73. クィアシーナは生徒会の現状を聞く
クィアシーナの作った適当なおつまみで小腹を満たしたあと。
二人は生徒会の現状について話し合っていた。
「見回り、ですか」
いつもの椅子に座り、クィアシーナはお茶を一口含んだ。
しばらく重い話が続くことを見越して、お替りができるようポットも机に配置済である。
「ああ。学級委員だけじゃさすがに回りきれないから、新しい規則が馴染むまで、生徒会メンバーも休み時間に交代で見回りをしているんだ。正直、これが一番ツラい」
リンスティーはベッドに腰かけ、疲れた様子で髪を掻き上げる。
平民が貴族にむやみに近づいていないか、貴族がきちんと線引きをして平民に接しているか。
平民が貴族より優先されるようなことがあってはならない。
教師にすら通達があり、彼らにも規則が徹底されているという。
この話を聞くと、教職員よりも生徒会のほうが権力を握っていることがよくわかった。
「全校生徒の名前や顔を把握しているわけじゃない。
貴族も平民も、制服を着ていれば同じ生徒だ。誰が平民で誰が貴族かなんて、一目見ただけじゃわからない。
それを言い訳に、俺ら旧メンバーは大概のやり取りを見過ごしてるんだ」
「確かに、平民でも身なりをきちんとして、丁寧な所作を身に着けている人もいますし、逆に貴族でも粗野に振る舞う人だっているわけですもんね」
「ああ。だが、ダンテとガブリエラは別だ。あいつらは名前や顔はもちろん、一人一人の爵位や平民の親の職業に至るまで、事細かに把握してるんだ。だからこそ、たちが悪い」
「う、うわ~……でも、あんまり意外じゃないってところが、あの二人らしいというか……」
やんごとなき人たちは、どこかの時点で貴族名鑑で貴族たちの名前を覚えさせられるとか、そんな話を聞いたことがある。
だが、まさか生徒に至るまで把握している人物が、身近に二人もいるとは。
変態チートのダンテはさておき、ガブリエラが貴族以外の生徒も把握しているのは意外だった。
「あ、そういえば……」
リンスティーが痛ましい顔を向ける。
「今日のガブリエラの罰則なんだけど……ごめん。
庇えなかった。痛かっただろ?」
クィアシーナは即座に首を振って、全力で否定した。
「いやいやいや! あれは仕方ないです。むしろ、お義兄さんにまで罰を与える彼女にびっくりしました」
あのとき、容赦なく物理的制裁を加えるガブリエラの表情には、何の感情も浮かんでいなかった。
思想に反したから罰した。ただ、それだけ。
そのシンプルさが、余計に恐ろしく感じられた。
「一応言っとくが、あんな風に物理的に罰を与えているのは、今のところガブリエラだけだ。
ダンテに至っても、そこまでのことはしていない。むしろ、もう少し押さえろとガブリエラに苦言を呈しているくらいだ」
「あ、そこらへんはさすがのダンテ会長も、人の心が残ってるんですね」
「いや、物理的制裁はここぞというときに取っておかないと、という考えらしい」
「ブレませんね。まあ、そのへんは前と変わらないか」
指輪に溜まった魔法を、何のためらいもなくブレンダに返したことすらあるダンテだ。
いざというとき、彼は本当に容赦がない。
「生徒たちは、確実に新しい“象徴”となったガブリエラを恐れ始めている。
それもあってか、もともと貴族主義でなかった貴族の生徒の中にも、平民に対して横柄に接する者が、ちらほら現れ始めた」
「ああ……もう、そんなに早く影響が出ちゃってるんですね」
いつかは、そういう者が現れると思っていた。
身分を笠に着て、平民を見下す者が。
いまのところ、クィアシーナの所属する一年Dクラスには、そういった生徒は見受けられない。
だが、そのうち平穏なDクラスにも、影響が及び始めるかもしれない。
「俺には、正直理解しがたい。
身分差がなく、平等であるがゆえにいさかいが起きていたから、身分制度を取り入れたはずなのに――結局、別のいさかいが生まれている。
たった三日でこれだ。この先、貴族と平民の間には、もっと大きな亀裂が生まれるはず……それを、ダンテがわからないわけがない」
リンスティーが今言ったことは、クィアシーナもここ数日ずっと考えていたことだった。
あのダンテが、先を見越していないはずがない。
それなのに、事態は着実に深刻化しつつある。
「やっぱり、精神魔法で意志を歪められてしまっているのか……
それとも、ダンテ会長ですら逆らえない相手に脅されているのか……
もしくは、何か彼なりの思惑があって、今のように振る舞っているのか」
クィアシーナは独り言のようにつぶやいたが、最後の可能性が、いちばんしっくりきた。
彼に、何か考えがあるのだとしたら――?
「今の生徒会でのダンテ会長って、どんな感じなんですか?
