52. ダンテへの報告と確認
休み時間。
クィアシーナは案の定、クラスのダンテファンに囲まれてしまった。
もちろん、リファラたちダンテ推しの五人組に、である。
「ちょーっとクィアシーナさん。
朝、ダンテ殿下と一緒に登校してきたそうじゃない?
……抜け駆けはなしだって、私、前に言ったわよね?」
「……」
抜け駆けも何も、向こうが勝手にやってきて、ほぼ強制的に一緒に登校することになったのだが――
(きっと、いくら説明しても通じないんだろうな……)
遠い目をするクィアシーナに、リファラが「聞いてる?」と声を荒げて問い詰めてくる。
「うん、聞いてるよ。
聞いてるんだけど、どう説明したらいいかわからなくて……」
「クィアシーナさんから声をかけたの?」
「まさか」
「じゃあ、なんで殿下はあなたと一緒に登校してたのよ。
しかも、聞いたところあなたの家の近くからずっと一緒だったって」
朝にも、ファンクラブ部の緊急連絡網でタレコミがあったらしい。
この辺の連携プレーは、何かの仕事に活かせるのではないだろうか、とクィアシーナは内心で呟く。
「待ち伏せされてて……」
もういいか、とクィアシーナは下手な言い訳を考えるのをやめた。
すると――
「待ち伏せ!? え、殿下があなたの登校を待ち伏せしてたの!?」
「アリーチェ様のときですら、殿下はそんなことしなかったのに」
「クィアシーナさん、殿下に魅了魔法でも使ったの?」
五人は次々に騒ぎ始め、教室内はあっという間に大混乱となった。
「私は魔法は使えないよ。
たぶん、ダンテ会長の気まぐれだから。今日だけなんじゃないかな」
実際、ただの気まぐれだ。
明日からは平穏な登校時間になる……はず。
「気まぐれ、ねえ」
「そうだといいんだけど」
「ちなみに、どんな会話をしたの?」
「うーん、生徒会の業務のことかな」
「ええ、それはなんだか……」
それ以上は掘り下げられないと思ったのだろう、
リファラたちは席へと戻っていった。
はぁ、とため息を漏らすと、今度は後ろの席からララが声をかけてきた。
「クィアシーナ、モテ期?」
「絶対違う」
どちらかというと、モテてる風に仕向けられている、が正しい。
「でも、昨日は手を繋いでたって聞いたよ~モテ期じゃん!」
「え!?」
ララが含みある声で情報をリークしてきた。
手を繋いでたって、まさか、日が落ちて誰もいなかったはずなのに、いつの間に見られていたのだろうか。
「いや、あのときは帰り道が暗くなってたから、足元が危ないだろうって少しの間掴まらせてもらってただけだよ」
嘘である。
本当は帰路の最初から最後まで、がっつり手を繋いでいた。
クィアシーナはそれっぽい言い訳を言えて安心していたのだが、
ララが「ん?」と首を傾げる。
「私が聞いたのは、放課後、校舎内でって話だったんだけど……ねえ、クィアシーナ。あなた誰の話してる?」
「誰って、リンスティーさんだけど。あ、」
(これじゃ昨日の二の舞いじゃないか!!!)
ララが話していたのはビクターのことだと、遅れて気づいた。
しかし時すでに遅し。
ララは独り言のように言った。
「昨日、ビクター様だけでなく、リンスティー様とも手を繋いでたの!?
