95.作戦開始、その前に。
皆がやるべきことを確認したあと、ダンテが場を締めるように口を開いた。
「それじゃあ一週間、みんなベストを尽くすように。
最終ゴールは、今月中に『平和な学園』に戻すことだ」
そして一拍おいて、彼は少し寂しげな表情を見せた。
「――騒動が片付いたら、きっと新しい生徒会が立ち上がる。
そのときはみんな、生徒の一人として、彼らを支えてあげよう」
各々が頷きながらも、どこか納得しきれないままの表情を浮かべている。
ダンテが言った言葉は、彼の率いる生徒会は元に戻らないということを意味していた。
「ダンテ会長……」
(そう、だよね。ダンテ会長は罷免されて、もうこのメンバーは解散したんだから……)
クィアシーナの呼びかけに、ダンテが「おや」と眉根を上げる。
「クィアシーナ、私はもう会長じゃないよ。
そうだな……『ダンテ先輩』、なんてどう?」
からかうように言うダンテだが、その呼び方は意外なほどしっくりきた。
「ダンテ先輩、なんかいいですね」
ふふ、と笑いながら呼んでみる。もう会長と呼べなくなってしまったことに名残り惜しさはあるが、これからはただの先輩として、ダンテと接することができる。
そう思えば、寂しさが少し和らいだ。
「おや、第二王子殿下。
敬称は絶対じゃなかったんでしたっけ?」
隣からドゥランが鋭いツッコミを入れた。
以前、敬称をつけろとダンテから冷たくあしらわれたことを、
まだ根に持っていたらしい。
「ドゥラン、ごめんってば。
あのときの私、思考を奪われてどうにも出来なかったんだからね?」
「わかってます。ただ、私のガラスのハートが壊れそうになったことをお伝えしたかっただけですよ、――ダンテさん」
いつも通り無表情に茶化すドゥランだが――僅かに、口の端が笑っていた。
場が段々と和やかな雰囲気になる中、一人だけ、浮かない顔をしていることにクィアシーナが気付く。
「リンスティーさん、大丈夫ですか?」
横に立っていたリンスティーを見上げ、声をかける。
「え! あ、ああ……」
彼はハッと弾かれたように返事をするが、どこか歯切れが悪い。
そんな二人をよそに、ダンテが部屋を見渡して呟いた。
その視線の先には、クィアシーナの“おしゃれインテリア”――
床から天井までの壁一面に並べられた防護グッズがある。
「それにしても、私はこういった庶民の一人暮らしの部屋に
お邪魔したのは初めてなんだが……
随分と安全面に気を配っているんだね。
まだまだ、このあたりも治安が悪いということか……」
ふむ、と真剣な表情で治安問題について考え込むダンテに、
マグノリアンが待ったをかけた。
「ダンテさん。ここが特殊なだけです。少なくとも俺の友人の部屋や家庭教師をしてる庶民の家は、こんなんじゃないです」
「え、そうなの?」
「これが女子のスタンダードでないことは、確かだねぇ」
びっくりした様子のダンテに、アレクシスも、うんうんと同意する。
……解せない。
そんな中、ビクターが、いらぬひと言をこの場にぶっ込んできた。
「でも、この中で、シーナの“最推しのハンカチ”だけ、見事に浮いてるよね」
そう言うと彼は、防護グッズの中に紛れて飾ってある、ジガルデから貰ったハンカチを指差す。
(ぎゃー! リンスティーさんがいる前で触れないでー!)
しかし、クィアシーナの心の叫びも虚しく、
事情を知らない三年生が、すかさず食いついた。
「え! クィアシーナ、君、推し活してる子だったの?」
アレクシスがびっくりした様子で尋ねると、
「うわー、面白いね。こんな身近に熱心な子がいるなんて。
ちなみに、誰?」
と、ダンテまで興味津々な様子で乗ってくる。
「俺、じゃないもんなぁ。
ハンカチなんて、あげた覚えないし……」
ルーベントがぼやいているが、みんな無視だ。
二年生はクィアシーナの“最推し”を知っているため、
黙って成り行きを見守っているが、
三年生は早く名前を聞かせろと、クィアシーナに圧をかけてくる。
このまま沈黙を貫こうかと思ったが、口を割るまで彼らの追求は止みそうになかった。
(これは……言うしかないか)
クィアシーナは腹を括った。
リンスティーの顔は、怖くて見られないが。
小さく息を吸って、思い切って口を開く。
「……ジガルデ・ブリード様、です……」
「!?」
以前、二年生の三人に高らかに宣言したときとは違い、
クィアシーナの声は、次第に小さくなっていった。
言い切ったあとの、三年生たちの抑えきれないざわめきが、耳に痛い。
「えええっ!? そっち!?
