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81. ジガルデへのトキメキと過去の回顧と(2)

”貴族主義"とは。


身分を重んじ、平民の上に貴族があり、貴族の下に平民があるという考え方。

民衆派とは正反対の思想。

……こんなところだろうか。


「身分や伝統を重んじ、特権階級の者だけが権力を行使する、そんな思想のことを貴族主義と呼ぶと、私は考えます。

あるいは、身分によらず、人が権力を行使する民衆派の対極に位置するものだと言えます」


クィアシーナの答えに、ジガルデはゆっくりと頷きを返した。

――どうやら、及第点はもらえたらしい。


「ええ、クィアシーナ嬢が言った通りです。貴族主義とは、労働階級に対し貴族が優位に立ち、それを当然と思う考え方です」


「僕の実家であるブリード家は、代々そんな貴族主義者たちの筆頭でした。

ただ――先代の過激な思想と違い、父である今代や僕は、貴族派の中でも中立を保とうとしていた。

身分制度はなくさない、ただ、労働階級にも実力があれば権力を譲渡してもよい、それくらいの柔軟さこそが、貴族が民を導くために必要だと、僕は本気で信じていました」


そう語るジガルデの目からは、確固たる意志を感じた。

ダンは、彼が民衆派の者たちすらも惹きつけていたと言っていたが、どうやらそれも誇張ではないように思えた。


「――カロン殿下と僕は、幼馴染の間柄でした。幼い頃に学友として引き合わされ、そこからはずっと仲良く過ごしてきました。

のんびりしている僕に、引っ張っていってくれる殿下、驚くほど相性は良かったと思います。

――いえ、きっと、あの頃の僕たちは本当に、理想の主従だったのでしょう。

幼いながらに、ラスカーダの未来をどう変えるか、どんな国にしたいか。夜が更けるのも忘れて、語り合うことが何度もありました」


(理想の主従、か……)


