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84. 裏会合と彼の視線と

「みなさん、準備はできていますか?」


旧校舎三階の一室に、三人の女生徒が声を潜めて集っていた。


使われていない空き教室は、当初は施錠されていたものの、生徒の内の一人の魔法によって軽々と解錠されている。


「……はい」


「一応」


準備はできているかという問いに、やや戸惑いながら二人が答えた。

そんな様子を気にする風でもなく、彼女たちをここへ呼び出した張本人が、開始の合図を口にする。


「よろしい。では、始めましょう」


呼び出した張本人――

クィアシーナは顔を上げ、はっきりと告げた。


「――『第一回・推しについて語る会』の始まりです」


彼女の目の前にいた二人――ララとマリアは、とうとう頭を抱えた。



時は昨日の夜に遡る。


(ああ、ジガルデ様。本当に素敵な人だったな……)


図書館で借りた『ラスカーダと友好国の特産品』の本を両腕に抱え、ベッドの上でごろんと横になる。


他にも考えるべきことは山ほどあるというのに、クィアシーナはそれらを一度すべて放棄し、図書館で偶然出会ったジガルデ・ブリードのことで頭がいっぱいになっていた。


クィアシーナが鼻血を出してしまったあと、真面目な話はそこで打ち止めとなり、二人はクィアシーナが借りてきた本について、のんびりとお喋りをしていた。


ジガルデはとても博識で、ジャンルを問わずさまざまな本を読むのが趣味だという。

クィアシーナが借りた本にも興味を示し、本に記されていた各国の特産品を詳しく説明してくれたり、彼が過去に訪れたことのある国の特産品についても体験を交えて語ってくれた。


クィアシーナは終始「へぇぇ~」と感心しっぱなしで、

その知識量と気品あふれる振る舞いに、すっかり心を鷲掴みにされていた。


枕に顔を埋めながら、ジガルデのぽっちゃりとした、品のある笑顔を頭の中に思い浮かべ――そして、ふと気付く。


(もしかして、私……ジガルデ様に、落ちた?)


“推しは見つけるものではなく、落ちるもの”だと、ファンクラブの誰かが言っていた。

そのときは、まったく意味がわからなかったが、今ならわかる。


自分は――落ちたのだ。


もちろん、リンスティーお姉様への気持ちは変わらない。

クィアシーナの一番は、あのいい匂いのする、面倒見のいい彼である。


ただ、最近はお姉様の姿を見ていない(男性姿のリンスティーは数に含めない)こともあって、

今日の出会いが、クィアシーナの心をぐらりと揺らした。


(リンスティーお姉様、すいません! 私、浮気します!)


本人に伝えれば、呆れた表情を向けられること間違いなしの言葉を、心の中で宣言する。


そしてクィアシーナは誓った。

自分は――貴族主義筆頭嫡男、ジガルデ・ブリード様を、全力で応援します、と。



昼休みになるなりララに声をかけ、今は直接こちらから話しかけるのが難しいマリアにも、こっそりと旧校舎に集まるようメモを渡した。


久しぶりに集った三人である。

本当なら、もっと他にも積もる話があるだろうに、クィアシーナはそれを良しとしなかった。


「私は、今まで間違っていました。いえ、間違えてはいなかったけれど……本当の意味で、理解していなかったんです」


クィアシーナは二人に向かって、静かに語り始める。


「リンスティーお姉様こそ至高……。けれども、私の熱意は、スーニャたちリンスティーさんファンの熱量には、どうしても届かなかった」


落としていた声を、徐々に張り上げていく。


「そして、気付いたんです……。

私はまだ、本気の“推し”と出会えていなかったのだと!


昨日、心から推せる存在と出会い――これこそが、私の本当の推しだと、わかってしまいました」


彼女の語りに、ララが言葉を選びながら、おずおずと尋ねる。


「え、ええと……クィアシーナは、新たな推しを見つけたってこと?」


ニヤリと笑うクィアシーナに対し、ララは口元を引きつらせ、一歩後ずさるように身を引いた。


「ちなみに、名前は?」


堪らず、マリアも口を挟む。


「よくぞ聞いてくれました、マリア様!」


身を乗り出すようにして答えるクィアシーナに、マリアも思わず一歩後ろへ下がる。


「私の新たな推しは――

“ジガルデ・ブリード”様、です!!!」


高らかに宣言したクィアシーナに、二人はぽかんと口を開けたまま固まった。


「え、誰?」

「聞いたことあるような、ないような……」

「ちょっと、二人とも! 彼の名前を知らないなんて!?