業務面では、今までと変わりないんですか?」
「まさか。雑談の類は一切しなくなった。
いまの執務室は、とんでもなく静かだ。気持ち悪いくらいにな。
ルーベントなんかが、懲りずに話題を振るんだが、まったく興味を示さない。
口の端を釣り上げて一睨みして終わりだ」
「あー……想像ついちゃいました。ドンマイ、ルーベントさん……」
きっと、睨まれても『ダンテ、おい、耳が遠くなったのか?』的なことを言って、
『君はどこかに礼儀を置いてきたのかい? 罰則だ』などと視線で返されているのだろう。
――間違いない。
「一応、俺はこれまでダンテのお目付け役的な立ち位置でずっと一緒にいたんだけど……
最近ではガブリエラにベッタリだ。俺としては、義妹に自分の居場所を取られたような気分だよ」
「ガブリエラさんにべったり、ですか。
あの、前にダンテさんから聞いた話では、彼女とは入学後もほとんど交流が無かったと言ってました。これって本当ですか?」
クィアシーナの質問に、リンスティーは頷きをみせる。
「ああ、どちらかと言うと、ガブリエラはダンテよりも第一王子との交流が盛んだったな。
特に、ジガルデさんと婚約が破談になってからはそれが顕著になった」
――ジガルデと、婚約破談。
「ええと? いま、なんと?」
「あれ、ダンから聞いてなかったのか。
ガブリエラは入学と同時に、ブリード家のジガルデさんと婚約を結ぶはずだったんだ」
クィアシーナは目を見開くが、リンスティーは構わず続けた。
「けれど、ジガルデさんの精神状態が不安定で、ブリード家の後継者としても不安視されてしまってな。
結果的に、双方の合意で破談になった。
うちとしては、貴族派のブリード家と中立のシュターグ家が婚姻を結ぶことで、派閥のバランスを取ろうとしていたんだけど」
「……」
(もしかしたら、ダン君はリンスティーさんの義弟になるかもしれなかったんだ……
っていうか、そんな重要なこと、さっさと言えよ!)
ジガルデは昨年度の生徒だから、入学前のガブリエラとは関係がないと思っていたが、まさか学園外で彼女と接触があったとは。
そして、ダンテが療養前と変わったところは、ガブリエラを常に側においていることである。
クィアシーナの中で、やはりガブリエラこそが、これまでの出来事の鍵を握る人物なのだと確信した。
そして、そのことを思い切って口にする。
「リンスティーさんのお身内の話なので、あまりいい気はしないと思うのですが……
ガブリエラさんって、今回の件、かなり黒に近いと思うんです。リンスティーさんはどう思いますか?」
これがダンテなら、間違いなく根拠を求められただろう。
だが、ここにいるのはリンスティーだ。ここはざっくりと質問させてもらうことにした。
「疑いたくはないけど、何かしら今回の件に関わっているのは間違いない。
前に、思うところがあるって言ったのを覚えてるか?
実は――ダンテの療養中に、珍しくカロン殿下ではなく、ダンテに面会を希望していたらしい」
「ダンテ会長に面会?
療養中は面会遮絶で、リンスティーさんでも会えない状況だったんじゃなかったですか?」
「ああ、その通りだ。けれども、ガブリエラは何故かダンテに会うことができたらしい。実家に帰ったとき、本人が食事の席で淡々と語っていた」
「それは不思議、ですね」
一切の面会を許されていなかった療養中の第二王子に、
それまで交流を絶っていた公爵令嬢だけが会うことができた?
何の目的で?
(ダンテ会長の方から、ガブリエラさんを望んだ? いや、まさか)
首を傾げるクィアシーナに、リンスティーが告げる。
「おそらく、カロン殿下が一枚噛んでるのは間違いない」
「あ、確かに……」
ガブリエラはカロン殿下の命でダンテに会いに行った、そう考えるのが一番自然な気がした。
もっとも、その目的まではわからないが。
「そういえば、リンスティーさんは、カロン殿下とも交流があるんですか?
