56. リストの面々とその特徴
「でも、これがわかったところでどうするんだ? なんか収穫でもあったのか?」
クィアシーナは、痛いところを突かれ、うっ、と息を呑む。
実際、これはただ楽しんで読んでいただけの読み物で、「なんか気持ち悪い記述がある…なんだこれ?」から始まったものだ。
強いて言うなら、『スッキリした』、それくらいである。
ただ、想定外の収穫もあった。
アリーチェに嫌がらせをしていた連中は、その矛先をクィアシーナに向ける、もしくは既に向けている可能性がある。
そうなれば、アリーチェが書き残した彼らの嫌がらせの手段や傾向を、事前に知ることができるのだ。
クィアシーナは、ダンテが「アリーチェはしっかりと記録してた」と言っていた意味が、ようやく分かった気がした。
「個人的には、はい。大収穫です。めちゃくちゃ助かりました。間違いなく、私一人では絶対に分からなかったので」
下手をしたら、ダンテからヒントをもらったところで、正解に辿り着けなかったかもしれない。
マグノリアンさまさまである。
「今度、何かお礼をさせてください」
「え、いいよ。お礼されるようなことなんてしてないし」
「いえいえ。私にとってはお礼するくらいのことだったんです。
あ、そうだ。マグノリアンさんって、手作りのものに抵抗ない人ですか?」
「? ああ、基本的になんでも大丈夫だけど」
「じゃあ、今度お菓子の差し入れを持ってきますね。私の得意な、可もなく不可もなくクッキー」
「なんだそれ……聞く感じ、無難な味がしそうだな」
「よくわかりましたね。無難に美味しいですよ。楽しみにしててください」
「う、うん。なんかよく分らんけど、楽しみにしとく」
話が一段落したところで、「ところで……」と、クィアシーナは資料の持ち出しについて、マグノリアンに質問した。
「この日誌と名簿の、今年度分と昨年度分を、家に持ち帰ることって可能でしょうか?」
日誌はともかく、生徒名簿は個人情報の塊である。
冊子の前半には各クラスの生徒名一覧が、後半のページには各生徒の個人写真や緊急連絡先、学歴、出身地などが載っている。
ダメ元で確認してみたものの、「日誌はいいけど、名簿を持ち帰るのは不可」と、やはり断られてしまった。
「ですよね……」
分かってはいたが、残念すぎる。
クィアシーナが、あからさまに肩を落として落胆していると、
「ここで閲覧する分にはいいけど」
と、折衷案を提示してくれた。
「でもさ、」
「それ以上調べてどうするんだ?
おまえ、まさか過去のことまでさかのぼって、アリーチェさんの敵討ちにでも行くつもりか?」
鋭い指摘に、ギクッと身体が跳ねる。
その反応を見て、マグノリアンは目を見開いた。
「え、マジで?」
「そんなわけないじゃないですか!」
「いや、めちゃくちゃ動揺してたように見えたけど」
「気のせいです」
なぜなら、敵を打ちたいのはクィアシーナではない。
それを本当に願っているのは、ダンテだ。
クィアシーナとしては、アリーチェの日誌に出てきた“駆除対象”とリストの人物を照らし合わせ、彼らに何か仕掛けられる前に対策を練っておきたかったのだ。
「ここで閲覧してもいいなら、業務が終わったら、このまま調べものをしてから帰りますね」
「そんなに気になるんだ、アリーチェさんが書いてたこと。
俺も手伝おうか?」
「あ、こっちは大丈夫です。そんなに手間じゃないと思うので」
実際、ただ黙々と、過去に誰がどんなことをしたのかを確認していくだけの、地味な作業である。
それに、ラシャトからもらったリストのことを、マグノリアンに話すつもりはなかった。
リストの存在を明かせば、芋蔓式にダンテとの契約についても話すことになるだろう。
それだけは、なんとしても避けたかった。
「そうか? じゃあ、あんまり遅くならないようにな」
「はい、わかりました」
◇
業務終了後、クィアシーナは鞄を持って二階の備品庫へと向かった。
階下へ降りて自席で作業をしてもよかったが、冊子を戻すために再び二階へ来る手間を考え、最初からこちらで作業することにしたのだ。
簡易の机と椅子は、備品庫の隅に置かれている。
積み上がった荷物を端へ寄せ、棚から今年度と昨年度の学生名簿を二冊ずつ、そしてアリーチェの日誌も二冊取り出した。
それから昨年度分と同じ手順で、今年度分についても『害虫駆除』の文字に添えられた数字とマーク、そして登場回数を一覧にして書き出していく。
(今年度は、括弧「?」の記述がある)
昨年度の日誌には見られなかった、数字の部分が「?」になっているものが、今年度分にはいくつか散見された。
(アリーチェさんにも、嫌がらせをしてきた人物が特定できなかったということ?)