彼が昔を語る様子から、二人は本当に仲が良かったことが伺えた。


「当時は、殿下も僕と一緒で、身分差を無くすことは、古くから王政を敷いてきたこの国の性質に削ぐわないと考えていて、

だからといって、民を蔑ろにすることはあってはならないという考え方を持っていたんです」


ジガルデは昔に思いを馳せ、遠い目をした。


「ですが」


声のトーンが変わった。

核心に触れる前兆に、クィアシーナの喉がゴクリとなる。


「時期は、はっきりとはわかりません。

ただ、彼が諸外国を遊学で周られたあたりから、徐々に歯車が狂い始めたのだと思います」


「……」


さっき見た雑誌には、"エスロダ国への留学経験あり"と記載があった。

それ以外にも遊学で諸外国を周っていた時期があったらしい。


「大体、いまから十年ほど前の頃でしょうか。

殿下は最初、民主主義制度の国を見て周り、見聞を広めると仰っていました。

ですが、一か国、二か国と数を重ねるうちに、その在り方に強い違和感を抱き始めたのでしょう。


『多数派が全てで、少数の声が無視される』そのようなことを度々おっしゃられていました」


カロン殿下の言ってることは、クィアシーナにはよくわかった。

彼女が父の仕事の都合で転校してきた数々の国は、民主主義制度を取り入れた国ばかりであったからだ。

それらの場所では、確かに多数派が圧倒的に強い、という考え方が多かったように思う。


「結局は、一部に権力を集中させたほうが、意思決定も早く、民衆も付いてくる――殿下はそう考え始めたのです」


「なるほど……十年前というと、カロン殿下も十歳かそれ以下というご年齢だったでしょうに、すでに考えの方向性が定まってきてらしたんですね」


――だが、それだけで、過激な貴族主義へと傾くものなのだろうか。


どこか腑に落ちない。

そんな沈黙の中で、ジガルデは静かに続けた。


「転機は二つありました」


「!」


やはり、他に原因が潜んでいたようだ。

固唾を飲んで、話に集中する。


「一つは、古くから民主主義制を取り入れている、エスロダ国への留学です。

ここでは、殿下は身分を隠し、とある私立校へ半年ほど通われることとなったのです」


「エスロダ国の私立校……あの、ちなみに、学校名ってわかったりします?」


「ええ、もちろん。"ローレンツ校"、ですよ」


「……」


クィアシーナは(最悪か)と心の中で悪態をついた。


時期は違うとはいえ、まさか、あの底辺校にカロン殿下がいらっしゃったとは。


ローレンツ校は、クィアシーナが転校初日に前の席の生徒から一斉にガムを吐きかけられたという思い出したくもない経験をした学校である。

生徒もクズなら先生もクズ。事なかれ主義の温床で、生徒たちはやりたい放題だった。


そんな肥溜めのような学校を、何故わざわざ選んでしまったのだろうか。


そういった意味では、隣国のザイアス国は理想だろう。

王政を採用しているものの、実態は民主主義をうまく取り入れている新興国家である。

ダントリアス校では、多数決なんて曖昧なことはせず、『対話による対話』を何度も練習させられた。


――なぜ、隣国であるザイアスではなく、南東のエスロダを選んでしまったのだろう。


当時の担当者はカロン殿下のことを嫌って、わざとそこを選んだとしか思えない。


「実は私、昔その学校に通ってたことがあるんです」


「え!? そうなんですか!?」


「私が通っていた当時でも、かなり治安が悪い場所でした。

ラスカーダの平民にすら耐性がなかったのだったら、劣悪な環境過ぎてとても通い続けることなどできなかったんじゃないかと思います」


実際、平民のクィアシーナでさえ、最初は心が折れた。反撃や解決手段を覚えてからは、幾分過ごしやすくはなったが。


「ええ、その通りです。もちろん、警護のものがついてはいたのですが、半年も経たずしてラスカーダに戻ってらっしゃいました」


「……英断だったと思います」


あそこは、民主主義を学ぶ場ではない。声が大きく、喧嘩が強いものが頂点という、あの学校独自のヒエラルキーで成り立っていた場所なのだから。


「……殿下は、その学校で、酷い"いじめ"に合っていたそうです。

しかも、警護の目を掻い潜った、陰湿なやり方で」


クィアシーナは思わず顔を伏せ、静かに溢す。


「あそこは……そういう"文化"でしたからね。余所者は対象(ターゲット)にしてよし、という酷い風潮でした。

でも、まさか外国の王子にまで手を出すなんて」


「身分は隠していましたからね。殿下はエスロダの血が色濃く出た外見をされていました。おそらくですが、エスロダ国のどこかの金持ちだとしか思われなかったんでしょう。

彼は多くを語ろうとしませんでしたが、相当な目にあったそうです」


ジガルデは一拍おいて、続けた。


「……殿下がエスロダ国を留学先に選んだのは、実は殿下の見た目のことが理由に含まれているんです。

エスロダから嫁がれた、先々代王妃の先祖返りのような姿をしていた殿下は、民主主義国家のエスロダに憧れを持っていました。

エスロダにこそ、自分のルーツがあるのではと、期待を胸に留学された。しかし、残念ながらその期待は見事に打ち砕かれてしまった」


「それは……」


なんとも痛ましい。

せめて、エスロダの中でも、もっと違う学校を選んでおけば、何か変わっただろうか。


「もともと就学前は、殿下も、周囲の手を借りず、もしなにかトラブルが起きても、民主主義ならではの方法で解決して見せると息巻いておいででした。

ですが、対話は不可能、上にあたる先生方に言ってものらりくらりとかわすだけ。

これがラスカーダであれば、と何度思ったかわからないとのことでした。


責任を誰も取ろうとしない社会――これが民主主義なのかと」


もし、これがラスカーダであれば、相手が王子であることを知らなかった、では許されない。

確実にいじめの犯人は処分されるし、見て見ぬふりをした教職員も同罪として裁かれるだろう。

だが、エスロダには、そういった"絶対的な権力"というものが存在しなかった。

そして、まだ大人に頼らざるを得ない年齢であったことも災いした。


――だからこそ、カロン殿下は、権力の集中を求めずにはいられなかったのかもしれない。


「そして、もう一つの転機となるものがありました」


そうだ――転機は二つあると、ジガルデは言っていた。

それは、エスロダの経験を上回るものなのか、それとも……


「少し、話が逸れてしまうかもしれません。

ですが、敢えて触れさせていただきます」


ジガルデが前置きをし、クィアシーナは深く頷きを返した。


「はい、大丈夫です。続けてください」


「私がカロン殿下と親交を深めていた頃、ほぼ同時期に、私の婚約が決まりました。

ラスカーダでも中立派と呼ばれる、シュターグ家の姫君との婚約です。


名は――

"ガブリエラ・シュターグ"」


クィアシーナの胸が、強く跳ねた。

まさかここで、彼女の名前が登場するとは思っていなかった。


「彼女は、ダンテ殿下の代で生徒会副会長を務めているリンスティー君の義妹にあたります

今年、クィアシーナ嬢と同じ、フォボロス学園に入学しています」


(……はい、存じ上げています)


