75. クィアシーナ、休日に押しかけられる
この話から四話ほど、コメディ色強めです。
先週、週始めと昨日のたった二日登校しただけなのに、数年の時間が経ったかのように濃い週だった。
……数年は言い過ぎた。ただ、先週だけは、一日は絶対二十四時間じゃなかったと思う。
身体はすっかり調子を取り戻したものの、精神的にはクタクタだった。
今日と明日、学園はお休みだ。
クィアシーナはいつもの時間に目を覚ましたものの、起きてからしばらくは、ベッドの上でゴロゴロしていた。
(今日も明日も予定がないし、何しようかな……)
もちろん、家事や食料の買い出しはマストである。
洗濯も溜まっているし、ララから借りたノートも、休みの間に写しておかなければならない。
来週からはきちんと授業についていかないと、このまま転げ落ちるように落ちこぼれていく気がした。
はぁ、と小さい息を吐く。
よし、と短く気合を入れて、まったく気乗りしないままベッドを降り、キッチンへ向かった。
◇
朝食も着替えも掃除も、ノートの書き写しまで終えた。
自分でも思う。やればできる子なのだ。
が、ちょっと休憩と言わんばかりに、ベッドへ潜り込む。
このあとは買い出しに行くつもりだったが、まだいいか、と油断していた。
――後になって、さっさと行っておけばよかったと後悔するとも知らずに。
少し目を閉じ、二度寝を決め込もうとした、そのとき。
ドンドン、と玄関の扉を叩く音が響いた。
その力強さに、ビクリと身体が跳ねる。
家賃の取り立てか!?と思ったが、支払いは月末で、まだ一週間は先だ。
それに、気の良さそうな高齢の大家が、こんな叩き方をするとも思えない。
ドンドン。
扉を叩く音は、止む気配がなかった。
――もしかして、貴族主義の連中の下僕たちがお礼参りに来たのかもしれない。
そろりと音を立てないようドアの前に立ち、息を呑んで覗き穴から外を覗き込む。
そして次の瞬間、
「え、なんで」
という声が、思わず口をついて出た。
「クィアシーナ! おはよう! いるか!?」
……最悪なことに、名前を呼ばれた。
なんとなく嫌な予感しかしないので、このまま居留守を使いたいところだが、それはそれで後が面倒になる気がした。
まだ午前中だというのに、はぁ~っと本日二度目のため息をつき、鍵を開けて扉を開く。
「……おはようございます、ルーベントさん。
可能であれば、もう少し声を落としていただけると……」
扉の先に立っていたのは、今日も変わらずエネルギーが有り余っていそうなルーベントだった。
彼は制服ではなくラフな私服に身をつつみ、鋭い灰色の瞳を細め、爽やかな笑顔を向けてきた。
「おはよう! クィアシーナ! すまない、うるさかったか!?」
もうその声すら、アパートの共用部分に響き渡っている。
このままでは、同じアパートの住人からクレームを入ってもおかしくはない。
渋々だが、彼の腕を引いて中へ招き入れ、扉を閉じた。
「おお、中はこんななんだな!」
一瞬顔をキョロキョロとして、中を眺めたルーベントだが、すぐに片手で自分の目元を覆い、視界を隠す。
「あ、もちろん、女子の一人部屋を覗く趣味なんてないからな。俺は何も見なかったことにしよう」
変なところだけ紳士なので、余計に何も言えなくなる。
「見られて困るものなんてないので、別にいいですよ。
それで、お休みの日にどうされたんですか?」
――だからなんで家の場所知ってるんだよ、とは口に出さず、単刀直入に用件を伺う。
「今日なんだけど、クィアシーナ。これから暇か?
