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80. ジガルデへのトキメキと過去の回顧と(1)

「は、はい、お友達です。じ、実は昨日も、家に遊びに来てもらったくらいで……」


動揺のあまり、つかえながらも、あなたの弟とは仲が良いですよ、アピールをする。


クィアシーナが今考えていることは、彼とどうやって会話を繋げるかということ。

ただ、それだけである。


できることなら場所を移し、落ち着いて話ができる状況を作りたい。

そこから、カロン殿下のことや、ガブリエラの情報を――

そう思いながら、必死に頭を回転させていた。


今のところかなりフラットに会話してくれている彼だが、貴族主義の家の嫡男でもあるため、内心ではクィアシーナのことを侮蔑している可能性も考えられた。


けれども。


「あ! もしかして、"クィアシーナさん"、ですか?

ちょうど昨日、弟からあなたのお話を聞いたところなんですよ」


明るい声と、彼のぱっと花を咲かせた表情に、クィアシーナは心底安心した。

そして同時に思う。


(よくやった、ダン!

ちゃんとやることやってる! 今まで小物とか直情型とか思っててごめん!)


「そ、そうなんですね、弟さんから……」


「ええ。それで、魔法のことで、あなたの力になって欲しいと頼まれまして……ここまで資料を借りに来ていたところだったんです。

いやぁ、すごい偶然ですね」


「はい、ほんとうに、とんでもない偶然だと思います」


ニコニコとした人好きのする笑みに、クィアシーナの肩から、知らず力が抜けた。

つい釣られて、こちらも笑顔になってしまう。


「あの、クィアシーナ嬢がよろしければ、外の庭園で少しお話をしませんか?

お時間に差し支えなければで構いませんので」


こちらを気遣いながらのお誘いに、クィアシーナは内心でガッツポーズをした。

そして、食い気味に返事を返す。


「もちろんです! あの、よろしくお願いします」


こうして図らずとも、向こうからの提案で会話の機会が設けられた。

なんとも、ラッキーな遭遇である。





クィアシーナはこれまで、ラシャトや二年の生徒会メンバーから聞いた話から、

ジガルデという人物は、『口がうまい貴族派のやり手』というイメージを抱いていた。


容姿もダンテに負けないくらいに派手で、

外見でも人を惹きつけるような人物。


しかも、ダンの話ではブリード公爵家の嫡男として、申し分ない威厳と貫禄、そして周囲を巻き込む力を持っているとのことで、ハイスペックだけど、カロン殿下には逆らえない弱い部分もある――そんな人物像を思い浮かべていた。


けれども、実際、目の前の彼はというと。


「今日はとてもいい天気ですねえ。

僕は図書館の中の雰囲気も好きなんですが、この庭園もお気に入りの一つなんですよ」


目の前でテーブルを挟んでこちらに話しかけてくる人物は、

どう見ても気のいいお兄さん紳士。


人を惹きつけはするが、それはみんなを引っ張っていく、というよりも、みんなが彼の力になってあげたい!と思わせるような惹きつけ方である。


ダンが公爵家として申し分ない貫禄、といってたのは、間違いなく体型のことだろう。


ぽっちゃりした体型は、ラスカーダの典型的な貴族のそれだ。

体型は裕福さを表すとうことで、古い貴族にはわざと太って身体を大きく見せるという風習が残っていた。


そして、クィアシーナは思う。


(推せる……!)


昨日、男子寮でお猿さんたちの群れ(当然、マグノリアンとルーベントを含む)にいたクィアシーナは、品というものに飢えていた。


クィアシーナがこれまで出会ったことのない、初対面の人間にすら安心感を与える爪の先まで誠実そうなジガルデは、彼女の乾いた心に自然と栄養を与えてくれていた。


――リンスティーさんには悪いけど、もし彼が現役生徒会役員だったなら、確実に私は彼のファンクラブとして、推し活をしてた。間違いない。


今からわりと重い話を持ち掛けようとしているとうのに、クィアシーナの目はほんのりピンクに染まっていた。


そんな彼の顔を見つめたまま反応がないクィアシーナに、ジガルデは戸惑ったように「クィアシーナ嬢?」と呼びかける。


その心配を含んだ声に、はっと現実に引き戻された。


「すいません、つい見惚れて逃避してました」


「?」


ジガルデはクィアシーナのよくわからない返答に、不思議そうな顔をして首を傾げる。

もはやそのゆったりした仕草すら、クィアシーナのツボだった。


けれど、向こうも忙しいだろう、時間は限られている。

頭を切り替え、本題に入ることにした。


「あの、ダン君からはどこまでお話を聞きましたか?

