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65. クィアシーナ、先輩からその後の話を聞く

昼休みから教室に戻ると、すぐに本鈴が鳴り、授業が始まった。


お昼を食べ損ねてしまったが、たとえ時間があったとしても、きっと食事は喉を通らなかっただろう。

精神的なショックと、週末にひいた風邪がここへ来てぶり返したのか、先ほどから頭がぼんやりとしている。

もちろん、授業の内容など、まったく頭に入らなかった。


休み時間になり、様子のおかしいクィアシーナに、ララとマリアが心配そうに声をかける。

けれども、先ほどの件を口にしたら、きっと、泣いてしまう。

午後はまだ授業が残ってる。

なので「大丈夫」とだけ口にして、残りの時間は机に突っ伏して目を閉じていた。



放課後になると、本格的に熱が上がってきたらしく、明らかに身体が怠くなっていた。

もう生徒会館へ行く必要もなくなった今、少しでも早く家へ帰ろうと席を立つ。


その瞬間――


頭の奥に、伝達魔法が流れ込んできた。


――ドゥランだ。


『いますぐ、旧校舎の一番奥の備品庫に集まってください。二年は、これから向かいます』


(旧校舎?)


クィアシーナは転校してきてから、まだその場所に足を踏み入れたことはなかった。


かつて授業が行われていた校舎は、いまは倉庫代わりに利用されているという。

創立祭の前になると、備品の出し入れのため、よく出入りするようになると、マグノリアンから聞かされていた。


あのまま庶務として籍を置いていたなら、自分も立ち入ることがあったかもしれない。

――もう、自分には関係のない話だけど。



部外者の自分に、今さら何の用があるのか。


考えられることはたくさんあるが、全てはみんなに会ってからだと、いったん思案をやめる。


……思ったよりも体調が悪いらしい。


クィアシーナは足元の覚束なさを誤魔化すように、ゆっくりと旧校舎へ向かって歩き出した。





初めて足を踏み入れた旧校舎は、埃っぽく、それでいてどこか懐かしい空気をまとっていた。


一階の廊下を真っ直ぐ進み、指定された奥の教室の扉を開ける。


部屋の奥には備品が収められた棚が並び、反対側のがらんとした空間には、簡易椅子に腰掛けた二年の三人――ドゥラン、ビクター、マグノリアンの姿があった。


一つだけ、席が空いている。


「お待たせしました」


クィアシーナも、用意されていた席に着く。

どうやら、三年はこの場には同席しないらしい。


「シーナ! 大丈夫……な訳ないよね」

「顔色、良くないですね」


ビクターとドゥランが、開口一番に心配そうな声をかけてくる。

マグノリアンは言葉を挟む間もなかったのか、ただ静かにクィアシーナの様子を見つめていた。


「大丈夫です。ありがとうございます。

でも、なるべく手短にお願いします」


椅子に座ったことで、少しだけ身体が楽になる。

それでも頭の奥はぼんやりとしていて、長居はできそうになかった。


「わかりました。ダンテさんの件について、クィアシーナさんにも情報を共有しておこうと思い、ここに呼びました」


「さすがに三年まで呼んだら、同じクラスのダンテさんに怪しまれると思ってさ。だから、俺たち二年だけにしたんだ」


「……」


情報共有と言われても、もはや自分には関係のない話ではないだろうか。

庶務を解任され、契約も無効となった。

すでに、自分は役員ではなく、一生徒に過ぎない。

そんな自分のために、わざわざ時間を作る必要があるのだろうか。


「シーナが去ったあと、ダンテさんは特に怒ったりはしてなかったよ」

「みんなも何事も無かったように振る舞うようにしたんですが、心の中では良くやったと拍手喝采だったように思います。スタンディングオーベーションでした」

「怒ってなかったんだ……。

あ、でも報復が怖いですけどね。退学だけで済んだらいいなぁ」


クィアシーナがぽつりとぼやくと、なぜかマグノリアンが怒ったように声を荒げる。


「おまえまで退学なんて、冗談じゃない!」


勢いよく言ったあと、はっと表情を変え、照れを隠すように小さく付け足す。


「……庶務は曰く付きだと思われるだろ」


「え、そっち? 私の心配じゃないんですか?」


マグノリアンのツンデレぶりに、久しぶりに僅かな笑みがこぼれる。


「報復はないと思いますが……ただ、明日から学園はガラリと変わることになるでしょうね」


ドゥランが話を戻し、クィアシーナが去った後の応接室での出来事を語り出した。


「あの後、“模範”行為について、ダンテさんから説明がありました」


自分には聞かせてもらえなかった内容だ。

クィアシーナは静かに耳を傾ける。


「生徒たちの、意識改革をしていくそうです」


「意識改革、ですか?」


抽象的な言葉に、今ひとつ何をするのかが見えてこない。


「まず、彼が宣言したとおり、この学園での身分は平等という原則から変える。

学園外と同じく、身分差は絶対で、目上の者には向こうから赦しを得るまで、自ら話しかけてはならない。

もちろん、敬称は必ず付けること」


「学園の方針、ガン無視ですね。

いっそのこと学園長に一喝してもらえないんでしょうか」


