9. クィアシーナ、苦情を受けつける。
「それで、彼女の加入にあたって、みんなにお願いがあるんだ。クィアシーナが生徒会に入ったことを、ぜひ周りに広めて欲しい。在校生のみんなに、早く顔を覚えてもらうためにね」
ダンテはクィアシーナの加入を大々的にアピールするつもりのようだ。
おそらく、それでアリーチェの犯人を誘い出す気でいるのだろう。
「待ってください、ダンテさん」
皆が頷く中、マグノリアンが一人、制止の声を上げた。
「彼女の存在は、他の生徒にはあまり公にしないほうが良いのではないでしょうか?
アリーチェさんですら嫉妬の的になったのですから、彼女には悪意を抱く生徒が現れる可能性が高いと思います。ましてクィアシーナは、アリーチェさんが戻るまでの代理加入なのですよね?
その点も考えると、彼女の身の安全のためにも伏せておくのが賢明かと」
マグノリアンの正義感あふれる発言に、クィアシーナは心の中で感心した。
選民意識が高いと聞いていた彼だが、むしろ平民である自分を守ろうとしてくれている。
――ダンテが言っていた容疑者のマグノリアンと、ここにいる彼は、本当は別人なのではないだろうか? と疑ってしまうほどに。
「逆だよ、マグノリアン。存在を隠そうとしたら、彼女のことを表立って守れなくなってしまうよ」
「それは、そうですが……」
「そこで一つ提案がある。少なくとも今週いっぱいは、生徒会メンバーがローテーションで彼女の家まで送迎するようにしたいんだけど、どう?
平民の彼女の場合、学園内よりも、学園外のほうが狙われやすいからね」
「え、送迎ですか!? いや、私は別にそこまでしていただかなくても、」
「そうね、いいんじゃない? ダンテが言うことに異論はないわ。一週間程度なら、一人一回番が回って来るかどうかだし」
「快い返事をありがとうリンスティー。他のみんなはどう?」
リンスティーの賛成に、他のメンバーも次々と同意し始める。
いや、どう考えてもおかしいだろう。
ただ生徒会に一時的に入る自分に、お貴族様のみんなが、いやたとえそうでなくとも家まで送迎してくれるなんて。
リンスティーの賛成に、他のメンバーも次々と同意し始める。
いや、どう考えてもおかしいだろう。
ただ生徒会に一時的に入る自分に、お貴族様のみんなが――いや、たとえそうでなくても家まで送迎してくれるなんて。
「マグノリアン、みんなこう言ってくれてるけど、君は?」
マグノリアンは少し間を置き、静かに答えた。
「……わかりました、俺も従います。
けれど、約束してください。もし彼女がアリーチェさん以上の嫌がらせを受けてしまった場合、彼女をすぐに解雇してください」
「え!?」
クィアシーナも思わず声を上げる。
「え、ってなんでだよ。もしかしたらダンテさんから聞いてるかもしれないけど、前任の庶務のアリーチェさんは、誰かに階段から突き落とされて、命まで狙われたんだ。
一年でDクラス、しかも平民、平凡な転校生のお前が、一時的とはいえ、みんなが狙っていた生徒会の席をかっさらったなんて聞いたら……これから先、何をされるか……」
さっきからなんなんだ、このいい人は。
けれど、自分は本当は囮要員として雇われたのだから、敢えて嫌がらせを受けるよう仕向けないといけない。
解雇されては困る。
そして、そんなマグノリアンの思いやりのある発言を、ダンテは一刀両断する。
「うん、それについてはたぶん大丈夫だと思うよ。
彼女、以前通っていた学校で数々の生徒を更生院送りにしているし」
「こ、更生院?」
ダンテとクィアシーナ以外のメンバーが一斉に彼女を振り向く。
おそらく普段は使うことのない単語に、全員が思わず反応した。
「…………なんでダンテ会長がそのことを知ってるんですか?」
ダンテは少し申し訳なさそうに笑った。
「悪いね。この学園では、編入するときに問題のある経歴がないか必ず調書を取られるんだ。
私はその写しを、学園長から特別に見せてもらったんだよ」
(個人情報ーーーーーー!!!)
