刺す。やはり打ち解けてきている。
「で、トーマスはなんか収穫あったのか?今のとこお前だけなんも無いけどよ。」
「ああ、武闘班に配属されることになりそうだ。一応こちらの意思も聞いてくれるらしいから返事はまだしてないが、武闘班加入という事で異論は無いか?」
3人とも異議は無かった。
「オーラが隠しきれてないな。程々にしとけよ、あんまり暴れすぎると勘づかれるかもだからな。」
「分かってる。組織に加入してからは手加減の仕方も覚えた。」
「ボスに鍛えてもらったのか?」
「…分からない。」
「分からないってなんだ。」
「練習相手は、組織の人間が5人毎日交代でやっていた。その練習を誰かがどこかで見て、毎日改善案を手紙に書いて、その日ごとの練習相手が持ってきた。」
「練習相手が書いて持ってきてたんじゃねえのか?」
「練習期間はそう思ってた。ボスから仕事の手紙が来るようになってからは分からなくなった。改善案の手紙と雰囲気が似過ぎている。」
「ならどこかで見られてたんじゃないの ?」
「おそらく。」
「あんな特徴無い手紙に、雰囲気とかあるんだな。」
「俺は相手が触ったものから雰囲気を感じ取れるようになった。犬が匂いを頼りに獲物を探すようなものだ。特に手紙は文字が書いてある。その分感じ取りやすい。」
「やっぱりすごいですね。僕の存在が霞んじゃうぅ。」
「お前は存在感薄いのが取り柄だろうが。」
「存在感はありますよ。薄いのは印象ですよ。」
「何でもいいから、失敗しないでよね。あなたみたいなのと組むのが1番怖いんだから。」
「そうだぞ、大門未知子を見習え。」
「僕、失敗しないので。」
「状況の整理は必要か?」
トーマスが話を戻してくれた。やはり頼りになる男である。仕事でも会話でも、安心して身を預けられる。
「必要だな。ありがとうトーマス。」
「ごめんねトーマスさん、僕ちゃんとトーマスさんのこと信用してますからね。」
「仕事をするなら何でもいい。」
望は今、トーマスが警戒心を少し解いた気がした。
「えーと、望は戦力管理長のチャン・ハオに接触予定。その際ハニートラップを仕掛ける。そこから増村に接触と。」
「はい、他の幹部にも仕掛けときますか?やりすぎは危険ですけど、少しくらいだったらバレたとしても、向こうが勘違いしたってことで収められますし。」
「いや、チャンを確実に仕留めてからにしろ。まだ多くに手を出すのは早い。」
「分かりました。」
「そして、イグリスが増村の補佐の1人菅正奈子に接近成功。これから利用できるようにすると。」
「はい、上層部のいざこざとかいろいろ探ってみます。坂東と増村の関係をしっかり見た方がいいですかね。」
「そうだな、それに補佐が録音してるって事は、この組織は亀裂が入りかけてるのかもしれない。そこを上手く叩くのが今の一番理想だな。」
「で、トーマスは武闘班に加入だな。もしかしたらチャンにどこかでぶつかる可能性がある。直接会わなくてもチャンに関する噂とか1つくらい流れてるだろう。一応望と情報共有しといてくれ。あと、目立ちすぎるな。」
「分かっている。」
「俺は他の証拠をいろいろ探してみる。まだ接触できてない幹部の情報も、もしできたら接触も考える。とりあえずトラブルは起こすなよ。」
そこで今日は解散した。一斉に戻ると不自然なので、1人ずつ時間を空けて戻った。
なかなかいいところまで来ている。高間はそう思っている。4人も潜入すると聞いた時は久々にしっかりやばい仕事かと思ったが、この調子ならいつもより格段に早く終わるはずだ。
だが高間は素直に喜べなかった。何か、経験からの不安だろうか。このまま調子よく終わる気がしない、上手くいきすぎているような。そんな正体の分からない不安に頭を支配されていた。




