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93.放課後だよ、みんな集合(これで全員)

「なんで……」



クィアシーナはふらつく足取りでダンテの元まで辿り着くと、

――思いっきり、彼の胸ぐらを掴んだ。


「なんで笑ってるんですか!?」


信じられなかった。

なぜ、こんな状況になってから、元に戻っているのか。

不敬罪覚悟で、一発かましてやらないと気が済まなかった。


「おやおや、積極的だね。泣くなら胸を貸してあげるよ。

――高くつくけどね」


「かーっ! 相変わらずなのが余計に腹が立つ!」


以前までの調子で返すダンテに、クィアシーナは頭を掻いて憤る。

ただ、その顔は笑顔で、目には涙が溜まっていた。


そんなクィアシーナをダンテは優しい目付きで見つめ、

彼女の身体をそっと自分のほうへと引き寄せた。


そして、背中をトン、トンと、宥めるようにしてリズムを刻む。


「君は、本当によくやったね」


「……!」


たったひと言、そう言われただけなのに。


「っ……」


涙が決壊した。


絶対的に信頼を置いていた人物から認めて貰えた気がして、

堪えていたものが溢れてしまった。


ダンテの胸元がシワになるんじゃないかと思うくらい、強く握りしめ、ひとしきり涙を流した。



しばらくの間そうしていると、ダンテが口を開いた。


「たぶん……言いたいことは山ほどあるだろうけど、」

「山どころじゃ足りません」


まだ涙声なのに、クィアシーナは間髪入れずにツッコミを返す。


「はは、そうだろうね。ごめんね」

「……」


素直に謝るダンテに、何も言えなくなる。


身体をそっと離し、涙で濡れた目元を手の甲で拭う。

そして、ゆっくりとダンテを真っ直ぐに見据える。


見つめた先の彼の表情は、平民の彼女を侮蔑するようなことも、冷酷な視線で威圧することもない、とても穏やかなものだった。


「……やっぱり、今まで、『フリ』をしてたんですね」


「それに関しては、みんながいるところで話そうか。

今は時間がない。もう休憩が終わるからね。

私たちは学生だよ、勉強するのが本業だ」


「……」


言ってることはとても正しいのだが、素直に受け入れられないクィアシーナは間違っていない。たぶん。


「放課後、みんなで集まろう」


「みんなって?」


『みんな』とダンテがさっきから言ってるが、それが誰を指すのか念の為クィアシーナは確認する。


「もちろん、『元』生徒会のメンバーだよ」


そう告げたダンテの笑顔は、憑き物が落ちたかのように、ひどく晴れやかなものだった。





(どう考えても、集まる場所を間違えている気がする)


クィアシーナは、ポツリと本音を漏らす。


「⋯⋯狭くないですか?」


クィアシーナは、()()()()()をぐるりと見渡し、盛大に眉間にシワを寄せた。


「残念ながら、適当な場所が思い付かなかったんだ。ごめんね?」


微笑みながら謝るダンテからは、本当に悪いと思ってる感じが微塵もしなかった。


(だから、なんでここを溜まり場にするかな!?)




――放課後。


あれからダンテに呼び出されることもなく、クィアシーナは帰路に着いた。

彼が「みんなで集まろう」と言っていたのは、明日のためのことだったのだろうか。

そんな風に悶々と考えていたところで、扉の向こうからいつものノックの音が聞こえてきた。


もうこの音を聞くと、自然に「次は誰だろう……」と身構えてしまう。


そっと足音を消して覗き穴を覗くと――


「!?」


総勢七名の坊っちゃんたちが、玄関前に大集合していた。




「完全に、キャパオーバーです」


「いやいや、こうやって収まってるんだから、問題ないと思うよ」


床の上のクッションに、ルーベントとマグノリアンが座っている。ルーベントが大きく胡座をかいてスペースをとるので、マグノリアンはひどく窮屈そうだ。膝を立てて身を小さくしてる姿に、なんだかこっちが申し訳なくなる。


