92.独裁政治と革命への一歩
翌日。
校門前の広場に、生徒全員が集められた。
こうした全校生徒が集まる集会は、創立祭などの学校行事、もしくは会長選や生徒会発足時に限られる。
今回は、聞いていた通り、新生徒会の立ち上げによる新メンバーの紹介だった。
ダンテに代わり、ガブリエラが会長として就任。
副会長にブレンダ・マクレンを。
その他の会計、書記、庶務の六人には、かつてクィアシーナが摘発した貴族主義の連中が、その席に就いた。
もちろん、生徒たちからはどよめきが上がる。
署名をしたのは、あくまで方針を変えたダンテの罷免であり、そこには他のメンバーを辞めさせる意図までは含まれていなかったのだろう。
そして、旧生徒会メンバーが誰一人残っていないという事実に、ファンクラ部の者と思われる女子からは悲鳴が上がっていた。
そして、新生徒会の発表と同時に、新たな学則と方針が、ガブリエラの口から告げられる。
『身分制度の厳格化』
これは、ダンテが打ち出したものと一見変わらない。
しかし、この身分制度は、自分たち本来の身分ではなく、
「三親等以内の親族に平民がいる者は準貴族とし、平民同等の扱いとする」
という、学園独自のルールが課されていた。
該当する生徒からの不満の声が、一気に辺りを包み込む。
だが、ガブリエラとブレンダ・マクレンの魔法が、それをよしとしなかった。
少しでも不満を口にした者を的確に狙い、
何も見えないはずの空間で、身体がびくりと跳ね、膝をつく者が続出した。
「ぎゃ」という声があちこちから上がり、
その異常な光景に、魔法を受けなかった生徒でさえ、恐怖でその場に凍りついた。
クィアシーナは、遠目からその光景を見ていた。
だが、生徒が倒れていく光景よりも、何の感情もなく罰を与えるガブリエラの表情のほうが、何より怖くて仕方なかった。
それは、恐怖というよりも、あからさまな嫌悪感だった。
人は、理解できないものを前にすると、戸惑いや不安と同時に、嫌悪を抱くものだ。
だが、クィアシーナがそう感じているように、ガブリエラにとっても、平民の血が混じる者はすべて、同じ嫌悪の対象なのかもしれない。
――また、学園の居心地が悪くなった。
悪いどころではない。
もはや、通えないレベルにまで達しようとしていた。
「ねえ、クィアシーナ……私、怖いよ……」
集会のあと、教室棟へ向かって歩きながら、ララがクィアシーナの服を引き、小さな声で囁くように言った。
「うん。わかる。怖いよね。
でも、完全に平民との隔離を狙っているんだとしたら……私たちは、逆に安全なのかもしれない」
クィアシーナが考えたガブリエラの思想は、純血の救済であり、混合物の排除だった。
昨日、リンスティーが言っていたように、隔離にまで踏み切るのなら――
それは逆に、貴族たちから自分たちの身を守ることにもなる。
そう考えれば、ある意味では「安全」と言えなくもなかった。
ただ、その隔離と、彼女がこれから発令するであろう学則が、どんな形になるのかは、まだ見えてこない。
彼女は「追って発表する」と言っていた。
廊下を歩く生徒たちのほとんどが、これからのことに不安を抱えているのだろう。
下を向き、俯いたまま、足を運んでいる。
(――私だって。本音を言えば、不安だ)
「次の授業、なんだったっけ」
口に出すと、余計に不安が増す気がする。
だからこそ、それを振り払うように、関係のないことを口にして、心を落ち着かせた。
◇
昼休みになると、校内の全校生徒に向けて、生徒会からの放送が流れた。
声の主は、新生徒会――ガブリエラである。
『みなさま。新しい学則について、わたくし会長ガブリエラから発表致します。』
『一つ。学園における身分は、絶対のものとする。
これに不服がある者は、粛清対象とする』
『二つ。平民は貴族と対面した際、必ず頭を垂れ、許可があるまで顔を上げてはならない。
これを破った者には、罰を与える』
『三つ。隔離政策の実施。
学園内の各施設に、平民立入禁止の貴族専用区画を設置する。
これに違反した者は、直ちに処分する』
『まずは、この三つを学則として加えます。これまで、各学級委員長に実施して頂いていた、監視は終了とします。ご苦労様でした。
明日以降、生徒の素行を監視する魔道具を学園の各所に設置します。
皆さま、言動、行動にはご注意くださいませ』
――放送はそこで終わった。
教室内は、完全に静まり返っていた。
(魔道具による監視と来たか)
道具を使われるとなると、今までのような「見逃し」は発生しなくなる。
それに、罰については具体的に言及されていなかったが、反省文程度で済むようなものではない気がした。
――ジガルデ様はどう反応したんだろう。
そう思うと、じっとしていられなかった。
クィアシーナはすぐに教室を出て、駆け足で職員室へと向かった。
◇
「え⋯⋯しばらく来れない?」
「はい。お家の方で少しトラブルがあったみたいで」
「いつまでお休みなんでしょうか?」
「さあ⋯⋯それが、トラブルが片付くまでっていうことで、私たちも聞かされてないの。
講師の数が足りないっていうのに、本当に困るわ」
事務の人にジガルデが不在だと聞かされ、胸の奥がざわついた。
『家のトラブル』と言っていたが、
ガブリエラが手を回している可能性は、十分に考えられる。
彼女にとって、突如現れたジガルデは、
目の上のたんこぶのような存在だったのだから。
――ジガルデ様に頼れないとなると、本当に手詰りだな⋯⋯。
三親等どころか、先祖代々平民のクィアシーナは、
学園内の隔離対象そのものであり、
ガブリエラの嫌悪を具現化したような存在でもある。
そんな自分が一人で彼女に立ち向かったところで、
視界にすら入れられず、粛清されて終わるだろう。
――甘んじて、この状況を受け入れないといけないの?
諦めかけた、そのときだった。
頭の奥が、キン、と鳴るような感覚に襲われる。
――伝達魔法だ。
そして、その声の主に、
クィアシーナは思わず「え」と声を漏らし、その場に立ち尽くした。
職員室を慌てて飛び出し、指定された場所へと向かう。
(なんで)
頭の中は疑問だらけだ。
けれど、本能で引き寄せられるように、身体が目的の場所目掛けて全力で動いていく。
脚がもつれそうになりながらも、
走って、ただ走り続けて。
旧校舎の三階の一室に辿り着いたとき、一気に息が上がった。
肩で息をするも、なんとか呼吸を整える。
震えそうになる手をなんとか堪え、
勢いよく、目の前の扉を開いた。
開いた扉の先には。
「やあ、クィアシーナ」
窓際に佇む、その人は。
「――なんで」
ゆっくりと、倒れそうになる足取りで、歩を進める。
まだ呼吸は整ってない。
けれども、一歩近づくにつれ、目の前がボヤけて霞んでいく。
彼は碧の瞳を柔らかく細め、静かに口元に弧を描いた。
「言ったじゃないか」
静かに告げる。
「革命だよ」
ダンテが、以前のような優しい笑顔で、笑った。
第二章おわり




