76. 男子寮(無法地帯)への潜入
「おお、いいな! それっぽいぞ、クインシー!」
「どこのどいつのことですか、そのクインシーって」
着替え終わったクィアシーナに、ルーベントは親指を立てる。
謎の男名で呼ばれ、堪らずツッコミを入れた。
渡された制服は丈が驚くほどぴったりで、なぜこのサイズが用意できたのか不思議でならなかった。
「まあまあ。今日はクインシーって名前で面会登録してるから、そのつもりでいてくれ」
「というか、みんな女子を連れ込んでるんなら、わざわざこんな変装しなくてもいいんじゃないんですか?」
クィアシーナが不満気な顔で文句を言うと、
「男装してるから、管理人側も黙認してくれるんだよ」
と、しれっと言われてしまった。
「一般寮にも、特別寮にも、倉庫部屋に、女子サイズの制服が山程置いてある。
使い終わったらまた戻しにいかないといけないからな。
マグに会ったあと、またここに取りに戻るぞ」
「倉庫にストックしてるくらいって……本当みんな常習犯なんですね……」
緩い。色々と、緩すぎる。
「あと、生徒にすれ違ったときは、代々寮生のみに通じるジェスチャーがあるから、先に教えておくな」
そう言って、ルーベントは口に指を二本あてる仕草をする。
「なんですか、それ?」
「今から女を連れ込むから、他言無用だぞ、っていう意味だ。これをされたら、されたほうも同じポーズを返す」
「うわぁ」
あからさま過ぎる。
だが、代々伝わっているということは、確かにそういうことなのだろう。
女のクィアシーナには理解できない、男同士の結託を垣間見た気がした。
ルーベントと二人、一般寮までの道を歩く。
私服のルーベントに対し、男子生徒の制服を着たクィアシーナは、見事なアンバランスさを醸し出していた。
休日の午前中で、学園に向かう人は少ない。
だが、クィアシーナの心は落ち着かない。
(ファンクラブ部のルーベント軍団に会いませんように……)
ファンに遭遇するかもしれないと、クィアシーナは最初、一般寮に着くまでは自分の気配を消そうとした。
しかし、ルーベントの気合いで、あっさりその努力は打ち消されてしまった。
「そんなことできるの!?」と心の中で思ったが、実際に彼はやってのけたのだから仕方がない。
クィアシーナは、一般寮のある学園側に足を踏み入れるのは初めてだった。
学園の校門とは反対に位置する一般寮は、敷地内にありながらも静かな森に囲まれ、どこか保養所のような雰囲気を漂わせている。
三階建ての少し黄ばんだ建物は年季が入っており、その規模は学校の教室棟にも引けを取らないほど大きかった。
この広さだけでも、どれほど多くの生徒が寮から学園へ通っているのかが伝わってくる。
「ここが男子寮。壁を隔てて、向こう側が女子寮だ」
ルーベントが指差す先に、同じような建物の影が覗いていた。
「女子寮は男子寮ほど緩くない。男が敷地内に一歩でも入ろうものなら、即アラートが鳴って、御用になる」
「セキュリティの差が激し過ぎません?」
思わずそう返しながらも、それを聞いて少し安心した。
もし女子寮まで同じ調子だったなら、少し学園を見る目が変わってしまっていたかもしれない
「ちなみに特別寮は、ここよりもっと奥だ。一般寮とは完全に隔離された区域って感じだな。寮そのものが壁に囲まれていて、外部の人間が入るには、必ず寮門で警備のチェックが入る」
「まあ……王子殿下や高位貴族の方が住む場所ですもんね。それくらい厳重なのも納得です」
「とはいえ、生徒の場合は寮生と一緒に学生証を出せば、意外と簡単に通れたりもする。そういう意味じゃ、やっぱり緩いかもしれないな」
一般寮には、特別な門は設けられていなかった。
外部の者は玄関扉の呼び鈴を鳴らし、管理室で手続きを済ませてから中へ入る仕組みになっている。
ルーベントが呼び鈴を押すと、カチャリ、と即座に鍵の外れる音がした。
どうやら自動開錠の魔導装置が組み込まれているらしい。
二人で管理室へ進む。
ガラス越しの室内には、管理人と思しき壮年の男性が腰掛け、無言でこちらを見ていた。
「三年Sクラスのルーベントです。十時からマグノリアンに面会予約をしています」
淡々と用件を告げると、管理人は手元の帳簿に目を落とし、やがて小さく頷いた。
一時入寮許可証が差し出される。
寮に滞在する間は、これを首から下げておく必要があるらしい。
「……そちらの連れの方は?」
管理人の視線が、静かにクィアシーナへと移った。
その瞬間、胸がどくん、と大きく跳ねた。
「クインシーです。彼も、登録済です」
しかし、ルーベントがしれっとそう宣い、クィアシーナもあっさり一時入寮許可証を受け取った。
管理人とばっちり目が合ったが、
「あ、そういうことね」
とでも言いたげな表情で、何事もなかったかのようにスルーされる。