庶務って、みんな魔性なの!? むしろ魔性じゃないとなれない役職なの!?」
ビクターが手を繋いでいたことは、クィアシーナの中ですっかり上書きされてしまっていた。
クィアシーナとしては、あれは単にからかわれただけで、手を繋いだというよりも、手を繋いで周りに仲良しアピールをするパフォーマンスだった、という認識である。
ララの反応を見るに、その思惑は見事に功を奏したようだった。
「これは、昼休みに詳しい話を聞かせてもらわないと、だね」
「あ、ごめん、昼は用事があるから、マリアと二人で食べといて」
「え、用事って? まさか、また生徒会の誰かとランチする気じゃあ⋯⋯」
「ううん、生徒会の仕事の話。ちょっと立て込んだ相談があるんだ」
事実、自分の本来の役割に大いに関係する話である。
売店に寄って昼ごはんを手に入れてから、直ぐに生徒会館へ向かおう。ダンテもきっと何か買って持ってくるはずだ。
「そっかー、残念。また今度だね」
ちょうどそのとき本鈴が鳴り、クィアシーナはララとの会話を切り上げ、授業に集中すべく前に向き直った。
◇
「やあ、クィアシーナ。遅かったね」
クィアシーナが売店に寄ってから会議室に入ると、すでにダンテが席について待っていた。
「すいません、お待たせしてしまって」
慌てて、クィアシーナも彼の近くの席に腰を下ろす。
ふとダンテの机の上に目をやるが、お昼を持ってきている様子はない。
「あれ、ダンテ会長はお昼を持ってこなかったんですか?」
「ああ。早く来たほうがいいのかと思ってね」
「うわ、すいません……。私だけ買ってきちゃいました」
午前の授業終了の鐘と同時に、クィアシーナは売店へ真っ先に走った。
チキンサンドイッチにクロワッサン、おやつ用のカップケーキ。
それから牛乳とオレンジジュース。
普段ならこんなに買うことはない。
だが、急いでいたこともあり、目についたものを次々に手に取っていたら、いつの間にか盛りだくさんになってしまっていたのだった。
「あの、私、多めに買ってきたんで、一緒にたべましょう」
待たせてしまった申し訳なさもあり、クィアシーナはそう提案した。
だが、口に出した直後、ふと疑問が浮かぶ。
――王子殿下が、学生食堂の売店の食べ物なんて口にしていいのだろうか。
「いいのかい? じゃあ、お言葉に甘えようかな」
そんな懸念をよそに、ダンテはにこやかに頷いた。
特に毒味役を立てる気配もない。
「じゃあ、食べる前に……お呼び出しして聞きたかったことを、先に話しちゃいますね」
クィアシーナは包みを開きかけた手を止め、視線を上げる。
まず最初に聞きたいこと。
それは、ガブリエラの話だった。
リストに載っていた三家のうちの一人。
その中で唯一、クィアシーナがまだ面と向かって会ったことのない人物。
「最初に、朝に少しお話しした……ガブリエラさんのことを、聞かせてください」
その名前を出した瞬間、ダンテの表情が、ほんのわずかに揺れる。
「私は、彼女も事件に関わっているのでは、と推察しました。
ただ――彼女のことを容疑者の一人として疑う前に、ここでまた、答え合わせをさせてください」
一度言葉を切り、そして、しっかりとダンテの顔を見つめた。
「ブリード家のダン、マクレン家のブレンダ、そして、シュターグ家のガブリエラ。
この三人を筆頭に、彼等の配下の令嬢たちが手足となって動いている」
「私の推理、合っていますか?」
クィアシーナの瞳に映るダンテの表情は、先ほどから変わらない。
これが合っているのか、それとも見当違いなのかすら、クィアシーナには読み取ることができなかった。
「――きみは、彼らがやったという証拠を掴んだのかい?」
そこで、クィアシーナは「あ」となる。
「証拠もないのに疑うのは、冤罪を招くだけだよ」
優しく諭すように言われ、クィアシーナは口を噤んだ。
自分も昨日、お茶会の令嬢たちに、証拠もないまま疑われたばかりである。
彼女たちと同じことを、今まさに自分がしようとしていたのだ。
そう思うと、胸の奥に、ひどい失望が広がった。
