78. クィアシーナは、仲間を説得する
「私が、なんとかします」
自分の言葉に、ルーベントとマグノリアンの表情が固まった。
無理もない。
生徒会を追放され、しかも平民のクィアシーナが「なんとかする」などと言い出したのだ。
二人の内心には、きっと「何を言っているんだ」という思いが渦巻いているだろう。
「いや……クィアシーナ。心意気だけはすごいが、これはおまえ一人でどうにかできる話じゃないと思うぞ?」
「うん。俺もそう思う。
貴族主義の連中を摘発していった手腕は、正直すごかった。けど、今回は話が違う。
平民のおまえがダンテさんを敵に回したら、今回の俺みたいに停学で済むとは限らない」
二人は落ち着くように言い聞かせるが、クィアシーナは静かに首を横に振った。
「昨日、リンスティーさんと、貴族主義筆頭、ブリード家のダン・ブリードと話し合いをしました」
「……!」
彼女がすでに動き始めていたとは思わなかったのだろう。
二人は、言葉を失ったまま息を呑んだ。
「まず初めに、そもそも――なぜ、ダンテ会長が今の思想に辿り着いたのか。そこから考えました」
クィアシーナは一度、指を折ってから続ける。
「一つ目。誰かに何かを吹き込まれた可能性です。でもこれは、ダンテ会長の性格から考えにくい。陛下の命令でもない限り、彼は動かない人です。だから、この線は低いと判断しました」
「二つ目は、精神魔法の影響です。解呪されたと聞いてはいますが、実はまだ残っていて、彼の判断に影響を与えている可能性も否定できません」
少しだけ言葉を選び、続ける。
「この件については、ドゥランさんに鑑定をお願いしようと思っています……可能かどうかは、わかりませんが」
そして、クィアシーナは一拍置いた。
「――最後、三つ目」
視線をまっすぐ二人に向ける。
「彼なりの考えがあって、ああいう振る舞いを“わざと”している可能性です。
正直、私はこれも、二つ目と同じくらいに有り得ることだと思っています」
言い切った瞬間、
「……それは、違うだろ」
予想通り、マグノリアンが噛みついた。
「最後のだけは、ありえない」
マグノリアンは、強く首を振った。
「俺も、その可能性に賭けて対話を試みた。……でも、結果は停学処分だ。
生徒だけじゃない、教職員も、学園長まで巻き込んでいるんだぞ?
いくらなんでも、やり過ぎじゃないか」
クィアシーナは、彼の言葉を遮るようにではなく――受け止めるように、静かに答えた。
「ええ。だからこそ、です」
視線を逸らさず、続ける。
「ここまでしなければ、守れなかったものがあった。
あるいは――そこまで追い詰められる、やむを得ない事態に直面していた。
私は、そう考えました」
「……」
身を乗り出していたマグノリアンは、言葉を失い、ゆっくりと椅子に背を預けた。
重たい沈黙の中で、今度はルーベントが口を開いた。
「じゃあ、俺たちはどうやってダンテの意図を知ることができるんだ?」
ルーベントは腕を組み、低く息を吐いた。
「……今じゃ、あいつがまともに会話してる相手はガブリエラ嬢だけだ。
その彼女ですら、俺たちとははっきり線を引いている。
正直、会話による対話は不可能だと思っていい」
本能形の彼にしては、ずいぶんと冷静な分析だった。
リンスティーの話では、何度もダンテに声をかけていたらしい。
表に出さないだけで、彼なりに活路を探っていたのだろう。
「いま、アリーチェさんに応援を要請しています」
「……は?」
「え?」
突如飛び出した名前に、二人はそろって間の抜けた声を漏らした。
いや、そこはおまえが動くんじゃないんかい!という幻のツッコミすら聞こえてくる。
そんな反応を気にも留めず、クィアシーナは言葉を続けた。
「彼女は、唯一――ダンテ会長の思い通りに動かなかった人です。
そして同時に、ダンテ会長が“特別扱いしていた”相手でもありました」
「私は、彼女に望みを託したいと思います。
だから、それまでは……どうか耐えてほしいんです。
もし彼女でも説得が無理だったなら、そのときは、きっぱり見切りをつけましょう。
こんな生徒会も学園も、こっちから願い下げだーって」
