表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/104

74. クィアシーナは、リンスティーに手紙を託す

「そうだ、アリーチェさんに、協力してもらおう」


さも名案だと言わんばかりに言い切ったが、リンスティーはその提案に呆れ交じりで返す。


「アリーチェなんか呼び戻してどうすんだよ。絶対にややこしくなるだけだろうが」


「あの人、リンスティーさんが考えてる五百倍はすごい人ですよ。

ある意味、私の師匠と言っても過言ではありません」


アリーチェが囮役を引き受けてくれたおかげで、貴族主義、ひいては第一王子派の中心人物たちにたどり着くことができた。


自分が後任として生徒会に入ったあと、メンバーたちがクィアシーナのことを忌避せず受け入れてくれたのも、アリーチェを庇えなかったことへの、せめてもの免罪符だったのだと思っている。


もし、彼女が怪我を負わなければ、自分が生徒会に入ることなどなかったかもしれない。

それでも――彼女が残したものは、あまりにも大きかった。


「いつのまに、そんなにアリーチェのことを崇めるようになったんだ?」

「秘密です」


いまは言えない。

彼女とダンテの契約については、自分が他言していいものではないだろうから。


「っていっても、手紙しか連絡手段がないし、平民の私から子爵家のご令嬢に送っても、読んでもらえるかわかりませんが」


「んー、それじゃあ、クィアシーナが書いた手紙を、俺名義で送っておいてやるよ。

それでも読まれなかったら、それまでだけど。返信先は、ここでいいか?」


「はい! ありがとうございます!」


シュターグ公爵家のリンスティーが差出人となれば、子爵家の者も無下にはできないだろう。

伝えたいことは、ダンテの変容と学園の現状、そして力を貸してほしいという要請だ。


アリーチェはすでに聖王国への留学手続きを進めているため、引き受けてくれる望みは薄い。

それでも――僅かな希望に賭けてみることにした。


「よし、じゃあ早速書きますね」

「はや……。ほんと、行動力が突き抜けてるよな……」


クィアシーナは椅子を机の方へ向き直し、引き出しから便せんを一枚取り出す。


さらさらと、一言一句丁寧に文字を書いていく。

貴族のご令嬢宛ての挨拶文や定型文など、正直よくわからない。

けれども、誠実に。

相手に負担をかけることになる点にも配慮しながら、言葉を紡いでいく。


ほどなくして手紙を書き終え、封筒へとしまう。

その間、リンスティーは後ろから、クィアシーナの様子を静かに見守っていた。


「はい、完了です。査読お願いします」

「まるでどこかの作家と校正者みたいだな」


書きたてほやほやの手紙を受け取り、リンスティーは素直に内容に目を通していった。


「……うん。よく一発書きで、ここまでまとめられたな」

「現状把握と要約は得意なので」


褒められても、謙遜はしない。

なぜなら、それは自分の得意分野だからだ。


反省文を書いていたときにも思ったが、前校であるダントリアス校で学んだことが、こうして今に活かされている。

学びと経験は、本当に無駄にならないものだと、しみじみ感じた。


リンスティーが手紙をそのまま封筒に入れた様子から、

書き直しの必要はないと判断し、クィアシーナはペンを机に置いた。


「じゃあ、これはこっちで預かっとく。明日には出せるようにしておくから」

「ありがとうございます!」


まだ何も動き出したわけではないが、なんとなく一仕事終えた気がした。


クィアシーナがそう感じたように、リンスティーもそろそろお暇しようとしていたらしい。

彼はベッドから立ち上がり、締めくくるように言った。


「……来週からも、まだ今みたいな日々が続くと思うんだけど。また、話をしよう」


また、という言葉に、胸の奥がじわりと熱をもつ。


「もちろんです! 私は伝達魔法は使えませんが、いつでも呼び出してください。

馳せ参じますので」


「うん、ありがと……」


リンスティーがお礼を言うのと同時に、一歩、クィアシーナに近づいた。

クィアシーナも自然と前に足が出る。


以前は躊躇っていたことが、嘘のようだった。


互いに何も言わず、両手を広げ、

同じタイミングで、相手の背中をぽんぽんと叩き合う。


親愛の、ハグである。


「あー……」


抱き合ったまま、リンスティーの喉から声が漏れた。

それは疲労が混じるような、あるいは、まるで何かを噛み締めてるかのような響きに聞こえた。


「どうしました?」

「いや、なんも」


クィアシーナは、リンスティーの胸に埋めていた顔を上げ、

彼の顔を至近距離から覗き込んだ。


我ながら大胆なことをしている自覚はあるが、

