70. クィアシーナは、男友達に頼られる
反省文を反省文回収ボックス――あまりの枚数の多さに委員長の机が紙で溢れかえり、手作りしたらしい――に入れて、雛型までをマリアの席へと戻す。
ようやく、帰路につける。
生徒会が終わる時間より大分早い。
リンスティーが来るまでに帰って、部屋を片付けておきたかった。
教室を出て、校門までの道のりを少し早足で歩く。
新聞部やファンクラ部だけでなく、どの部活も活動を制限されているのだろう。校内に残っている生徒の姿は、全体的に少なかった。
そのことに寂しさを覚えながら校門をくぐると、意外な人物が自分を待ち伏せしていた。
「おい」
腕を組み、尊大な態度で声をかけてきたのは――、
「ダン君? お疲れ様」
クィアシーナの気軽な受け答えに、彼は露骨に眉をひそめた。
ダン・ブリード。
かつて自分を階段から突き落とそうとし、失敗して足を骨折した、うっかりボーイである。
ジガルデ前会長の弟であり、由緒正しきブリード公爵家の次男でもあった。
もう歩けるようになったのか、と思ったが、右手にはしっかりと杖が握られている。
「おまえ……相変わらずだな。今の態度を誰かに見られでもしたら、即罰則だろうが」
「はは、だね。しかもダン君も連帯責任なんでしょ。馬鹿みたい。ここは校門の外だから、関係ないよ」
学園を一歩出た先は、ラスカーダ国の法に則った世界だ。
学則など通用しない。
――もっとも、公爵家の坊っちゃんになんて口を利くなと思われそうなものだが、ここには二人しかいない。
だから、これまで通りの態度で接した。
「まあ、そこは僕も同意だ」
「それで何? まさか、私のこと待ってたの?」
これまで、彼にはどちらかというと避けられていた。廊下でまれに会っても、飛び上がって逃げていくような避けっぷりである。
クィアシーナは、彼に殺されかけたという弱みを握っている。
それを元に『平和的解決』で対処した結果だった。
そんな彼が、自分を待っていたなどあり得ない。
そう思いつつも、貴族の人間との懐かしいやり取りに、つい軽口を叩く。
「そのまさかだ」
「は? え、なに。
また性懲りもなく絡んできてんの?
私、生徒会辞めたから、構っても仕方ないと思うんだけど」
予想外の答えに、クィアシーナは顔を顰めた。
「生徒会だとか、そんなのは関係ない。
おまえだからこそ、頼みたいことがある」
“頼みたいこと”と言われ、少し身構える。
――クィアシーナに、誰かへのお礼参りでも依頼したいのだろうか。
それとも、貴族主義の連中を摘発しまくって何人かを停学に追い込んだ件で、彼らの謹慎を解いてほしい、とでも言うつもりなのか。
「ここじゃ話せない。とりあえず、うちの馬車に乗ってくれ」
「馬車!?」
有無を言わせない口調でそう言うと、クィアシーナの腕を逃がすまいと力強く掴み、そのままずんずんと歩き出してしまった。
まだ怪我は直っていないはずなのに、その足取りはやけに速い。
(これまた、立派な内装ですこと)
ブリード公爵家の馬車へと押し込まれ、扉が閉められる。
どうやら停車したまま中で話すらしく、動き出す気配はない。
「おまえ、これまで数々の学校の不正を正してきたんだろ?」
「え゛」
「おまえのことが紹介されてる新聞のバックナンバーを読んだ」
あの、特大大盛りに盛られた記事を――
どうやら今さらながら、目を通したらしい。
「あれは、ライターの人が誇張しただけで、実際そんな大したことしてないよ」
「いや、現にこの学園でも、僕たち貴族主義の者が手を出しても、前任のアリーチェ以上に鮮やかな手つきでいなしていったわけだし」
ダンに限っていえば、彼が勝手に自爆しただけである。
ブレンダに至っても、クィアシーナは何もしていなかった。
「僕は、そんなおまえだからこそ、頼みたい。今の学園を変えてくれ」
「……は?」
「貴族主義の僕が言うのもなんだが、今の学園は……ひどく居心地が悪い」
その言葉に、クィアシーナは眉をひそめた。