クィアシーナの特等席である勉強机の椅子は、もちろん、家主であるクィアシーナではなく、王子様なダンテが長い脚を組みながら堂々と占拠していた。

――解せぬ。


その隣には簡易椅子が置かれ、アレクシスが優雅な面持ちで座っている。

彼が座ると、簡易椅子さえ気品ある一品になったかのようで、実際、いつもより軋みが少ない気さえする。


ベッドの上の壁際には、ビクターが足を崩して座り、ドゥランはその手前で縁に足を伸ばして、姿勢よく座っていた。


そして。


「それより、自分の座ってる場所に、違和感はないの?」


ダンテはやや呆れた様子で、クィアシーナを見つめる。


「いや……そりゃあ」

「いいんだよ、ここで」


ギュッと後ろから抱き寄せられ、クィアシーナはどうしたもんかと困った表情を浮かべた。


――そう、リンスティーがベッドの定位置に座っており、しかもその足と足の間に、自分は挟まれていた。

さらに後ろから抱き込まれる形で、逃げられないよう完全に捕獲されている。


あからさまに独占欲を見せるリンスティーに、ダンテの他は見てみないふりをしていた。

というより、何か言いたげに視線は送るが、触れたら毛を逆立てたリンスティーに噛みつかれそうで、安易に触れられないというのが正しい。

あのルーベントですら、口を閉じたままだ。


「私が構ってやれなくて寂しかったのはわかるけど、可愛い後輩が困ってるよ?」

「うるせぇ、好きにさせろ」


頭の後ろから飛んでくるリンスティーの口の悪さに、クィアシーナは思わず苦笑する。

――気持ちは分からんでもない。


どうやら、自分はリンスティーの精神安定剤のようになってしまったらしい。

けれど、こうして触れ合っているだけで彼の気持ちが落ち着くなら、自分としては本望だ。

ただ――恥ずかしいだけで。


「まあ、いいか」


ダンテは諦めたように言うと、口を開いた。


「作戦会議を始めようか」


久しぶりの感覚に、みんな自然と姿勢を正す。

まるで会議室で話し合っているかのような懐かしさが、胸に蘇った。


けれども、それを素直に受け入れるだけのメンバーではない。


「おい、ダンテ。作戦の前に、今までの態度について説明してくれないか?

俺には何がなんだか……」


最初に待ったをかけたのはルーベントだった。

彼の表情には本気で困惑している様子が浮かんでいる。

ダンテと同じクラスである彼も、まだ状況の全容を把握していないらしい。


「そうだよ、ダンテさん! ちゃんと説明してよ!

いきなり態度変えられても、僕らついて行けてないよ?」


「ですね。最初から丁寧に、詳細にお願いします」


ビクターとドゥランが続く。

マグノリアンも二人の言葉にうんうんと頷いた。


「だよねー。意味不明だもんね。

ダンテ、今の君は、僕らからの信用ゼロどころか、マイナスだからね?」


アレクシスが微笑みながら、辛辣な言葉を投げかける。


「内容によっては、手が出る」


リンスティーから物騒な言葉が飛び出した。

思わずクィアシーナは、どうどう、と彼の脚をポンポンと叩く。



「はは、みんな落ち着いて。そうだなぁ……」


ダンテはお腹のあたりで両手を組み、指をトントンさせて考える素振りを見せた。


「まずは、お礼からだね。ありがとう、クィアシーナ」


「へ? なんで?」


急に感謝の言葉をぶつけられ、クィアシーナは思わず間抜けな声を漏らす。


「君が一発、頬をはってくれたおかげで、魔法が解けたから」


「!?」


一堂、驚きで姿勢が崩れる。特に驚愕した表情をしていたのは、もちろんクィアシーナだ。


そんなみんなの驚きをよそに、ダンテは肘掛けに頬杖をつき、事もなげに告げる。


「実際、結構危なかったんだよね。意識は持っていかれるし、意図に沿わない行動をさせられるし……」


ふうっと息を漏らし、続ける。


「『下賤な者』だっけ。生まれてこの方言ったことがない単語だったよ。ごめんね、不快な思いをさせて」


ははっと苦笑するダンテに、クィアシーナは言葉を発することが出来ない。色んな感情が邪魔をして、どう声をかければいいか分からなくなっていた。


「だけど、君が()()()()()()()()()()()、ガッツリ引っ叩いてくれたおかげで、目が覚めたんだ」


「んんっ??」


ダンテの言葉に引っかかるものを覚え、クィアシーナは頭をフル回転させた。


(王家の指輪――あ!)


