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87. 放課後だよ、みんな集合(三年生)

「へえ~初めて見るタイプの部屋だ。クィアシーナらしくていいね」


「褒め言葉として受け取っておきます」


久しぶりに見たピンクブロンドの華やかな彼は、この部屋の空気から面白いくらいに浮いていた。


あなたはここにいてはいけない。

もっと優雅でエレガントな女子の部屋がきっと似合う――

……なんて、そんなこと口に出すはずもなく。


「おお、これは全部クィアシーナの武器か!?

今度手合わせをしよう! 週末なんかどうだ!?」


「あ、これ武器じゃなくて全部防護グッズなんで。私、基本的にか弱いですから」


先週会ったばかりの相変わらず脳筋思考の彼は、見事なまでに壁一面の自分のコレクションに食いついた。

しかし、手合わせはごめんだ。

自分は平凡な女子なのだから、手合わせなんかしたら、余裕で吹っ飛ぶ。


「はい、これ、おもたせで持ってきた」


「! ありがとうございます! 流石です!」


もはや何回うちに来たかわからない彼は、さすが気が利く腹ペコ男子である。受け取ったのは、手軽につまめるフルーツ。

さっそくキッチンへ向かい、それを切り分けにいった。



昨日に引き続き、今度は三年の面々が、クィアシーナの部屋へ大集合していた。


一日が終わり、さあ今日は早めに風呂にでも入るか――

そう思った矢先、玄関からノックの音が響いた。


出鼻を挫かれた気分である。


果てしなく感じる既視感に、今度こそ居留守を使おうとした。

しかし、覗き穴から見えた姿がリンスティーだったため、反射的に扉を開けてしまう。

我ながら、現金なものだと思う。


「急に押しかけてごめんね。でも、今の学園じゃ、簡単に会話もできないからね」


キッチンにいるクィアシーナへ、申し訳なさそうに声をかけるのは、久しぶりに顔を合わせるアレクシスである。


「いえ、私もアレクシスさんにはずっと会いたいと思っていましたから」


「僕もだよ、クィアシーナ。久しぶりに顔を見れて良かったよ」


久々に見る彼の華やかな笑顔に、クィアシーナも釣られて笑顔を返した。


「おいおい、俺は?」


口を挟むのはルーベントだ。

彼とは週末に無法地帯(男子寮)で会ったばかりである。


「つい先日お会いしましたよね。

あ、制服洗っといたんで、今日持って帰ってください」


変装になっていない男装クインシーとして借りていた制服である。ちょうど返しに行く手間が省けて良かった。


「なあ……このハンカチ、この前来たときは無かったけど、何?」


訝しんだ声で、リンスティーが壁に飾られたハンカチを見て尋ねる。


「それ、私の最推しの――」


クィアシーナは途中まで言いかけて、はっと口を噤んだ。


(推しに、最推しの話してどうすんの!)


慌てて、笑って誤魔化す。


「私の恩人のものなんです」


間違ってはいない。

鼻血だらけになるピンチから救ってくれたのだから。


「……ふーん?」


まったく納得はいってないような返事だったが、リンスティーがそれ以上ツッコんでくることはなかった。

クィアシーナは、そっと胸を撫で下ろす。


「はい、こちらどうぞ」


切り分けたフルーツを小皿に入れ、お茶のカップと一緒に配っていく。


床のクッションに胡座をかいているのはルーベント。

クィアシーナの定位置である椅子にゆったりと腰掛けているのはアレクシス。

そして、すっかり彼の居場所になっているベッドの上が、リンスティーだ。


狭い部屋では必然的に、クィアシーナの座る場所もベッドの上となる。

よっこらせ、とリンスティーの隣に人ひとり分ほどの間隔を空けて座ると、よいしょ、と彼がその距離を詰めてきた。

思わず彼の方を見るが、どうやら無意識のようだった。


肩が触れるくらいの距離感に胸が跳ねる。


けれど、ふと壁に飾られたハンカチが目に入り、心がすんっと落ち着いた。


「それで、今日は一体どうされたんですか?