今はそこを深追いせず、「?」の記述も含めてカウントし、一覧に書き込んだ。
その後は、ひたすら数値を手がかりに名簿を捲り、該当する名前を探し出しては、一覧へと書き写していく。
「……出来た」
集中して取り組めば、作業はあっという間だった。
そして書き出された人物の名前には、思ったほどの意外性はない。
(ていうか、昨年度も今年度も、登場回数がダントツだったのは、あの二人か……)
あの二人――サキとアトリの袋の二名は、度々アリーチェの“駆除対象”となっていた。
マークに描かれていた土、水、そして手を握り合う図から、魔法の属性と、二人でタッグを組んで嫌がらせをしていたのだろうと察せられる。
さらに名簿に記載されていた家名が同じだったため、どうやら彼らは双子らしい。
――どうでもいいことまで、分かってしまった。
それから、キャロラインとグローリアの二人も、昨年度から度々嫌がらせをしていたようだ。
キャロラインの項目には剣と手を握り合うマークが、グローリアの項目には人のような絵と手を握り合うマークが描かれている。
今日の様子から察するに、キャロラインが刃物を使い、グローリアはその指示役として動いていたのだろう。
二人は協力関係にあったと考えられた。
他に分かったことと言えば、おそらくではあるが、小さな嫌がらせや、彼女が放課後にわざわざ繰り出すまでもなかったものについては、日誌に記録を残していないという点だ。
以前、アリーチェがジェシーにやっかみの言葉を掛けられ、そのことを新聞部に記事にしてもらいに行ったと言っていた。
だが、ジェシーの名前は日誌には一切出てこない。
そこから、クィアシーナはそう推測した。
(私も、朝の挨拶当番で色んな人から嫌な言葉をかけられたけど、その一人一人を記録しようなんて思わないもんな)
昨年度分に並ぶ名前を目で追っていくうちに、クィアシーナはふと違和感を覚えた。
「あれ、あの人の名前がない」
前会長――ジガルデの名前が、どこにも見当たらない。
名簿の番号で言えば、15-6に該当するジガルデ・ブリード。
だが、その数字はアリーチェの日誌には一度も登場していなかった。
(罷免されて、再選挙で敗れてから……すぐに学園に来なくなった、ということ?)
てっきり彼が中心となって、ダンテ率いる新生徒会への嫌がらせを行っているのだと思っていた。
だって、普通に考えて一番ダンテに恨みを持ってると考えられるのはジガルデだろうから。
しかし、どうやら――そうではなかったらしい。
(黒幕はいない? それとも、まだ私が把握できていないだけ?)