そうだ。

ダンテが復学すると聞いたあの日、家に保管していた指輪を、ちゃんと指に嵌めて登校していたのだ。

本人に、正式に返還するために。


まさかあのときの一発で、彼の中に残っていた呪詛を吸収してしまっていたなんて。


「正気に戻ったあとは、頬は痛いし、周りはドン引きだし、

しかも結構取り返しのつかないことをやらかしてたからね」


肩をすくめて、軽い調子で続ける。


「後が大変だなー、とは思ったけど……

まあ、これはこれでいっか、って。魔法がかかり続けてるフリをしてたんだよ」


「……」


一堂、言葉を失った。


うっかりしちゃったと言わんばかりのダンテの態度に、全員が揃って、無言のままじとりとした目を向ける。


「で、でも、魔法は……療養中に、解呪されてたんじゃあ……」


確か、魔法は先に解呪されており、犯人の痕跡を辿るための調査が行われていたはずだ。

クィアシーナの疑問に、ダンテはあっさりと頷いた。


「ああ、それについては完全に私の油断だ。

じつは復学の前日、()()が私のところへ来たんだ」


彼女――ガブリエラ。


(やっぱり……ジガルデ様が言っていたとおり、ダンテ会長に魔法をかけたのは、ガブリエラ様の仕業だったんだ)


()()()()()()()()()()()()なんて思ってたら、不意打ちだ。

気が付けば……まあ、あんな感じかな」


クィアシーナは、その言葉に引っかかりを覚えた。


――本命?


「あの……本命って……」


「クィアシーナも、もう答えには辿り着いてると思うから言うよ」


ダンテは静かに告げる。


「これまで生徒会で起きた一連の事件。その裏で糸を引いていたのは、すべてガブリエラだ」


背後で、リンスティーが息を呑む音がした。

ほぼ確信していたとはいえ、身内から刃を向けられていたという事実は、簡単に飲み込めるものではない。


「でもね。彼女は徹底していた。

尻尾は見せないし、証拠も残さない。

正直、どうやって炙り出すか、今までずっと頭を抱えてたんだよ」


そこで、ダンテはクィアシーナを見る。


「そんなときに、君の助言が役に立った」


「え……助言? 私、そんなの言いましたっけ?」


「ああそうだよ。言ったじゃないか」


にこり、と笑って。


「アリーチェと、文通友達になればいいって」


「え!?」


確かに、言った。

ただ、それがなぜ役に立つのか、クィアシーナにはまったくわからなかった。


「アリーチェに相談してみたんだよ。内容をぼかしながらさ。

尻尾を掴みたいのに、中々正体を見せてくれない人がいるって。


そしたら、

『どうせまた人にやらせようとしてるんでしょ。たまには自分が動いて、そいつを懐にいれるくらいの度胸見せなさいよ』ってね。

はは、目から鱗だったよね~。

向こう(ガブリエラ)にとったら、療養で休学なんて、学園外で単身私に近付けるチャンスじゃないか。来るかな、来るかなって期待してたら、面会の申し入れだよ? きたーって、内心興奮しまくってしまったよ。

それはそれは、面白かったなぁ……」


そのときのことをどこかうっとりした目で語るダンテ。


(あ、ダメだコイツ)


みんなが揃って思った瞬間だった。


同時に、クィアシーナはここへ来てアリーチェから貰った手紙に書かれていた内容を急速に理解した。


『どいつもこいつも人のことを頼りにして』


あの一文は、暗にダンテのことを含んでいたのだ。


「まあ、そこからは私の落ち度だね……何か仕掛けてくるとは思ったけど、まさかあそこまで強い呪詛を王城のど真ん中で本気で使ってくるとは思ってなかった。

でも、あとから意識を取り戻すことはできたし⋯⋯

それに、魔法にかかったフリをしてたおかげで、彼女が少しずつ本性を現して、こっちの思惑通りにやらかしてくれたから良かったんだけど。


……クィアシーナとアリーチェさまさまだよ。本当にありがとう」


(なんでか、ぜんぜん嬉しくない)


こんなに気持ちが乗らない"ありがとう"の言葉があっただろうか、いや、ない。


「あの……」


ここで、マグノリアンが静かに声を上げた。


「俺、あなたにめちゃくちゃに言い負かされたんですけど、あれも、フリ?ってことで、いいんでしょうか」


むしろ、魔法の影響であって欲しい、というような雰囲気が、彼の発言には含まれていた。


「もちろん、フリだよ。ごめんね?」


「……」


マグノリアンが、立てていた膝に顔を埋めてしまった。


これは彼がダンテに直談判に行ったときのことを言ってるんだと思うが、

⋯⋯一体なにを言われたんだろうか。


クィアシーナが彼のことを居たたまれない目で見ていると、次は

マグノリアンの隣に座っていたルーベントが口を開いた。

彼はマグノリアンの背をポンポンと励ますように叩いたあと、ダンテに向かって告げる。


「俺もさ、執務室でめっちゃ喋りかけてたのに、全部無視だろ?

