94.絶対的な存在と作戦会議
「当初の筋書きはこうだった」
ダンテが目を細め、先ほどまでとは打って変わり、真剣な声音で説明を始める。
「魔法にかかったフリをした私は、ガブリエラが過剰に課していく罰を逆手に、彼女を糾弾する予定だった。
"彼女に洗脳されてた可哀想な生徒会長"の洗脳が解けて、悪役である彼女を追放する――
そんな風にして全校生徒の前で、派手なパフォーマンスでも打とうか、なんて画策していた。
その方がみんな盛り上がるだろうしね」
皆がダンテの言ってることに、口には出さずとも「それ、盛り上げる必要ある?」という戸惑いの目を向ける。
「けれども、ここへ来て、まさかのジガルデ殿の登場だ」
ダンテが肩をすくめる。
「――本当に驚いたよ。しかも、手引きしていたのは、クィアシーナだったなんて」
「いや……違います。彼の意思です。というより、ダンテ会長がなんでそれを把握してらっしゃるんですか……?」
クィアシーナが問うも、ダンテは口の端を上げるのみで、答えを語らない。
彼はそのまま話を続けた。
「ジガルデ殿は見事に"民衆の味方"として機能した。ガブリエラや他の奢る生徒を制し、授業の中で生徒たちの"意識改革"を行った。
彼の本来の手腕はこれほどまでかとこっちも驚かされたもんだよ」
そこで、ふうっと一息つく。
「ただ、詰めが甘かった」
無機質な天井を見上げながら、ぽつりと告げる。
「彼が早々にガブリエラに学園外から……ブリード家としてもっと早く切り込んでおけば、事態は収束しただろうに。
残念ながら彼はそうしなかった。
ガブリエラの“意識改革”に望みをかけてしまった」
ここで、ダンテは指を一つ立てた。
「これが、一つ目の想定外」
一つ目の想定外。
ということは――他にもなにかよからぬ事態が起こっていたということだ。
「二つ目は、私自身、ガブリエラに少し情が湧いてしまったことだ」
クィアシーナの背後のリンスティーの身体が、ピクリと跳ねた。
「私は『フリ』を続けている間、リンスティーに代わって、ずっとガブリエラを側に置いていたんだけどね。
彼女はとても有能で――そして、私の兄である第一王子カロンの忠実な下僕であることが、嫌でもわかってしまった」
ダンテは自嘲とも取れる表情をみんなに向ける。
ここにいる誰も、口を開こうとはしなかった。
ただ、先ほどから部屋に満ちていく全員の戸惑いが、さらに深まっていくのをクィアシーナは感じていた。
特にリンスティーは、彼女を抱きしめる腕に、わずかに力を込めている。
ガブリエラは、最初から理解していたはずだ。
罰を与えれば、民衆の力は必ず反発に転じる。
不満は形を変えて噴き出し、どこかで必ず破綻する――
そして、彼女自身、そう口にしていたと、ダンテは言う。
それでも引き返さなかったのは、第一王子からの命令だったからだ、と。
彼は、静かに目を伏せる。
「……彼女も、詰めが甘い」
声に、わずかな自嘲が混じった。
「私の意識は、精神魔法の影響で、まだ正常ではないと思っていたんだろうね」
ふ、と小さく息を吐く。
「“貴方はもう、玉座の争いから外れている”
……彼女は、そう言った」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
「兄――第一王子カロンも、私の能力自体は評価していたらしい。
操ったまま、都合のいい臣下として飼い慣らすつもりだった。
この一連の騒動は、そのための――予行演習だった、ということだ」
一拍、間が落ちる。
「……私は、少し欲張りすぎた」
珍しく、ダンテは視線を落とした。
「もう少し泳がせるつもりが……
気づけば、罠の中にいたのは私の方だった」
ダンテが静かに言い終えたあと、しばらく沈黙が部屋を包み込んだ。
クィアシーナ自身、なんと声をかけたらいいのかわからなかった。
「ここからは、私の独り言だと思って聞いてほしい」
そんな重い空気の沈黙を破ったのは、他ならぬダンテ本人だった。
「虚栄に聞こえるかもしれないが……
そもそも私は、王になることに執着がない」
「!?」
爆弾発言に、クィアシーナは目を見開いてダンテの方を仰ぎ見た。
「今のラスカーダは、王権、貴族院、民衆議院の三権で均衡している。
民衆議院はまだ弱いが……時間の問題だろう。
つまり、だ」
一拍置いて、ダンテは肩をすくめた。
「王が誰かで、国が壊れるようには出来ていない」
クィアシーナは苦手な分野の話について行くため、足りない頭を使って必死に考える。
(いや、それでも、強硬な貴族主義が王になったら、権力が貴族側に傾くだろうし、民衆に不利な議案が通ってしまったりするんじゃあ)
そんなクィアシーナの疑問を払拭するかのように、ダンテが続きを口にした。
「王が暴走すれば、まず臣下が止める。それで止まれなければ貴族院、民衆議院が動く」
それでも納得のいってない顔を見せるクィアシーナに向けて、ダンテが例えを出す。
「フォボロス学園に置き換えて考えて見ればいい。
会長が暴走して、まず誰が動いた?