貴族主義の筆頭である彼にとって、今はむしろ理想的な環境のはずだ。
それなのに、なぜ「居心地が悪い」などと言うのだろうか。
「僕は……ダンス部に入っているのだが……
そこでは、いわゆるイジられキャラだった」
「んんっ!?」
突然のカミングアウトに、クィアシーナから思わず変な声が漏れる。
「自分で言うのもなんだが、僕はそれほどダンスがうまいわけではない。むしろ、練習したくて入部したくらいだ。
だが、身分だけは部内で一番だった。
最初は、その身分を盾に尊大な態度をとり、出来ない自分を隠そうと虚勢を張っていた。
だがあるとき、どうしてもうまくいかないことが続いてしまって……
恥を忍んで素直に教えを乞うてみたんだ。
そしたら、それ以来、部員たちは皆、僕のことを『ツンデレ』と呼び、やたらと世話を焼いてくれるようになった。
ダンス部には平民も多数在籍している。
けれど、そんな身分差など関係なく、彼らは皆、優しかった。
平等を謳うこの学園でなければ、きっと出会えなかった仲間たちだ」
ツンデレという単語に意識を持っていかれ、クィアシーナの思考は一瞬停止していた。
確かに、それまでふんぞり返っていた公爵家の坊っちゃんが、突然態度を軟化させれば、構いたくもなるだろう。
部員たちの気持ちは、よくわかる。
「でも、今週になって新しい学則が発足してから、すべてが変わってしまった!」
クワッと目を見開き、叫ぶようにして訴えた。
「僕は、身分だけは高いから、こちらから話しかけないと、誰も構ってくれないんだよっっ!!」
(ツンデレで、しかも構ってちゃんだったのか……!)
「僕が平民の部員に気軽に接すると、身分差を意識しろと罰則を言い渡される。
そのせいで、迂闊に声をかけることすら出来なくなった。
……今のダンス部の雰囲気は、正直言って異様だ。パートナーも自由に選べない」
ダンの話から、クラスの中だけでなく部活動においても、厳格に身分差を意識させられていることがわかってしまった。
「ちなみに、反省文の数は……」
「たぶん、百枚以上は提出している。しかも、話しかけたほうも話しかけられたほうも、互いに罰則を受けるんだ。
そのせいで、みんな僕が近づくと、あからさまに避けるようになってしまって……」
「あれ? でも、高位貴族から話しかける分には、問題ないんじゃないの?
現に私も、貴族の友達から話しかけられて、普通に会話したけど」
「みんな、僕の行動を見ると、思わずツッコミを入れたくなる衝動に駆られるらしい。
その結果、連帯責任で反省文を、恐ろしいほど書かされた。
……それで、誰も僕と目を合わせることすらしなくなってしまったんだ」
それほどツッコミを入れたくなる行動をとれるダンは、きっとただ者ではないに違いない。
「お願いだ。おまえはこれまで、正義のヒーローのように学校の秩序を守ってきたんだろ?
この学園も、おまえの手で元の形に正してくれないだろうか。この通りだ!」
「いや、学校の秩序はこれまで一度も守ったことないんだけど……」
そこまで言って、クィアシーナは、
「あ、今自分もダンにツッコミを入れたわ」と思った。
「そんなことを言わないでくれ!
このままじゃ学園は崩壊する! みなのストレスで!」
「う、うん……。確かに、ストレスで崩壊しそうではあるよね……」
先ほどから、めちゃくちゃ頼られているが、むしろ自分で同じ貴族派のガブリエラにひと言物申すのが、一番手っ取り早いのではないだろうか。
顔が付きそうなほど身を乗り出していたダンを、手で「どうどう」といなしてから、クィアシーナは提案を口にした。
「ええとさ。
新しく副会長に就任したガブリエラさんって、ダン君と身分的には同じ公爵家で、同じ派閥で、しかも同じSクラスなんでしょ?」
クィアシーナの言葉に、ダンは先ほどまで前のめりになっていた体を元の位置に戻し、こくんと一つ頷いた。
「だったら、ダン君が直接あのご令嬢に学則を緩めるようお願いするか、
それともダンテ会長に嘆願してみたら?」
「そ、そんなこと!