ええと、今の学園の現状であったり、ダンテ殿下のことなど……」


質問しながらも、段々と言葉が尻すぼみになっていく。

言葉に気を付けないといけない。

なにせ、彼は貴族主義の筆頭嫡男でもある。

平民の言葉遣いに気を病むかもしれない。


けれども、ジガルデはまったくそんなことを気にすることもなく、クィアシーナの問いに穏やかな様子で答える。


「どこまで、ですか。そうですね……。

今、学園が昨年の僕の悪政の二の舞いになってることと、ダンテ殿下に魔法の影響があるかもしれないっていうことですかね。


これで充分でしょうか?」


彼の口から出た答えは満点の回答。

充分すぎた。グッジョブ、ダン、である。


「はい、充分です。私も昨日、ジガルデ公爵令息様の内情をダン君から聞きました」


そう言ったところで、ジガルデから待ったがかかる。


「クィアシーナ嬢、今はプライベートです。

私のことはそんな大層な呼び方をしなくても結構ですよ。

舌を噛んでしまったら大変でしょう?」


少し戯けて品のいい冗談を言うジガルデに、クィアシーナは今度こそ鼻を抑えた。


(なんで、なんで私はあと一年早く生まれなかったんだ……!)


そしたらこの素敵な紳士がいる学園で、

ウハウハの推し活をしながら、思い描いたような青春が過ごせたのに。


クィアシーナは、彼の暗黒時代のことは目を瞑ることにした。

たとえ早く生まれていたとしても、自分は家族都合でまだ他国にいたはずだ。

それでも、妄想だけで鼻血が出そうになっていた。


「お気遣い、ありがとうございます。お言葉に甘えて、ここではジガルデさん、とお呼びさせて頂きますね」


鼻を抑えながら、笑みを返した。


ジガルデは貴族主義とのことだったが、今のところ、彼はまったくそんな片鱗を見せない。

逆に怪しいと感じる一方で、進んで騙されたいという気にすら湧いてくる。


「それで、お忙しいでしょうから単刀直入にお話をさせて頂きますね。もし、私の言い方でお気を悪くされたならすみません」


一応前置きをしてから、続けた。


「ダン君からお聞きになっている通り、今の学園は、ジガルデさんが在学中、生徒会をしてらっしゃったときと同じような状態になっています。

過激な貴族主義の意向を反映した学則を生徒に強制し、当時と違うことは、今回は違反者には罰則がついてきます。


……あの、少し、言いづらいのですが」


クィアシーナが声を潜め、言い淀む様子をみせると、ジガルデは何を言うのかを察したのか、手で続きを制する。


「大丈夫ですよ、ちょっと待ってくださいね」


柔らかな笑みとともに、彼はふくふくとした指を持ち上げ、そしてパチンと一回鳴らす。

さらにもう一度、同じように指をはじいた。


(あ、防音魔法)


「いま、防音魔法を二人の周りにかけました。しばらくの間であれば、私たちの会話は、他の人から見てざわめきにしか聞こえないはずです」


全く聞こえないようにするどころか、外部から怪しまれないようにするとは。

魔法の腕も去ることながら、気遣いの方も素晴らしい。


「ありがとうございます。素晴らしい魔法の才をお持ちなんですね」


当然、褒めずにはいられなかった。


(きゃー! カッコいい! 痺れる! 惚れる!)