――ここにいるみんなだ。生徒会メンバーが会長を止めようとした。それで止まれなければ、どうなった?
クィアシーナ、君はジガルデ殿という強い切り札を持ってきた。さらに、私に自ら対話を試みようと動いた。
すべては、必然だ。
生徒――つまり国民はね、自分たちの未来が脅かされると、
思ってもみなかった方向に、勝手に動き出す。
……誰かに命令されなくても」
ダンテはそう言って一度姿勢を正す。
「だから、私は兄が王になろうと一向に構わなかった。
こう言ったら無責任に聞こえるかもしれないが⋯⋯、私は自分が退屈しなければ、なんでもいいんだよ」
最後のひと言は、完全に余計である。
しかし、クィアシーナはなるほどと大いに納得できてしまった。
「けれどね」
空気が、変わった。
突如としてダンテから、圧が漏れだす。
その雰囲気にのまれ、クィアシーナは背筋が寒くなるのを感じた。
「――私は、自分の意図とは違ったことを強要されるのが、何より嫌いだ。
その結果、目の前で見てられないような光景を見せられるのは、屈辱以外の何ものでもない」
ダンテの全身から感じるのは、アリーチェの犯人に向けた感情以上の、静かな怒りだ。
「今回の件、私の学園をめちゃくちゃにした罪は重い。
やり返すなら、徹底的に」
全員がもう何度目かわからない息をのむ。
――王に興味はないって言ってたけど。
この人は、王になるために生まれてきたんじゃないかと思わざるを得ない。
彼の姿は、王にならなかった王のまま、玉座を追われた者そのものだったから。
「……じゃあ、まず何から始める?」
口を開いたのは、リンスティーだ。
彼はついさっき、義妹の意思をダンテを通じて知ることになった。
今一番複雑な気持ちでいるのは、彼なんじゃないだろうか。
ダンテはリンスティーの方を見据えて告げる。
「最初は叔母上――学園長を学園に連れ戻す」
(そうだった、学園長は今審議にかけられてるところだった)
「実を言うと、今回の件で私が唯一味方として動いてもらっていたのは学園長だ。
本当は、ガブリエラが兄と結託して裏から手を回していた。
でも意識を取り戻したあと、私は学園長に協力を仰いだんだ。
――『膿を出すため協力してほしい』と言ったところ、嬉々と聞き入れてくれたよ。『廃校になるくらいに壊さなければ、何をやってもいい。ただし、きっちりやり遂げなさい』ってね。
今は審議にかけられて大人しくしてる『フリ』をしてる最中だ」
クィアシーナは遠い目をした。
学園長は、基本的にダンテと同じ属性の人物であるとクィアシーナは思っている。
生徒の――甥っ子の成長のためなら、自分の首すら掛ける人間だ。さすがに、ここまで自由にやらせるとまでは思ってなかったが。
「動こうと思えば、彼女はすぐにでも戻ってこれる。
そして、学園長が戻れば、今は揺らいでいる『学園内における身分差はないものとする』この方針が改めて定義されることだろう。そうなると、ガブリエラ率いる新生徒会の学則は正当な理由で破棄できる」
ダンテの言葉に、リンスティーはまだ納得がいってないようだった。すぐに、彼の口から問いが漏れた。
「……ガブリエラは、どうする?」
クィアシーナは、思わず後ろのリンスティーを振り返った。
(やっぱり……そこが一番気になるよね)
彼にとってガブリエラは、義理とはいえ家族だ。
簡単に割り切れる問題ではないのだろう。
「先ず、シュターグ家に私から申し入れをする。
私個人からではない――"王族"として、だ」
それは、学園外からの介入を意味していた。
「もちろん、内容は学園外で私を害する目的で放った魔法行使だ。もしジガルデ殿の方でも証拠が揃っているなら、ブリード家と併せて罪に問える」
ダンテはほんの僅かに瞳を揺らし、はっきりと告げる。
「リンスティー。彼女は私にとっても、幼い頃から一緒に育った従兄妹だ。
――けれど、そこに情を挟むつもりは一切ない」
放たれたのは、情も血縁も切り捨てると決めた者の声だった。
クィアシーナは咄嗟にリンスティーの腕を握りしめた。
避けられないことだとは、わかってる。
けれど、リンスティーはダンテほど冷酷になりきれない心根を持っている。
どうにか彼には割り切ってほしい⋯⋯これ以上、優しい彼が傷つかなくて済むように。