すでに試してみたに決まってるだろう!?」
「あ、ちゃんとやることやってたんだ」
なんとなく、人にやらせることに慣れていそうな印象があったので、自分では動かないと思っていた。
クィアシーナは少しばかり、彼のことを見直した。
「僕が、『今の学則は間違っている!』と、みんなの前で必死に訴えたのに……
『では、間違えていると思う根拠をお聞かせ下さい』
『あなたが言っているのは感情論のみ。論理性がまるでございません』
『学則に添えないなら、停学処分となりますが、よろしくて?』
――こう言われてしまったんだ。結局、反省文を提出する羽目になった……」
「ダンテ殿下に至っては、御目通りすら叶わなかった……」
(論理武装、下手そうだもんな……)
おそらく、相手もダンの弱点を見抜いて突いてきたのだろう。
それにしても、ダンテは会ってもくれなかったのか。
「じゃあ、次はちゃんと論理性をもって話せるよう、カンペでも持っていけば?
台本があれば、喋れるでしょ」
「それも既にやった! そして、結果は追加の反省文だ!!」
なんと……。
彼はそれすらやっていたらしい。
結果は聞かなくても、わかったが。
「僕の友人や先輩たちも、ガブリエラ嬢に申し入れをしたが、全て却下されてしまった。
――正攻法ではダメだ。別の方法を考えないと。
そこで、おまえのことを噂で聞いて、頼ることにしたんだ」
「噂?」
「? 今日、裏で配られていた新聞を読んでないのか?」
「え、何それ!? 新聞部って今、活動停止処分を受けてるんじゃあ……?」
「だから、裏でこっそり配られてるんだ。バレたら即廃部になるだろう。
それで、昨日の記事にはおまえのことが書かれていた。
『元庶務で正義の象徴ともいえる彼女が、この学園の救世主となるか――』
……といった内容だったかな」
クィアシーナは、その記事の内容に、白目を剥いて倒れそうになった。
いつ、自分は正義の象徴になったのだろうか。
記事を読んだ者たちも、きっと「そんな人、いたっけ?」と首を傾げたに違いない。
あまりにも持ち上げすぎな内容に、間違いなくラシャトが書いた記事だと悟る。
(反省文を書いてもいい。
週明けは、ラシャトさんに文句を言いに行かないと……!)
「――ちなみに、その記事、今持ってる?」
「いや。内容が内容なだけに、持っていることがバレたら罰則を受けるだろうから、すぐ燃やして捨ててしまった」
「そう……」
間違いない。
新聞を読んだ者の目には、自分は今の生徒会に敵対する存在として映るに違いない。
いや、確実にそうだろう。
その新聞の内容が、ダンテやガブリエラに知られてしまったら……。
(言い訳は聞き入れてくれなさそうだし、最悪、退学処分で済むといいなぁ……)
「お願いだ。引き受けると言ってくれ!」
「新聞が盛りすぎてるだけだよ。偶像化しすぎ。
平民で、ヒエラルキー最下層の私には、何もできないって」
「そんなことはない!
もし引き受けてくれるというなら、僕のとっておきの情報を教えてやる」
「と、とっておきの情報?」
クィアシーナの動きが止まる。
ラシャトのリストの、貴族主義の筆頭三家に名を連ねていたダンからの“とっておきの情報”。
――なんて気になる餌を持ってきたのだろうか。
「ああ。だが、教える前に、改革を引き受けると宣言してくれ。それが交換条件だ。
それに、おまえがうんと頷くまで、僕はここからおまえを逃がす気はないぞ」
「それは困るな……。
私、今日は早く家に帰らないといけないんだよ」
これからリンスティーが家に来るのだ。
早く帰って部屋を片付けたい。切実に。
でも、情報は欲しい。
でも、改革なんてできる気がしない。
どうしようかと頭の中を散々いったりきたりした結果、
「いったん、返事を保留にしてもいい?」
考えるのが面倒になり、返事を引き延ばした。
けれども、「ダメだ!」と瞬時に断わられてしまった。
分かってはいたが、残念である。
「今日だって、一人でいるおまえをここで捕まえられたのは奇跡だと思ってる。
こんなチャンス、今日を逃したら二度と訪れないだろう」
「いちいち大げさだなぁ……」
クィアシーナは腕を組み、どうしようかと思案する。
このままだと、夜になってもここから出られない気がした。
再度考えた末、クィアシーナが出した結論は、
「わかった。今から私の家に一緒に来て。返事はそれから」
形を変えて、返事を先延ばしにしたのだった。