もし暇なら、少し時間をくれないか?」
「え? 今からですか?」
暇ではあるが、時間をくれと言われて、何をするつもりなのかが見えない。
「ああ、今からだ」
うんうんと大きく頷くルーベントだが、肝心の用件は話そうとしない。
「ええと……何をするご予定で?」
「んー、簡単に言うと、お見舞いと激励に行くって感じかな。
マグノリアンが今、謹慎処分を受けててな。同じ庶務のクィアシーナの顔を見たら、元気が出ると思ったんだよ」
「え……マグノリアンさんのところに?」
思わず、聞き返してしまう。
もちろん、クィアシーナも彼に会いたいと思っていた。
正面から意見をぶつけ、その結果、理不尽な処分を受けてしまった彼だ。
きっと、今も落ち込んでいるに違いない。
これから自分も、生徒会の方針に抗おうとしている――
その意思を直接伝えることで、少しでも彼を励ましたかった。
ただ、問題がいくつかあった。
マグノリアンは休みの日には家庭教師のバイトをしており、中々に忙しいはずだ。
しかも彼が住んでいるのは、学園の一般寮――男子寮である。
寮内は女子禁制のため、クィアシーナは立ち入ることができない。
「マグノリアンさんに、アポは取ってるんですか?」
「いいや。サプライズのほうがいいと思ってな!」
乗り込んだところで、不発に終わる未来が容易に想像できた。
クィアシーナはルーベントにじとりとした目を向ける。
「……マグノリアンさん、今日バイトでは?」
「あ、そこは大丈夫だ。午前中は入ってないことは確認済だ」
意外にも、そこはきちんとしていた。
だが、本人が出かけている可能性は十分にある。
「お出かけされてた場合は?」
「それも大丈夫だ。伝達魔法で午前中は部屋にいろって伝えておいた。
特別寮から魔法を使ったから、届くかどうか怪しかったけど、ギリギリ範囲内だったみたいだぞ」
「……」
サプライズの、意味。
変に用意周到に準備されており、いつの間にかこれは行くしかないという状況に追い込まれている。
けれど、最大の難関がまだ残っていた。
「マグノリアンさんに会うには、寮内に入らないといけないんですよね?
面会許可は出したんですか?
私はもちろん、中には入れないですよね?」
畳み掛けるように言ったクィアシーナの質問に対し、ルーベントはニカリとした笑みを返す。
「もちろん、すべて抜かりなく手続きは済んでいるとも!
さあクィアシーナ、これに着替えるんだ」
そう言って、ルーベントは手にしていた紙袋を押し付けてくる。
有無を言わさず渡されたそれを、恐る恐る覗き込む。
中に入っていたのは、上下セットの制服だった。
「これ……ズボン。え、男子生徒用?」
そう、クィアシーナが渡されたのは、フォボロス学園の男子生徒の制服である。
「ああ、そうだ。あ、サイズはたぶん大丈夫だと思うぞ!
俺の目測は中々に正確だから心配するな。ちゃんとクィアシーナと似た背丈のものを借りてきた」
心配するのはそこではない。
いくら自分が地味で特徴のない顔立ちだからといって、さすがに性別まで誤魔化せるわけがない。
体格に恵まれているわけでもない標準体型のクィアシーナは、胸も腰も、どう見ても女子だった。
「いやいやいやいや。さすがに、無理ありますよ!
秒でバレます! それこそ、マグノリアンさんが別の罰則受けることになりませんか!?」
「いや、クィアシーナ、おまえならできる!
俺が保障する!」
「根性論で突っ切ろうとしないで下さい!
私は寮の近くで待ってるので、マグノリアンさんをそこまで連れてきてくれませんか?」
「一般寮は学園の敷地内に建っている。私的な場所とはいえ、学則の管理下にある。俺やマグノリアンがおまえと会っていることがバレたら、停学では済まなくなるかもしれない」
急に真面目なトーンで正論を言われ、クィアシーナはぐうの根も出ない。
悔しさを隠さない顔で、最後の反論をする。
「だからって、停学中のマグノリアンさんが、平民で女子の私を部屋に招き入れたなんて知れたら――
それこそ、余計に悪いんじゃないですか」
「クィアシーナは真面目だな。一般寮だろうが特別寮だろうが、
女を連れ込まない男子がいると思うか?」
「え」
ルーベントの発言に一瞬ポカンとするクィアシーナだが、彼は構わず続けた。
「みんな、暗黙の了解でやってることだ。管理人側ですら見て見ぬふりをしている。
なんなら――俺だってやったことがある。内緒だぞ?」
指を口に当てて内緒のポーズを取るルーベントを見て、
クィアシーナは今度こそ頭を抱えた。
一般寮はまだしも、特別寮に入るような貴族の坊っちゃんですら、そんなことをしているなんて。
(意外と……俗だった)
これで、何の憂いもなくなってしまった。
まったくもって、解せないが。
クィアシーナは紙袋とルーベントを見比べ、「少し待っててください」と言い、渋々着替えるために、部屋の奥へと引っ込んでいった。




