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61. 第三弾女子会

今日は休日。

クィアシーナは疲れた身体を休めるため、昨夜は早々にベッドへ入り、今朝はいつもより少しばかり遅めに起きた。


けれど、ルーティンはきちんとこなす主義だ。

朝食を済ませると掃除に取りかかり、食料や日用品の買い物にも出かける。ようやく一息つけたころには、昼過ぎになっていた。


最近頻繁に使っていた護身グッズを丁寧に磨き、読みかけの本をのんびりと開く。

けれど、その内容はあまり頭に入ってこない。


(そろそろ、来るかな?)


壁にかかった時計を見て、気持ちがそわそわし始める。

先週はまったく予定がなかったクィアシーナだが、今日は違う。

これから、お客様が来るのだ。


名目は作戦会議。

それでも、胸の奥がわずかに高揚してしまう。


そのとき、玄関の扉をノックする音が耳に届いた。


「はい、今行きます!」


扉に向かって大きく声をあげ、玄関へと向かう。

はやる気持ちのまま扉を開けると、そこには――クィアシーナが朝から待ち望んでいた、背の高い美貌の人物が立っていた。


その人物はクィアシーナの姿を捉え、どこか納得のいかない声音で挨拶をする。


「こんにちは。ちゃんと、指示どおりに来たけれど……」


「お疲れ様です! リンスティー《《お姉様》》!」


そう、クィアシーナが待っていたのは、リンスティー“お姉様”である。

彼は休日にもかかわらず女子生徒の制服に身を包み、首には黒いリボンのチョーカーを巻いていた。


「どうして休みの日にまで、こんな格好をしなきゃいけないのよ」


不機嫌さを隠そうともしないリンスティーとは対照的に、クィアシーナは満面の笑みを浮かべている。


「休日に制服でお家デートです、お姉様。女子会・第三弾ですよ!」


クィアシーナは今、テンションが上がって仕方がなかった。

お休みの日にお姉様に会えるのだ。――自分の最推しに。


ダンテ不在のここ最近の学校生活に、知らず知らずのうちに疲れを溜めていたクィアシーナは、癒しを求めて再びリンスティーにお願いをしていた。

二人きりで執務室にて抱擁を交わしたあと、勢いに任せて誘ってみたのだ。



「リンスティーさん、明日か明後日、どちらか予定は空いてませんか?」

「明日か明後日? ええと……明日なら午後が空いてるけど」

「じゃあ、明日の午後、お時間ください。作戦会議と、それからお家デートしましょう」

「お、お家デート……!?」

「はい。ダメですか?」

「ダメじゃないけど……」

「やった! じゃあ二時くらいでどうでしょう?

あ、制服を着てくるのを忘れずに!」

「え゙、制服? 休みの日なのに?」

「はい! いつもの"お姉様"でお願いします!」

「……」


なぜか黙り込んでしまったリンスティーだったが、こうして約束は取り付けられたのだった。



「女子会ねぇ……。まあいいけど。はい、おもたせ。紅茶の茶葉を持ってきてあげたわ」


ぶつくさ言いながらも、きちんと手土産を用意してくるあたりが、いかにも彼らしい。


「ありがとうございます! さっそく淹れますね。

さ、中に入って、そのへん適当に座ってください」


「……おじゃまします」


リンスティーが中へ入り、クィアシーナの前を通り過ぎた瞬間、ふわりと、いつものいい匂いが鼻をくすぐった。


(ああ、癒し)


リンスティーには少し悪いが、今日は自分の欲を優先させてもらうことにした。

前回ここを訪れた男性姿のリンスティーには、正直なところ終始緊張しっぱなしだったのだ。


見慣れない姿よりも、こうしてお姉様の姿でいてくれるほうが、断然心が休まる。


「あ、お湯を沸かしている間、よかったら私の渾身のリストを見ておいてください。机の上に置いてありますので」


「リストって……これのことかしら?」


リンスティーが、キッチンのほうを振り返りながら、紙をひらひらと揺らした。


彼が手にしている紙は、クィアシーナがラシャトから受け取ったアンチ・ダンテ政権のリストと、アリーチェの日誌をもとに解読した嫌がらせの犯人一覧を突き合わせたものだった。

