59. 生徒会長の不在
その日の放課後、しばらくダンテが不在になることが、副会長であるリンスティーの口から告げられた。
「魔法の影響を受けたって……ダンテさん、大丈夫なの? 身体の具合はどうなんですか?」
ビクターが不安そうな表情で、リンスティーに尋ねる。
「今は城に戻って、魔法の影響を調べているところよ。
ドゥランの見立てだと、呪詛のようなものを受けたらしいけど、国で抱えている魔法使いたちに診てもらうんだから、命に関わることはないと思う。ただ、表向きは『体調不良でしばらく休学』にするから、みんなもそのつもりで」
「いつ頃、戻って来られそうか。目処は立っているのか?」
ルーベントが腕を組み、眉をひそめて問う。
「いいえ、それはまだ。
今日、私もこのあと登城して、直接ダンテの様子を聞いてくるつもりよ。
早くて明日には、どんな状況か、復学の目処についても伝えられると思うわ」
「ダンテがいないと、ここも、女王蜂のいない巣みたいだねー……。
早く戻ってきてくれるといいね」
アレクシスのたとえは、クィアシーナには今ひとつしっくり来なかったが、要するに――皆、ダンテの不在を寂しく思っているということなのだろう。
「あの、ダンテさんが不在の間の業務は、これまで通り進めるということでいいんでしょうか」
マグノリアンが挙手をして、リンスティーに問いかける。
「ええ、みんな通常業務でお願い。あいつが戻ってくるまでは、私が代理で会長をするから、ダンテに相談したいことは私に持ってきてくれて構わないわ」
さすが副会長だ。いざというときに、しっかりと代理の役割を果たしている。
「決算の承認もリンスティーさんでよろしいですか?」
ドゥランが、さらに質問を重ねる。
「ええ、その権限についても、ダンテから許可を得てるから私に回してちょうだい」
その後も、メンバーによる細々とした業務の確認が続く。
その中でクィアシーナは一人、言い知れない不安を抱えていた。
(このまま、ダンテ会長が戻ってこないなんてことになったら――
生徒会も、この学園も、一体どうなってしまうんだろう)
彼に依存していたわけではない。
現に、リンスティーを中心に、それぞれがうまく立ち回ろうとしている。
それでも、精神的な支柱が不在というのは大きかった。
◇
突如、学園に王城の関係者が現れ、彼らはダンテを城へ連れて帰った。
その際、彼は急な体調不良を理由に早退することになり、さらに、しばらく休学すると告げられた。
そんな事情もあって、その日の相談箱は、ダンテの体調に関する質問で埋め尽くされた。
新聞部も生徒会館へやって来て、彼の容体や復学の時期について、根掘り葉掘り聞いてくる。
生徒たちの混乱に対処するため、書記の二人は号外の校内報を作成することになった。
今回ばかりは、学園内の問題ではない。
第二王子殿下が害されたのだ。
てっきり学園長が動くものと思っていたが、彼女は沈黙を貫いた。
それどころか、一般紙にさえダンテの記事は載っていない。
どうやら今回の件は、学園内外を問わず、箝口令が敷かれているらしい。
ダンテが不在のまま、時間だけが過ぎていく。
彼の復学の時期は、「未定」のままだった。
――その間、クィアシーナは『害虫駆除』に一人励んでいた。
彼らはダンテの不在中、面白いくらいにクィアシーナを狙った。
ルーベントに攻撃性のない精神魔法の察知方法を教わり(「勘だ」と言われたので、役に立たなかった)、あらゆるちょっかいを潜り抜け、相手を『平和的解決』でボコボコにした上で、会長代理のリンスティーに突き出す。
リストや日誌に名前の挙がっていた人物は、ほぼ網羅したと言っていいだろう。
もっとも、まだ全員を締め上げたわけではないのだが。
指輪は、まだ銀色の輝きを保ったままだ。
このまま無傷で、ダンテが戻ってきたときに返すと決めていた。
そのため、無駄に魔法攻撃を受けるわけにはいかなかった。
「最近、クィアシーナ、目が座ってるよね……」
ダンテが不在となってから、十日が過ぎようとしていた頃。
授業終わりに、ララがそんなことを口にした。
「え、そうかな?」
「うん。なんか、スナイパーみたいな、ジャックナイフみたいな……ずっと何かを警戒してるっていうか」
自分ではまったく自覚がなかったが、ララの言葉にハッとする。
――確かに、少し張り詰めているかもしれない。
「やっぱり、ダンテ殿下がいないと、生徒会は大変なの?」
「ううん、そんなことないよ。みんな、ダンテ殿下がいなくてもちゃんと回ってる。ただ、少し気を張っている部分はあるかな……」
生徒会業務は、副会長のリンスティーが代理として会長職をこなしているので、表面上、何の問題もなかった。
ただ、執務室のダンテの席を見ては、ぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。
いくらみんなと騒いでいても、埋めようのない寂しさが、そこにはあった。
「あんまり無理しないでね。殿下、早く戻ってくるといいね」
気遣うララの言葉に、クィアシーナは寂しげな笑みを返した。
放課後、寄り道せず生徒会館に真っ直ぐ向かう。
執務室に鞄を置きに行くと、リンスティーが自席で身体を突っ伏していた。
「リンスティーさん?」
思わず声をかけると、彼はハッと身体を起こし、「お疲れ様、早いのね」と額に手の跡をつけたまま挨拶する。
寝ていたのがバレバレで、その様子がおかしくて、思わず笑みがこぼれた。