「ただ――」
ダンテが静かに口を開いた。
「ガブリエラが『第一王子の命で仕方なく』という言葉を吐けば、情状酌量の余地はあると思っている」
その言葉に、クィアシーナも、リンスティーも、伏せていた顔をハッと上げた。
「限りなく低い可能性だろうけどね」
ダンテは困ったような顔で、こちらを見つめた。
可能性は低い。――それでも。
ほんの少しだけ、後ろにいるリンスティーの身体の強張りがほぐれた。
「ダンテ。もし、シュターグ家に話をするときは、俺も同席させてくれ。
――おまえの側仕えの立場から、だ」
リンスティーの覚悟に、ダンテは口に弧を描き、大きく頷きを返した。
「ああ、約束しよう」
そう言うと、彼は仕切り直したように、皆に向かって声をかけた。
「それで、だ」
全員の視線が一斉にダンテへと集まった。
「私はしばらく明日から学園を不在にする。
先ほど話したことの手続きやら、それに言ってなかったけど、今宰相を務めているブリード公爵が、第一王子派の連中から難癖を付けられてゴタゴタしててね。そこも一気に片付けてこようと思ってる。
期間は――そうだな。一週間で形を付けてこよう」
一週間。
短いようで、しかし長い。
ダンテは今までも不在といっていい立ち位置にいたのに、改めていないと聞かされると途端に不安になる。
「その間、みんなにやってて欲しいことがあるんだ」
みんな、と聞かされ、全員が姿勢を正した。
ダンテが彼らの顔を一人一人見渡したあと、ゆっくりと告げた。
「君たちは、もう生徒会役員ではない」
その言葉に、各々神妙な面持ちで頷きを返す。
そして、ダンテは腕を組んで、おもむろに続けた。
「ただ、君たちの人気は絶大だ」
「ん?」
急な俗っぽい話に、クィアシーナは思わず声を漏らした。
周りのみんなも、なんか予想外の内容がきた、という表情で戸惑った様子を見せている。
「ファンクラ部は活動を停止したとはいえ、水面下ではずっと活動を続けている。そして、ここにいるみんな、私の『フリ』の期間に、以前以上の人気を獲得している。これは、ファンクラ部の一人からの情報だから、確かだよ」
(みんながサボって罰則を見逃してたのが功を奏したのか……)
「え、というか、何ちゃっかりファンクラ部とも繋がってたんですか」
クィアシーナはふとした疑問をぶつけた。
ダンテが余りに自然に言うので、危うく聞き逃すところだった。
「まあ、昨日のことなんだけどね。部長に接触したら、それはそれは、端から端までなんでもかんでも教えてくれたよ」
クィアシーナはファンクラ部の部長に会ったことはないが、あのエネルギッシュな集団を纏めるほどの人物である。
相当な大物に違いない――主に熱量という点で。
「もう、生徒会ではない君たちから生徒たちに罰則を下すことはない。だから、思う存分、周りを――生徒たちを味方につけておいて欲しい」
この発言に対し、みんなの様子は三者三様だ。
アレクシスとビクターはキラキラと目を輝かせ、ルーベントはよく理解していない様子だが、納得したように「了解だ!」と声を張り上げた。
ドゥランは相変わらずの無表情で何を考えてるかわからないが、小さく頷きを返した。
マグノリアンは盛大に眉間を寄せ、「え……具体的に何すればいいんだ……?」と戸惑いを見せている。
そして、リンスティーはというと。
「リンスティー。特に、君の人気の上昇は際立っている。
私のファンがそちらに流れたのも大きいが、もともと生徒会メンバーに興味のなかった者まで、君の“王子様”っぷりに心を奪われたらしい」
彼の主な目的は、ダンテから冷たく扱われた者たちを救うことだった。
だがその行動が、思わぬ形で新たなファン獲得につながったようだ。
「……」
リンスティーは目を閉じ、額に手を当てた。
「ただ」
ダンテが続けた。
「元々いた男子生徒ファンからの支持が低下している。
――というわけで。
そこの人気回復のため、明日からはまた、“リンスティーお姉様”に戻ってもらおう」
「はぁぁーっ!? ふざけんなよ、てめぇっ!!!」
「えー!? お姉様にまた会えるんですかっ!!?」
二人とも勢いで立ち上がったが、その反応は全くの真逆だった。
(お、お姉様が帰ってくるなんて―――!!?)