(……ザルすぎないか)
確かに男物の制服は身に着けている。
だが、胸も尻も潰していなければ、顔はほんのり化粧済み。
髪型もそのまま。
変装の“へ”の字もない、やる気ゼロの格好だ。
ひと言くらい何か言われると思ったのに、管理人はむしろルーベントに向かって、
「上手くやれよ」
と言わんばかりに、ウインクまでしてみせた。
(ザルすぎないか)
大事なことなので、心の中で二回ツッコんでおいた。
建物内も、外観と同じくそれなりに年季が入っていた。
男子寮ということもあってか、あちこちに落書きがしてあり、ところどころ壁紙が破れている。
なぜか靴がその辺に落ちていたりと、女子にはない独特の空気を感じさせた。
ルーベントと二人、階段を上って三階へ向かう。
今のところ、誰ともすれ違うことはなかった。
マグノリアンの部屋は、三階の角部屋だという。
一般寮は基本的に二人部屋である。
だが、もともと高位貴族で特別寮から移ってきたマグノリアンは、同室の相手が気を使うだろうという配慮から、特別に一人で利用しているらしい。
今から押しかける身としては、人払いをする必要もない。その方がありがたかった。
と、そのときだった。
「わあ! ルーベント様!」
廊下の向こうから、寮生と思しき三人の生徒が歩いてきた。
クィアシーナは、はっと身体を強張らせ、思わずルーベントの背中に身を隠す。
「お疲れ様です!」
「こっちに来てるなんて、珍しいですね」
「今日はどうされたんですか?」
わちゃわちゃとルーベントの前に集まり、構ってほしそうな空気を全身から放っている。
端から見ていると、子犬がボス狼に懐いているような光景だった。
背格好からして、ルーベントより年下だろう。
それでも体つきはよく、剣術部の後輩だとすぐに察しがつく。
次の瞬間、ルーベントは何も言わず、指を二本、口元へとあてた。
「「「あ」」」
三人が固まって、何かを察した。
そして、ルーベントの後ろにいたクィアシーナにゆっくりと視線を移す。
「え、この子って、」
ルーベントの連れがクィアシーナだとは思わなかったのだろう。三人のうちの一人が思わず声を上げた。
(まずい、私が元生徒会の人ってことがバレた)
顔を見られたことに慌てるクィアシーナだが、残りの二人は全力で空気を読んだらしい。
「ばか、アレだろ!」
「ほら、指!」
「あ、そうだった」
三人そろって、ルーベントとクィアシーナに向けて、指を二本、口元に添え、きっちりと了解の意を返す。
なんとなく、自分もやらなければいけない圧を感じ、クィアシーナも、咄嗟に真似をした。
「今日は共用部屋空いてると思うんで、ごゆっくり!」
そう言って三人はペコリと頭を下げ、そのまますれ違っていった。
共用部屋というのは、外部から来た友人や家族が宿泊できる、来客用の部屋だ。
もちろん――そういう用途に使われることが多いと、先ほどルーベントから聞いたばかりなのだが。
(これ、私がルーベントさんの"お相手"って勘違いされてない!?)
ルーベントも不本意だろうと彼の様子を伺うが、まったく気にする素振りもなく、どこか得意気ですらある。
どうやら、ここの連中にとって、女子を連れていることは最高のステータスらしい。
クィアシーナは呆れた目を向けつつ、今は何も考えないことにした。
それにしても、さっきの三人は新制度をまったく気にしていない様子だった。
考えられるのは、ルーベントよりも三人の方が位が高いということだ。しかしここは、庶民御用達の一般寮である。
「あの……さっきの方たちの態度って、今の学則に沿ってなかった気がするんですが……」
小声で隣のルーベントに確認すると、彼は軽く笑って答えた。
「ん? 何を言ってるんだ。ここは一般寮、治外法権だ」
そんな馬鹿な。
さっき、自分で一般寮も学園の敷地内に建っているから云々言ってなかっただろうか。
それでも、女子連れ込みルールがきちんと確立されている場所だと考えると、学則があまり適用されないという独自の考え方にも、なんとなく納得できる気がした。
というより、納得せざるを得なかった。
そうこうしているうちに、角部屋までたどり着く。
他の部屋のドアには落書きやステッカーが貼られているのに対し、マグノリアンの部屋には、まったく装飾が施されていなかった。
酷く彼らしい外観に、部屋の中もさぞかし綺麗に整えられているのだろうと予想する。
「……よし、じゃあノックするぞ。クインシーは横に隠れててくれ」
ルーベントが声を潜めてクィアシーナに耳打ちする。
その言葉に従い、クィアシーナは少し離れた位置へと身を移した。
ドンドン
ドンドン
朝に自分の部屋をノックされたときと同じくらいの力で、ルーベントがドアを何度も叩く。
「おーい! マグノリアン! 開けてくれ! ルーベントだぞ!
