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66. クィアシーナ、契約中身を暴露する

「ねえ、シーナ」


重く沈んだ教室に、ビクターの声が響いた。


その呼びかけに応えるように、クィアシーナはゆっくりと顔を上げる。


「君は、ダンテ会長と『契約』をしていたって言ってたよね。

それが何なのか……僕らにも、もう少し詳しく教えてもらえないかな?」


「え……」


思わず、言葉に詰まる。


「確か、契約で庶務を引き受けたって言ってたと思うんだけど、違う?

どうして、そんなことになったの?」


――やはり、この人はいちいち鋭い。


アリーチェの件も、薄々勘づいていた節があった。

この場にいる誰よりも、状況を静かに観察している。


(……隠し事は、できなさそうだ)


クィアシーナは、話してもいいものかと一瞬だけ思案する。


けれど、今やその契約はすでに破棄されている。

そうであれば、守秘義務も存在しない――そう判断し、ゆっくりと口を開いた。


「契約は――私と、ダンテ会長、そして学園長だけの秘密でした。初日に、リンスティーさんにも共有されてしまいましたけど」


クィアシーナの言葉に、三人は口を挟まず、ただ黙って耳を傾ける。


「最初に提案された内容は……

『アリーチェさんの事件の犯人を確保するまで、生徒会役員として“囮”になること』でした」


「な、冗談だろっ……!」


思わず、マグノリアンの喉から声が漏れる。


だがクィアシーナは、それを制することもなく、静かに言葉を継いだ。


「平民である私が生徒会役員に異例の抜擢を受ければ、必ず反感を買う。

それも……アリーチェさん以上に」


視線を落とし、淡々と続ける。


「その反発や悪意を利用して、犯人を炙り出す。

――そういう目的でした」


沈黙が、重く場を満たす。


「もちろん、最初は断りました」


小さく息を吸い、正直に告げる。


「でも……事件解決後に褒賞を出すと言われて。

それで、私は――二つ返事で引き受けてしまったんです」


言い終えた瞬間、三人の表情が固まった。


マグノリアンは言葉を失い、

ドゥランは表情こそ変えないが、それでも僅かに目が見開いていた。

何かしら勘付いていたビクターでさえも、額を抑えている。


「いろんな嫌がらせを受けても平然としてたのって……」


ビクターの呟きに、クィアシーナは肩をすくめる。


「こちらからすれば、餌が釣れた、という程度の認識でしたから。

それに、ダンテ会長からは魔法を吸収する防具を、学園長からは命に関わる危機に瀕した際に発動する魔法具を貸していただいています」


「ほんと、シーナってタフというか……なんというか……」


どこか引いた様子で感想を述べるビクターの横から、ドゥランが静かに口を挟んだ。


「契約の内容は理解しました。

それで――結局、犯人は特定できないまま、ダンテさんから契約を破棄されてしまった。

その認識で合っていますか?」


クィアシーナは深く頷いた。


「……残念ながら、はい」


一拍置いてから、続ける。


「この契約の破棄についても、実は、私は納得がいっていないんです」


三人の視線が、自然と彼女に集まった。


「ダンテ会長は、アリーチェさんを害した犯人に、憎しみに近いほど強い感情を抱いていました。

必ず証拠を掴み、罪を償わせる――そう本気で考えていたんです。

だからこそ、私を使って再犯を誘おうとしていました。

それなのに、その目的を放棄する形で、契約を破棄してしまった」


「さらにいえば……この囮作戦自体、彼の“趣向”の一つでもありました。

アリーチェさん事件以外の犯人については、すでに証拠を押さえていたにもかかわらず、

それでも私に、一連の事件の犯人探しをさせようとしたんです」


クィアシーナは自嘲気味に息を吐く。


「自分で言うのもなんですが……私は、彼の暇つぶしのために、

学園長が適当な人物を充てがってまで抜擢された存在でした。


期間内に事件を解決できなければ、ペナルティとして、

彼の卒業まで彼の仕事を請け負う――

そんな条件まで、契約には含まれていたくらいですから」


視線を伏せ、彼女は静かに結論づけた。


するとマグノリアンが、今度こそ身を乗り出して声を上げた。


「おまえ、なんでそんな重要なことを一人で抱え込んでたんだよ!