返事の代わりに、ずっと睨まれるし。

この俺が、心折れかけたんだぜ?」


(あ、無視されてたんだ)


それでもずっと会話を試みていたルーベントは、相当なメンタルの持ち主である。


「それに関しては、ちゃんと私からの視線を感じて欲しかったな。

『ガブリエラがキレ始めてるから、それ以上口を開かないで』っていう懇願を込めて、視線を送ってたのにね。

ずっとしゃべり続けるんだもの。こっちも毎日冷や冷やしていたよ」


皆が、すべてを察したように、ルーベントへ憐みの目を向けた。


(ドンマイ)


言葉を発しなくても、全員からその声が聞こえてきた気がした。


「おまえがファンを泣かしてたの、本気でドン引きだったんだけど」


リンスティーが、ダンテに向かってここぞとばかりに小言をいう。

他にも言いたいことはたくさんあっただろうが、優しい彼としては、そこが一番許せなかったようだ。


「……やり過ぎたとは思ったけどね。でも、彼女たちの結束力は固い。活動をそのまま続けさせていたら、捨て身の行動に出る可能性だって考えられた。それでガブリエラから余計な罰を受けるのを防ごうとした結果だよ」


ダンテは申し訳なさそうに目を伏せたあと、すぐに表情を変え、リンスティーに余計なひと言を言い放った。


「ただ、そのあとの君の"王子様"ケアは完璧だったね!

あれ、継続するの?」


ものすごく面白そうな声音で尋ねるダンテに、クィアシーナは背後から肌を刺すような怒気を感じ、事が起きる前に口で制した。


「――お願いします。ここ、私のうちなんで、喧嘩だけはしないでください」


身体の前に組まれているリンスティーの手に自分の手をそっと添え、落ち着くように告げる。


「うん……大丈夫。ただ、寮に帰った後は、容赦しねぇ」


クィアシーナも、ここじゃなければ別にいい。

何も反論しないでおいた。


「僕らも中々気分悪かったよねー。何が楽しくて女の子たちに反省文を提出させないといけなかったのさ」


アレクシスも、いつもの微笑みを消し、眉根を寄せて、ダンテの横から苦言を言う。


そんなアレクシスの苦言に対し、ベッドの端からドゥランが感想を付け足した。


「でも、反省文に関しては私は感心していました。ガブリエラ嬢のような物理的な罰を与えず、上手いやり方だな、と思っていました」


「え、そうかい? 私としては、絶対やりたくないなぁと思う罰を課したつもりだったんだけどな⋯⋯

だって、五枚だよ? 普通、そんなに書くことなくない?

ちょっと甘かったかな」


クィアシーナはアレクシスとドゥランから魔法を放つ気配を察し、

「お願いだから、抑えて。私の部屋、破壊しないでください」

と懇願する。


それから話題を変えるよう、肩越しに振り向き、壁際におとなしく座っているビクターへ声をかける。


「ビクターさんも、せっかくなんで今のうちに言いたいことあれば言っておけばいいと思いますよ?」


しかし、クィアシーナの言葉に、ビクターはなぜか微妙な顔をしてみせた。


おや?と思っていると、ダンテが先に口を開いた。


「ビクターは何度も私のことを尾行しようとしてたよね?」


「⋯⋯」


どうやら、ビクターはダンテがいなくなる度に、後をつけて何をしてるのか探ろうとしていたらしい。

そして、彼の様子から、残念ながらその試みは上手くいかなかったようだ。


「うちの諜報部を狙ってるなら、もうちょっと気配の消し方を覚えた方がいいよ?

クィアシーナにでも習ったらいい。彼女は完璧だ」


ダンテの前で気配を消したことなど一度もないのだが、ビクターを煽るために言ったのだと理解した。


ビクターが口の端を上げて、クィアシーナを睨みつける。


「⋯⋯シーナ。ライバル、だね」


「本気で止めてください。私、諜報部に興味ゼロです」


ダンテのいらぬ煽りのせいで、なぜかライバル認定されてしまった。


「それじゃあ、みんな言いたいこと言ったから、被害者の会はここまでにして」


「それ、あなたが言いますか」


思わずクィアシーナが呆れ混じりにツッコんだ。

しかし、ダンテはそれを華麗に無視する。


「今度こそ、――作戦会議だ」


肩肘で手をつき、椅子にゆったりと腰掛けてみんなに向かって言い放ったその姿は、

先ほどまでの緩さが嘘のようで、まるで威厳ある王のようだった。


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