「……ダン・ブリードとブレンダ・マクレンについては、状況証拠しかありません……
ガブリエラさんに至っては……とあるルートから、今の生徒会に不満を持っている者のリストを入手し、そこから推察したに過ぎません」
「そうだね……ちょっと詰めが甘いかな……」
そう言いかけてから、ダンテはふっと言葉を切り、笑みを深めた。
「――と言いたいところなんだけど」
「ダン・ブリードとブレンダ・マクレンについては、もう十分だよ。
ブレンダに関しては、魔法を放とうとした瞬間の目撃者がいる。ダンについては、きみのおかげで勝手に自爆しただけだからね。
あの二人の小物には、こちらとしても大した興味はない」
「小物、ですか」
酷い言われようである。
確かにダンについては、言ってしまえば小物臭しかしなかった。
加えて、直情型で頭が回らない、という印象も強い。
しかし――
ガブリエラについて、ダンテは一向に語ろうとしなかった。
(これは、もっと確証を得てからでないと、何も教えてくれなさそうだ)
「わかりました。とりあえず、ダンとブレンダの二人については、もう追いません」
そう前置きしてから、クィアシーナは続けた。
「ただ、ブレンダに関して、昨日ジェシーさんから忠告を受けました」
「え、ジェシーから?」
ダンテの反応からして、どうやらジェシーは、この件を彼には話していなかったらしい。
「はい。以前、ダンテ会長が、指輪に受けたブレンダの魔法をお返ししたことがありましたよね?」
「それで、逆恨みといいますか……怪我をしたのは私のせいだと言いふらしているようで。
彼女の配下の者たちが、報復行為に出るかもしれないと、忠告を受けました」
クィアシーナの話に、ダンテは目を細める。
「一応、彼女たちの名前はジェシーさんから聞いています。私も注意するつもりですが、念のため、ダンテ会長の耳にも入れておこうかと」
「なるほど……」
そこで、ダンテの顔が、楽しげなものへと変わる。
「いいね。じゃんじゃん釣ってしまっていいよ。ただし、返り討ちにはしないで、確実に証拠を手に入れるように」
「めちゃくちゃ難しいじゃないですか」
彼から、面白がっている雰囲気がありありと伝わってくる。こちらからしたら、いい迷惑である。
しかも、反撃せずに証拠を手に入れろだなんて、なかなかに無茶を言ってくれる。
「私から助言するなら、魔法攻撃は、みんながいる前で受けたほうがいいかな。どうせ、指輪がある程度までは吸収してくれるし、目撃者がいるほうがいいからね。
物理攻撃に関しては、現行犯で捕まえるか、凶器をかっさらうか。そうだな……音声記録なんていうのもありだね」
クィアシーナとしては、物理攻撃を仕掛けてきてくれるほうがありがたい。
これまでにも、多対一で喧嘩を売られたことだってある。大勢に囲まれながらも、なんとかなった。
ただ、魔法攻撃や薬を盛られるなど、そういった類のものには慣れていない。
何か対策を講じなければ、一瞬で詰む気がした。
「わかりました、善処します」
「ふふ、期待してるよ。……前にも言ったかもしれないけど、正直に言うと、君がここまで動いてくれるとは思っていなかった。
ただ生徒会に所属して、囮としていろいろ引き付けてくれたら万々歳かな、と思っていたんだけど……感謝している」
クィアシーナは、急に褒められてしまい、どう返答したらいいかわからず、
「……どうもです」
とだけ、小さな声で返した。
「それで、聞きたかったことは、全部聞けたかい?」
ダンテが頬に手をつき、クィアシーナに問いかける。
「はい」
と返事したものの、「いえ、あと一つあります」と直ぐさま言い直した。
「ダンテ会長は、アリーチェさんの日誌の存在をご存じですか?」
「日誌? ああ、知っているよ。アリーチェが気まぐれにつけていたやつだね」
昨日、結局、暗号じみた意味を解読できず、諦めてしまった、あの冊子である。
「昨日、リンスティーさんが二階の倉庫で見つけて、私も読んでみたんですが、ちょっと気になる記述がありまして……見ていただけますか?