「まだ寝てても大丈夫ですよ。書記の二人は印刷に行ってますし、会計の二人も部活動の予算相談で不在です。マグノリアンさんも、ここに来る前に先に掃除に行くように伝えてありますから」
クィアシーナは明らかに疲れているリンスティーを気遣い、もっと休んでいてもいいと伝える。
「いや……大丈夫。ちょっと休んだら、だいぶすっきりした」
リンスティーはそう言って、ぐっと髪を掻き上げる。
もはやお嬢様スタイルを取り繕う気力もないくらい、疲れていたらしい。
「ダンテ会長が休まれてから、もう十日ですね。代理、大変ですか?」
クィアシーナの問いに、リンスティーの目がカッと見開く。
「問うまでもないでしょう? めっっっちゃくちゃ大変よ! あの頭と身体、一体どうなってたのかしら。本当に、早く戻ってきてくれないと、私のほうが倒れちゃいそうよ!」
憤りつつ、どこかおどけた様子でリンスティーが軽口を叩く。
疲労をさらけ出しながらも明るく振る舞う彼の様子に、クィアシーナは胸が痛くなる。
そして、
「倒れてしまう前に……私の可もなく不可もなくクッキー、一緒に食べます?」
と、休憩の提案を口にした。
「食べる」
ほぼ被せるように返ってきた返事に、クィアシーナは破顔する。
鞄から袋を取り出し、ダンテの席の椅子を借りて、リンスティーの隣に腰を下ろす。
机の上に袋を広げ、二人でクッキーを摘まんだ。
「ああ、染みるわ……」
「お口に合うようで良かったです」
咀嚼音だけが静かに響く。
ダンテが城に戻る前に、四人でこうして食べた時間が随分と昔のことのように感じられた。
いま――ダンテは一体どういう状態なのだろうか。
「ダンテ会長は、今どんな状況なんでしょうか。
リンスティーさんは、何か聞かされていますか?」
クッキーを食べながら、さり気ない様子で問いかける。
彼の不在から一週間ほどが過ぎた頃から、リンスティーはダンテの状況を口にしなくなった。
そのため、今どうなっているのか、クィアシーナは気になって仕方がなかった。
「前に少し話したと思うけど、身体にはなんの問題もないの。ただ……
呪詛の除去に時間がかかっているみたい。
もしかしたら、時間償却を狙って、そのまま放置される可能性もあるって、関係者から聞いてるわ」
「そのまま放置って……。ええっと、身体に影響がない呪詛って、精神的には何か攻撃を受けているということですよね?
リンスティーさんは、その後のダンテ会長にお会いしたんですか?」
「いいえ」
リンスティーは小さく首を横に振る。
「残念ながら、面会遮絶状態よ。あの日からダンテとは会話もできていないわ。彼の精神状態については、私も聞かされていないの」
「そうなんですか……」
身体に影響がないだけでも、まだ良かったと言えるかもしれない。
けれども、リンスティーでさえ、今のダンテの状態を知らないとは。
(時間償却って、解呪されるまでにどれくらいかかるんだろう……)
クィアシーナがクッキーを持つ手を止め、俯いていると、突然、頭に大きな手の感触が触れた。
「ダンテがいなくて不安なのは、みんな一緒よ。でも、私たちは、アイツが戻ってきたときに、安心して居場所を与えてあげられるよう頑張るしかないわ。違う?」
クィアシーナの頭をゆっくりと撫でる手は、ひどく優しい。
「……違いません」
クィアシーナの答えに、リンスティーは笑みを返す。
「そうね。私の勘だけど、今週中には戻ってくるんじゃないかしら。
出席日数が足りなくて留年になったら、さすがに洒落にならないしね」
そう言って、リンスティーは頭を撫でていた手を止め、クィアシーナに向かってウインクをした。
「リンスティーさん……」
クィアシーナは突然立ち上がり、リンスティーの席へと近づく。
「え、どうしたの?」
「ぎゅっとさせてください。一生のお願いです」
両腕を広げ、真面目な顔で訴える。
心の寂しさを埋められるのは、いい匂いのするお姉さまだけだった。
ここ最近の『害虫駆除』で、クィアシーナは心身ともに限界に達していたのだ。
「ええと……親愛のハグってことで、合ってる?」
「どっちかっていうと、ただの私の肉欲です」
「肉欲って……」
自分でも意味がわからないお願いをしていることは承知している。
それでも、無性に誰かの温かさを感じたかった。
以前、アリーチェに対する本音を聞いたときのダンテの行動――
クィアシーナの手を握ったときの気持ち――が、よく理解できる気がした。
ただ、誰かの温もりを感じて、寂しさの穴を埋めたかったのだ。
リンスティーはクィアシーナを一瞥すると、ゆっくりと立ち上がり、そのまま彼女を優しく胸元へと抱き寄せた。
クィアシーナの顔は、彼の胸に埋まる。
彼女もまた、背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。
リンスティーの心臓の鼓動が、ダイレクトに伝わってくる。
彼の匂いを噛みしめ、まだ物足りなさを感じつつも、クィアシーナはやんわりと身体を離そうとした。
「……ありがとうございました」
だが、リンスティーの腕は離れない。
え、と思うが、彼の顔は見えなかった。
「――もう少し、このままで」
おそらく、彼も自分と同じ表情をしているに違いない。
疲れているはずなのに、それを忘れるほど、互いの温かさに安らぎを覚えていた。
二人とも、言葉を発しなかった。
無言の抱擁は、他のメンバーが戻ってくるまで続いた。
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