さらにそこには、リンスティーに突き出した者、突き出すまでもなく制裁を加えた者(袋の二人とか)の名前まで、丁寧に書き込まれている。


「あなた……もしかして。アリーチェと同じように、放課後、しょっちゅう虫退治に行ってたのって……」


「はい。精力的に頑張らせてもらいました。

私なりにダンテ政権を守ろうとした結果……というか、集大成ですね」


クィアシーナはキッチンの奥からリンスティーのほうを見て、誇らしげに微笑んだ。


作成した一覧の「退治済」欄には、すべてにチェックが入っている。

ただ一人――「?」と記された人物を除いて。


「最近、あなたに対する相談箱の苦情が減ったのって……そんな裏があったからなのね……」


リンスティーは、呆れと納得が入り混じった声でそう呟いた。

ここ最近、相談箱に投函される内容は「ダンテ殿下はいつ戻ってくるのか」というものばかりだ。

かつて頻繁に寄せられていた、クィアシーナへの嫉妬や中傷の類は、最早、一通も入っていなかった。


「力になるって言ってたのに、まったくこっちに頼ることなく、一人でここまでやってのけるんだから。ほんと、大したもんよね」


「いえ、こうして定期的に話を聞いてくださっていることが、私の何よりの支えなんです!

ありがとうございます!」


現に、こうして吐き出す場がなかったら、自分の考えをろくに整理しないまま、突っ走っていたに違いない。


可能性を一つ一つ潰していけたのは、彼という支えがいてくれたことが、何よりも大きかった。

一時は、リンスティーの義妹が犯人として浮上したため、相談を躊躇していた。

だが今は、そのことも踏まえたうえで、話を聞いてもらおうとしている。


リンスティーは礼を言われ、どこか複雑そうな表情を浮かべる。

そして、話題を逸らすように、ぽつりと呟いた。


「そういえば……」


「マグノリアンが心配してたわよ。

あなたが舎弟を増やして、何か組織でも作ろうとしてるんじゃないかって」


「え? 何それ。舎弟なんて一人もいませんよ。

ただ……しょっぴいた連中の中に、謎の信者みたいなのが混じってるだけで」


「信者⋯⋯」


その筆頭が、ラシャトから渡されたリストに名前のあった、二年Sクラスのイグナート・ストーンである。

彼も、昨日呼び出したデリックと同様、兄が元生徒会役員で、貴族派に属していた人物だった。


呼び出した際、いきなり拳で殴りかかってきたため、咄嗟に身をかわし、鉄板仕込みのローファーで急所を抉らせていただいた。


その一撃で逆恨みされるものと思いきや、彼は股間を押さえながらも、目を輝かせてこう言ったのだ。


「どこでそんな技を!?」


以来、顔を合わせるたびに「しゃすっ!」と砕けた敬語で絡んでくるようになった。

しかも、そうした生徒はイグナート一人に留まらず、ちらほらと増え始めている。


「……なんだか、アリーチェとは別の意味で恐ろしいわね……」

「どうもです」

「ダンテが帰ってきたら、絶対に面白がられそうな気がするわ」

「ひと笑いしていただけるなら、本望です」


そんなやりとりをしているうちに、お湯が沸いた。

先ほどリンスティーから受け取った茶葉をポットに入れ、湯を注ぐ。

少し蒸らしてから、二つのカップへ。


きれいな赤茶色がカップの中に広がり、湯気に乗って、ふわりと良い香りが立ち上る。

視線の先には、お姉様の姿。


――なんて素晴らしい休日の午後なんだろうか。


「お待たせしました」


そう言ってカップをリンスティーの前に差し出すと、

彼は「ありがとう」と静かに礼を言い、それを受け取った。


自身も腰を落ち着けようとしたところで、茶菓子を出していないことに気づいた。

自分はあってもなくても構わないが、客を迎えておいて何も出さないのは、さすがに失礼だろう。


「お茶請け、出すの忘れてました」


そう言って腰を浮かせ、再びキッチンへ向かおうとしたクィアシーナを、リンスティーが静かに制止する。


「お茶請けはいいわ。それより、少し話をしたら外に出かけましょう。

……制服デート、なんでしょう?」


制服デートと聞いて、「んん?」となる。

自分が誘ったのはお家デートだ。制服は、ただ単に彼が休日に着るようなお姉様服を持っていないと想定しただけだった。

現に、自分は今、制服ではなく無難な普段着を着ている。


「さ、早いとこ本題に入りましょう」

「ええっと……はい」


流されている気がしないでもないが、クィアシーナは言われるままに本題に入った。


「早速ですが、現時点の“囮”としての状況を共有します」


今日一番の目的は、情報共有である。

アリーチェの事件の犯人、それからダンテを狙った犯人、それらの現時点の調査内容を、リンスティーに話しておきたかったのだ。


クィアシーナは、リンスティーの手元にある一覧に視線を移す。


「その一覧にある通り、アリーチェさんを害したであろう主要な人物は潰しています」

「ほんと、この短期間でよくこれだけやったわね……」


リンスティーは一覧の名前を上から順に眺め、感心するようにつぶやいた。


「ダンテ会長が不在だったのが、私にとって、いい起爆剤になったんだと思います。

……けれども、アリーチェさんの階段事件の犯人は、いまだにわかっていません。

それに加えて、キャロルさん、グローリアさんが使った刃物の入手経路、そして私に魔法を放ち、結果的にダンテ会長に呪詛をかけた人物にも、まだ辿り着いていません」


「アリーチェの事件については、彼らに確認していったの?」


リンスティーがクィアシーナに問う。


「はい。一人一人、交渉材料として確認させていただきました。ですが、誰も知らぬ存ぜぬで、手がかりすら見つからない状態です」


彼らにアリーチェの件を問うと、皆一様にして、口を閉ざす。黙秘してるというより、本当に知らないといった様子だった。


「なるほど……」


「それに、キャロルさん、グローリアさんの刃物の件については、リンスティーさんとアレクシスさんが本人たちに確認しに行ってくださったとおり、証拠が消えたことで、しらを切られて迷宮入りになっています」


キャロルとグローリアがクィアシーナに刃物を向けた件について、ダンテが聴き取りを行う手はずになっていたが、そのあとすぐに彼は休学になってしまった。


そのため、ダンテの代理としてリンスティーが、さらに現場に居合わせたアレクシスも加わり、二人に聴き取りを行った。

しかし、二人はあろうことか「証拠がないんじゃ、私たちは悪くないですよね?」と無罪を主張し、刃物の入手経路についても黙秘を貫いた。


ただ――キャロルとグローリアの二人は、その後も懲りずにクィアシーナに絡んできたため、現行犯で取り押さえてやった。

現在、彼女らは停学処分を受けている。


「そうね、あの消えた刃物……謎のまま残ってたのよね」


「はい。それと呪詛の件です。彼らに精神魔法に長けた人物を尋ねましたが……本当に知らないのか、口を割らないだけなのかはわかりません。ただ、誰一人として該当者はいませんでした。ここはまだ、調べる余地があります」


