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77. 謹慎中のマグノリアンとクィアシーナの決意

通された部屋は、トイレや風呂、キッチンなどの水回りは共用らしく、扉を入ってすぐ居室というシンプルな作りだった。

広さこそないものの、高位貴族である彼のために整えられたのか、壁紙や床材は廊下の様子とは異なり、新しいものに取り替えられているように見えた。


――が、内装のきれいさと、部屋のきれいさはまた別の話である。


(げ、なんか踏んだ)


まず、扉付近には靴が散乱しており、すべてがペアで揃っているわけではない。

クィアシーナが踏んだのは、マグノリアンのものと思しき靴下。

しかも片方しか落ちていなかった。


脱ぎっぱなしの衣類の山が部屋の隅にあるかと思えば、床にもタオルやら何やらが点在している。


唯一、机の上だけは整えられており、特待生制度を利用しているだけあって、勉強関係は聖域にしているようだった。

もっとも、平積みになった教科書や参考書が足元に置かれてはいるのだが。


床に直置きされたコップと歯ブラシの横には、男性ものの下着が見えていた。


そんな、見事なまでに一人暮らしの男子感満載な部屋の様子に、クィアシーナは軽く引いていた。



「適当に座ってください」


マグノリアンがそう言うものの、どこに座ればいいのかわからず、クィアシーナは視線を彷徨わせる。

しかしルーベントは、以前も来たことがあるからか、慣れた様子で一直線にベッドの上へ腰を下ろした。

ちなみにそのベッドの上にも、本やら何やらが雑多に散らばっている。


クィアシーナもルーベントに続き、物を押しのけながら彼の横に腰かけた。


マグノリアンは二人が落ち着いたのを確認すると、自分も勉強机の椅子にドカリと座り、椅子の上に両足を立てて、手で顔を覆う。


「あー……」


何やら、彼なりに状況を整理しようとしてるらしい。

けれど、いつもきっちりしている彼にしては珍しいその姿に、クィアシーナはごくりと唾を飲み込んだ。


(考えてる様子すら、だらしなく見えるってどういうこと)


仕草や挙動に至るまで、らしくない。


庶務の仕事をしているときの彼は、とても几帳面で、掃除一つとっても完璧だった。

そのため、まさかプライベート空間が、ここまで荒れているとは思ってもみなかった。


「それで、なんでルーベントさんはこいつを連れて来たんですか。

こんなところに連れて来たら、絶対に誤解されるに決まってるでしょう」


彼はまず、クィアシーナを連れてきた理由から問うことにしたらしい。

足を床に下ろし、前屈みに頭をガリガリと掻きながら苦言を呈する。


「別に、誤解されてもいいだろ。マグも常連なわけだしな」


「いまは健全です!」


クィアシーナは、二人のやりとりに白い目を向けた。

今の簡単なやりとりで、二人とも女子連れ込みの常習犯だったことがわかってしまった。


「まあまあ。気落ちしてるおまえのために、元気が出るものを、って思いついたんだよ。な、元気が出たろ?」


「普通それで人を引っ張ってきます!?

せっかくの休みの日なのに……。

おまえも拒否してよかったんだぞ?」


急に話を振られ、クィアシーナから「うえ」と変な声が漏れた。


「あ、いえ、どうせ暇してたので。

それに、マグノリアンさんの様子も気になっていましたし……」


——まさか、それで見たくない一面まで目にする羽目になるとは、思ってもみなかったが。


「それで、どうだ?

