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95/104

95.作戦開始、その前に。

皆がやるべきことを確認したあと、ダンテが場を締めるように口を開いた。


「それじゃあ一週間、みんなベストを尽くすように。

最終ゴールは、今月中に『平和な学園』に戻すことだ」


そして一拍おいて、彼は少し寂しげな表情を見せた。


「――騒動が片付いたら、きっと新しい生徒会が立ち上がる。

そのときはみんな、生徒の一人として、彼らを支えてあげよう」


各々が頷きながらも、どこか納得しきれないままの表情を浮かべている。


ダンテが言った言葉は、彼の率いる生徒会は元に戻らないということを意味していた。


「ダンテ会長……」


(そう、だよね。ダンテ会長は罷免されて、もうこのメンバーは解散したんだから……)


クィアシーナの呼びかけに、ダンテが「おや」と眉根を上げる。


「クィアシーナ、私はもう会長じゃないよ。

そうだな……『ダンテ先輩』、なんてどう?」


からかうように言うダンテだが、その呼び方は意外なほどしっくりきた。


「ダンテ先輩、なんかいいですね」


ふふ、と笑いながら呼んでみる。もう会長と呼べなくなってしまったことに名残り惜しさはあるが、これからはただの先輩として、ダンテと接することができる。

そう思えば、寂しさが少し和らいだ。


「おや、第二王子殿下。

敬称は絶対じゃなかったんでしたっけ?」


隣からドゥランが鋭いツッコミを入れた。

以前、敬称をつけろとダンテから冷たくあしらわれたことを、

まだ根に持っていたらしい。


「ドゥラン、ごめんってば。

あのときの私、思考を奪われてどうにも出来なかったんだからね?」


「わかってます。ただ、私のガラスのハートが壊れそうになったことをお伝えしたかっただけですよ、――ダンテさん」


いつも通り無表情に茶化すドゥランだが――僅かに、口の端が笑っていた。


場が段々と和やかな雰囲気になる中、一人だけ、浮かない顔をしていることにクィアシーナが気付く。


「リンスティーさん、大丈夫ですか?」


横に立っていたリンスティーを見上げ、声をかける。


「え! あ、ああ……」


彼はハッと弾かれたように返事をするが、どこか歯切れが悪い。


そんな二人をよそに、ダンテが部屋を見渡して呟いた。

その視線の先には、クィアシーナの“おしゃれインテリア”――

床から天井までの壁一面に並べられた防護グッズがある。


「それにしても、私はこういった庶民の一人暮らしの部屋に

お邪魔したのは初めてなんだが……

随分と安全面に気を配っているんだね。

まだまだ、このあたりも治安が悪いということか……」


ふむ、と真剣な表情で治安問題について考え込むダンテに、

マグノリアンが待ったをかけた。


「ダンテさん。ここが特殊なだけです。少なくとも俺の友人の部屋や家庭教師をしてる庶民の家は、こんなんじゃないです」


「え、そうなの?」


「これが女子のスタンダードでないことは、確かだねぇ」


びっくりした様子のダンテに、アレクシスも、うんうんと同意する。

……解せない。


そんな中、ビクターが、いらぬひと言をこの場にぶっ込んできた。


「でも、この中で、シーナの“最推しのハンカチ”だけ、見事に浮いてるよね」


そう言うと彼は、防護グッズの中に紛れて飾ってある、ジガルデから貰ったハンカチを指差す。


(ぎゃー! リンスティーさんがいる前で触れないでー!)


しかし、クィアシーナの心の叫びも虚しく、

事情を知らない三年生が、すかさず食いついた。


「え! クィアシーナ、君、推し活してる子だったの?」


アレクシスがびっくりした様子で尋ねると、

「うわー、面白いね。こんな身近に熱心な子がいるなんて。

ちなみに、誰?」

と、ダンテまで興味津々な様子で乗ってくる。


「俺、じゃないもんなぁ。

ハンカチなんて、あげた覚えないし……」


ルーベントがぼやいているが、みんな無視だ。


二年生はクィアシーナの“最推し”を知っているため、

黙って成り行きを見守っているが、

三年生は早く名前を聞かせろと、クィアシーナに圧をかけてくる。


このまま沈黙を貫こうかと思ったが、口を割るまで彼らの追求は止みそうになかった。


(これは……言うしかないか)


クィアシーナは腹を括った。

リンスティーの顔は、怖くて見られないが。


小さく息を吸って、思い切って口を開く。


「……ジガルデ・ブリード様、です……」


「!?」


以前、二年生の三人に高らかに宣言したときとは違い、

クィアシーナの声は、次第に小さくなっていった。


言い切ったあとの、三年生たちの抑えきれないざわめきが、耳に痛い。


「えええっ!? そっち!?