それと、もう一つ懸念していたリンスティーの義妹であるガブリエラ・シュターグ。
ラシャトのリストにはアンチダンテ政権の筆頭として書かれていた名前だが、彼女はアリーチェの駆除対象には入っていないようだった。
そのことに、クィアシーナはほっと胸を撫で下ろした。
■昨年度
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一年
(1-9)1:火/デリック・ミルナー
(5-14)2:拳/イグナート・ストーン
二年
(6-15)10:土?泥?&手を握るマーク/アトリ・キーク
(6-16)10:水&手を握るマーク/サキ・キーク
(10-3)2:剣&手を握るマーク/キャロル・ダナン
(10-10)2:人&手を握るマーク/グローリア・ホクセン
三年
(11-21)2:拳/ガルセス・ストーン
(15-1)4:雷/マックス・サン
(15-4)3:水/ルクス・ナック
(15-11)5:蛇/セルゲイツ・ゴールディン
(15-20)3:人/コリン・ミルナー
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■今年度
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一年
(1-3)3:火/ブレンダ・マクレン
(1-18)2:水/ラフレア・ゴート
(5-6)2:拳/ダン・ブリード
(5-25)2:虫/アンソニー・ゴールディン
二年
(6-9)1:火/デリック・ミルナー
(10-14)4:拳/イグナート・ストーン
三年
(11-15)13:土?泥?&手を握るマーク/アトリ・キーク
(11-16)13:水&手を握るマーク/サキ・キーク
(15-3)3:剣&手を握るマーク/キャロル・ダナン
(15-10)3:人&手を握るマーク/グローリア・ホクセン
その他
(?)5:人
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ちなみに、ページ番号の1~5は一年のA~Sの五クラス、6~10が二年、11~13が三年のページを示している。
つまり、一覧の名前はAクラスとSクラスに大きく偏っているのだ。
今年度のものと、ラシャトから貰った旧ジガルデ派のリストを見比べると、ほとんどの名前が日誌に登場している一方で、載っていない人物も何人か存在していた。
旧ジガルデ派ではあっても、ジェシーのように、アリーチェに対して表立った嫌がらせをしない者もいるということだ。
(それにしても、やっぱりハテナになっているところは、誰なんだろう)
これほど詳細に相手を把握していたアリーチェですら、正体の分からない襲撃を五回も受けている。
しかも、そこに描かれているマークは「人」。グローリアと同じく指示役を意味するものだとすれば、実行犯は別にいるということになる。
名前すらない五回の襲撃が、なんだか不気味に思えてくる。
アリーチェがどうやって「第三者の存在」に気付いたのかも、気になるところだった。
(アリーチェさんを階段から突き落としたのも、この人なのかな……)
クィアシーナは、靄のかかった頭を整理するように、作成した一覧を鞄へしまった。
思っていたよりも、時間が過ぎてしまっていたらしい。
窓の外を見ると、日はすでに沈みかけている。
出していた名簿と日誌を棚に戻した、そのとき。
入口のほうに、人の気配があることに気が付いた。
生徒会メンバーは、すでに全員帰宅しているはずだ。
クィアシーナの胸に、少しばかり緊張が走る。
「誰ですか?」
入口に向かって、やや大きめの声で問いかける。
すると、少し気まずそうな顔をしたマグノリアンが、扉の向こうからひょこりと顔を出した。
「え……マグノリアンさん!? 帰ったんじゃなかったんですか?」
「いや。下でずっと宿題をして、おまえを待ってた。もしかしたら、手伝いがいるかなって……」
そう言って、マグノリアンは頭を掻く。
ハーフアップにしている髪が、少し乱れた。
「でも、待てど暮らせど降りてくる気配もないし、ちょっと様子を見に来たんだ」
「ええ……」
過保護だ。
失礼だが、いい人を通り過ぎて、面倒見が良すぎやしないか。
「もう片付けてるってことは、終わったのか?」
「あ、はい。ちょうど、これから帰るところでした」
「そっか。なら、今日は送ってく。ほかは戸締まりも終わってるから、あとはこの部屋だけだ」
「ええっ、なんかすみません……」
せっかく自分のことを待っていてくれたのだから、彼の申し出を無下にすることなどできない。
「気にすんな。日も暮れてきたし、女子一人だと危ないだろ」
ややぶっきらぼうな言い方だが、言葉の内容には優しさしかなかった。
(あー……この人には本気度の高いファンが多いって理由が、ちょっと分かった気がする)
「……ありがとうございます」
その日、二人は夕暮れの中を並んで歩き、取り留めもない話をしながら帰路についた。 いつになく穏やかで、平凡な時間。
だからこそ、気が付かなかった。
二人の背後から、クィアシーナをじっと見つめる影があったことなど、知る由もなかったのだ。