クィアシーナは心の中で歓喜していた。
最近はすっかりご無沙汰で、ジガルデに推し変しかけて⋯⋯いや、最推しはジガルデと豪語してしまうような落ち込みっぷりだった。
しかし、ここへ来て、まさかリンスティーお姉様が戻ってきてくれるとは。
「ありがとうございます! ダンテ会長!
私、全力でリンスティーお姉様のファンを導いてみせます!」
「クィアシーナ、待って、君の役割はそこじゃない」
思わぬ方向に行こうとしているクィアシーナを、ダンテは珍しく慌てて、全力で止めた。
「君には実は、数こそ多くないが、コアなファンがいる」
「へ? 私に、ですか?」
平凡地味で庶務を辞めろと何度も言われてきたクィアシーナである。しかも、早々にダンテから解雇を言い渡され、みんなより早く普通の生徒として地味に過ごしてきた。
――そんな自分に、コアなファン、だと?
「新聞部の情報操作のおかげもあるが、“影のヒーロー”として名高い。密かに君に憧れを持っている生徒が男女問わずいるとのことだ」
「げ、あのほぼ捏造された新聞記事のせいで!?」
特大な誇張された記事で何度かクィアシーナの名前は登場していた。しかし、それだけでファンができるとは。
情報操作、恐るべし。
「それだけじゃない、私の不在中、粛々と君に嫌がらせをしていた連中を正していったそうだね?
それを見ていた生徒は、君が思ったよりたくさんいたということさ」
「ええー……」
あのときの『害虫駆除』が、思わぬ形で影響を及ぼしていたようだ。
「クィアシーナの役割は、そのときに正していった貴族主義の生徒の中で、君の舎弟になった者たちの説得だ」
「はい? 舎弟?」
残念ながら、クィアシーナに舎弟などいない。
「おまえ、今さらしらばっくれるなよ。イグナートとか完全におまえの舎弟だろうが。昨日も『姐さんの舎弟の座は譲らない!』とか意味わからないことで絡まれたぞ」
遠くから、マグノリアンがツッコミを入れた。
確かに、イグナート・ストーンには変に懐かれてはいるが、逆に言えば、思い当たるのは彼くらいしかいない。
しかし、そんなクィアシーナに対し、ダンテは次々と名前を連ねていく。
「イグナート・ストーン、ダン・ブリード、サキ、アトリ、アンソニー・ゴールディン、デリック・ミルナー、……それから――」
「待ってください。少なくとも、サキとアトリの二人は舎弟ではありません。
それに、ダン君まで含めたら、本人が怒り狂いますよ」
サキ、アトリの頭から袋を被った二人はクリスティーの犬(?)だし、ダンに至っては誇り高きブリード家の坊っちゃんだ。この三人だけは、ない。
「でも、"お友達"なんでしょう?」
首を傾げたダンテにそう問われ、「まあ、それはそうですね」とクィアシーナは頷いた。
舎弟ではないが、“お友達”としては、お互いに認識している……はず。たぶん。
袋ズは三年生で、バリバリの先輩だが、そのあたりの細かいことを、クィアシーナはあまり気にしないのだ。
「この辺はみんな、今回の新生徒会のメンバーだ。
彼らの懐柔を、よろしく頼んだよ」
ダンテはさらりと告げるが、なかなかにとんでもない上、具体性がまるでない。
「いや、懐柔って……何をすればいいんですか?」
「『生徒会をやめろ』って、脅すところからやってみる?」
「それじゃあ、こちらが悪役じゃないですか」
クィアシーナが庶務に成りたての頃、頻繁に受け取っていた意見書の内容である。
自分がそちら側に回る真似は、たとえ命令であってもしたくない。
「はは、冗談だよ。もし過激な学則を、生徒会メンバーが直々に行使しようとするなら、
少し待ってくれ、と伝えてほしい。
ガブリエラの件が片付いたら、彼らにも処罰が及ぶ可能性がある」
「あ⋯⋯なるほど」
――つまり、"お友達"が加害者にならないよう、食い止めろということか。
クィアシーナはようやく、自分のやるべきことを理解した。