週明けから謹慎は解かれると思うが、登校できそうか?」


まるで不登校の生徒を気遣う担任教師のような口ぶりだったが、ルーベントの表情は真剣そのものだった。


「登校はします。ただ……生徒会には戻らないと思います」


マグノリアンの返事に、クィアシーナは思わず顔を上げた。


「それって……辞める、ってことですか」


「……ああ。謹慎中、俺なりに考えた結果だ。

やっぱり、今の生徒会は俺には受け入れ難い。

任期を途中で放り投げるなんて無責任だし、リンスティーさんに負担をかけるのは申し訳ないけど――

週明けには、辞めると伝えるつもりだ」


「そんな……」


辞めると告げたマグノリアンは、ひどく落ち着いていた。

謹慎中、彼の中では相当な葛藤があったに違いない。

そして結論を出した今、その瞳には、もうなんの迷いは見えなかった。


「そうか。じゃあ一緒に辞めるか!」


「ええっ!!? なんで!?」


まさかの便乗に、マグノリアンよりも先に、クィアシーナは隣にいたルーベントに向かって驚きの声を出した。


「今の生徒会はつまらないんだよなぁ」


そう言って、ルーベントはポリポリと頬を掻く。


「もともと、最初にダンテに勧誘されたときも、剣術部との掛け持ちになるから、生徒会入りは迷ってたんだ。

でも、会計の仕事を覚えたら将来役に立つし、それに剣術と同じくらい面白いことがたくさんあるって説得されてさ。だから、入ることにした」


「そう……だったんですね……」


「会計の仕事は大変だけど、ドゥランに教わりながら、なんとか身についてきたし、

みんなでワイワイやるのも楽しかったんだけどなぁ。

最近じゃ、意味のない見回りと、静かすぎる業務ばっかりで、正直、窮屈なんだよ」


「……」


リンスティーの話では、みんな従順に仕事をこなしているということだったが、やはり心の内はそうではなかったらしい。


すでに生徒会を離れた身であるクィアシーナだが、二人の心が離れてしまったことに、言いようのない寂しさが込み上げる。


「実を言うと、今のままの学園の状態が続くのであれば、俺はグレジア領の士官学校への転学も考えている」


「エエッ!? そこまで考えてたんですか!?」


「ああ。実はいま、剣術部も身分によって練習を分けないといけないんだ。俺にとっては、そのことが一番納得がいっていない。


この間、部長の俺が身分は気にしないと言ったにもかかわらず、連帯責任ということで部員全員に罰則が言い渡された。

しかも、次に学則を破れば活動停止だとまで言われてしまってな……」


ルーベントは剣術部と掛け持ちだと言っていたが、部長でもあったらしい。

彼にとっては、部員はみな平等で、身分など関係ないのだろう。


「このまま活動を続けても、意味がない。

お互いが身分を気にしすぎてしまい、訓練になってないからな。


打ち合いもできんから、自主練を言い渡しているが、退部する部員もそろそろ出てくるかもしれない」


「それはツライ、ですね。

で、でも、Sクラスの中はみなさん貴族の方ばかりですし、クラスの雰囲気はそこまで変わらないんじゃないですか?」


クィアシーナは、部活動が原因で生徒会だけでなく学園まで去ってしまうなんて、それはあんまりだと、クラスを引き合いに出して引き留めにかかる。


「何を言ってる。変化しかないぞ?

なんせ、――“ダンテ第二王子殿下”が、うちのクラスにはいるんだからな」


「あ……」


あえて敬称付きで強調されたその呼び方に、クィアシーナはすべてを察してしまった。


「今の学園は、俺にとってはただ授業を受けるだけの、つまらない場所だ。

それなら実家に帰って家庭教師でも雇うさ」


「……」


ルーベントが言っていることは、痛いほどわかる。

クィアシーナは膝の上で手を握りしめ、どうにかならないかと思考を巡らせた。


「俺も、今の学園は、ジガルデさんの頃より居心地が悪いと思うよ」


それまで黙っていたマグノリアンが、静かに口を開いた。


「あの頃は注意こそすれ、罰則なんてものはなかった。

馬鹿みたいな学則が次々と出されたことは確かだけど、生徒が生徒を理不尽に裁くようなことは、当時の生徒会はしてなかったんだ」


旧生徒会長ジガルデの時代。

今と同じように貴族主義の学則は制定されていたが、罰則だけは決して運用されなかった。

第一王子に逆らえなかったとはいえ、それはジガルデの良心が守り抜いた一線だったのかもしれない。


「それに、俺もあの頃とは違う。

平民の仲間がたくさんできた。勘当されてここに移り住んできた当初は、腫れ物を扱うみたいな距離だったのに……今じゃ、家族みたいな存在だ」


ふっと、自嘲するように笑う。


「それこそ、身分で壁を作っていた昔の俺が、馬鹿みたいに思えるくらいにな」


(これは、本当につらい)


それぞれが今の学園に居心地の悪さを感じながら、抵抗できないまま諦めざるを得ない現実に、無力感を抱いている。

そして自分もまた、昨日まで転校を考えていた一人だったからこそ、今度は何も言えなくなった。


「俺らが去ったところで、ダンテさんの考えに沿った奴が、すぐに補充されると思う。だから、生徒会としての機能が失われることはないだろうよ」


マグノリアンは、押し黙ったクィアシーナを気遣うようにそう言った。

だが――そうではない。


自分が望んでいるのは、逃げることでも、新しい居場所でもなかった。

転校当初に願っていた、“平和な学園生活”を送ること。


「お二人とも、生徒会を去るのは、まだ待ってもらえませんか?」


背筋を伸ばし、顔を上げて、はっきりと告げる。


「私が、なんとかします」



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