6. 庶務マグノリアン
周りの風景が一変した。
床は無機質な灰色で、リンスティーの肩越しに見えるのは階下へと続く非常階段。窓の景色から、ここが最上階であることがわかった。
クィアシーナはリンスティーにおぶられたまま「ありがとうございました」と礼を述べ、ゆっくりと足を床に下ろした。
「早く使えるように設定して貰って、自分で使いこなせるようになりなさいよ。転移の度に毎回おんぶは勘弁だわ」
「すいません。でも、助かりました、ありがとうございます」
「別にいいけど……ここは教室棟の端にある非常階段の最上階よ。一階まで降りたら一年の教室があると思うから、急ぎなさい」
「はい、わかりました」
「あと、午後の授業が終わったら、すぐに生徒会館に集まるのを忘れずにね。……って言っても、三年は授業が二コマあるから待たせることになるかもしれないけど」
「はい、了解です!」
リンスティーは、ダンテを待ってから三年の教室へ向かうらしい。
クィアシーナは改めて軽くお辞儀をし、その場を後にする。
口調こそきついが、リンスティーは意外と面倒見の良い人なのかもしれない――そうクィアシーナは思った。
◇
今日の午後、クィアシーナの学年は授業が一コマだけの日である。
そのため、授業が終わって放課後になるやいなや、ララとマリアの二人に、昼休みの件を問い詰められた。
クィアシーナも絶対に聞かれるだろうなとは予想していたので、特に驚きはない。
「クィアシーナさん! ダンテ会長と知り合いだったの!?」
「知り合いだったと言うか、今朝知り合いになったというか……」
「今朝!? 手を繋いでたけど、どういう関係なの?」
ララとマリアは興味津々に前のめりに質問をしてくる。どうやらこの手の話題が好きなタイプらしい。
「雇用主と従業員みたいな感じ」
「んん? 何それ。会長とクィアシーナさんが? ダンテ殿下の関連でバイトでも始めたってこと?」
「ううん、そういうわけじゃないよ」
正確には、契約主と被契約者の関係である。
もしくは、生徒会に代理加入することになったので、そういう意味では単に生徒会の先輩と後輩と言ってもいいかもしれない。というか、そう言えば良かった。
「実は私、生徒会に興味があって、一時的にお手伝いすることになったんだ」
クィアシーナは、昼休みにダンテとリンスティーの二人と口裏を合わせた内容で、生徒会加入の件についてさりげなく話題を振ってみた。
すると、聞き耳を立てていた周りの生徒たちも、次々とクィアシーナたちの会話に加わり始めた。
「お手伝い!? クィアシーナさん、生徒会に入ったの!?」
「ダンテ会長から直接指名されたってこと?」
「生徒会に入るのってSクラスの人限定じゃなかったっけ?」
「いや、庶務の女の人って確かSクラスじゃなかったような……
それでもDクラスから生徒会入りって歴代初めてなんじゃないか?」
「すごい! お手伝いって何やるの?」
そのうちクィアシーナの席の周りには人だかりができ、次から次へと質問攻めにあった。
「一時的に入っただけだよ」「私が学園長に頼んだの」「Dクラスでも生徒会に入れるみたいだね」「業務内容はまだ聞いてないの」などと、無難に答えていく。
転校初日の質問攻めを乗り越えてきたクィアシーナの経験は、この時間でも十分に活かされていた。
そろそろ切り上げようと思ったところで、「クィアシーナさん、呼ばれてるよ!」と教室の入り口からクィアシーナに声がかかった。
呼び出し――?
まだ初日で、他のクラスの人とは全く馴染みがない。
となると、呼び出す人物は限られる。考えられるのはダンテかリンスティーだが、三年はまだ授業中。……他に心当たりはない。
「ちょっと行ってくるね」と声をかけ、クィアシーナは席を立ち、入口へ向かう。
扉の向こうに立っていたのは、赤毛で少し長めの髪をハーフアップにした男子生徒だった。
不機嫌そうな様子でクィアシーナを見つめているが、その整った顔立ちはひどく印象的で、入り口まで呼びに来てくれたクラスメイトたちは、思わず彼の顔に釘付けになっていた。
「あの、私をお呼びでしょうか……?」
クィアシーナには、この赤毛の男子生徒に覚えはまったくない。
「誰かと間違えてません?」という言葉が喉まで出かかったが、余計なことは言わず、クィアシーナは静かに相手の出方を待った。
「……おまえがダンテさんと昼休みにどこかへ消えて行ったって女子生徒か?」
「え?」
初対面で、おまえ呼ばわり……だと?