「……ダンテが魔法被害を受けるくらいだから、余程の手練れじゃないとできないと思うの。

外部の人間を雇って何か仕掛けていたのか、それとも、ただ自分の能力を隠しているだけなのか。

私の方でも、魔法科の各学年の生徒資料を見て、精神魔法に長けた人物はいないか確認したんだけど、残念ながら見つからなかったわ。

それに、そもそも呪い紛いの魔法なんて、授業でも扱わないってことがわかったの」


「そう、なんですね……」


クィアシーナはもどかしい気持ちで、ぎゅっとスカートを摘む。

結局、嫌がらせ程度の犯人は捕まえられても、肝心な部分は全て未解決のままだ。

ダンテが安心して戻ってこれるようにしたいのに――気持ちだけが空回りする。


「焦ってもしょうがないと思うけど……いえ、違うわね。

あなた、ダンテとの契約期限はあと何日残ってるの?」


リンスティーに伺うように問われ、クィアシーナは「あ、そういえば契約期限があったんだった!」と今さらながらに気づいた。


「ええと、契約当時で一か月以内って話だったから……え、休日を入れても、残り一週間もない!?」


自分としては猛ダッシュでアリーチェ事件の犯人にたどり着こうとしていたつもりだったのだが、まさかここまで期限が迫っていたとは。

あと数日で、犯人を捕まえるか、事件を解決するか――どちらかを成し遂げなければ、奴隷契約が待っている。


だらだらと冷や汗をかくクィアシーナに対し、リンスティーは別のことを懸念していた。


「契約期限がそろそろってことは、創立祭の準備に差し掛かる頃よね……。あいつ、それまでに戻ってこれるのかしら……」


クィアシーナのペナルティにはあまり興味がない様子で、リンスティーは余裕そうに続ける。

その態度に、クィアシーナは憤りを露わにした。


「ちょっとリンスティーさん! かわいい後輩のピンチですよ!?