そんなこと、あってはならないんです!」


クィアシーナはごほんと一つ咳払いし、語り始めた。


「ジガルデ・ブリード様は、ラスカーダ国の公爵家の一つ――

代々宰相を輩出してきた、やんごとなきお家のご嫡男です。


昨年度までこのフォボロス学園に通われており、

ダンテ第二王子殿下の前任として、生徒会長をお務めになっていました」


どや顔で語るクィアシーナに、ララが「そういえば」と思い出したように口を挟む。


「去年、会長やってたけど、途中で辞めさせられた人だよね?

たしか、この前の新聞に名前が載ってた気がする。

辞めさせられるって、相当イケてなかったってことじゃない?」


「あ、私も思い出したかも。ファンクラ部の先輩が、

“昨年の生徒会はビジュが終わってた”って……あ」


二人はクィアシーナの方から漂う、禍々しい気配を感じ取り、思わず口を噤んだ。


「――二人とも。一度、口を謹んでもらえますか?」


冷えきった声に、二人の背筋がぶるっと震える。


「生徒会を辞めさせられたのは、事情があったからです。

そして――ビジュアルに関しては、何もイケメンばかりがすべてではない……。


私は、その境地に至ったのです――!!!」


何か危ないものでも口にしたかのようなクィアシーナの様子に、ララとマリアは、完全に引きっぱなしだった。

(え、この子どうしちゃったの?)

二人は自然と目配せを交わしていた。


「男子に必要なのは……

そう、気品! いくら顔が綺麗でも、そこに品性がなければ台無しになる。私はそのことに気付いてしまったんです」


暗にルーベントとマグノリアンのことを指しているのだが、マリアがルーベント推しであるため、名前は口に出さない。

そのあたりの気遣いは、クィアシーナにだってできるのだ。


「で、でも……卒業生なんだよね?

どうやって推していくの? しかも公爵家の方とか、今後関わることなんて、ほとんど無いに等しいような……」


「そうなの! 卒業生なの!

私、なんでこの年代に生まれちゃったのか、昨日からずっと後悔してるの!」


頭を抱えるクィアシーナに、マリアが小さく呟きを漏らす。


「自分の生まれた年代にまで後悔しだすなんて……だいぶ重症ね」


「推しへの思いが溢れてるなぁ……。

報われないってところが、見てて悲しいわ」


ララもぽつりと、率直な感想を口にした。


「そんなわけで!