何か変わりがありました?」


クィアシーナは三人を見渡し、カップを両手で持ちながら尋ねる。


「変わりも何も、ジガルデさんが学園に来ただろ。

まさか、あの人が臨時とはいえ教師として来るなんて、全く予想してなかったよ」


どうやら三人は、ジガルデが突然現れたことで報告に来たらしい。


「本当、僕もびっくりしたよー。会長時代のあの人と違って、以前のような感じに戻っていたから、それにも驚いたな」


「俺はジガルデさんとはあまり接点がなかったからよく知らないんだが、確か第一王子の側近候補だったんだよな?」


「今はもう袂を分かったらしいですよ」


ルーベントの言葉に、クィアシーナは即座に反応する。

間髪入れぬ返答に、リンスティーがやや眉を上げて尋ねた。


「『らしい』って、一体誰から聞いたんだ? ダン君か?」


「ジガルデ様本人です」


事もなげに答えるクィアシーナに、三人が揃って「え」と声を上げ、彼女を見つめる。


「クィアシーナ、君、いつの間にジガルデさんと会話したの?」


「つい先日です。図書館で偶然お会いしまして……そこで、彼と色々お話させて頂きました。

当時の学園での彼の急進的な貴族主義の原因についてもです」


クィアシーナとしては、ジガルデ側の事情を隠すことはしたくなかった。

彼の名誉のためにも、彼が会長時代に過激な方針に転換したのは本人の意思ではなかったことを、しっかり伝えておきたかったのだ。


「俺がこの前、クィアシーナとここでダン君から聞いた情報については、二人には共有済だ。

それ以外に、彼は何か違ったことを語っていたか?」


リンスティーの問いに、クィアシーナは深く頷く。


「ダン君は、ジガルデ様は忠誠を誓ったカロン殿下の意思に逆らえなかったと言っていました。

でも、そうじゃありませんでした。

『逆らいたくてもできなかった』――呪いのような暗示をかけられていたからです」


クィアシーナの言葉に、三人は息を呑む。

その沈黙を破るように、クィアシーナは続きを語った。


「彼の話では、おそらく魔法をかけたのはガブリエラさんだろうということでした。ただ、証拠はなく、今はその魔法の解析にあたっているそうです。

そして、今のダンテ会長にも同様の魔法がかけられている可能性が高い――というのが、彼の見解でしたが――」


クィアシーナは顔を伏せ、声を落とす。


「……ドゥランさんが見た限りでは、すでに魔法は解呪済みで、魔法の影響はないとのことでした」


つまり、ダンテは自らの意思で、強硬な貴族主義の道を選んだということになる。

三人もその意味を理解し、自然と顔を伏せた。


「ダンテは、療養中に暇すぎて頭がおかしくなっちまったのかもなぁ……」


ぽつりと呟くルーベントに、アレクシスも力なく同意する。


「はは、そうなのかもしれないね……」


対するリンスティーは、クィアシーナの方を見て、そういえば、と思い出したように尋ねた。


「アリーチェから手紙の返信は来たか? あの後、速達で届くように出しておいたんだけど」


うっかりしていた。

リンスティーに、返事がすでに届いていたことをまだ伝えていなかったのだ。


「あ、はい。昨日返事が届きました。ありがとうございます。

結論から言うと、協力は難しいとのことでした。

殿下がおかしいのは元々だから、頬でも一発ひっぱたいとけって」


アリーチェの返信内容を簡潔に伝えると、リンスティーは呆れた顔を見せる。

それに対してアレクシスは、フフと笑いを漏らした。


「アリーはブレないねぇ。

でも……僕も彼女なら、ダンテの目を覚ますことができると思ったんだけど、難しいんだね。

ここにいるみんなは、もう玉砕してるからなぁ」


声を落とすアレクシスに、クィアシーナは少し居たたまれない気分になった。


そんな暗い空気を払拭するように、クィアシーナはわざと明るい声を出す。


「とりあえず私が最後に、あたって砕けてきます」


「え!?」


三人が揃って驚きの声を上げた。


「もう頬もひっぱたいてるし、何も怖いものないんで。

平民の生徒代表として……ってのはおこがましいんですが、やっぱり逃げてばかりじゃいられないんで、

きちんと物申してみます。骨は拾ってください」


ニコリと口の両端を上げ、ぐっと親指を立てた。


しかし、リンスティーは顔に難色を浮かべ、クィアシーナの決意を本気で止めにかかってきた。


「悪いことは言わない。辞めとけ。

今までのアイツとは違う――ガブリエラがいたら、あのとき受けたような物理的な罰則は確実だ。

むしろ、王子相手に楯突いたら、それ以上のことをされる可能性だってある」


心配して言ってくれているのはわかる。

ただ、自分が解任されたあと、元の生徒会メンバーで彼と一度も会話を試みてないのは、クィアシーナただ一人だった。


「別に、それでもかまわないんです。

現状を打破できるような手がかりさえ掴めたらラッキー。

掴めなかったら、そこまでで甘んじて理不尽な罰を受けます……悔しいですけどね」


悔しいし、対話の場すら作ってもらえないのだとしたら、それって人としてどうなの?――と、クィアシーナは軽蔑してやろうと思った。

痛くもかゆくもないだろうが、それくらいの思いがダンテに対して募っていた。


「ガブリエラさんとも、一度話をしなくてはと思っていました。

彼女も私と対話してくれるかどうかは怪しいですが……」


「それなら、ジガルデさんを味方につければいい」


リンスティーが口を開いた。


「実は今日、生徒会の執務室まで、ジガルデさんがやってきたんだ。

ダンテは不在だったけど、ガブリエラが会長代理として彼に対面した。


彼の言い分としては、『今の学則だと、貴族が平民を下に見て増長していくことで、貴族としての品性を損なっていく輩がこの先増えていくだろう。そのあたりの対処は、生徒会としてどう考えているのか』ということだった」


