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75. クィアシーナ、休日に押しかけられる

この話から四話ほど、コメディ色強めです。

先週、週始めと昨日のたった二日登校しただけなのに、数年の時間が経ったかのように濃い週だった。

……数年は言い過ぎた。ただ、先週だけは、一日は絶対二十四時間じゃなかったと思う。


身体はすっかり調子を取り戻したものの、精神的にはクタクタだった。


今日と明日、学園はお休みだ。

クィアシーナはいつもの時間に目を覚ましたものの、起きてからしばらくは、ベッドの上でゴロゴロしていた。


(今日も明日も予定がないし、何しようかな……)


もちろん、家事や食料の買い出しはマストである。

洗濯も溜まっているし、ララから借りたノートも、休みの間に写しておかなければならない。

来週からはきちんと授業についていかないと、このまま転げ落ちるように落ちこぼれていく気がした。


はぁ、と小さい息を吐く。


よし、と短く気合を入れて、まったく気乗りしないままベッドを降り、キッチンへ向かった。





朝食も着替えも掃除も、ノートの書き写しまで終えた。

自分でも思う。やればできる子なのだ。


が、ちょっと休憩と言わんばかりに、ベッドへ潜り込む。


このあとは買い出しに行くつもりだったが、まだいいか、と油断していた。

――後になって、さっさと行っておけばよかったと後悔するとも知らずに。


少し目を閉じ、二度寝を決め込もうとした、そのとき。


ドンドン、と玄関の扉を叩く音が響いた。


その力強さに、ビクリと身体が跳ねる。

家賃の取り立てか!?と思ったが、支払いは月末で、まだ一週間は先だ。

それに、気の良さそうな高齢の大家が、こんな叩き方をするとも思えない。


ドンドン。


扉を叩く音は、止む気配がなかった。



――もしかして、貴族主義の連中の下僕たちがお礼参りに来たのかもしれない。


そろりと音を立てないようドアの前に立ち、息を呑んで覗き穴から外を覗き込む。


そして次の瞬間、

「え、なんで」

という声が、思わず口をついて出た。


「クィアシーナ! おはよう! いるか!?」


……最悪なことに、名前を呼ばれた。


なんとなく嫌な予感しかしないので、このまま居留守を使いたいところだが、それはそれで後が面倒になる気がした。


まだ午前中だというのに、はぁ~っと本日二度目のため息をつき、鍵を開けて扉を開く。


「……おはようございます、ルーベントさん。

可能であれば、もう少し声を落としていただけると……」


扉の先に立っていたのは、今日も変わらずエネルギーが有り余っていそうなルーベントだった。

彼は制服ではなくラフな私服に身をつつみ、鋭い灰色の瞳を細め、爽やかな笑顔を向けてきた。


「おはよう! クィアシーナ! すまない、うるさかったか!?」


もうその声すら、アパートの共用部分に響き渡っている。

このままでは、同じアパートの住人からクレームを入ってもおかしくはない。

渋々だが、彼の腕を引いて中へ招き入れ、扉を閉じた。


「おお、中はこんななんだな!」


一瞬顔をキョロキョロとして、中を眺めたルーベントだが、すぐに片手で自分の目元を覆い、視界を隠す。


「あ、もちろん、女子の一人部屋を覗く趣味なんてないからな。俺は何も見なかったことにしよう」


変なところだけ紳士なので、余計に何も言えなくなる。


「見られて困るものなんてないので、別にいいですよ。

それで、お休みの日にどうされたんですか?」


――だからなんで家の場所知ってるんだよ、とは口に出さず、単刀直入に用件を伺う。


「今日なんだけど、クィアシーナ。これから暇か?