僕はてっきり、君のクラスの男子とか、そんな感じだと思ってたよ!」
アレクシスは、そんな甘酸っぱい青春の話を、クィアシーナに期待していたらしい。
「ジガルデ殿が、クィアシーナの最推しなのか~。
残念ながら、俺とは正反対のタイプだなぁ」
ルーベントは、クィアシーナの好みが自分とは正反対だと知って、がっかりした様子を見せる。
「なるほど、ジガルデ殿ねぇ……」
ダンテは含みを持たせた言い方のまま、
ちらりと、リンスティーへ視線を向けた。
ダンテの視線の動きにつられて、クィアシーナも、
恐る恐る隣にいるリンスティーへと顔を向ける。
これまで散々、リンスティーが最高で唯一無二の推しだ!
と本人にも宣言してきた手前(そこまで言い切っていたかは、正直うろ覚えだが)、
突然の裏切りを見せることになり、強い罪悪感が胸を襲う。
向けた先のリンスティーの顔を見て、クィアシーナの口から思わず声が出た。
「あ……」
見上げた先のリンスティーは俯き、
片手で顔を覆っていた。
彼のか細い声が、隙間から漏れ出る。
「俺のことが……推しって言ってたのに……」
(め、めちゃくちゃ落ち込んでるーーーーーっっっ!!!)
クィアシーナをはじめ、一堂が、いたたまれない気分に包まれた。
「い、いや、その……
ちょっと最推しができてしまっただけでして……
ほら、最近はリンスティーお姉様に会えてなかったから、
寂しさを埋めるための心変わりと言いますか……」
しどろもどろになりながら、なんとかフォローしようとするが、
口にしている言葉は、ただひたすら、傷を抉っているようにしか聞こえなかった。
「ほら、リンスティー。顔を上げなよ。
これで覚悟は決まったでしょう?
クィアシーナの推し熱を取り戻すためにも、明日からはしっかり“お姉様”を頑張ってね」
近づいてきたダンテに肩をぽんぽんと叩かれ、リンスティーはさらに項垂れた。
(あ、もしかして……さっき心ここに非ずだったのって、
“お姉様”に戻るのを躊躇してたから!?)
彼の態度に合点がいったクィアシーナは、慌てて袖を引き、励ますように声をかける。
「リンスティーさん」
クィアシーナの名前を呼ぶ声に、リンスティーが顔を覆っていた手を外す。
リンスティーと目線がばっちり合ったクィアシーナは、彼に向かって張り切って声をあげた。
「私、楽しみにしてますから!」
握りしめた手を胸にあて、にっこりと笑うクィアシーナ。
彼女の何の邪気もない様子に、今度こそリンスティーは両手で顔を完全に覆って天井を仰いだ。
――あ、トドメを刺した。
全員が言葉を失った瞬間だった。
リンスティーが落ち込みから回復したところで、みんながぞろぞろと玄関へ向かって帰っていく。
そんな中、もちろんクィアシーナはリンスティーと親愛のハグをちゃっかりしていた。
話し合いの最中、ずっと互いに引っ付いていたのだ。
もはや二人の間に羞恥心は無かった。
お互い抱き合って、ポンポンと背中を叩きあう。
「また明日、学園で」
「はい、学園で!」
『学園で』
ここ最近、ずっと口に出来てなかった言葉である。
恐らく、家系的に平民側に属するリンスティーは、隔離地区から外される。逆を言えば、自由に会えるということを意味していた。
「……なんだか、私が知らない間に、二人の距離感がおかしくなってたんだね」
「ダンテさん、そこは触れてはダメですよ。こういった青春は、周りは見てみないふりが、正解です」
ダンテの呟きにドゥランがこっそり返す。
「俺も距離を詰めてたつもりだったんだけどな……」
マグノリアンがボソッと呟くも、ビクターに励ますように肩を叩かれ外へと静かに出ていった。
――こうして、この日のダンテ帰還後の作戦会議は、終わりを告げた。




