表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/104

83. クィアシーナは黒幕を知る

「僕が最後にカロン殿下に呼ばれた部屋は、彼の私室でした。

そこに出入りできる人物は、限られています。


殿下は、自分のプライベート空間に、弟君であるダンテ殿下の入室すら許さないほど、潔癖な一面をお持ちでした。

そんな中、自由に出入りできる権利を持っていたのが、僕とガブリエラ嬢の二人だったのです」


「呼び出しを受けた際、部屋には僕とカロン殿下の二人きりでした。けれど――

意識を失う直前、確かに感じたんです。


彼女からたまに漂ってくる、甘い香りを……」


(甘い香り?)


どこかで聞いた言葉だった。

けれども、それが誰の記憶なのか、思い出せない。


「そして、シュターグ家は王弟殿下が降家されて興された家。

彼女にも、もちろん王族の血が流れています。


その血のおかげか、彼女は非常に魔法の才に恵まれていました。

まるで息をするかのように、自然に魔法を操ることができたのです。

昔、三人でよく遊んでいた頃、彼女に様々な魔法を見せてもらって、カロン殿下と二人、感動したものです」


「そんな彼女であるからこそ、魔法痕すら残さない芸当も、難なくできてしまうだろうと、そう考えました。

実を言うと……心の中は、かなり複雑なんですけどね」


自分の婚約者が、殿下の意思を実現するように魔法をかけてきた。

それはジガルデにとって、婚約者(ガブリエラ)から向けられた、あまりにも残酷な裏切りだった。


「今回の場合も、ダンテ殿下にガブリエラ嬢が接触し、魔法をかけた。そう考えるのが、自然かと思います。

ちなみになんですが、クィアシーナさんは、なぜダンテ殿下に魔法がかけられてると思ったのでしょうか?」


ジガルデに問われ、クィアシーナは「あ」と気付く。


(そうか。ダンテ会長の療養中の呪詛の除去は、緘口令が敷かれてたんだった)


だから、ダンはダンテが魔法を受けたときの話を知らない。ダンが知らないことはジガルデの耳にも入らない。

週末に話したときに、軽く話題には出したが、きっと何のことかわからなかっただろう。


ダンテは既に療養から復帰しているため、その緘口令は解かれたと判断し、口にする。


「……彼が、魔法を受けた場面を目撃したからです」


「それ、詳しく教えて頂いてもよろしいでしょうか?」


ジガルデは僅かに目を見開いたあと、低い声でクィアシーナに尋ねた。


「はい、もちろんです。


私はダンテ殿下から、王家の指輪である、魔法を吸収する魔道具の一つをお借りしていました。

そして、自分でも気が付かないうちに、何らかの魔法を自分の身に受けていたようなんです。

本来であれば、指輪は吸収した魔法を、自分の魔力へと変換します。

けれど、私には魔力がありません。吸収した魔力は、指輪に残ります。

そこで、ダンテ会長に浄化をお願いしたのですが、以前、浄化してもらったときと違って、かなり……苦戦されていました」


当時の状況がよみがえる。

ブレンダに魔法を返したときと違い、ダンテは苦しそうな様子で両手で指輪を抑え込んでいた。


「あまりにも苦しそうになさってたので、私は慌てて手を振り払って、指輪とダンテ会長を切り離したんですが……

彼の掌には、やけどのような跡ができていました」


「やけど……」


「ダンテ会長はしばらく黙ったままで、明らかに普段と様子が異なっていました。

手を水で冷やしたあと、ようやく正気に戻ったんですが、そのときには、やけどの跡も綺麗になくなっていました」


あのとき、確かに彼の掌は真っ赤に爛れていた。

それなのに――一瞬にしてなんの跡もない状態に戻っていたのだ。


「魔法に長けている人として、ドゥランさんに見てもらったのですが……彼はダンテ会長の手を見て、『掌で呪いを飼っている』と嫌悪を表していました」


そのときの気味の悪さは、今でも耳に残って離れない。


「結局、ダンテ会長は王城の人に迎えられ、そこから二週間の療養に入りました。

表向きは体調不良でしたが、実際には宮廷魔術師たちが呪詛の除去をしていたそうです。リンスティーさんから聞いた情報です」


「魔法は解除されましたが、誰が掛けたかはわからずじまい。

そして、復学されたダンテ殿下は……あとはダン君から聞いた通りだと思います」


あの空白の二週間、ダンテの身に一体何があったのか――。


クィアシーナは首を振り、ジガルデに問いかけた。


「すみません、ここからは私の疑問です。

ダンテ会長は、この国でも随一の魔法の才を持つ人だと聞いています。

なのにあっさり呪詛の影響を受けてしまった。

さらに、解呪されたと言われたのに、まだ残っている可能性がある。

そのあたりが、どうしても腑に落ちないんです」


だからこそ、クィアシーナは、ダンテに何か意図があって今のように振る舞っているのではないかと考えたのだ。


クィアシーナの問いに、ジガルデは穏やかに諭すように答える。


「魔法の才があるからといって、万能ではありません。

剣の達人がいたとしても、不意打ち全てに対応できるとは限らないでしょう?」


「確かに……そうですね」


考えてみれば、当たり前のことかもしれない。

クィアシーナだって、攻撃される気配には敏感だが、目の前で急に攻撃されたら防ぐことはできない。


「それに、解呪されたのは最初のものだけで、あとから重ね掛けされた可能性もあります」


「重ね掛け、ですか?」


聞き返すクィアシーナに、ジガルデは続けた。


「ええ。魔法は永久ではありません。必ず綻びが出ます。

僕に掛けられた精神魔法も、一年かけて経年劣化しました。

何もしなければ、自然に解けていくものです」


経年劣化、重ね掛け……

もし、最近ずっとダンテの側にいるというガブリエラが、ダンテに魔法をかけ続けているのだとしたら?