クィアシーナは目を見開いた。

まさかジガルデが、生徒会まで、しかもガブリエラの元まで直談判に行っていたとは。


「ガブリエラは、『ダンテとともに考えるから持ち帰る』と返事を保留にしていたよ。

……彼女にあそこまで堂々と言えるのは、見事だった」


リンスティーはそのときのことを思い出すようにして、感心する表情を浮かべた。


「ガブリエラに対峙できるのは、残念ながら俺らでは力不足だ。

でも、ジガルデさんなら、きっとクィアシーナのことを守ってくれると思う」


そう言ったリンスティーは、少し――ほんの少しだけ、悔しそうな表情を見せた。

そんな彼に対し、クィアシーナは困ったような笑みを浮かべた。


「……わかりました。ガブリエラさんに会いに行くときは、ジガルデ様に頼んで、付いて来てもらうようにします」


ただ、ダンテの場合はどうしても、一対一で話をつけたかった。

――あの旧校舎での彼の態度が、どうにも気になって頭から離れなかったのだ。


「頼りなくてごめんね。僕らは身分を楯にされたら、残念だけどあの二人には太刀打ち出来ないんだ。

理不尽な罰則が言い渡されないよう、見回ることしかできないけど……

もっと"ヤバい"ことになりそうだったら、全員で全力で止めるようにするからね」


「そんなことないです。

私の友人が、アレクシスさんがこっそりファンにウインクを返してくれてるってことで、毎日頑張れるって言ってました。

あなたの優しさが、女子生徒の活力になってるんですから、頼りなくなんかないですよ。むしろ潤いをありがとうございます」


これはララから聞いた情報だ。

今のギスギスした学園で、ちょっとした喜びがあるだけで、ファンたちは今日も頑張ろうと思える。

アレクシスが心の支えになっている生徒は、きっとたくさんいるはずだ。


「俺も耐えるだけだけど。あと、ダンテには負けじと会話してみるからな。最近ずっとスルーされっぱなしだけどさ」


「いいですね。向こうが根負けして、ツッコんでくれたらルーベントさんの勝利ですね」


ルーベントなりに、なんとか頑な態度をほぐそうとしているのが、面白くもあり頼もしい。

そのうちガブリエラも一緒になってツッコんでくれないだろうか。


「リンスティーさんは、言われるまでもないと思いますが、生徒たちの捌け口⋯⋯相談窓口として、みんな頼りにしてますんで」


先手を打って口にするクィアシーナに、リンスティーははぁっとため息をつき、疲れた表情を見せる。


「今日もずっと相談対応で放課後が潰れた。マグと手分けしても捌ききれないんだけど……

せめてあと一人くらい、庶務が欲しい」


じっとクィアシーナを見つめるリンスティーに、彼女は何も言えなくなる。

自分が戻ったところで、できるのは掃除くらいだ。


黙ってしまったクィアシーナの表情を見越してか、アレクシスがお暇の声をかけた。


「それじゃあ、そろそろ僕らはお暇するかな。今日はありがとうね、クィアシーナ。

お茶、ごちそうさま」


「いえいえ、こちらこそ足を運んでくれてありがとうございました」


……ララに、アレクシスがうちに上がったことを言ったら、友達をやめられそうな気がする。

絶対に秘密にせねば、と心に誓う。


「お邪魔したな! また来る!」


「次は別の場所でお会いしましょう。うち、狭いんで」


悪いが、間髪入れずにお断りさせていただいた。


「毎度突然来るのにありがとうな。それじゃあ、また」


「いえいえ。また……」


自分の気のせいかもしれないが、リンスティーの言い方が、いつもよりそっけない気がして、あれ、となる。


(今日は……みんながいるもんね)


この間ダンが来た時みたいに、一人だけ居残りしてくれないだろうかと、どこかで期待していた。

けれども、今日はリンスティーも、あっけなくみんなと一緒に帰路につこうとしており、そのことが何故かひどく残念に思えた。



気付けば――

手が、自然と彼のブレザーを引いていた。



「ん?」


後ろから服を引っ張られたことに気付き、リンスティーがクィアシーナの方を振り向く。


「え、あ、すいません」


はっとして、慌てて手を離す。

完全に無意識にやってしまった行動に、自分でも言い訳が思いつかなかった。

下を向き、「なんでもないです」と口にするも、胸の奥はざわついて仕方がなかった。


「……」


二人が靴を履いている中、リンスティーは一人その場に立ち止まった。

そしてそのままゆっくりとクィアシーナの耳元に顔を近づけ、ささやくようにして言った。


「――戻って来てもいい?」


「……!」


ばっと上げた顔の先には、少し気恥ずかしそうな表情のリンスティーがあった。


「……はい、待ってます」


ほっと安堵の笑みを返す。

胸のざわつきは、もうとっくに収まっていた。



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