来たぞー!」
しかも特大の掛け声つきだ。
隣の部屋の生徒やさらにその隣にいる生徒にも、間違いなく迷惑をかけているだろう。
これは、間違いなく彼はキレるぞ、とクィアシーナが覚悟していると、予想通り、マグノリアンがすぐさまドアを開けて飛び出してきた。
「ちょっと、ルーベントさんっ!!」
(あ、マグノリアンさん)
クィアシーナがマグノリアンの姿を捉えた。
向こうから彼女の位置はちょうど死角になっているようで、クィアシーナがいることに気付く様子はない。
「来てくれるのはいいんですが、もう少し静かにしてもらえませんか!?」
久しぶりに見た彼は、相変わらずな調子で、思ったより元気そうだと安心する。
そして同時に思った。
(なんか……マグノリアンさん、めっちゃ一般寮に馴染んでない?)
いつもはハーフアップにしている長めの髪は、今日は何も整えられておらず、あちらこちらに広がっており、目元はほとんど隠れている。
しかも無精ひげまで生えているため、別人のような様相だ。
そして極めつけはその恰好。
ラフなシャツに半ズボン、しかもズボンの中に手を入れてお腹をかきながら怒っている。
片手は肘でドアを押さえつつ、頭を掻く仕草までしている。
クィアシーナはその様子に、どこか既視感を覚えた。
(これ、あの底辺校にウヨウヨいた連中じゃん)
昔通っていた治安の悪い底辺校では、制服をまともに着てくる生徒は極わずかで、パジャマなのか何なのか分からない格好で校内をうろつく者がかなりの数いた。
マグノリアンの姿は、当時の彼らを彷彿とさせた。
率直に言うと、品がない。
高位貴族であるはずの彼は、完全に庶民のそれにしか見えなかった。
――環境って、怖い。
朱に交われば、なんとやら、である。
「まあまあ、そんなに怒るなよ」
「勘弁してください……ほんとは今日、ルーベントさんに会うつもりなんてなかったのに……
伝達魔法で断りを入れたのに、受信拒否するなんて力技、やめてもらえませんか?」
「ははは」
(ああ、なんか、いつもどおりの感じだ)
二人のやり取りを見て、クィアシーナは目を細める。
まるで以前の執務室での日常を見ているようで、どこか懐かしくなってしまった。
もう、自分は生徒会の者でもないし、きっと今ではこんなやりとりもしていないのだろうけど。
クィアシーナが在りし日の光景に想いを馳せている間に、ルーベントが再びマグノリアンに絡みだした。
「会うつもりがなかったなんて、そんなつれないことを言わないでくれ。
せっかく今日は、とっておきのお土産を持ってきてやったんだから」
「は? お土産?」
「そうだ!」
こっそりやり取りを見ていたクィアシーナの方に向けて、ルーベントが突然、ババンッと指を差す。
クィアシーナが「げ」と思うのと同時に、マグノリアンも「?」と視線を移動させ、それまで見えなかった位置にいたクィアシーナの姿に気づくと、驚きで目を見開いた。
「ッ!!? クィあ、」
「マグノリアン、彼はクインシーだ」
クィアシーナ、と名前を叫びそうになったマグノリアンを制し、ルーベントが彼女の偽名を紹介する。
しれっと言うルーベントに、クィアシーナもマグノリアンも、
「そこは心底どうでもいい」と言わんばかりにルーベントを軽く睨み、視線を元に戻す。
「いや、え……?
なに、おまえ、こんなところで一体なにしてんだっ!?」
マグノリアンはなぜクィアシーナがここにいるのか理解できないようで、額に手を当てて言った。
(サプライズは成功したんだろうけど、なんだか気まずいな……)
どこか居た堪れない気持ちで、苦笑いしながらクィアシーナは答える。
「あー……こんにちは。思ったよりお元気そうで」
「だから、なんで……」
「ええと、お見舞いに連れてこられました」
「お見舞い……
俺、別に体調を崩したとかそんなんじゃないんだけど……
いや、そうじゃないな。ここは無法地帯だ。ひとまず中に入ってくれ」
マグノリアンに手招きされ、クィアシーナとルーベントは、彼の部屋へと入っていった。