「それが……彼は周到にも、学園長を引きずり降ろすよう理事に手を回していました。

これまでのアリーチェさんの事件や爆破騒ぎを生徒だけの問題にしていた責任について問われ、理事会で続投が審議されているそうです」


「……!」


まさか、そこまで本気で改革をしようと動いていたとは。


「おそらく、創立祭やその他の行事はすべて廃止になります。

彼の掲げる思想は、完全なる身分社会。

平民と貴族が手を取り協力し合って行う行事など、不要の産物ですからね」


ドゥランの言葉を引き取るように、ビクターが続ける。


「ダンテさんは、こうも言ってたよ。

この学園はそもそも“学びの場”であり、その運営のほとんどは貴族の寄付金によって成り立っている。

だから――貴族と肩を並べる場を提供して“もらっている”ことに、平民の生徒たちは、自分たちがどれほど恩恵を受けているのか自覚すべきだ、って」


「そんなの、みんな知ってますよ。

それに、私たち平民だって少なからず学費は払ってるし……そこを責められても」


クィアシーナは、頭痛が風邪のせいなのか、それともダンテの馬鹿げた思想のせいなのか、わからなくなってきた。


思わず額に手を当てる。


その様子を見ながら、マグノリアンがぽつりと呟く。


「俺は……はっきり言って、怖い」


声のした方を見ると、彼はわずかに顔色を悪くしていた。


「今日の昼の、あの応接室での会議……

まるで、俺たちが一年のとき、初めて招集をかけられた――ジガルデ前会長のときの会議を思い出した」


「……それ、僕も思ったよ」


「私も、です。ダンテさんに、彼の面影を感じました」


前会長ジガルデ。

彼は選挙に当選した直後、突如として方針を転換し、貴族優位の学則を次々と制定した人物だ。

その強硬な姿勢は、やがて貴族を含む多くの生徒の反発を招き、最終的にはその座を引き摺り下ろされる結果となった。


「このままだと、ダンテさんも彼と同じ道を辿る気がしてならない。

あんなに凄い人が、道を間違えて失墜していく姿なんて、正直見たくもない」


確かに、これから先、彼の思想に反発する生徒は山のように出てくることだろう。

それこそ、ジガルデ前会長と同じで、罷免されてしまうくらいに。


そこで、クィアシーナの胸に、ふと疑問が浮かんだ。


「ダンテ会長が、あそこまで考えを変えてしまったのって、療養期間中に誰かから何かを吹き込まれたとか……?

たった二週間ほどで、人間があそこまで根本から考え方を変えられるものですか?」


たった数日前、二人きりの会話の中で“みんなの頼れる生徒会長でありたい”と言っていた。

今の状態では、頼られるどころか恐れられる一方である。


「どうなんだろうね……」


ビクターが小さく息を吐いた。


「ダンテさん、腹の内を明かさない人だったから。

もともと、そういう考えを持っていた可能性もあるし……」


「それにしてもですよ。急に、今まで姿を見たこともなかったガブリエラさんまで連れてきて――」


「リンスティーさんの話では、彼女は度々王城に出入りしていたそうです。

従兄妹ですし、学園外では、我々の知らない交流があったのでしょう。

それこそ、療養中にお見舞いに訪れていた可能性もあります」


「でも……学園に入学してからは、ほとんど交流がないって、不在にされる直前に、ダンテ会長本人から聞いたばかりです」


「急に連れて来たのは、貴族派と強い繋がりを持つ彼女を、今後の学園の“象徴”とするためなんだろう?」


マグノリアンが腕を組み、低く続ける。


「それに、第一王子派と言われていた彼女を取り込めば、ダンテさんが今後、立太子するうえでも有利に働く。

そう計算したんじゃないか?」


「でも――」


クィアシーナは首を振った。


「彼女は揺るぎない第一王子派だと、同じ派閥の方から聞きました。

そんな彼女が……簡単に政敵へ手を貸しますか?」


「……」


全員が、言葉を失った。

やはり、どう考えても、いくつもの歯車が噛み合っていない。


「ダンテさん、療養していたけど……

完全に、魔法の影響は消えたのかな?」


ビクターが、ぽつりと小さな声で呟いた。


「確か、時間償却を狙って、そのままだって……

リンスティーさんが言っていたような気がします」


クィアシーナは視線を伏せたまま、続ける。


「ドゥランさんは、あのときダンテさんが受けた魔法を見ましたよね?

具体的に、どんな類の魔法だったのか……分かりましたか?」


問いかけに、ドゥランは静かに首を横に振った。


「残念ながら。

おそらく精神魔法、という程度しか……」


少し間を置いてから、彼は低く言葉を継ぐ。


「ただ、あれほど悍ましいものは、見たことがありませんでした。

もしかすると――本人の思考そのものを歪めてしまう、

そういった作用があったのかもしれません」


そして、ほんのわずか、声音を落とす。


「……最後の部分は、ただの私の希望に過ぎませんが」


その言葉に、誰も返事をしなかった。


あの異様な認知の歪みが、魔法の影響であってほしい。

――それは、この場にいる全員の、切実な願いだった。




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