私はファンクラ部の過去資料の取り寄せを、二人にお願いしたいの!!!」


そう、この会の目的は――このお願いにあった。


『第一回・推しについて語る会』などと銘打っておきながら、クィアシーナが一方的に自分の推しを語り、挙げ句の果てに会誌を貸してほしいと頼む。


ただ、それだけの場だった。


「待って、クィアシーナ。いまファンクラ部は活動を停止させられてるから、私たちは部室に入室することすらできないんだけど」

「しかも、先代の生徒会の会誌なんて、まだ置いてあったかどうかすら怪しいわ……」


二人にやんわりと断られ、クィアシーナは肩を落とす。

しかし、ここでそう簡単に引き下がる彼女ではない。


「じゃ、じゃあ、先輩方の中で、バックナンバーを持ってる人って聞いたことない!?」


「うーん、いるにはいると思うけど……マリア、あ、ごめんなさい、マリア様、わかります?」


一応、人がいないとはいえ、いつ見回りがくるともしれない。

ララは慌てて、敬語で言い直した。


ちなみに今の学則では、平民が貴族に話しかける時点でアウトである。

敬語に言い直したところで、焼け石に水だった。


「うーん、どうかしら……

部長なら持ってそうだけどね。あの人、今の生徒会メンバーの全推しだから、前代から生徒会をしてる今の二年の特集号は、確実に持ってるだろうし」


「それだ! お願いします! お二人のお力を貸してください!」


クィアシーナは椅子から立ち上がると、

そのまま勢いよく――床に土下座した。


「うわぁ、ガチじゃん。聞くだけなら聞いてみるけど……」

「ちょ、ちょっと、立って、クィアシーナ、わかったから。私からもお願いしてみるわ」


二人の言葉にクィアシーナはばっと立ち上がる。

そして完全にドン引きしている二人の手を取り、目を輝かせて言った。


「ありがとうございますっ!!! あー、やっぱ持つべきものは友達だわー……」


クィアシーナは、本当にしみじみとそう感じていた。

今の学園はギスギスしているが、こうやって三人で集まってお喋りをしていると、前までの楽しい日々が戻ってきたかのようだった。


二人も同じようなことを考えていたのだろう。

ララとマリアの表情はどことなく緩んで見えた。



ふと手元の時計に目を落とすと、そろそろ昼休みも中盤に差し掛かっていた。

急いで教室に戻ってお昼を食べないと、みんな腹ペコのまま午後の授業を迎えることになってしまう。


「話もひと段落したから、そろそろ戻っか」


クィアシーナが二人に向けて、そう声をかけたところで、廊下の方から足音が聞こえた。


――見回りだ。


三人ともはっと息を潜め、その場に蹲る。

古い机の影に身を寄せ、物音ひとつ立てぬよう、互いの呼吸まで押し殺した。


勝手に空き教室に忍び込んだこと、そして、何より貴族と平民が仲良く時間を過ごしていたことを見られたら、間違いなく罰則が待っている。


先週、五枚も書かされた反省文。

もう二度と書きたくないと思ったそれを、また一から提出させられるかと思うと、たまらない気分になる。

しかも、見回りがガブリエラだった場合、反省文どころではない可能性だってある。

リンスティーとともに、全身を焼かれるような物理的制裁を受けたのは軽いトラウマだ。


(お願い、通り過ぎて――)


しかし、クィアシーナの願いも空しく、その人物が扉を開ける音が聞こえた。


カツン、


カツン


ごくりと唾を飲み込むことさえできない静寂に包まれる。

机の隙間から見えたのは、男子生徒の靴だった。

どうやら、入ってきたのは一人だけのようである。


その人物は窓の方まで移動すると、そこで動きを止めた。


クィアシーナ、ララ、マリアの三人の緊張はピークに達していた。


もちろん、見回りの生徒じゃない可能性だってある。

しかし、なぜか胸の奥がひりつくように痛んだ。

ただの生徒が放つものとは思えない圧が、教室の空気を支配している。

オーラ、威圧感といった、言葉では表せない何か。


(誰……)


見つかったら大変なことになるのはわかっている。

だけど、どうしても確かめたいという好奇心が上回った。


クィアシーナは、顔を移動させ、おそるおそる隙間から目を覗かせる。


そこには――。


「ッ!」


思わず、息を呑んだ。


窓際に佇んで、外の様子を眺めていたのは、



ダンテ。



(なんで、こんなところに一人で――)


あまりの衝撃に、クィアシーナは隙間から覗きこんだまま、視線を外すことができない。


ダンテの姿を見たのは、執務室で彼の頬を打ったあのとき以来だ。

そのときと同様、以前までの柔らかな雰囲気は影を潜め、厳やかなオーラが彼の周りに漂っている。


ダンテの表情からは何も読み取れない。

ただ、風景を眺めている、それだけのように見えた。


そして。


一瞬、

時が止まったように感じた。


ふと、彼の淡い碧の瞳がこちらを向き――視線が重なった。


クィアシーナは呼吸をすることも忘れ、その場に固まった。


(見つかった――!)


どこまでこちらの姿が見えているのかは分からない。

けれど、あの碧の瞳が、間違いなく自分を捉えたことだけは理解できた。


数秒なのか、それとももっと長い時間だったのか。

ダンテの視線は、クィアシーナを無言で捉える。


しかし、彼はふっと顔を背けると、そのまま教室から出て行ってしまった。


足音が完全に遠ざかったのを確認し、三人はようやく机の影から姿を現した。


最初に息を吐いたのは、ララだった。


「ぷは~っ! こわっ! いまの、絶対見回りだよね? 誰か見えた?」


息を吐きながら感想を口にする。


「たぶん見回りよね。私は足元までは見えたけど、顔まではわからなかったわ」


マリアも最初のクィアシーナの視界と一緒で、彼の足元しか見えなかったらしい。


「クィアシーナは、誰か見えた? 途中覗き込んだりするから、ちょっと焦っちゃった」


「……」


「クィアシーナ?」


さっきまでの様子と打って変わり、急に真剣な表情で黙り込んだクィアシーナに、ララが心配そうな声をかける。

だが、その声は彼女の耳に届いていなかった。


(あのとき、絶対に目があってた。私だと――気付いてた)


けれども、彼は見逃した。

その理由がわからないまま、クィアシーナの胸には、言葉にできないもやもやだけが残った。


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