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59. 生徒会長の不在

その日の放課後、しばらくダンテが不在になることが、副会長であるリンスティーの口から告げられた。


「魔法の影響を受けたって……ダンテさん、大丈夫なの? 身体の具合はどうなんですか?」


ビクターが不安そうな表情で、リンスティーに尋ねる。


「今は城に戻って、魔法の影響を調べているところよ。

ドゥランの見立てだと、呪詛のようなものを受けたらしいけど、国で抱えている魔法使いたちに診てもらうんだから、命に関わることはないと思う。ただ、表向きは『体調不良でしばらく休学』にするから、みんなもそのつもりで」


「いつ頃、戻って来られそうか。目処は立っているのか?」


ルーベントが腕を組み、眉をひそめて問う。


「いいえ、それはまだ。

今日、私もこのあと登城して、直接ダンテの様子を聞いてくるつもりよ。

早くて明日には、どんな状況か、復学の目処についても伝えられると思うわ」


「ダンテがいないと、ここも、女王蜂のいない巣みたいだねー……。

早く戻ってきてくれるといいね」


アレクシスのたとえは、クィアシーナには今ひとつしっくり来なかったが、要するに――皆、ダンテの不在を寂しく思っているということなのだろう。


「あの、ダンテさんが不在の間の業務は、これまで通り進めるということでいいんでしょうか」


マグノリアンが挙手をして、リンスティーに問いかける。


「ええ、みんな通常業務でお願い。あいつが戻ってくるまでは、私が代理で会長をするから、ダンテに相談したいことは私に持ってきてくれて構わないわ」


さすが副会長だ。いざというときに、しっかりと代理の役割を果たしている。


「決算の承認もリンスティーさんでよろしいですか?」


ドゥランが、さらに質問を重ねる。


「ええ、その権限についても、ダンテから許可を得てるから私に回してちょうだい」


その後も、メンバーによる細々とした業務の確認が続く。

その中でクィアシーナは一人、言い知れない不安を抱えていた。


(このまま、ダンテ会長が戻ってこないなんてことになったら――

生徒会も、この学園も、一体どうなってしまうんだろう)


彼に依存していたわけではない。

現に、リンスティーを中心に、それぞれがうまく立ち回ろうとしている。


それでも、精神的な支柱が不在というのは大きかった。





突如、学園に王城の関係者が現れ、彼らはダンテを城へ連れて帰った。

その際、彼は急な体調不良を理由に早退することになり、さらに、しばらく休学すると告げられた。


そんな事情もあって、その日の相談箱は、ダンテの体調に関する質問で埋め尽くされた。

新聞部も生徒会館へやって来て、彼の容体や復学の時期について、根掘り葉掘り聞いてくる。

生徒たちの混乱に対処するため、書記の二人は号外の校内報を作成することになった。


今回ばかりは、学園内の問題ではない。

第二王子殿下が害されたのだ。


てっきり学園長が動くものと思っていたが、彼女は沈黙を貫いた。

それどころか、一般紙にさえダンテの記事は載っていない。

どうやら今回の件は、学園内外を問わず、箝口令が敷かれているらしい。


ダンテが不在のまま、時間だけが過ぎていく。

彼の復学の時期は、「未定」のままだった。



――その間、クィアシーナは『害虫駆除』に一人励んでいた。



彼らはダンテの不在中、面白いくらいにクィアシーナを狙った。

ルーベントに攻撃性のない精神魔法の察知方法を教わり(「勘だ」と言われたので、役に立たなかった)、あらゆるちょっかいを潜り抜け、相手を『平和的解決』でボコボコにした上で、会長代理のリンスティーに突き出す。


リストや日誌に名前の挙がっていた人物は、ほぼ網羅したと言っていいだろう。

もっとも、まだ全員を締め上げたわけではないのだが。


指輪は、まだ銀色の輝きを保ったままだ。

このまま無傷で、ダンテが戻ってきたときに返すと決めていた。

そのため、無駄に魔法攻撃を受けるわけにはいかなかった。



「最近、クィアシーナ、目が座ってるよね……」


ダンテが不在となってから、十日が過ぎようとしていた頃。

授業終わりに、ララがそんなことを口にした。


「え、そうかな?」

「うん。なんか、スナイパーみたいな、ジャックナイフみたいな……ずっと何かを警戒してるっていうか」


自分ではまったく自覚がなかったが、ララの言葉にハッとする。

――確かに、少し張り詰めているかもしれない。


「やっぱり、ダンテ殿下がいないと、生徒会は大変なの?」

「ううん、そんなことないよ。みんな、ダンテ殿下がいなくてもちゃんと回ってる。ただ、少し気を張っている部分はあるかな……」


生徒会業務は、副会長のリンスティーが代理として会長職をこなしているので、表面上、何の問題もなかった。

ただ、執務室のダンテの席を見ては、ぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。

いくらみんなと騒いでいても、埋めようのない寂しさが、そこにはあった。


「あんまり無理しないでね。殿下、早く戻ってくるといいね」


気遣うララの言葉に、クィアシーナは寂しげな笑みを返した。



放課後、寄り道せず生徒会館に真っ直ぐ向かう。

執務室に鞄を置きに行くと、リンスティーが自席で身体を突っ伏していた。


「リンスティーさん?」


思わず声をかけると、彼はハッと身体を起こし、「お疲れ様、早いのね」と額に手の跡をつけたまま挨拶する。


寝ていたのがバレバレで、その様子がおかしくて、思わず笑みがこぼれた。


「まだ寝てても大丈夫ですよ。書記の二人は印刷に行ってますし、会計の二人も部活動の予算相談で不在です。マグノリアンさんも、ここに来る前に先に掃除に行くように伝えてありますから」