僕はてっきり、君のクラスの男子とか、そんな感じだと思ってたよ!」


アレクシスは、そんな甘酸っぱい青春の話を、クィアシーナに期待していたらしい。


「ジガルデ殿が、クィアシーナの最推しなのか~。

残念ながら、俺とは正反対のタイプだなぁ」


ルーベントは、クィアシーナの好みが自分とは正反対だと知って、がっかりした様子を見せる。


「なるほど、ジガルデ殿ねぇ……」


ダンテは含みを持たせた言い方のまま、

ちらりと、リンスティーへ視線を向けた。


ダンテの視線の動きにつられて、クィアシーナも、

恐る恐る隣にいるリンスティーへと顔を向ける。


これまで散々、リンスティーが最高で唯一無二の推しだ!

と本人にも宣言してきた手前(そこまで言い切っていたかは、正直うろ覚えだが)、

突然の裏切りを見せることになり、強い罪悪感が胸を襲う。


向けた先のリンスティーの顔を見て、クィアシーナの口から思わず声が出た。


「あ……」


見上げた先のリンスティーは俯き、

片手で顔を覆っていた。


彼のか細い声が、隙間から漏れ出る。


「俺のことが……推しって言ってたのに……」


(め、めちゃくちゃ落ち込んでるーーーーーっっっ!!!)


クィアシーナをはじめ、一堂が、いたたまれない気分に包まれた。


「い、いや、その……

ちょっと最推しができてしまっただけでして……

ほら、最近はリンスティーお姉様に会えてなかったから、

寂しさを埋めるための心変わりと言いますか……」


しどろもどろになりながら、なんとかフォローしようとするが、

口にしている言葉は、ただひたすら、傷を抉っているようにしか聞こえなかった。


「ほら、リンスティー。顔を上げなよ。

これで覚悟は決まったでしょう?

クィアシーナの推し熱を取り戻すためにも、明日からはしっかり“お姉様”を頑張ってね」


近づいてきたダンテに肩をぽんぽんと叩かれ、リンスティーはさらに項垂れた。


(あ、もしかして……さっき心ここに非ずだったのって、

“お姉様”に戻るのを躊躇してたから!?)


彼の態度に合点がいったクィアシーナは、慌てて袖を引き、励ますように声をかける。


「リンスティーさん」


クィアシーナの名前を呼ぶ声に、リンスティーが顔を覆っていた手を外す。

リンスティーと目線がばっちり合ったクィアシーナは、彼に向かって張り切って声をあげた。


「私、楽しみにしてますから!」


握りしめた手を胸にあて、にっこりと笑うクィアシーナ。

彼女の何の邪気もない様子に、今度こそリンスティーは両手で顔を完全に覆って天井を仰いだ。


――あ、トドメを刺した。


全員が言葉を失った瞬間だった。




リンスティーが落ち込みから回復したところで、みんながぞろぞろと玄関へ向かって帰っていく。


そんな中、もちろんクィアシーナはリンスティーと親愛のハグをちゃっかりしていた。

話し合いの最中、ずっと互いに引っ付いていたのだ。

もはや二人の間に羞恥心は無かった。


お互い抱き合って、ポンポンと背中を叩きあう。


「また明日、学園で」

「はい、学園で!」


『学園で』


ここ最近、ずっと口に出来てなかった言葉である。


恐らく、家系的に平民側に属するリンスティーは、隔離地区から外される。逆を言えば、自由に会えるということを意味していた。


「……なんだか、私が知らない間に、二人の距離感がおかしくなってたんだね」


「ダンテさん、そこは触れてはダメですよ。こういった青春は、周りは見てみないふりが、正解です」


ダンテの呟きにドゥランがこっそり返す。


「俺も距離を詰めてたつもりだったんだけどな……」


マグノリアンがボソッと呟くも、ビクターに励ますように肩を叩かれ外へと静かに出ていった。



――こうして、この日のダンテ帰還後の作戦会議は、終わりを告げた。


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