クィアシーナは心の中で返事を返し、視線を俯かせる。


「彼女が婚約者となってからは、カロン殿下、僕、そしてガブリエラの三人でいることが増えました。

彼女は僕より三つも年下でしたが、僕たちの話題にすんなりついてくることができるくらいに、聡明な人でした」


クィアシーナがガブリエラと直接会話をしたのは、リンスティーといたあのとき一回きりである。

けれども、自分の思想と学則を淡々と述べ、他者にも堂々と反論する彼女は、確かに頭の回転が相当に速いように思えた。


「ちょうど運悪く――カロン殿下がエスロダから帰ってきた時期と、リンスティー君が義兄として王宮に連れてこられた時期とが、重なったのです」


――確か、リンスティーが十歳になった年だ。

本人がそう言っていたのだから間違いない。


クィアシーナの胸が徐々にざわつき始める。


「ガブリエラ嬢は、中立派のシュターグ家で育てられただけあって、どちらの思想も良し悪しがあり、全ては時代が決める、という考えを貫いていました。


僕たちが貴族派であることも否定せず、かといって、ダンテ殿下のように民衆へ寄ることもなかった。あの年齢にしては、とても達観した物事の見方をしていたように思います」


ガブリエラは当時八歳。

八歳なんて、クィアシーナがちょうど底辺校で物理的に輩たちとドンパチをやりあっていたときである。

その年頃から中立的な立場にたてるとは、なるほど聡明だと言えた。


「彼女の考え方は、お父上であるシュターグ公爵の影響でした。彼女はお父上を心から敬愛していた。


――けれども、その年、敬愛する父の隠し子が見つかった」


クィアシーナは息を呑んだ。


ガブリエラの歪みのきっかけは、


まさか。


「突然、義兄だと紹介された少年は、綺麗な顔はしていたけれど、どうみても平民。

所作もなにもかもが粗雑で、なのに母親でさえ、彼を受け入れました。

しかも、ダンテ殿下が特に彼を気に入り、しばらく王宮で預かるとまで言い出す始末……」


「『自分の大好きだった家族が、壊された』、彼女はそう言って、初めて年相応の泣き方で――僕とカロン殿下の前で、大粒の涙をこぼしてみせました。

そのときのカロン殿下の怒りの表情は今でも忘れられません」


信頼していた父親が、婚前とはいえ自分の母親以外の女性と子供をこさえていた。


しかも、その相手は平民。


八歳の少女には、あまりにも残酷な現実だっただろう。


「そして、悪いことと言うのは重なるものでして……

そのとき、十二歳になられたカロン殿下は、留学・遊学をいったん中断し、自国内で教育を受けられることになりました。


そのときの教育係に任命されたのが、貴族主義の中でもやや過激な部類に入る、マクレン家の手の者でした」


マクレン家と聞いて、クィアシーナの脳裏に浮かんだのは、ブレンダ・マクレンの顔だった。


講堂でクィアシーナに声をかけてきたあの少女。

こっそり魔法を放とうとしたものの、クィアシーナの身に着けていた王家の指輪に吸収されてしまい、その後のダンテによる浄化で、あっけなく返り討ちにあった人物である。


まだ本人から自白は取れていない。

だが、食堂の窓ガラスを割った事件や、校門前の爆発騒ぎ――

あれらの黒幕が彼女である可能性は、極めて高いとクィアシーナは考えていた。


「民主主義に絶望していたカロン殿下が、

思想を貴族寄りへと傾けていったのは、自然な流れだったのでしょう」


ジガルデは視線を手元へ落とした。

テーブルの上に置かれた手は、痕が残りそうなほど強く握り込まれている。


「幼い頃のトラウマと、教育による誤った救済。

その二つがキレイに重なりあった結果、

第一王子は、いつしか"揺るぎない貴族主義者"だと、そう呼ばれる存在にまでなってしまいました」


全ては、環境によって作りだされた不幸な偶然だった。


もし、カロン殿下の留学先が、ザイアス国の学校であったなら。


もし、カロン殿下の教育係が中立派の者だったなら。


そして、残酷な仮定かもしれないが――

もし、シュターグ公爵がリンスティーを引き取らず、経済援助のみに留めていたら。


歪な形で、彼らの思想が成長することを避けれたかもしれないのに。


「カロン殿下が勉学で忙しくなるにつれ、僕の心も彼から徐々に離れはじめました。

僕自身も貴族主義でありながら、殿下のあまりに偏った思想について行けなくなっていたのです」


ジガルデはどこか悲しそうな顔で、視線を自身の手元へ向けていた。


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