面談の件といい、入学書類といい、またしても学園長経由で自分の情報がダンテの耳に入ったらしい。
どうなっているんだ、この学園は。いくら相手が王子だからって、緩すぎやしないか。
「更生院って……犯罪を犯した未成年が反省するために過ごす、刑務所みたいな場所のことであってるかしら?」
口を引く突かせたリンスティーが、クィアシーナに確認をとる。
「はい、その理解で合ってます」
クィアシーナは静かに頷いた。
「……私は一時期、とある国の治安の悪い地域の学校を転々としていました。
そこでは転校生……要はよそ者というだけで、絡んでくる連中が多かったんです。
最初はやられっぱなしでしたが、経験を積むうちに、彼らに教育的指導を行えるようになりました。言っても聞かない者は、学校に訴え、更生院送りにした――ただそれだけです」
「あっさり言うけど、あなた、意外とパワー派だったのね……」
「いえ、決して暴力はふるっていません。毎回平和的解決に努めていました」
事実、クィアシーナは平々凡々な女子学生である。
力だって弱いし、魔法だって使えない。
けれども、圧倒的に他よりも優れていたのは、数々の修羅場を潜り抜けて来た"経験"だった。
クィアシーナが周りを見渡すと、皆、少し今の話に引いている様子だった。
(誤解しないでほしい……私はただ、絡んできた相手を正しただけなのだから)
ふぅ、とひと息吐き、クィアシーナはマグノリアンに向き直る。
「感覚的な話になりますが……私は人より打たれ強い性分のようです。マグノリアンさんが懸念されている状況になる前に、きっと全力で回避してみせます」
「うん、なんか実感籠もってるし、説得力あるな⋯わかった、がんばれ。でも、何かあればすぐに言えよ」
「はい、もちろんです!それから、周りに嫉妬されることがないくらい、お役に立てるよう頑張ります」
単純ではあるが、クィシアーナは、ここまで自分のことを気にかけてくれたマグノリアンに、少しでも力になりたいという思いが芽生えていた。もしかすると、放課後にわざわざDクラスの教室まで足を運んでくれたのも、生徒会に勧誘されたら危険だから断れと、警告しに来てくれたのかもしれない――いや、ほぼ間違いなく、そのためだったのだろう。
「それでクィアシーナ。君の担当は庶務だけど、それ以外に役員全員に共通する仕事がいくつかある」
話が一区切りしたところで、ダンテが生徒会の共通業務について説明を始めた。
「その一つが、朝の挨拶当番だ。登校時間になったら、生徒会のメンバーが校門前に立って登校して来た生徒に向けて、挨拶するんだよ。『おはようございます』ってね。これはこの学園の生徒会の伝統業務で、生徒に生徒会の顔を覚えて貰うためだったり、逆にこっちが生徒の顔を覚えるためにやってるんだ」
「挨拶ですか……」
クィアシーナは自分がキラキラメンバーの生徒会と一緒に、校門前に立って挨拶する自分を想像してみた。
……自分だけ背景と化すことが容易に想像できて、少し悲しくなった。
「今は毎日二名交代で当番を回してるわ。だから週一で当番が回ってくる感じね。ダンテ、どうする? 今週は彼女に毎朝出てもらう?」
副会長のリンスティーが説明を締めくくり、クィアシーナのシフトについてダンテに確認を入れる。
「そうだね。そのほうがすぐに他の生徒にクィアシーナのことを覚えてもらえるだろうし。明日から四日間、少し大変だと思うけど、できそう?」
「はい、もちろんです。大体何時くらいに行けばいいですか?」
「八時には校門前に着いてて欲しいかな。授業が八時半スタートだから、そのあたりから生徒が登校し始めるんだ」
「承知しました」
「ちなみに明日は私とダンテの二人が担当よ。荷物は先に教室に持っていってもいいし、校門の脇に置いててもいいわ」
「狙われるのは荷物からだから、自分の足元が一番オススメだよ」
「荷物」という言葉に反応して、ビクターがさりげなくアドバイスを入れる。
確かに、自分の目の届かない教室に置くより、足元に置いておく方が、心ない嫌がらせから確実に守れるだろう。
「そうですね、かばんは足元に置いておくようにします」
「それにしても、ほんと意味わかんねぇよな。俺を含め、アリーチェ以外の三年の四人は嫌がらせなんて一度も受けたことがないのに」