話の内容よりも、そちらが気になってしまい、クィアシーナはまともな返事ができなかった。
「おい、どうなんだよ。二人でどこに消えたんだ?」
「……れ?」
「あ?」
「あなた誰? 初対面でその態度、一体どういうつもり? ……喧嘩なら買うけど」
クィアシーナは、以前通っていた底辺校で、見知らぬ生徒に呼び出されることが何度もあった。
やつらは名乗りもせず、「転校生のくせに生意気だ」という理不尽な理由で喧嘩を売ってきたのだ。
その経験から、彼女は“呼び出しておいて禄に名乗りもせず、自分の用件だけを押しつけてくるやつ=喧嘩を吹っかけてくる輩”だと認識するようになっていた。
クィアシーナは、睨みつけるようにマグノリアンを見つめ、(結局、この学園も平和じゃないのか)と心の中でガッカリした。
だが、予想外のことに、マグノリアンは少し眉をひそめ、バツが悪そうな顔で淡々と名を告げた。
「……2年Sクラスのマグノリアンだ。喧嘩を売ったつもりはない。事実確認をしたいだけだ」
「え、すいません、それは失礼しました。私はクィアシーナと申します」
素直に名乗りを上げた彼に対し、クィアシーナは臨戦態勢を解き、一気に腰を低くした。
その変わり身の早さに、マグノリアンと名乗った生徒は「なんだこいつ」と言わんばかりに彼女を見つめてくる。
それにしても――マグノリアン?
どこかで聞いたことのある名前だ。
「昼休みですが、私はダンテ会長に連れられて、生徒会館に行きました」
こんなことを確認してどうするというのだろうか。
彼の意図がわからない。Sクラスといっていたので、間違いなく高位貴族の坊っちゃんだろうから、ダンテの信者か何かなのだろうか?
と、そこまで考えてハッとする。
もしかして……彼は囮作戦にひっかかってくれた、栄えある第一号なのでは!?
クィアシーナがそんな妙な期待と困惑を胸に秘めていると、マグノリアンはクィアシーナの言葉を聞いた瞬間、何かピンときたらしく、自信なさげに自分の予想を口にした。
「ダンテさんに生徒会館に連れられた……ってことは、もしかして、おまえは生徒会の勧誘を受けたのか……?」
「は、……じゃなかった」
(違う違う、危うく「はい」って頷くところだった)
会長から勧誘されたのではなく、あくまで自分が生徒会に入りたい体にするという話だったので、慌てて彼の問いかけを否定する。
「いいえ、勧誘ではなく、私が生徒会入りを望んだんです。生徒会館では、会長から生徒会の加入にあたっての説明をされました」
「は!? 加入!? 説明を受けたってことは、もう生徒会入りは確定したのか!?」
「はい、あくまで生徒会の庶務の方が復学されるまでの代理ですが」
「おい……嘘だろ……おまえがアリーチェさんの代わりだと……? あの人何考えてんだ……マジか……」
マグノリアンは頭を抱えて黙り込んでしまった。
そんな彼の様子に、クィアシーナは強烈な既視感を覚える。
(なんだろう、リンスティーさんと同じ匂いを感じる)
「おい、おまえもこの後、呼び出し受けてんの?」
「呼び出し?」
「リンスティーさんからの伝達魔法だよ。放課後に生徒会館に集まれってやつ」
「え、はい。あれ……もしかして、あなたは生徒会の人なんですか?」
「もしかしなくてもそうだよ。生徒会の庶務担当。アリーチェさんの代わりってことはおまえも庶務になったんだろ?」
クィアシーナは驚いて目を見開いた。
そうか——この目の前の赤毛で整った顔立ちの男子こそが、生徒会庶務のマグノリアン。
名前をどこかで聞いた覚えがあると思ったが、今になってようやく思い出した。
昼休みに、ダンテが話していた容疑者の一人ではないか。
マグノリアンのクィアシーナも庶務担当かどうかという質問に、首を縦に振り肯定を返す。
「はい、私も庶務です。これからよろしくお願いします」
「そう、か……」
マグノリアンはさっきの剣幕はどこへやら、急激に大人しくなってしまった。彼は選民意識が強いとダンテが言っていたので、まさかアリーチェさんより遥かにスペックが劣る自分が一時的にでも加入してしまったことに、ショックを受けているんだろう。
……と思っていたのだが。
「まあ、いいか。よし、今すぐ荷物をまとめろ。生徒会館へ移動するぞ。3年の授業が終わるまでの間に、庶務の仕事を教えてやる」と、急に吹っ切れたような様子でクィアシーナに言ってきた。
「わ、わかりました」
切り替えが早すぎやしないか?と思いながら、クィアシーナは彼の指示に従い教室に戻って荷物を纏め、再び廊下へとやってきた。クラスメイトたちは「早速お仕事なんだね、頑張って!」と温かく見送ってくれた。ほんとに平和な学級である。
「会館への行き方は知ってるか?」
「はい、3つのルートがあると聞きました。あ、でも、まだ緩やかな坂道のルートは通っていません」