ゾクりと、身体が震えた。


さきほど、ジガルデは「最後の方は会話すら難しくなっていた」と言っていた。

それほど強い魔法の影響をダンテが受け続けたとしたら――


(彼女を引き離さないと、大変なことになる)


「ジガルデさんは、ガブリエラさんとカロン殿下は、今回の件で繋がっていると思いますか?」


実行犯はガブリエラ。でも、その後ろにいるのは果たして。


「そこまでは僕もわかりかねます。でも、なんらかの形で関わっていることは間違いないように思います」


「そう、ですか……」


「ただ、このままダンテ殿下が学園で僕のように()()()()()しまった場合、彼の立太子への道は、遠のくことになるのは確実です」


ジガルデのはっきりとした口調に、クィアシーナは目を見開いた。


「陛下はまだ、どちらの王子を後継にするか決めていません。

あの方は中立である一方、息子である王子たちには自分の思想を押し付けず、『そのときの時代の流れに任せる』と、父から聞いたことがあります。

聞けば聞くほど――かつてのガブリエラ嬢の考え方を思い出します」


そう言って彼は少し顔を俯かせる。


「だからこそ、貴族主義に偏り過ぎているカロン殿下を窘めることも、民主主義に傾いているダンテ殿下を導くこともせず、王子たちの自由にさせているんです。

そして、今のところ、フォボロス学園で会長を務めていたダンテ殿下が一歩先に出ていたと言われていたのですが……

このままだと、それも危うくなってきました」


「そんな……」


クィアシーナは、会長であるダンテを疑ったことなど、一度もなかった。

腹黒く、何を考えているのかわからないところはある。

それでも、人として頼りになる絶対的な存在――それが、ダンテという人間だった。

そんな彼の治める国は、間違いなく人々が安心して暮らせるものになる――

そう信じていたのに。


グッと膝の上の手を握りしめる。

すべてにおいて、取り返しがつかなくなる前に、なんとかしないといけないのに。


歯がゆさに、胸の奥がぎゅっと痛んだ。


「クィアシーナ嬢は、えらいですね。僕のように、ダンテ殿下を罷免しようとはせず……あくまで殿下を止めようとしている。

僕のときにも、あなたのような方が身近にいたなら、今ごろなにか違っていたかもしれません」


「いえ、私は、まだ何もしてません。いまの生徒会メンバーに、辞めないで欲しいってお願いしたくらいです」


そう、まだ何も動けてないのだ。

いまジガルデの話を聞いて、カロン殿下とガブリエラの思惑はわかった。けれども、そこからどうするかは、まだ何も見えてない。


「クィアシーナ嬢」


ジガルデが、真剣な面持ちで彼女の名を呼んだ。


「僕は、魔法解析が進み、ガブリエラ嬢の関与を示す証拠が出そろった段階で、彼女を告発するつもりです」


「え……?」


「裏で指示を出していたカロン殿下についても、です。

ブリード家は、第一王子派を敵に回してでも、今回の件を決してうやむやにするつもりはありません。


彼らは――ラスカーダの未来に、関わってはならない」


ジガルデが語った相手は、第一王子にして王位継承権を持つ存在と、同じく王位継承権を有する公爵家の令嬢である。

一歩間違えれば、訴え出た側であるブリード家こそが破滅する可能性すらあった。


それでもなお、これは――

自分が傀儡のように扱われた恨みからくる行動ではない。


国の未来を思い、あえて茨の道を選んだその決意に、

クィアシーナは、ジガルデという人間の高潔さを見た気がした。


ジガルデは自身のふっくらした頬を掻きながら、クィアシーナに優しく告げた。


「だから、安心してください……っていうのも、おかしな話なんですが。

そんなに気負いしなくても、大丈夫ですよ、とお伝えしたかったんです」


「ジガルデさん……」


クィアシーナが、じん、と彼の優しさに胸を打たれた、そのとき。



ポタッ。



「あ」

「あ」


二人の声が重なった。


今度こそ、クィアシーナの血管は耐えきれなかった。

鼻先から、一筋の赤がつうと伝い落ちる。


慌てて、先ほど涙を拭くのに使ったハンカチで鼻元を押さえた。


おろおろとするジガルデに、クィアシーナはさっと顔を伏せ、慌てて謝罪する。


「す、すみません……お見苦しいところを」


「い、いえ。むしろ大丈夫ですか?

少し重たい話が続きましたから、のぼせてしまったのかもしれませんね」


(言えない。

あなたへの想いが爆発した結果、血管も爆発しました、なんて)


「そ、そうですね……そうかもしれない、です」


しどろもどりになりながら答える。

ハンカチには、じわじわと赤い染みが広がっていく。


もはやこれを洗濯して返したところで、彼が受け取ってくれるかは微妙なラインだった。


そんなクィアシーナの心情を察したらしい。


「お渡ししたハンカチは、そのままクィアシーナ嬢がお使いになってください。

廃棄していただいても、こちらは全然かまいませんので」


「本当に……すみません……」


結局このあと、気を利かせたジガルデが飲み物を買ってきてくれて、

先ほどまでとはまったく関係のない、たわいもない話をしながら、その場で解散となった。


別れ際、ジガルデと一つの約束を交わす。


「魔法の解析ができたら、ダンの方から必ずクィアシーナ嬢に連絡をするようにします」


「ありがとうございます。

……ジガルデさんご本人が、学園にいらしてくださったら、とても嬉しいんですけどね……」


最後の言葉は、ほとんど独り言のようだった。


けれど、その呟きが――

確かにジガルデの耳に届いていたことを、このときのクィアシーナは、まだ知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