それよりも、彼の言いかけた言葉が気になって仕方なかった。


「気になるじゃないですか。言ってくださいよ」


「……」


するとリンスティーは、抱き締めていた腕をそっと緩め、ゆっくりと身体を離した。

そして少しだけ顔を背け、ぽつりと呟く。


「ダンテ以外で、信頼のおける相手がいるってことに……

今さら感動してただけ」


「へ」


今の言い方だと、

ダンテと同じくらい、自分は彼に信頼されているらしい。


突然褒められたような気がして、

急速に恥ずかしさが顔に集まる。


「い、今さらですね……」


「だよな? あ、顔赤くなってる」


からかうような笑顔が、ひどく憎たらしい。


火照った頬に両手を当てながら、

「急にそんなこと言うからです!」と誤魔化すように抗議する。


少し怒った風に言ったにも関わらず、リンスティーはというと、目尻を下げ、口元に手を当てて笑っていた。


「ごめん、でも本心だから」


そう言うと、彼はそのまま、ほんの少しだけ笑顔を引き締める。


「俺、今、ぶっちゃけアイデンティティが崩壊しかけてんだよな。

せっかく“お姉様”が終わったと思ったら、次は王子様役だろ?

しかもガブリエラがいる手前、貴族然としてなきゃならないし。


……でも、ここで息抜きできてるおかげで、この先もなんとかやっていけそうな気がする」


「……」


さっきの声が、少し疲れて聞こえた理由がわかった。


器用な人だと思っていたが、

やはり無理はしていたらしい。


ここで息抜きができているなら、それはいいことだ。

けれど同時に、このまま無理を重ねれば、

いつか倒れてしまうのではないか――そんな不安も胸をよぎった。


心配そうな顔を向けるクィアシーナに、リンスティーは「そんなわけで」と腕を広げた。


「んん?」


――これは……ひょっとすると。


クィアシーナは、嫌な予感に、ささっと、後ろへ後ずさる。

しかし、まるで彼女の心を読んだかのように、リンスティーが答えた。


「おかわりで」

「!!」


本日、三回目のハグである。


クィアシーナは壁際まで下がったものの。

もちろん狭い部屋で逃げる場所もなく。


結局、あっという間に、再び彼の腕の中に捕らえられてしまった。


今日だけで、彼との一日の抱擁回数の記録を更新している。


「本日三回目なんですが」

「これは俺の肉欲だから、ノーカンで」

「……」


肉欲。

いつぞや、自分が口にした台詞と行動を思い出し、

クィアシーナはひそかに後悔した。


(意識するな。彼は疲れて人肌恋しいだけだから)


抱き締められたまま、頭の中で必死に

「私はただの抱き枕です」

と呪文を何度も唱え、気持ちを無にする。


もちろん、抱き締め返すなんてことはできない。


――しかし。


自分の頭に頬が触れる感触に、カッと目を見開き、

呪文はどこかへ吹き飛んだ。


汗がぶわっと噴き出し、身体は心臓の動きすら止まったかのように固まる。


今の自分は、完全に石像と化していた。


腰が抜けるのを通り越したら、人間はカチコチに固まってしまうらしい。

これは新発見だ。


これ以上このままだと、

肺まで石になって呼吸ができなくなるんじゃないか――

そう思ったところで、身体が解放された。


「よし、じゃあ寮に戻るわ」


晴れやかで、どこかスッキリした顔で言われてしまい、

クィアシーナは何も言えなくなった。


「お気をつけてお帰りください。また……学園で」


「ああ、またな」


至って普通のやりとりをして、玄関先でリンスティーを見送る。


パタン、と扉が閉じた。


そのまま何も考えないように、スタスタと部屋へ戻る。

ふうっと息を吐いた瞬間、張り詰めていた身体から一気に力が抜けた。


床に崩れ落ちる前に、なんとかベッドのシーツを掴んで、そのまま前に倒れ込む。


学園での騒動でいっぱいになっていたはずなのに――いつの間にか、最後のリンスティーの行動にすべてを持っていかれていた。


自分の頭に触れた彼の頬の感触を思いだし、身悶えしたくなる衝動に駆られる。

「あーもうっ」と、小さく叫びながら、がばりとシーツに顔を埋めた、そのとき。


ふわりと、嗅いだことのない香水のような香りが鼻をかすめた。



これは――。



「くっそーーーー!!!!


なんでリンスティーさんじゃなくてダン君の匂いが残ってるんだよ!!!」


今度こそ全力で叫んだ。


リンスティーの余韻が消え、熱が引いたのはよかったものの、

がっかりしている自分に、クィアシーナは訳がわからなくなっていた。



よろしければ、ブクマ・リアクション・評価お願いします。更新の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