もしご存じでしたら、記述の意味を教えてもらおうかと」
そう言って、持ってきていた冊子を、ダンテへと手渡した。
「例えば、三ページ目を見てください」
クィアシーナは、開かれたページの該当箇所を指さす。
「ここの庶務の欄に『害虫駆除』とあるんですが、括弧の中に数字が書かれていますよね。
それから、その数字があるときには、ページの端に必ず何かのマークが描かれているんです。
この意味って、何かわかりますか?」
ダンテは静かにページを捲り、『害虫駆除』の記述を目で追っていく。
クィアシーナは、その様子を黙って見ていた。彼なら、これを見て何か気付くことがあるのだろうか。
ダンテは、他のページも何度か読み返したあと、
「うん、アリーチェは、しっかりと記録をつけていたことがわかったよ」
と、つぶやいた。
「え、それって、どういう意味ですか?」
「おや、正解を聞いてしまうのかい?」
やや被せ気味に、問い返されてしまった。
(う、なんて面倒な)
手っ取り早く正解を聞きたいが、試されている感じがして、素直に「はい」と頷けない。
結局、プライドが勝った。
「……自分で考えるので、ヒントください」
「はは、いいね。でも、ヒントもタダであげられないかな。
そうだな……クィアシーナが買ってきてくれたチキンサンドを、私に食べさせてくれるなら、考えてあげてもいいかな」
ダンテの冗談みたいな提案に、クィアシーナは椅子ごとひっくり返りそうになった。
「ちょっと! からかわないでください!」
いくらなんでも、おふざけが過ぎる。
クィアシーナが怒った表情でいると、「からかってなんかいないよ?」と、ダンテが真面目な顔で問い返してきた。
「対価を要求しているだけ。ほら、どうする? ヒントはいらない? それとも、自分で考えてみる?」
ダンテが、妙に煽ってくる。
この腹で何考えてるかわからない王子の安い挑発になんか、乗ってはいけないと、頭では理解している。
しかし――
(くそー!!! ヒント欲しいーーーーーーーーっ!!!)
「……普段も、誰かに食べさせてもらってるんですか?」
と、嫌味を言いながら、チキンサンドの包みを広げる。
「まさか。こんなことをさせるのは、クィアシーナだけだよ」
「よく言いますね……」
クィアシーナはダンテの隣に移動し、両手で丁寧にサンドイッチを持つと、彼の口の前にそっと差し出した。
「はい、あーん」
自分で言っておきながら、ベッタベタな掛け声だな、と心の中で呟く。
けれど、ダンテは口を開けるでもなく、なぜか固まっている。
「どうしました? お口を大きく開けて、ぱくっといっちゃってください」
クィアシーナが促すも、彼は片手で口を覆い、反対の手でサンドイッチを制する姿勢をとる。
「す、すまない……。自分で言い出しておきながら、想像以上に恥ずかしいことに気付いた……」
そういうダンテの顔は、わずかに赤い。
――お綺麗な顔の王子様が、単純に照れている顔なんて、可愛いしかない。
(この人でも照れることなんてあるんだ……)
そこでちょっと意地悪な考えが頭をよぎり、負けじと攻めてみることにした。
「えー? ヒントくれるんですよね? 大人しく一口かじっちゃってくださいよー。
ほら、もう一度、あーん」
「いや、ちょっと待って」
今、形勢は完全に逆転している。
こんなにタジタジになるダンテなんて、今後お目にかかる機会などないのではないだろうか。
完全にいじめっ子状態になっていたクィアシーナだが、唐突にその行為は終わりを告げた。
ガチャッ
二人は音のした扉の方へ、一斉に振り向く。
「……お邪魔しました? で、合ってます?」
そこに立っていたのは、眠そうな顔をしたドゥラン。
一見焦点があってるのかどうかもわからないのに、それでもばっちりと二人の状況を捉えたようだ。
――マグノリアンのときと同様、またしても、彼に勘違いされそうなシーンを目撃されてしまった。
扉を閉めて引き返そうとするドゥランを、ダンテが慌てて呼び止める。
「待って、ドゥラン。君、どうして生徒会館にいるの?」
「あー、旧校舎のいつもの場所で昼寝をしようとしてたんですが、
先約がいたんで、こっちに転移してきたんです。そしたら会議室から音が聞こえてきまして。
あ、私は応接室で寝るんで、どうぞ遠慮なく、イチャコラしちゃってください」
「待ってください! 勘違いしたまま行かないで」
「大丈夫です。こう見えて口は固いので」
「そうじゃなくて……」
結局、誤解が解けたのかどうかはわからないが、ドゥランは応接室に昼寝に行ってしまった。
残された二人はというと、続きをするには少しばかり気まずい空気が流れている。
お互い何も言わず、ダンテは手づからサンドイッチを食べ、クィアシーナはクロワッサンを頬張る。
……ヒントは、放課後に直接教えてもらえることになった。