「了解。じゃあ坂道ルートで行くか。会館に向かいながら、軽く生徒会の仕事について説明するから、おまえも歩きながらメモ取っとけよ」
「わかりました」
(めっちゃ普通に接してくる……)
平民の自分とは口もきいてくれないのでは、なんて懸念は、一瞬にしてどこかへ吹っ飛んで行った。
そして。
そんなこんなで、本日二度目の裏庭である。
階段ルートは校舎を出てすぐの場所にあるが、坂道ルートは裏庭から少し歩き、林を抜けた先にあるらしい。
クィアシーナは坂道ルートの方が時間がかかると言っていた意味が、ようやく理解できた。急こう配を緩やかに歩かせるために道が蛇行しており、その分、生徒会館までかなり長い距離を歩かなければならないのだ。
「この道を使ってるやつは、生徒会の中にはいない。時間がかかるから滅多なことではこっちに来ない」
「……でしょうね。転移が使えるなら皆さんそっちを使うでしょうし」
「もう転移を使ったのか。早いな。あれは使えば使うほど金がかかるから、なるべく階段を使えよ?」
「え!? そうなんですか!?」
「そうだよ。生徒会も使える予算はちゃんと決まってる。会計の奴らにブチ切れられるから、便利だからって使い過ぎないように気を付けろよ」
まさかの従量課金制だった。
お貴族様なら金に糸目は付けないと思っていたが、そんなこともないらしい。
「で、生徒会の仕事についてどこまで聞いてる?」
「全くです。知ってるのは会長、副会長の二人の名前と、生徒会館の行き方だけと思っていただければ」
「確かにそれは全くだな……」
「あの、生徒会のお仕事って大変ですか?」
「ん、人によるかもな。楽勝と思うやつもいるだろうし、大変と感じてるやつもいる。俺の場合は、まあ、大変だな」
「先輩は大変なんだ……それはアリーチェさんが抜けたからですか?」
アリーチェさんがいなくなってから、彼は今、一人で庶務の仕事をこなしているはずである。
「いや。正直抜けてからのほうが楽だ。余計な仕事が増えなくて済んでるし……」
最後の方は、まるで独り言のようにも聞こえた。
「余計な仕事?」
「……ごめん、今のは聞かなかったことにして欲しい。おまえが手伝い要員で入ってくれるなら、もっと楽に感じるかも知らん。だから早く仕事を覚えてくれ」
「ええと、わかりました?」
とても引っ掛かりを覚える物言いだったが、それよりも、彼はクィアシーナが入ることに全く反対ではないらしい。寧ろ、話しぶりからは期待されているようにすら感じてしまう。
「あの、つかぬことをお聞きするのですが」
「なんだよ改まって?」
「私、一年でしかもDクラスでしかもド平民なんですが、生徒会の加入に反対したりしないんですか?」
「は? なんで?」
「なんでって……」
おかしい。ダンテの話では、マグノリアンは選民意識が強く、Sクラス以外の生徒会加入はやめておけとダンテに進言までしていたはずだ。Bクラスのアリーチェに嫌味を言うくらいに……
「俺はちゃんと自分の仕事をこなす、骨のある奴なら誰でもいい」
「そうなんですか? Sクラス以外の生徒なんか俺は認めない! 平民なんてもってのほかだ! とか内心思ってたりしません?」
「思ってないよ。Sクラスだからってそんな凄いもんでもないし……クラスの所属や身分で、人間性を決め付けたりなんかするかよ」
「素晴らしい考えの持ち主ですね」
「? そりゃどうも」
やはり、マグノリアンは聞いていた話とは少し異なる人物のようだ。選民意識が高いと言っていたのに、こうして普通にクィアシーナと会話をしているのが何よりの証拠だ。
「あの、庶務の仕事って実はあまり想像ついてないんですが、具体的には何をするんですか?」
「ああ、名前から仕事内容が想像し辛いもんな。ざっくり言うと、雑用係だ」
「雑用係ですか?」
「そうだ。例えば行事の際の備品購入や管理、棚卸し、それから会場の設営は庶務の役割だ。生徒会館の管理っつか掃除も俺らの仕事だし、他の役職のサポートをしたりもする。頭より実際に身体を動かすことが倒的に多い」
「なるほど! 正直、私は頭よりも身体を動かすほうが得意なので、それを聞いて安心しました」
「……そうか」
代理加入になったのが偶然とはいえ庶務で良かった。もし会計とかだったら、計算が苦手なクィアシーナは使いものにならなかっただろう。
「最初は俺と一緒に簡単な仕事からやっていこう。それから徐々に仕事を任せていけるようにするから」
「はい! よろしくお願いします!」
クィアシーナの前向きな言葉に、マグノリアンは目を細める。
「癖強の先輩より、やっぱ素直な後輩だな……」
「?何か言いました?」
「いや、なんも」
はぐらかされたクィアシーナだったが、彼がふっと緩い笑みを浮かべていたことは見逃さなかった。