「だよねぇ」
ルーベントとアレクシスは、心底不思議そうにそう疑問を口にした。アリーチェ以外の三年といえば、ダンテ、リンスティー、ルーベント、アレクシスの四人である。
確かに、彼らの言う通り、これは少し奇妙なことかもしれない。
見目麗しい男子生徒に囲まれ、しかもダンテに近しい女子が狙われるのなら、リンスティーが標的にされても不思議ではない。
副会長という立場ゆえか、彼女はアリーチェ以上にダンテとの距離が近いのだ。嫉妬を買うなら、むしろ彼女のほうが先でもおかしくない。
それでも彼女に矛先が向かないのは、身分の違いや、SクラスとBクラスの壁があるからなのだろうか。
「でも僕らも二年に学年が上がってからは、嫌がらせの類は落ち着きましたよ? まあ、アリーチェさんに標的が絞り込まれたってのもあったのかもしれませんが」
「ほんとにしょうもないわ……」
ビクターの言葉に、リンスティーが呆れた様子でため息をつく。
きっと、明日以降、その標的はクィアシーナに移っていくのかもしれない。
「アリーチェの事件が結構大事になったから、このまま落ち着くといいんだけど」
「ダンテさん、そんなことあると思いますか?」
「まあ、ないよね。よし、じゃあそろそろお開きでいいかな。
基本的に、生徒会の活動は放課後だ。授業が終わったら、生徒会館に来てね。特に仕事が溜まって無ければ、来ない日があっても大丈夫。その辺は同じ庶務のマグノリアンと調整してね。
たまに昼休みに招集をかけることもあるけど、特別な行事がない限りは滅多にないかな。ここまでで何か質問はある?」
「いえ、大丈夫です」
「うん、じゃあ解散で。みんな、お疲れ様」
「お疲れ様です。みなさんありがとうございました。明日からもよろしくお願いします」
締めの言葉で、メンバーは応接室を後にしていく。そのまま帰宅する者、執務室に戻って業務をしにいくものと、行き先は様々だ。
「なあ、このあとまだ時間あるか?」
「あ、はい。大丈夫です」
マグノリアンに呼び止められ、二人で応接室に残る。
「せっかくだし、相談箱について説明しておこうと思って。正面の扉のそばに、小汚い箱があったのは見たか?」
「はい。ダンテ会長から、生徒の相談や要望を匿名で受け付けるための箱だって聞きました。庶務はその対応をするっていうのも」
「なら話が早い。これから見に行くけど、一緒に来るか?」
「ぜひ! どんな内容が入っているのか気になります」
「うわぁ……」
「ま、こんなもんだな」
本日入ってたのは十五通。これは普段の投函数よりかなり多い方らしい。しかも内容は全てダンテとクィアシーナの昼休みの出来事のもの。
『意見書(苦情):昼休みにダンテ殿下と手を繋いだという平民らしき生徒に、"身の程を知りなさい"と厳重注意をお願いします。匿名希望』
『意見書(要望):ダンテ殿下が昼休みに女子生徒と二人どこかへ消えていったと聞きました。新しい婚約者候補ですか? そうであれば悲しい……みんなの殿下でいて欲しいです。匿名希望』
『意見書(苦情):ダンテ殿下と見知らぬ生徒が手を繋いでるのをみました。率直に言って、不愉快です。殿下はみんなの殿下であって...(以下略)』
クィアシーナは中身のしょうもなさに頭を抱えた。
「こんな意見を言うために、わざわざ生徒会館まで来て投函するんだ……」
「逆を言えば、わざわざ投函しに来るくらい、自分の気持ちを伝えたいんだよ」
「なるほど、確かにそういう考え方もありますね……勉強になります」
この意見書の内容からは、いかにダンテに人気があるかが伺えた。
ただ……"みんなの殿下"とは一体。彼に特定の人がいてはだめなのだろうか。
「まず内容を一つ一つ読んで、それから該当するメンバーに振り分けて、持って行く。今回なら、ダンテさんだな……これを見たところでどうすることもできないだろうけど。ちなみに、匿名じゃない相談を受けるときもある。その場合は、日時を設定して対面で話を聞くんだ
「本格的な悩み相談ですね。それは私も同席しても?」
「もちろん。俺がいないときも一人でこなせるように、積極的に仕事を覚えていってくれたら嬉しい。」
「了解です」
その後、ダンテに十五通すべてを手渡し、マグノリアンと共に帰路につくこととなった。