従兄弟同士だし」
ガブリエラと親交のあるカロン殿下だが、
同じ王族の血を引く従兄弟であり、ガブリエラの義兄でもあるリンスティーとはどうなのだろうか。
しかし、その質問にリンスティーは目を伏せる。
「いや、俺は彼とはほとんど会話をしたことがない。カロン殿下は俺のことを視界に入れるのも嫌がってたからな。ダンテが気まぐれに俺のことを王宮に置くようになってからも、向こうは徹底的に俺のことを避けていた」
「そうなんですね……」
リンスティーの母親は平民だ。
強い選民意識を持つカロン殿下からすれば、平民の血が混ざるリンスティーと従兄弟だということが許せなかったのかもしれない。
リンスティーを通じてカロン殿下に接触を図ることは、期待できそうもなかった。
「現時点で、まだ貴族主義の思想に囚われてない者の中で、カロン殿下にお会いできる可能性がある者がいるとすれば、ダンくらいじゃないか?」
「なるほど……彼に会うのはそれほどハードルが高いんですね」
「ああ、だから、内情を探るとなれば、同じ学園にいるダンテかガブリエラの二人しかない。ただ、今のところ対話による解決は不可能と考えていたほうがいい。
俺の話すら、二人は聞き入れてくれない」
「……」
これまで、一番身近で信頼を寄せてるリンスティーでさえ、ダンテは遠ざけているという。
(他に、誰か……)
「生徒会メンバーのみなさんは、ダンテ会長とはどんな感じなんですか? 誰も彼に噛みついたりしてないんですか?」
「恐ろしいほどみんな従順だよ。
ルーベントは苦言をダンテに言いつつも、マイペースに仕事をしてるし、アレクシスもガブリエラが女子だから従わざるを得ないんだろうな。やんわりと交わしながら、のらりくらりとやってる」
二人の話を聞いて、クィアシーナは(なんだか想像つくなぁ)と納得した。
ルーベントに至っては仕事の要領こそ良くないが、憎めない性格ゆえに、ダンテもガブリエラも強く出られないのだろう。あるいは、絡むと面倒になるから、あえて触れないのかもしれない。
アレクシスについても、なんとなくそうなるだろうと思っていた。
彼は、身分に関係なく女の子は平等だと考えている。その中の一人に、ガブリエラも当然含まれている。
だからこそ今は、彼女を理解しようとしている段階なのかもしれない。
「二年の三人はどうですか?」
彼らはダンテが暴走を始めたら、内部から止めると言っていたが……
「ドゥランは相変わらずだな。見回りに行ってくると言っては姿を消して、サボってる。
ビクターは要領がいい。表向きはダンテやガブリエラの方針に従っているように見えるが、裏では貴族派が助長しないよう、いろいろ動いてるみたいだ」
そこで、リンスティーが言葉を途切れさせた。
「あれ、マグノリアンさんは?」
マグノリアンのことを語ろうとしないリンスティーに、クィアシーナが疑問を投げる。
「……マグノリアンは、もしかしたら、生徒会から離脱するかもしれない」
「えっ!?」
あまりにも唐突な内容に、思わず耳を疑った。
「マグは、前会長ジガルデのときも、同じように命令に従って……実家から一時的に勘当された。
そのときの経験があったから、今回はとことん反発しようとしたんだ。
ダンテとガブリエラを相手に、彼なりの信念をぶつけた」
真正面からぶつかりに行くところは、彼の美徳であり、同時に大きな短所でもある。
今回の場合、相手が悪すぎた。
「結果、今は学則に反して目上の者に逆らったとして、三日間の停学処分を受けている。
しかも、謹慎明けに反省の余地がなければ、生徒会から外すという警告付きだ」
「そんな、少し大げさじゃないですか?
思想に反するだけで処分なんて、独裁的すぎる気がします」
「そうだな。この処分を言い渡したとき、俺たち他の生徒会メンバーも全員一緒にいたんだが、ガブリエラからその場でこう言われたんだ。
『意識改革できないメンバーは不要。他のみなさんも例外ではございません。ご留意なさいませ』」
「どこまでも意思の統一にこだわるんですね……恐ろしい」
ガブリエラの言葉からすると、彼女が目指すのは意識改革による思想の統一だ。
同意できない者は生徒会を去り、場合によっては学園をも去るべき、ということだろう。
そして、そんな彼女を象徴として生徒会に置いているのは、他ならぬダンテだ。
つまり、彼女の意思は、ダンテの意思ということになる。
彼の最終目的は、何なのだろうか。
「少し……整理させてください」
クィアシーナは、いま抱えている疑問を口に出すことで、こんがらがった問題を一つずつ解消しようと思い至る。
「ダンテ会長は、『身分差を無くしたことによる諍いをなくすため』、身分制度を学園に取り入れた。
その目的は『生徒たちの平穏』にある……はず。
ガブリエラさんは、その身分制度の象徴として連れてこられた。
そして彼女は、『身分差は絶対的なもの』として、生徒の思想を塗り替えることが目的……?」
「じゃあ、思想を塗り替えた先にあるのは?
彼女が目指している最終的な目標は、なに?」
ほとんど独り言のように、クィアシーナは問いかけを繰り返す。
もちろん、答えなどない。
すべて自分の推論を口にしているに過ぎない。
けれども――そこから、何かが見えてきそうな気がした。
「ガブリエラの目的が、カロン殿下の意思の実現だとしたら……?」
それ以外、考えられないほどに、つじつまが合う気がした。
「いまクィアシーナが言ってくれた話を聞くと、今回の騒動はジガルデさんのときと同じで、カロン殿下が裏で手を引いている……ということになるな」
「ええ。ですが、そのことと、ダンテ会長との繋がりが見えてきません。
本当、療養中に彼らの間で何があったのか……」
結局のところ、そこで行き詰まってしまう。
三人の誰かと話せる機会でもあれば、何かが変わるのかもしれないが。
二人の間に、沈黙が落ちる。
(こんなとき、あの人だったらどうするんだろうな……)
自分の前任である、破天荒で、誰の意思にも左右されなさそうな彼女。
アリーチェであれば、どうにかダンテと接触し、現状を打破していたのだろうか。
「あ」
そこまで考えて、ふと思いつく。
「そうだ、アリーチェさんに、協力してもらおう」
いっそのこと、一時的でいい。
彼女に復学してもらえばいいのだと。




