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88. おかえりなさい

三人が出て行ったあと、クィアシーナは部屋の片づけをしていた。

飲み終わったカップと、食べ終えた小皿を片付け、クッションを元の位置に戻す。


最近、やたらに人が――しかもみんな揃って貴族ばかり――この部屋を訪れている気がする。

こんな狭い場所で、よく我慢できるなと思う。


(女子会がしたい……)


今さら気付いた。

この部屋に来るのは、メンズばかり。

しかも、貴族。


そろそろララとマリアも呼びたいと思うものの、まだ声をかけれずにいた。

なんだかんだ、自分から人を自分の領域に入れるのは、少し勇気のいることなのだ。



トントン



(あ、来た)


控えめなノックの音が聞こえ、部屋の中から扉に向かって叫ぶ。


「入ってください! 鍵、空いてます!」


自然と、胸が高揚した。

――ちゃんと、戻ってきてくれた。


ガチャリ、と音を立て、玄関先から顔を覗かせたのはもちろんリンスティーだ。


一番最初に、自分の領域(へや)に入ってきたのも彼。

当時は彼女だと思っていたが、今ではすっかり男性の姿にも見慣れていて、

何の躊躇いもなく部屋へと招き入れることができた。


それくらい、心を許していた。


「ふふ、おかえりなさい」


「……ただいま」


なんだか二人とも気恥ずかしい雰囲気になる。

ルーベントとアレクシスには内緒でこうして戻ってきたのだ。

なんだかいけないことを二人でした気分になってしまう。


「すいません、無理やり引き止めてしまって」


我ながら大胆なことをしたものだ。

今振り返ってみると、相当にあざといことをした自覚がある。


「いや、……俺も、名残惜しいと思ってた」


(嬉しい)


シンプルに沸き起こった感情だった。

帰り際、そっけないようにも見えたが、内心では同じように思っていてくれていたらしい。

そのことが……なぜだかたまらなく嬉しかった。


少し視線を外し、熱を帯びた頬に手をあてる。

この人を前にすると、すぐ顔が赤くなるから困る。


「引き止めといてなんですが、別に、話したいことがあったからってわけじゃないんです」


もしかしたら、二人には聞かせることができない話をしたいから、引き止めたと勘違いされているかもしれない。

でも、そういう意図ではないということを、きちんと彼にも知っておいて欲しかった。


「うん、大丈夫。わかってるから」


――どうやら、言い訳は不要だったようだ。

彼の言葉に、頬が緩む。


クィアシーナは先ほどから立ったままで話しかけているが、

リンスティーも、その場で立ったままで腰を下ろそうとはしない。


二人の間の空気に、緊張はなかった。

視線と視線が絡み合う。


互いに黙ったまま、どちらともなく距離が縮まっていく。


そして、互いの身体が触れ合う距離まで近づいた瞬間――ゆっくりと抱擁し合った。


ポンポン、とお互いに背中を叩き合う。

最初はぎこちなかったそれも、いつの間にか自然な動作になっていた。


親愛のハグ。

いつの頃からか、別れ際はこれをしないと気が済まない身体になってしまっていたらしい。


「サンキュー、ブロ……」


ふと、クィアシーナからザイアス式の軽い挨拶が口をついて出た。


「……ほんと、馴染んでたんだなぁ、向こうの生活に」


いつもの呆れ交じりの声がくすぐったい。


「向こうじゃ頻繁にやってましたが、今はこんなハグ、誰にでもやったりしませんよ」


(あ、しまった)


さらっと返した返事だったが、言い終えた直後、それがどんなふうに受け取られるかに気づいてしまった。

実際、特別であることは自覚しているが、それを相手に押し付ける気は、クィアシーナにはさらさらなかった。


「……」


リンスティーの背中を叩く手が止まった。


「?」


急に動かなくなった彼に、どうしたのかと、クィアシーナが下から顔を覗き込む。


一瞬、腕が緩んだかと思ったそのとき――

全身を抱え込むようにして、強く抱きしめられてしまった。


突然のことに、ふと息が止まる。


「あ、あの、リンスティーさん……?」

「あのさ、俺――」


戸惑ったような声を出すクィアシーナに、リンスティーが口を開きかけた、そのとき。


「おーい、すまんすまんっ!

リンスティー、俺も忘れ物だ!! 制服を持って帰るのをすっかり忘れてた!」


ものすごい勢いで扉を開け、ずかずかと部屋に入ってくるルーベントと、ばっちりガッツリ、鉢あった。



時が、

止まった。



お互い、静かに身体を離し、とてつもなく気まずい思いをしながらルーベントを二人して睨みつける。


「うぉおええええ!? おい、おまえら、何してんだ!?」


ルーベントは飛び跳ねるようにして後ろに下がって、大げさに驚いてみせる。


「え、今からチュー!? え、うわ、マジかー!

これは悪いことしたなぁ!」


あっはっは、と悪びれる気もなくあけすけな物言いをするルーベントに、クィアシーナはくわっと噛みついた。


「違います! 別れの挨拶なだけです!

私たち、ザイアスに留学してたんで、そこの文化の一環なんですーっ!」


何故か不貞腐れたように言うクィアシーナに、リンスティーは何も言わない。


「え、ああ、そうなのか! ザイアスは積極的な文化だというもんなぁ!

ほら、クィアシーナ! 俺の胸にも飛び込んできていいぞ? リンスティーより鍛えてる自信があるからな!」


「……」


両腕を広げるルーベントに、クィアシーナはすんっと完璧なまでに無になった。


「ん? どうした? ほら、遠慮するな!」


「はいはい。ほら、一緒に寮に帰るぞ」


なおも腕を広げてウェルカムな姿勢を見せるルーベントを、リンスティーが引きずるようにして玄関まで連れて行く。


「あ、制服、忘れてます」


クィアシーナもすぐにいつもどおりの様子で、ルーベントへ紙袋を手渡した。


「ああ、ありがとう。それじゃあ、クィアシーナ、またな!」

「はい、また。廊下は静かにお願いします」


元気よく挨拶をするルーベントに小言を返したあと、リンスティーが静かに別れの言葉を口にする。


「……またな」

「はい、また。お気をつけて」


パタン、と閉まったすぐあとに、ドタドタした音が、扉越しから聞こえてくる。

静かにしろと言ったのに、ルーベントが通り過ぎるだけで、なんとも騒がしい空間になるものだ。


ふらふら……

全身の力が抜けたかのように、そのままベッドへぱたんと倒れ込む。


シーツからは、抱きしめられたときと同じ、リンスティーの匂いがした。


あの包み込むように抱きしめられた瞬間、


(ああ、彼は本当に自分の中で推しではなくなってしまったんだな)


と、ぼんやりと思った。


――あのまま、邪魔が入らなかったら、どうなっていたんだろう。


考えたところできりがない。

気持ちを切り替えるために、入りそびれていたお風呂に入ることにした。



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