このままだと、ダンテ会長の卒業まで彼の無茶ぶりでこき使われる未来が待ってるんです!」


きっと無理難題を押し付けられ、「おや、できないのかい?」と煽られた末に、結局すべての仕事を引き受ける――そんな未来が容易に想像できた。


「今もあんまり変わらないからいいんじゃない?」


「ひどい!」


あんまりである。

確かに今も、アリーチェの事件の犯人を囮として引き付け、解決しろという無茶ぶりをされているわけではあるが。

ただ、いまは拒否権がある。しかも契約満了の際、解決の暁には褒美が待っている。ペナルティの場合、それがない。その差は非常に大きかった。


「じゃあ、残り期間はどうアプローチする? できる手段はすべてやり尽くした?」


リンスティーは、クィアシーナに自問自答させるかのように問いかける。

――まだできること。


「……ひとつだけ、あります」


クィアシーナは言い淀みながら、少し視線を下に逸らす。


「ぜひ、それが何なのかを教えてちょうだい」


「⋯⋯」


リンスティーに請われるも、クィアシーナは、言ってもいいのか躊躇いを見せた。

これを口に出せば、彼女を犯人扱いしているのと同義になるのだから。


「気を悪くされないでくださいね」


彼女は前置きしてから、静かに告げた。


「ガブリエラさんに、会いに行きます」


揺るぎない第一王子派と言われているガブリエラ。

ダンテを害そうとした目的が、第一王子の立太子に関わってくるのであれば――

動機としては、十分すぎるほどだった。


ただ、会ってもらえるかもわからない。

そして彼女に接触したとして、どうやって証拠となるものを見つけるのか。

皆目、見当もつかなかった。


「ガブリエラに?」


クィアシーナの言葉に、リンスティーが僅かに眉を上げる。


「はい。彼女は第一王子派の筆頭だと、昨日、同じ派閥の一人、デリック・ミルナーから聞きました。貴族主義のご令嬢と強い繋がりを持っているとも。

もちろん、アリーチェさんの日誌には彼女の名前は出てきませんでしたし、私に嫌がらせをすることもこれまでありませんでした。

ただ、可能性の一つとして、彼女の様子を確認しておきたいんです。白なら白で、もし彼女が協力してくれるなら、頼ることもできるかもしれません……」


話を聞き終えたリンスティーの表情は険しい。

最後まで言って、クィアシーナは、やっぱり喋るべきではなかったと後悔する。

義妹のことを疑っていると聞いて、腹が立たないはずがない。


「あの、すみませ……」


謝罪を口にしようとしたクィアシーナだが、それをリンスティーは遮る。


「話をしに行くときは、私も連れていってちょうだい」

「え」


彼はそう言って、髪を掻き上げ、ふぅっと溜息をつく。


「……私も、あの子とは一度話をしなきゃと思っていたのよ」


「リンスティーさんもですか?」


「ええ……。ちょっと、詳しくは話せないんだけど、私にも思うことがあってね」


反対されるかと思っていたので、予想外の返答に安堵する。


「わかりました。じゃあ、週明けにでも時間を作ってもらうよう、呼び出してもらいます」

「? 呼び出してもらう?」

「はい。一年Sクラスには、お友達ができましたので」


クィアシーナはニコリと微笑む。

なぜかその笑顔を恐ろしく感じ、リンスティーは「ちなみに誰?」と名前を問う。


「私を階段から突き落とそうとしたダン・ブリード君と、虫大好き少年のアンソニー・ゴールディン君です」


階段から転げ落ちた際、自業自得なのに「おまえのせいだ!」と豪語していたダンは、ギブスを付けながらも先週、学園に復学した。

そして、彼の復帰早々に、クィアシーナは『平和的解決』によるお友達契約を結んだのだ。