……本当ならこれくらい叫びたいところだが、そこはグッと我慢した。


「いえいえ、これも貴族の嗜みですよ。さあ、話を続けてください」


謙遜の仕方も大人で、クィアシーナは小さく深呼吸をして、話を続けた。


「……先程の続きなんですが、言いづらいこと、というのは当時、ジガルデさんが、第一王子であるカロン殿下の命令で、過激な貴族主義の学則を強いていた、ということです」


クィアシーナの言葉にジガルデは僅かに眉を上げ、しかし相槌を返すでもなく、静かに耳を傾けている。


「もしかしたら、今回、ダンテ会長が急な方針転換をしたのは、ジガルデさんと同じように、ダンテ会長がカロン殿下から圧力を受けてる可能性があると、私は考えたのですが……


当事者である、ジガルデさんからの見解を、ぜひお伺いしたいです。貴方様から見て、この可能性はあり得ると思いますか?」


「……」


少しの沈黙が二人の間に広がる。

ジガルデはテーブルの上に手を組み、なにかを考える素振りをする。

外は穏やかな天気で日差しもさしているというのに、この空間だけ、ひんやりとした空気が漂う。


じっと返事を待つクィアシーナに、ようやくジガルデが口を開いた。


「もし」


彼は一瞬、視線をクィアシーナの瞳に留め、微かに目を細めた。


「もし僕が、まだカロン殿下と繋がっていたとしたら、この話を聞かされた僕は、ここでクィアシーナ嬢をどうしてやろうかと考えるでしょうね?」


「あ……」


クィアシーナの瞳が揺れた。

それと同時に、全身に緊張が走る。


ジガルデの弟であるダンが味方についたからと、軽率過ぎた。

彼はカロン殿下の一番の被害者である一方、カロン殿下に忠誠を誓ったとまで言っていた人物である。


それなのに、馬鹿正直に、ダンテが次の被害者かもと聞くなんて――愚かにもほどがある。


思わず、ガタッと席を立とうと椅子を僅かに動かしたクィアシーナを見て、ジガルデは口元に手をあて小さく笑った。


「フフ、冗談ですよ」


「な……」


激しく脈打っていた心臓が、一気に力を失ったように感じた。


「でも、気をつけてくださいね。僕は……カロン殿下とは袂を分かちました。これは、本当です。


ですが、もし、実はまだ彼に忠誠を誓っていたとしたら、僕はあなたを警吏に突き出さないといけないところでした。

カロン殿下と、それからダンテ殿下に対する不敬を働くような言動をしたとして」


これまでの柔らかな笑みは抑え、背筋を伸ばし、目線を真っ直ぐクィアシーナに向ける。

その威厳は、公爵家嫡男としての風格を自然に滲ませていた。


「軽率な発言、大変申し訳ございません……」


自分の迂闊さとジガルデに窘められたことの両方で、肩を落として項垂れるクィアシーナに、ジガルデは優しく声をかける。


「いいえ、謝ることではないですよ。寧ろ、あなたが権力に屈せず事情を探ろうとしていることが素晴らしいのですから」


「ジガルデさん……」


頭を下げ、肩を落としてしょんぼりする一方で、心の中は嵐のように乱れていた。


(やめて、この人、どこまで私を惚れさせたら気が済むの……!)


再度鼻を抑えながら、そっと頭を下げる。


「さきほど言ったとおり、僕は、一度カロン殿下に忠誠を誓っています。ですが、その絶対的な約束を反故にするくらい、彼とは決定的に相いれないと心が拒絶してしまったのです。

そのため、今後も僕個人としては、カロン殿下と関わることは今後ないでしょう」


そう語るジガルデの表情は、何か大切なものを失ったような、苦しそうな顔をしていた。

相いれないというのは、やはり、方向性の違いということなのだろうか。


「少し踏み込んだ質問をお許しください。

ジガルデさんと、カロン殿下は、同じ貴族主義の思想をお持ちだとお伺いしました。

――それなのに、相いれないと感じた理由は、なんだったのでしょうか」


また直球に聞いてしまったと言ってから後悔するが、ジガルデは少し悩みながら口を開いた。


「……そうですね。

僕が答える前に、クィアシーナ嬢に質問です。あなたは、"貴族主義"というのは、どういった思想だとお考えですか?」


「貴族主義、ですか?」


唐突な質問に、クィアシーナはキョトンとして首を傾げた。


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