74. クィアシーナは、リンスティーに手紙を託す
「そうだ、アリーチェさんに、協力してもらおう」
さも名案だと言わんばかりに言い切ったが、リンスティーはその提案に呆れ交じりで返す。
「アリーチェなんか呼び戻してどうすんだよ。絶対にややこしくなるだけだろうが」
「あの人、リンスティーさんが考えてる五百倍はすごい人ですよ。
ある意味、私の師匠と言っても過言ではありません」
アリーチェが囮役を引き受けてくれたおかげで、貴族主義、ひいては第一王子派の中心人物たちにたどり着くことができた。
自分が後任として生徒会に入ったあと、メンバーたちがクィアシーナのことを忌避せず受け入れてくれたのも、アリーチェを庇えなかったことへの、せめてもの免罪符だったのだと思っている。
もし、彼女が怪我を負わなければ、自分が生徒会に入ることなどなかったかもしれない。
それでも――彼女が残したものは、あまりにも大きかった。
「いつのまに、そんなにアリーチェのことを崇めるようになったんだ?」
「秘密です」
いまは言えない。
彼女とダンテの契約については、自分が他言していいものではないだろうから。
「っていっても、手紙しか連絡手段がないし、平民の私から子爵家のご令嬢に送っても、読んでもらえるかわかりませんが」
「んー、それじゃあ、クィアシーナが書いた手紙を、俺名義で送っておいてやるよ。
それでも読まれなかったら、それまでだけど。返信先は、ここでいいか?」
「はい! ありがとうございます!」
シュターグ公爵家のリンスティーが差出人となれば、子爵家の者も無下にはできないだろう。
伝えたいことは、ダンテの変容と学園の現状、そして力を貸してほしいという要請だ。
アリーチェはすでに聖王国への留学手続きを進めているため、引き受けてくれる望みは薄い。
それでも――僅かな希望に賭けてみることにした。
「よし、じゃあ早速書きますね」
「はや……。ほんと、行動力が突き抜けてるよな……」
クィアシーナは椅子を机の方へ向き直し、引き出しから便せんを一枚取り出す。
さらさらと、一言一句丁寧に文字を書いていく。
貴族のご令嬢宛ての挨拶文や定型文など、正直よくわからない。
けれども、誠実に。
相手に負担をかけることになる点にも配慮しながら、言葉を紡いでいく。
ほどなくして手紙を書き終え、封筒へとしまう。
その間、リンスティーは後ろから、クィアシーナの様子を静かに見守っていた。
「はい、完了です。査読お願いします」
「まるでどこかの作家と校正者みたいだな」
書きたてほやほやの手紙を受け取り、リンスティーは素直に内容に目を通していった。
「……うん。よく一発書きで、ここまでまとめられたな」
「現状把握と要約は得意なので」
褒められても、謙遜はしない。
なぜなら、それは自分の得意分野だからだ。
反省文を書いていたときにも思ったが、前校であるダントリアス校で学んだことが、こうして今に活かされている。
学びと経験は、本当に無駄にならないものだと、しみじみ感じた。
リンスティーが手紙をそのまま封筒に入れた様子から、
書き直しの必要はないと判断し、クィアシーナはペンを机に置いた。
「じゃあ、これはこっちで預かっとく。明日には出せるようにしておくから」
「ありがとうございます!」
まだ何も動き出したわけではないが、なんとなく一仕事終えた気がした。
クィアシーナがそう感じたように、リンスティーもそろそろお暇しようとしていたらしい。
彼はベッドから立ち上がり、締めくくるように言った。
「……来週からも、まだ今みたいな日々が続くと思うんだけど。また、話をしよう」
また、という言葉に、胸の奥がじわりと熱をもつ。
「もちろんです! 私は伝達魔法は使えませんが、いつでも呼び出してください。
馳せ参じますので」
「うん、ありがと……」
リンスティーがお礼を言うのと同時に、一歩、クィアシーナに近づいた。
クィアシーナも自然と前に足が出る。
以前は躊躇っていたことが、嘘のようだった。
互いに何も言わず、両手を広げ、
同じタイミングで、相手の背中をぽんぽんと叩き合う。
親愛の、ハグである。
「あー……」
抱き合ったまま、リンスティーの喉から声が漏れた。
それは疲労が混じるような、あるいは、まるで何かを噛み締めてるかのような響きに聞こえた。
「どうしました?」
「いや、なんも」
クィアシーナは、リンスティーの胸に埋めていた顔を上げ、
彼の顔を至近距離から覗き込んだ。
我ながら大胆なことをしている自覚はあるが、
それよりも、彼の言いかけた言葉が気になって仕方なかった。
「気になるじゃないですか。言ってくださいよ」
「……」
するとリンスティーは、抱き締めていた腕をそっと緩め、ゆっくりと身体を離した。
そして少しだけ顔を背け、ぽつりと呟く。
「ダンテ以外で、信頼のおける相手がいるってことに……
今さら感動してただけ」
「へ」
今の言い方だと、
ダンテと同じくらい、自分は彼に信頼されているらしい。
突然褒められたような気がして、
急速に恥ずかしさが顔に集まる。
「い、今さらですね……」
「だよな? あ、顔赤くなってる」
からかうような笑顔が、ひどく憎たらしい。
火照った頬に両手を当てながら、
「急にそんなこと言うからです!」と誤魔化すように抗議する。
少し怒った風に言ったにも関わらず、リンスティーはというと、目尻を下げ、口元に手を当てて笑っていた。
「ごめん、でも本心だから」
そう言うと、彼はそのまま、ほんの少しだけ笑顔を引き締める。
「俺、今、ぶっちゃけアイデンティティが崩壊しかけてんだよな。
せっかく“お姉様”が終わったと思ったら、次は王子様役だろ?