小物な彼は、なぜかこちらに震えあがっていたのだが、クィアシーナが知ったことではない。


アンソニー・ゴールディンは、昨年度アリーチェに毒蛇を何度もけしかけた元生徒会役員の弟である。

弟は毒蛇兄と違い、虫を使った嫌がらせをしてきた。

見た目がよろしくない、気持ち悪い虫たちをクィアシーナの持ち物に入れ、「生徒会をやめろ」と脅してきた。

もちろん、殺虫剤で全滅させた。

しかし、生き物に罪はないと思い、真摯に謝ったついでに「芋虫はキモかわいいよね」と言ったら、よくわからないが彼の虫への情熱を熱弁された。

適当に聞き流しただけなのだが、今までこれほど彼の虫談義に付き合ってくれた人はいなかったらしい。

図鑑をプレゼントされ、虫仲間として懐かれた。ちなみに、クィアシーナはそこまで虫が得意ではない。


「着々と舎弟を増やしてるって、あながち間違いじゃないじゃないの……」


リンスティーが何か言った気がしたが、クィアシーナの耳には届かない。


「まあ、そんなわけで、週明けに動きます。あとは、なるようになる……のかな」


最後のほうは尻すぼみになる。あと数日で解決できる気は全くしなかった。

ダンテが戻って来るかどうかもわからない。


再び顔に影を落とすクィアシーナに、リンスティーははっきりとした声で語りかけた。


「なる。きっと、なるようになるから」


クィアシーナは、はっとして顔を上げる。

短い言葉だったが、クィアシーナの胸を打つには充分だった。


「……ありがとうございます。

あの、ぎゅっとさせてください」


クィアシーナの唐突なお願いに、リンスティーは思わず後ろに仰け反りそうになる。


「いま、そんな流れだったっけ!?」


「私のタイミングってものがあるんです! 流れなんて知ったこっちゃないですよ! ほら、手を広げて!」


「ええー……まあいいけど……」


文句を言いながらも、リンスティーはベッドに腰掛けたまま、観念したように腕を広げた。

その瞬間を逃すはずもなく、クィアシーナは思いきり彼の胸元へ飛び込む。


「うわっ」


勢いに耐えきれず、リンスティーの身体がそのまま後ろへ倒れ込む。

どしん、という鈍い音とともに、クィアシーナは彼の上に乗った格好になった。


だが、そんなことはまるで気にせず、クィアシーナはその体勢のまま、ぎゅっと腕に力を込める。


(あー、いい匂い……)


やはりお姉様は最高だ。

こんな大胆なことをしていると、スーニャたちリンスティーファンの三人にバレたら嫉妬で全身丸焼きにされかねない。

それでも、この幸福感を誰かに伝えて、全力で共感してほしい――そんな衝動が、胸の奥から込み上げていた。


クィアシーナがリンスティーの匂いを堪能しているうちに、いつの間にか彼がピクリとも動かなくなっていることに気づいた。


「リンスティーさん? 生きてます?」


少し心配になり、生存確認をする。


「……生きてる。けど、もうすぐ死ぬと思うから、どいてもらえる?」


顔を上げて彼の顔を覗くと、リンスティーは、仰向けに寝そべったまま両手で顔を隠していた。


「あ、重かったですよね。すいません」


クィアシーナはそう言うと、身体を起こしてベッドの横に立ち上がった。

執務室で抱擁したときは抱きしめ返してくれたのだが、今回はクィアシーナがぎゅっとしただけである。

そのことに少し物足りなさを感じたが、匂いを存分に堪能させてもらったのでよしとする。


リンスティーは、上半身が倒れたまま動かない。

しょうがないなぁと手を引っ張って起こしてやると、何故か苦虫を噛み潰したような表情をされてしまった。


クィアシーナは何も悪いことはしていない。


たぶん。


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