もっと周りを頼れよ! 同じ庶務として一緒に仕事してたのに……

そんなこと、全然気付けなかったじゃないか」


悔しさを滲ませた表情を真正面から向けられ、

クィアシーナは困ったように、苦笑を返す。


「みなさんに知られてしまったら、囮の意味がありませんからね」


そう言って、少しだけ視線を落とす。


「それに……突然、降って湧いたように現れた私に、みなさん本当によくしてくれて。感謝しかありません」


クィアシーナがこれまでの感謝を述べたところで、しばらく考え込んでいた様子のドゥランが口を開いた。


「クィアシーナさんの契約内容を聞く限り、確かにダンテさんが突然契約を破棄したことには、納得がいきませんね。

私の知っている彼であれば、そのまま契約を続行し、クィアシーナさんがペナルティを受けるよう仕向けたはずです。

そして、自分の都合のいいように使う……そんな人物でしたから」


「確かに、ダンテさんならそうしそうだな……。なんだかんだで人使い荒いし、腹黒いし」


「きっとシーナをこき使って、楽しもうと考えてたんだろうね」


酷い言われようだ。

しかし、みんなよく彼の人柄を理解している。


「あと、もう一つ引っかかることがあるんです。

せっかくですし、この際だから言っちゃってもいいですか」


クィアシーナは、ついでと言わんばかりに話を聞いてもらうことにした。


「もちろん、教えて」


ビクターに促され、ゆっくりと口を開く。


「これまでの数々の私への嫌がらせ――アリーチェさんの件も含めて――主だったものは、貴族主義の方々からのものでした」


「リンスティーさん曰く、第一王子派の派閥に属する方々です。彼らの狙いははっきりとしてません。


けれども……ここからは私の憶測になりますが。

事件を起こすことで、ダンテ会長に対する不信感を募らせ、彼の評価を下げようと、画策していたんだと思います。

学園内での地位を揺らがすことは、王太子候補として不利に働くから」


クィアシーナの暴露に、三人は息を呑む。


「アリーチェさんの事件の犯人は、私にはまだ分かっていません。

ただ、同じく貴族派の方々の犯行だと思っています」


「そして、ダンテ会長は彼らのことは把握していた――

残すはアリーチェさんの犯人の証拠を掴むだけだったはずなのに。

それなのに今さら、貴族主義に寝返るような行動を取っている……

これって、とんでもない矛盾じゃないですか?」


「確かに……おかしいですね」


ドゥランが首を傾げながら同意する。


「ですよね。本人の学園内での地位も、政治的な立ち位置さえも左右するような行動を、あの狡猾で計算高い彼が軽々しく取るとは思えません」


「だからこそ、私は信じたいんです。今のダンテ会長の行動にも、何か意図があると。

――たとえこの予想が外れていたとしても、もう、彼には裏切られているから。

これ以上裏切られて、傷つくこともありませんし」


クィアシーナは、今できる精一杯の笑顔を三人に向けた。

その痛々しい笑顔に、三人は視線を逸らさざるを得なかった。



「それで、三人は今後どうされるんですか?

このまま、生徒会に残るんですか?」


クィアシーナは、単純な疑問を三人に投げかける。

その問いに、マグノリアンが、決意を固めたような顔で告げた。


「ああ、俺たちはそのまま続投するつもりだ。

もしあの人が暴走するようなことがあれば、役員のままでいるほうが止めやすいからな」


「もしかしたら、ダンテさんがすぐに目を覚ます可能性だってあるしね」


ビクターは、わずかでも望みをかけているようだ。


「でも最悪、またジガルデ前会長のときのように、ダンテさんの罷免を請求することになるかもしれません。

そのときには、クィアシーナさん、お力を貸してください」


ドゥランの言葉に、クィアシーナは戸惑いの表情を見せる。


「え、私ですか?

残念ながら、力になれることなんて、ほとんど……」


自分にできることは、署名するくらいのものだ。


「あなたが、ダンテさんの不在時に着々と貴族主義の方々を抑えていたことは知っています。

私、よく姿を消して校内でサボ……パトロールしているので、何度か助けに入ろうとしたことがあるんですが。

クィアシーナさんは、面白いくらい自分でなんとかしてしまうので、私の介入する余地はありませんでした」


「え、見られてたんですか!? 恥ずかしい!」


「あ、そこは恥ずかしがるんだ」


ビクターが小さくツッコミを入れる。


「特に、私たちと同じクラスのイグナート・ストーンとの決闘は目を見張るものがありました。

暴力には暴力を、まるで目には目を、歯には歯をといった雑さでイグナートをいなし、舎弟にする瞬間には感動を覚えたほどです」


「いや、舎弟にしてないし、誇張しすぎですよ」


真面目な説明であっても、相変わらずドゥランは要所要所で表現が独特である。


「それでも、あなたの行動力は素晴らしいものだと思います。

今後、絶対に力になってもらうことになると思うので、心積もりだけはしておいてください」


「……」


「シーナ、僕らはまだ仲間だよ」


「ああ、おまえは生徒会の一員だ。絶対、戻ってきてほしい」


「私も、ガブリエラさんは……いけ好かない、失礼、苦手なので、早くクィアシーナさんに戻ってきてほしいです」


「なんだか、ちょっと照れますね……」


「それに、リンスティーさんが庶務とかさ。冗談だろ。

あの人、オールマイティだから何でもできるだろうけど、正直宝の持ち腐れだ」


「『庶務に“降格”』って、言われてたよね。あのとき、僕、実は笑いそうになっちゃったんだよ」


「俺は内心ブチ切れてたよ! 降格ってなんだよ、降格って!」


「はは、私たち雑用係ですもんね」


(――間違えた、私はもう違うんだった)


しかしその言い間違いを、マグノリアンはしっかりと聞いていたらしい。


「ああ、俺たちは雑用係だよ」


優しい声でそう告げられ、クィアシーナは今度こそ笑顔を取り戻した。




その後、あまり遅くなると怪しまれるということで、その場は解散となった。

体調が優れなかったクィアシーナにとっても、ちょうどよかった。


転校してきてから、こんな時間に家へ帰るのは初めてかもしれない。

真っ直ぐ帰宅することなど、ほとんどなかった。転校してからというもの、毎日のように生徒会館へ通っていたのだから。


(変な感じ)


クィアシーナは制服のままベッドに突っ伏すと、ほどなくして夢の中へ旅立っていった。



旅行中のため、続きは2/18か19に投稿します。

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