しかもガブリエラがいる手前、貴族然としてなきゃならないし。
……でも、ここで息抜きできてるおかげで、この先もなんとかやっていけそうな気がする」
「……」
さっきの声が、少し疲れて聞こえた理由がわかった。
器用な人だと思っていたが、
やはり無理はしていたらしい。
ここで息抜きができているなら、それはいいことだ。
けれど同時に、このまま無理を重ねれば、
いつか倒れてしまうのではないか――そんな不安も胸をよぎった。
心配そうな顔を向けるクィアシーナに、リンスティーは「そんなわけで」と腕を広げた。
「んん?」
――これは……ひょっとすると。
クィアシーナは、嫌な予感に、ささっと、後ろへ後ずさる。
しかし、まるで彼女の心を読んだかのように、リンスティーが答えた。
「おかわりで」
「!!」
本日、三回目のハグである。
クィアシーナは壁際まで下がったものの。
もちろん狭い部屋で逃げる場所もなく。
結局、あっという間に、再び彼の腕の中に捕らえられてしまった。
今日だけで、彼との一日の抱擁回数の記録を更新している。
「本日三回目なんですが」
「これは俺の肉欲だから、ノーカンで」
「……」
肉欲。
いつぞや、自分が口にした台詞と行動を思い出し、
クィアシーナはひそかに後悔した。
(意識するな。彼は疲れて人肌恋しいだけだから)
抱き締められたまま、頭の中で必死に
「私はただの抱き枕です」
と呪文を何度も唱え、気持ちを無にする。
もちろん、抱き締め返すなんてことはできない。
――しかし。
自分の頭に頬が触れる感触に、カッと目を見開き、
呪文はどこかへ吹き飛んだ。
汗がぶわっと噴き出し、身体は心臓の動きすら止まったかのように固まる。
今の自分は、完全に石像と化していた。
腰が抜けるのを通り越したら、人間はカチコチに固まってしまうらしい。
これは新発見だ。
これ以上このままだと、
肺まで石になって呼吸ができなくなるんじゃないか――
そう思ったところで、身体が解放された。
「よし、じゃあ寮に戻るわ」
晴れやかで、どこかスッキリした顔で言われてしまい、
クィアシーナは何も言えなくなった。
「お気をつけてお帰りください。また……学園で」
「ああ、またな」
至って普通のやりとりをして、玄関先でリンスティーを見送る。
パタン、と扉が閉じた。
そのまま何も考えないように、スタスタと部屋へ戻る。
ふうっと息を吐いた瞬間、張り詰めていた身体から一気に力が抜けた。
床に崩れ落ちる前に、なんとかベッドのシーツを掴んで、そのまま前に倒れ込む。
学園での騒動でいっぱいになっていたはずなのに――いつの間にか、最後のリンスティーの行動にすべてを持っていかれていた。
自分の頭に触れた彼の頬の感触を思いだし、身悶えしたくなる衝動に駆られる。
「あーもうっ」と、小さく叫びながら、がばりとシーツに顔を埋めた、そのとき。
ふわりと、嗅いだことのない香水のような香りが鼻をかすめた。
これは――。
「くっそーーーー!!!!
なんでリンスティーさんじゃなくてダン君の匂いが残ってるんだよ!!!」
今度こそ全力で叫んだ。
リンスティーの余韻が消え、熱が引いたのはよかったものの、
がっかりしている自分に、クィアシーナは訳がわからなくなっていた。
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