クィアシーナは明らかに疲れているリンスティーを気遣い、もっと休んでいてもいいと伝える。


「いや……大丈夫。ちょっと休んだら、だいぶすっきりした」


リンスティーはそう言って、ぐっと髪を掻き上げる。

もはやお嬢様スタイルを取り繕う気力もないくらい、疲れていたらしい。


「ダンテ会長が休まれてから、もう十日ですね。代理、大変ですか?」


クィアシーナの問いに、リンスティーの目がカッと見開く。


「問うまでもないでしょう? めっっっちゃくちゃ大変よ! あの頭と身体、一体どうなってたのかしら。本当に、早く戻ってきてくれないと、私のほうが倒れちゃいそうよ!」


憤りつつ、どこかおどけた様子でリンスティーが軽口を叩く。

疲労をさらけ出しながらも明るく振る舞う彼の様子に、クィアシーナは胸が痛くなる。


そして、


「倒れてしまう前に……私の可もなく不可もなくクッキー、一緒に食べます?」


と、休憩の提案を口にした。


「食べる」


ほぼ被せるように返ってきた返事に、クィアシーナは破顔する。


鞄から袋を取り出し、ダンテの席の椅子を借りて、リンスティーの隣に腰を下ろす。

机の上に袋を広げ、二人でクッキーを摘まんだ。


「ああ、染みるわ……」


「お口に合うようで良かったです」


咀嚼音だけが静かに響く。

ダンテが城に戻る前に、四人でこうして食べた時間が随分と昔のことのように感じられた。


いま――ダンテは一体どういう状態なのだろうか。


「ダンテ会長は、今どんな状況なんでしょうか。

リンスティーさんは、何か聞かされていますか?」


クッキーを食べながら、さり気ない様子で問いかける。


彼の不在から一週間ほどが過ぎた頃から、リンスティーはダンテの状況を口にしなくなった。

そのため、今どうなっているのか、クィアシーナは気になって仕方がなかった。


「前に少し話したと思うけど、身体にはなんの問題もないの。ただ……

呪詛の除去に時間がかかっているみたい。

もしかしたら、時間償却を狙って、そのまま放置される可能性もあるって、関係者から聞いてるわ」


「そのまま放置って……。ええっと、身体に影響がない呪詛って、精神的には何か攻撃を受けているということですよね?

リンスティーさんは、その後のダンテ会長にお会いしたんですか?」


「いいえ」


リンスティーは小さく首を横に振る。


「残念ながら、面会遮絶状態よ。あの日からダンテとは会話もできていないわ。彼の精神状態については、私も聞かされていないの」


「そうなんですか……」


身体に影響がないだけでも、まだ良かったと言えるかもしれない。

けれども、リンスティーでさえ、今のダンテの状態を知らないとは。


(時間償却って、解呪されるまでにどれくらいかかるんだろう……)


クィアシーナがクッキーを持つ手を止め、俯いていると、突然、頭に大きな手の感触が触れた。


「ダンテがいなくて不安なのは、みんな一緒よ。でも、私たちは、アイツが戻ってきたときに、安心して居場所を与えてあげられるよう頑張るしかないわ。違う?」


クィアシーナの頭をゆっくりと撫でる手は、ひどく優しい。


「……違いません」


クィアシーナの答えに、リンスティーは笑みを返す。


「そうね。私の勘だけど、今週中には戻ってくるんじゃないかしら。

出席日数が足りなくて留年になったら、さすがに洒落にならないしね」


そう言って、リンスティーは頭を撫でていた手を止め、クィアシーナに向かってウインクをした。


「リンスティーさん……」


クィアシーナは突然立ち上がり、リンスティーの席へと近づく。


「え、どうしたの?」


「ぎゅっとさせてください。一生のお願いです」


両腕を広げ、真面目な顔で訴える。

心の寂しさを埋められるのは、いい匂いのするお姉さまだけだった。

ここ最近の『害虫駆除』で、クィアシーナは心身ともに限界に達していたのだ。


「ええと……親愛のハグってことで、合ってる?」

「どっちかっていうと、ただの私の肉欲です」

「肉欲って……」


自分でも意味がわからないお願いをしていることは承知している。

それでも、無性に誰かの温かさを感じたかった。


以前、アリーチェに対する本音を聞いたときのダンテの行動――

クィアシーナの手を握ったときの気持ち――が、よく理解できる気がした。

ただ、誰かの温もりを感じて、寂しさの穴を埋めたかったのだ。


リンスティーはクィアシーナを一瞥すると、ゆっくりと立ち上がり、そのまま彼女を優しく胸元へと抱き寄せた。


クィアシーナの顔は、彼の胸に埋まる。

彼女もまた、背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。

リンスティーの心臓の鼓動が、ダイレクトに伝わってくる。


彼の匂いを噛みしめ、まだ物足りなさを感じつつも、クィアシーナはやんわりと身体を離そうとした。


「……ありがとうございました」


だが、リンスティーの腕は離れない。

え、と思うが、彼の顔は見えなかった。


「――もう少し、このままで」


おそらく、彼も自分と同じ表情をしているに違いない。

疲れているはずなのに、それを忘れるほど、互いの温かさに安らぎを覚えていた。


二人とも、言葉を発しなかった。

無言の抱擁は、他のメンバーが戻ってくるまで続いた。


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