最後は、できるだけ明るい声で言った。
結局のところ、今の自分にできることは多くない。
誰かに託し、その結果が出るまで待ってほしいと、そう願うことしかできないのだ。
それでも――何もせずに諦めるよりは、ずっとましだと思った。
「……わかった」
先に、マグノリアンが口を開いた。
「まだ、耐えるよ」
ルーベントも続く。
「そうだな。とことんやってから、最後に散るっていうほうがカッコいいしな!」
「お願いだから散らないで下さい」
特大の笑顔で言うルーベントに、クィアシーナも笑いながら返した。
彼は笑顔を一度引っ込め、真面目なトーンでクィアシーナに向けて尋ねる。
「……なあ。こんなこと聞くのも変かもしれないけど、俺たちにできることはあるか?」
「そうですね……」
クィアシーナは少し考えてから、二人に視線を向け答えた。
「リンスティーさんから、見回りは適度に手を抜いて見過ごしていると伺いました。これからも、同じ形を続けてほしいです」
「生徒会は敵じゃない。従わされているだけ――その空気を、崩さないでください」
もし、生徒会の誰もがガブリエラのように罰則を与える存在になってしまえば、学園はすぐに息苦しい場所になる。
クィアシーナが望んでいるのは、生徒会の解散ではない。
――ただ、元の形に戻したいだけなのだ。
「了解だ。もともと、見回りなんて重苦しい執務室から出るための口実だったから、俺もこれまでのスタンスは変えないようにする」
「ありがとうございます。お願いばかりですいません。
私は、表立って動くことは出来ませんが、周囲を頼りながら足掻けるだけ足掻いてみます」
クィアシーナの言葉に、二人がしっかりと頷きを返した。
部屋の中の空気が、少し緩みかけた――そのとき。
ガンッ!
乱暴な音とともに、扉が勢いよく開かれた。
二人の男子生徒が、ノックもせずに部屋へ踏み込んでくる。
床に散乱していた私物を踏みつけながら、ずかずかと奥へ進み、
一人が興奮した声を上げた。
「マグ! おまえバイトまだなんだろ!?
とっておきのアレ、裏町で手に入れてきてやったぞ!!
見てみろよ!」
そう言って、怪しげな袋をぶら下げ、得意げに掲げる。
「マッジでヤベえからな! 週明けもまだ謹慎なんだっけ!?
これで暇潰ししとけよ!
このオカズ、ガチで半端ねぇから!!」
もう一人が、下衆な言葉を遠慮なく重ねた。
あまりの品のなさに、クィアシーナは思わず白目を剥きそうになる。
だが、二人も、まさか室内にルーベントとクィアシーナがいるとは思わなかったのだろう。
部屋の奥まで来たところで、
ぴたり、と動きを止めた。
二人に向けてマグノリアンが、静かに動く。
――二本の指を口にあてるポーズだ。
その表情は、これまで見たことがないくらい、なんならクィアシーナの囮役に憤ってくれてた以上の感情が溢れ出ていた。
そのポーズを見た二人もぎこちない動きで、ゆっくりと右手に二本の指を作り、口元へ添える。
そして、機械人形のようにくるりと身体を扉の方へ返すと、紙袋を置いて、入ってきたときと同じように慌ただしく出ていった。
廊下に二人の声が響き渡る。
「マジで!? 三人プレイ!? 生徒会ってパネェ!」
「ちょ、みんなに知らせるぞ、今日はパーティーだ!
おーい、マグが大人の階段登ったぞーーーっ!!!」
耳を防ぎたくなるくらい低俗な内容に、とうとうクィアシーナは身体を前に倒し突っ伏した。
(やっぱり誤解されたーーーーー!!!!)
「はは、彼らも大袈裟だなぁ。マグノリアンはとっくに大人だっていうのに」
ルーベントの軽口に、マグノリアンが低い声で黙らせようとする。
「本気でやめてください。――それ以上言うなら、あんたのお気に入りに、あることないこと吹き込むぞ」
「おおっと、それは勘弁だな」
両手を上げて降参の姿勢を取るルーベントと、低く唸るように睨みつけるマグノリアン。
その間に、クィアシーナが慌てて口を挟んだ。
「私の方こそ勘弁してください……もう、帰っていいですか?」
こうしてこの日の訪問は、どうにも締まらない後味を残したまま、解散となった。