もし暇なら、少し時間をくれないか?」


「え? 今からですか?」


暇ではあるが、時間をくれと言われて、何をするつもりなのかが見えない。


「ああ、今からだ」


うんうんと大きく頷くルーベントだが、肝心の用件は話そうとしない。


「ええと……何をするご予定で?」


「んー、簡単に言うと、お見舞いと激励に行くって感じかな。

マグノリアンが今、謹慎処分を受けててな。同じ庶務のクィアシーナの顔を見たら、元気が出ると思ったんだよ」


「え……マグノリアンさんのところに?」


思わず、聞き返してしまう。


もちろん、クィアシーナも彼に会いたいと思っていた。

正面から意見をぶつけ、その結果、理不尽な処分を受けてしまった彼だ。

きっと、今も落ち込んでいるに違いない。


これから自分も、生徒会の方針に抗おうとしている――

その意思を直接伝えることで、少しでも彼を励ましたかった。


ただ、問題がいくつかあった。


マグノリアンは休みの日には家庭教師のバイトをしており、中々に忙しいはずだ。

しかも彼が住んでいるのは、学園の一般寮――男子寮である。

寮内は女子禁制のため、クィアシーナは立ち入ることができない。


「マグノリアンさんに、アポは取ってるんですか?」


「いいや。サプライズのほうがいいと思ってな!」


乗り込んだところで、不発に終わる未来が容易に想像できた。

クィアシーナはルーベントにじとりとした目を向ける。


「……マグノリアンさん、今日バイトでは?」


「あ、そこは大丈夫だ。午前中は入ってないことは確認済だ」


意外にも、そこはきちんとしていた。


だが、本人が出かけている可能性は十分にある。


「お出かけされてた場合は?」


「それも大丈夫だ。伝達魔法で午前中は部屋にいろって伝えておいた。

特別寮から魔法を使ったから、届くかどうか怪しかったけど、ギリギリ範囲内だったみたいだぞ」

「……」


サプライズの、意味。


変に用意周到に準備されており、いつの間にかこれは行くしかないという状況に追い込まれている。


けれど、最大の難関がまだ残っていた。


「マグノリアンさんに会うには、寮内に入らないといけないんですよね?

面会許可は出したんですか?

私はもちろん、中には入れないですよね?」


畳み掛けるように言ったクィアシーナの質問に対し、ルーベントはニカリとした笑みを返す。


「もちろん、すべて抜かりなく手続きは済んでいるとも!

さあクィアシーナ、これに着替えるんだ」


そう言って、ルーベントは手にしていた紙袋を押し付けてくる。


有無を言わさず渡されたそれを、恐る恐る覗き込む。


中に入っていたのは、上下セットの制服だった。


「これ……ズボン。え、男子生徒用?」


そう、クィアシーナが渡されたのは、フォボロス学園の男子生徒の制服である。


「ああ、そうだ。あ、サイズはたぶん大丈夫だと思うぞ!

俺の目測は中々に正確だから心配するな。ちゃんとクィアシーナと似た背丈のものを借りてきた」


心配するのはそこではない。


いくら自分が地味で特徴のない顔立ちだからといって、さすがに性別まで誤魔化せるわけがない。

体格に恵まれているわけでもない標準体型のクィアシーナは、胸も腰も、どう見ても女子だった。


「いやいやいやいや。さすがに、無理ありますよ!

秒でバレます! それこそ、マグノリアンさんが別の罰則受けることになりませんか!?」


「いや、クィアシーナ、おまえならできる!

俺が保障する!」


「根性論で突っ切ろうとしないで下さい!

私は寮の近くで待ってるので、マグノリアンさんをそこまで連れてきてくれませんか?」


「一般寮は学園の敷地内に建っている。私的な場所とはいえ、学則の管理下にある。俺やマグノリアンがおまえと会っていることがバレたら、停学では済まなくなるかもしれない」


急に真面目なトーンで正論を言われ、クィアシーナはぐうの根も出ない。

悔しさを隠さない顔で、最後の反論をする。


「だからって、停学中のマグノリアンさんが、平民で女子の私を部屋に招き入れたなんて知れたら――

それこそ、余計に悪いんじゃないですか」


「クィアシーナは真面目だな。一般寮だろうが特別寮だろうが、

女を連れ込まない男子がいると思うか?」


「え」


ルーベントの発言に一瞬ポカンとするクィアシーナだが、彼は構わず続けた。


「みんな、暗黙の了解でやってることだ。管理人側ですら見て見ぬふりをしている。

なんなら――俺だってやったことがある。内緒だぞ?」


指を口に当てて内緒のポーズを取るルーベントを見て、

クィアシーナは今度こそ頭を抱えた。


一般寮はまだしも、特別寮に入るような貴族の坊っちゃんですら、そんなことをしているなんて。


(意外と……俗だった)


これで、何の憂いもなくなってしまった。


まったくもって、解せないが。


クィアシーナは紙袋とルーベントを見比べ、「少し待っててください」と言い、渋々着替えるために、部屋の奥へと引っ込んでいった。


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